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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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監禁された御子

《紅炎》視点

 何日も掛けてようやく機会は巡ってくる。むしろ数日でその機会を得られたことに感謝すべきか。テールマン伯爵には娘がいる。名前はテレジア。その名で呼ばれる貴族風の娘を発見したのだ。年の頃も一致する。連れ帰られて間違いだった場合は抜け出せば良いだけ。ここは一度拾われてみよう。

「あら、可愛いワンちゃんね。」

「テレジアお嬢様、お手を触れることのありませんよう。」

 可愛い小型犬の鳴き声で気を引く作戦は成功だ。後は連れ帰ってもらえるかどうか。従者の反感を買わない程度まで近づき、くぅ〜ん、と同情を誘うようにか細い声を上げる。数日に渡って外にいたため、薄汚れてしまっているが、それがむしろ捨て犬に見えるかもしれない。あまりに不潔でも従者が拒む。今は良い塩梅を攻められているだろうか。

 根気強く愛嬌を振り撒く。用事はもう終わっているのか、城下の空気を味わいに来ただけなのか分からないが、ゆっくりと時間を使ってくれる。大人びた顔を崩し、小型犬の俺を撫でる。この調子なら行けるだろうか。従者も警戒を緩めた。勇気を出して一歩踏み出せば、テレジアの表情は綻んだ。

「ねえ、この子欲しいわ。良いでしょう?」

「テレジアお嬢様の望むままに。」

 上手くいった。後は屋敷内を自由に動き、御子やそれに繋がる情報を探るだけ。しばらくは小さな犬らしく拾い主に甘えておこう。そう頭の中で予定を立てている間に馬車へと連れ込まれ、従者の膝の上に乗せられる。外にいた薄汚い動物のため、テレジアが抱えることはまだ許されなかった。

 純粋な笑顔で体を揺らすテレジア。今回のお出掛けは彼女にとって収穫のあるものだったようだ。その収穫が俺だと嬉しい。よく油断してくれることだろう。今も警戒心など一切ない様子で俺の名前を決めようとしている。白、小さい、犬、可愛い。単語を一つ一つゆっくりと丁寧に呟き、どの響きが良いか選んでいる。

「アルフレートにしましょう。御子様に仕えた狼の名よ。アルフレート、貴方の名前はアルフレートよ。」

 結局呟いた単語とは関係ない名前に決まった。信心深い家らしい命名だ。俺がワンと返事したことに気を良くしたのか、自分の命名が気に入ったのか、テレジアは何度もアルフレート、アルフレートと呼びかける。全てに返事するわけではないが、それでも嬉しそうだ。

 触ることを我慢しているテレジアの相手をしているうちに、屋敷に到着する。彼女は早く部屋に、と駄々をこねているが、従者がそれを許さない。先に洗ってからだ。この従者は犬の扱いに慣れているようで、抱き上げられている時も不安はない。風呂場で手早く温い湯をかけ、泡を立て、心地よい手付きで洗ってくれる。正直、恐る恐る触る人や力任せのお坊ちゃんより、こういった使用人のほうが好ましい。子どもは何をしてくるか分からないから怖い。ただ、使用人とばかり一緒にいては目的が果たせないため、この時間が終われば我慢してお嬢様の相手といこう。

「綺麗になったな。よしよし、じっとしていられて良い子だ。ご褒美をあげよう。」

 ご褒美も犬用のおやつだろう。。味覚も多少変わるとはいえ、全く異なるものになるわけではない。人間用の食べ物は塩分が高すぎるなど、犬の体に害があるとして与えられない。しばらくの間、食事には不満を抱く日々になるだろう。動物らしい我が儘で《豊穣天使》の果実など良い食事を用意してもらえないだろうか。

 抱き上げられて向かった先はテレジアの私室。従者がお嬢様に犬の抱き方を教え、お嬢様は恐る恐る俺を受け取る。落とさないよう従者もお尻を支えてくれているが、こちらとしては不安になる抱き方だ。自由時間を利用して早々に内部の状況を調べたい。

「全く暴れないのね。良い子よ、アルフレート。そうだ、私のお友達を紹介してあげる。一緒に行こうね。」

 歩行に合わせて体が揺れる。従者の手が支えてくれていても、止まっている時より落下の心配は増した。こちらの不安など知らぬ顔のテレジアは、後でリボンを着けてあげる、何色が良いだろう、ピアスとお揃いの紅にしようか、などとほざいている。俺の尻尾が下がっていることにも気付いていないのだろう。ほぼ従者が支えていることも分かっていない彼女は良くも悪くも貴族のお嬢様だ。