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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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再会

《夜鳥》視点

 卒業直後から御子捜索の一員に加えられた。しかし何らの成果を挙げることもできず、もうすぐ一年が過ぎようとしている。誘拐されたのか、既に死亡しているのか、その手がかりすら誰一人得られていない。焦る気持ちを抱えたまま捜索の日々を過ごしていると、母から呼び出しを受けた。

「御子が公国にて保護され、あなたが求められているわ。帰って来てすぐ悪いけれど、明朝発って頂戴。」

 卒業したら御子の従者にという話を樹さんも覚えてくれていた。皇国に帰ってくることは難しい容態のようだが、傍に親しい人がほしい。親しく身軽に動ける人物は限られるため、俺だけが向かうことになるだろう。旅の準備も問題ない。各地を捜索していたのだ。行き先と受け入れ先が分かっているのなら素早い移動に重点を置けば良い。

 落ち着かない夜を過ごしていると、兄夫婦から散歩に誘われた。明日も朝早いのに意外な誘いだ。兄の隣を歩くことも久しぶり。学校に行き始めた頃からそれぞれの交友が増え、実家で話すことはあってもわざわざ庭や屋敷周辺を歩くことはなかった。

 六華さんの先導で歩く様子は楽しそうで、兄も何か訳知り顔だ。そういえば、兄は六華さんのもう一つの姿を見たことがあるだろうか。周囲には誰もいない。今なら聞いても良いだろう。

「その話もこの先で。もっとすごい秘密を教えてもらえるから。」

 男性の姿も知っているようだ。それよりもっと、と言える秘密とは何だろう。待ち切れない気持ちで誘導に従えば、蔦に覆われた洞窟の前で六華さんは立ち止まった。悪戯な笑みを浮かべ、魔術言語で何やら呟く。術式を用意した様子はない。それなのに蔦は意思を持ったように動き、俺たちに道を開けた。人がすれ違うことも難しいほど細く、屈まなければならないほど低い下り坂が続く。戸惑う様子もなく兄は六華さんに続き、俺が蔦を通り過ぎると勝手に閉まった。

 長く暗い下り道の先には空間が広がっている。戸も多く見える。人通りもあるが、誰一人として領内で見かけたことのない人物だ。部屋の一つに入れられ、寛ぐ二人に種明かしをされる。

「ようこそ、地下の世界へ。僕は《六華》、こっちは《炎鳥》。君のことは、《夜鳥》と呼ぼうか。」

 地上とは異なる地下の世界と秩序の説明を受け、俺もその中に組み込まれると聞かされる。地下のことは誰にも言ってはいけない、知っている者同士の会話も厳禁。《六華》から渡された紅いピアスを片耳につければ、《果実姫》の支配下に入る。御子の保護と動向把握のため、今回俺を味方に引き入れようと動き出したそうだ。公国での活動、それも大公に保護されている御子の傍での任務となるため、こまめな連絡は難しい。皇国の領主に詳細を伝えることは歓迎されないだろう。公国との関係を考え、十六夜家や一ノ瀬家、万城目家への連絡は控え、地下の主に報告する。公国側の人が許容する範囲のみ皇国には報告する予定だ。

 地下の主は《果実姫》、直属の上司は《林檎》になり、同僚と言える人物に《暁光》がいる。向かえば《紅炎》とも連携を取ることになるそうだ。ただしその場での挨拶は地上でのもの限定。地下での繋がりは秘密のため、《暁光》にも《紅炎》にも反応はしてはいけない。他にも地下の勢力図など説明を続けてくれようとするが、一刻も早く樹さんの下へ辿り着くため、明朝以降に向けて十分な休息を取っておきたい。

「君は御子第一で良いから説明はそんなに要らないか。じゃあ頑張って。」


 船旅を楽しむ余裕もなく、公都へと急ぐ。帰り道は十六夜家に連絡を持ってきてくださった使者の方と一緒のため、俺の身分の確認も簡単に行われ、すぐ御子と会わせていただけた。当然武器は取り上げられ、騎士に挟まれた状態での面会だ。瘴気の影響と召喚、虐待により弱った体は視力にも影響し、現在目が見えない。それでも声は聞こえ、触れることでも確かめられる。体は会っていた当時より成長しているため触っても分からないだろうが、会話から俺と認めてもらえた。まだ体調が優れず、一日のうち半分は眠っている状態のようだ。会話している最中にも欠伸を始め、面会時間の終了を告げられた。代わりに今後についての話が樹さんの最も傍にいた騎士から始められれる。

 紅いピアスを着けた彼は小原光さん、白い犬のほうは白炎。彼らが《果実姫》の配下であり、《林檎》の部下。白炎は樹さんが連れてきた犬で、離したがらなかったためそのまま連れ込むことが許された。これからは光さんと交代で極力どちらかが傍に居られるようにすると言う。夜中に目が覚めた時も困るため、眠っている時間も傍に控える形になるそうだ。護衛としての主戦力は他にあるが、俺たちも守れるよう努める。俺達の任務の第一は御子が安心して過ごせるようにすることだ。こちらでの生活の拠点は樹さんも生活する大公邸になる。使用人用の部屋の一つを借り、どこまで樹さんの傍で過ごすかは彼次第。離れている時でもすぐ応じられるよう部屋の前で待機することにはなるだろう。


 異国の地での生活も恙無く始まった。御子のために行動することは大公殿下にとって重要なことになっているようで、生活面でも要望がないか気にかけてくださった。樹さんのことをとてもよく気にされており、光さんと交代で毎日報告を行っている。時間があれば本人も会いに来られる。俺と同じくらい背が高く、より恰幅の良い彼は目の見えない樹さんに安心感を与えるのか、寝台の横に腰掛けられることも歓迎されていた。光さん一人の時より樹さんを一人にしなければならない時間も減り、それが良い影響を与えたのか、容態も徐々に改善を見せている。食事ももう通常の物が食べられており、起きている時間も延びた。目は見えないままだが、壁伝いに屋内を歩いて別の部屋に移動するくらいならもうできる。杖で歩く練習も始めた。笑うことも増えたが、その表情が曇ることも多い。その原因は地下で話す機会を得た《紅炎》から聞いている。

 大公邸とは言え、誰しも大公に従順というわけではない。突然現れた御子のことを疑う人間もいる。大公殿下や俺たちが傍にいる時には気を付けていても、使用人の生活区画での悪口まで隠し通せるわけではない。樹さんが一人でいる瞬間を狙ってわざと聞かせる人もいると、白炎として傍にいる《紅炎》が教えてくれた。そのことを樹さんも相談してくれば良いものの、何故か俺たちに教えることなく黙って耐えている。白炎が緋炎だということも忘れてしまっているのだろうか。それなのに健康になるための運動と称して部屋から出ることもやめない。だから遭遇した使用人に口さがないことを言われることも続いている。偽りの御子がいつまでも大公邸に居られるわけがない、という言葉もまだ言われているだろう。この現状を現状を彼らはどう捉えているのか。大公殿下がまさか簡単に騙される御仁だと思っているのだろうか。それは自らの主を貶める行為だ。御子への信仰心も主人への忠誠心も驚くほど低い。

 今日も運動を終え、寝台に横になる。歩いて疲れて眠ってくれるなら良い。しかしそれだけで済むはずがなく、隠し切れなかった心無い言葉に傷付いた樹さんは白炎を抱きしめ、先程の出来事を反芻している。初めて傷を言葉にしてくれたのに、上手く慰める言葉を思いつかず、ただ頭を撫でることしかできない。楽しいことを考えれば、という助言にもならないような発言に応え、樹さんは話題を変えた。

「大公様、来てくれるかな。今日も忙しいかな。」

 樹さんは大公殿下がお気に入りのようだ。来ることを楽しみにし、まだかな、まだかな、と意識を逸らしている。体を休めながら大公殿下の話題を続け、表情もどこか明るい。保護していただいているから感謝しているという理由はあるだろう。ここは大公邸であり、今の生活ができているのは彼の庇護下にあるから。彩羽学校こそ卒業していないが、それは御子として神殿に召喚され、勉強できる環境ではなくなってしまったからに過ぎない。彼自身の理解力が低いわけではないのだ。

 うとうとしながらも大公殿下に関する話は続く。体の大きな男性だ、抱き締められると安心する厚みのある体だ、声も低くて落ち着く、御子として何かをしてほしいとは言わない、心配してくれる、手も温かい、と褒め言葉ばかりが並ぶ。樹さんが皇国男性の中でも小柄な部類のため、全体的に大きな大陸の人々を相手にすると大きな人間に感じられるのだろう。何の配慮か、光さんと俺にも抱きしめられると安心すると補足するように言ってくれる。特に見えていない今は触れ合いを求めているのだろう。

 眠気と会話に夢中になっている樹さんは寝室に大公殿下が入ってきたことにも気付かない。見えていなくとも扉を開ける音は聞こえているはずだ。それなのに自分の好きな大公殿下の一面を話し続けている。

「そんな風に思ってくれているのか。」

 聞かれていることに気付いた樹さんは恥ずかしそうに身を起こし、寝台に腰掛ける大公殿下の腕を掴んだ。褒めていたのだから隠さなくとも良いのに、なぜか言い訳している。本人に聞かせるつもりのない褒め言葉は恥ずかしいのだろうか。いつ来るか分からない相手、それも待ち望んでいた相手の話だ。聞かれると警戒していなかったことが不思議だが、そんな余裕はまだないのかもしれない。

 一通り言い分を聞いた後、そうかそうかと余裕の態度で自分の膝に座らせ、菓子を食べさせる。それも自分では食べにくいプリンだ。ティースプーンに掬われた小さな一口をゆっくりと味わい、幸せそうに微笑んでいる。甘い食べ物は相変わらず好きなようだ。食べて元気になったのか、皇国でのお菓子に纏わる童謡を歌い始める。

「大公様、この歌知ってる?皇国では定番の童謡なんだ。」

「可愛らしい歌だな。お前はその歌が好きなのか。」

「歌うと妹はいつも喜んでくれたよ。今はもうそんな年じゃなくなっちゃってるだろうけど。」

 思い出したのか樹さんは寂しそうだ。気分を変えるためか、飾られた生花を大公殿下は樹さんに渡す。目の見えない彼のために、常に優しい香りの花を飾るようにしている。この部屋から見える花壇に植えられている花々も冬に咲く香り豊かな物ばかりだ。今はそれが樹さんには伝わらないが、いずれ庭師の優しさも彼に伝わるだろう。

 花の香りと歌の話と、実際に歌ってみることと。完全に大公殿下が樹さんの相手をしてあげている形だ。その対応も光さんと俺から年齢などの報告を受けているというのに子どもを相手にしているような態度。あえて彼の様子に合わせているのだろうか。樹さんも嬉しそうに受け入れているため、これはこれで良いのだろう。公国としては御子が望んで公国に留まっているという事実が重要。瘴気を浄化する役割など二の次だ。

「歌には詳しくないが絵本なら用意してきた。興味はあるか。」

「公国の絵本?お伽噺でも地域性出るのかな。読んでみて?」

 樹さんは大公殿下のほうに顔を向け、お願い事をしている。自分の動きがよく分かっていないのか、彩羽にいた頃よりも幼い動きに見える。大公殿下が相好を崩されているのもそれが原因だろう。もしかすると小首を傾げる少女のように見えているのかもしれない。公国の他の女性たちと比べても遜色ない小柄さで、洗濯などをしてくれている使用人たちの逞しさと比べると華奢にも見える。実年齢はもう忘れているのだろう。

 大公殿下は絵本の文字だけでなく、絵柄の説明もしてあげている。樹さんは内容そのものというより、それが公国で好まれている物語一般に入るのか、皇国の物語との違いに注目しているようだ。興味は持ったようで、次を要求した。しかし欠伸もする。まだお昼寝は必要だ。一時的に菓子で元気が出ても疲れが消えたわけではないのだ。それなのに大公殿下がまた今度と言うと不服そうにする。大公殿下は忙しい。こうして時間を取ってもらえることも少ないからかもしれない。

「飛鳥、御子が眠ったら来い。聞きたいことがある。」

 眠そうにしながらも樹さんは大公殿下の発言に反応し、自分も行くと言い出した。大公殿下の裾も握っている。起きた時に呼ぶ手段も教わっているが、それでも一人が嫌らしい。無理を言ったかと不安そうな表情を浮かべる樹さんとは対象的に、大公殿下は当たり前の顔をして彼をお姫様抱っこで自分の執務室に連れて行く。樹さんは置いて行かれないならそれで良いのか、満足そうに抱き着いている。移動の揺れが心地良いのか、樹さんは執務室に着く前に眠ってしまった。執務室に着けば、大公殿下もその頬を撫で、眠っていることを確かめる。国同士の関係において、御子の状態は重要だ。公国で心安らかに過ごせていると分かれば、無理に連れ出すことなどできない。

「御子の様子はどうだ。」

 自分がいない時間の、という意味だろう。ほぼ毎日聞かれていることだ。ご自身の目で確かめられたこともあるが、俺からも分かることを答えれば良い。御子のことを事細かに把握したいという意向によるものと聞いているため、さほど緊張することもなくなった。樹さんは体調面ではまだ心配な部分も残っているが、快方に向かっている。暖かい季節になれば庭を歩くこともできるだろう。笑うことも増えている。特に大公殿下との時間を好んでいるようで、楽しみに待っている。どうしても大公殿下に話したいことができた際には俺にも覚えていてほしいと頼まれることもある。もう二十歳になる、俺よりも年上の人とは思えないほど愛嬌のある人だ。犬の白炎を洗ってあげたいと言ったため、今日の午前にはお手伝いをしてもらった。ほとんどお手伝いをしているつもりという状態だったが、それでもより愛着が生まれたのか、白炎のことをより一層可愛がるようになっている。

「そうか。夕食まで休んでいると良い。それまで御子はこちらで見よう。」

 二人だけで交代しているため、休暇の日数は少なくなりがちだ。それには大公殿下も気付いてくださっており、近々無理のない交代になるよう人員を増やすなどの調整を行うと聞いている。今なら大公殿下にも十分信頼を置いているため、彼が付いているという択もある。白炎も人の姿になってくれれば人員として数えられるが、もう一つの姿は秘密と聞いている。その辺りは全て《林檎》に任せると聞いているため、俺は御子のことだけ考えれば良い。

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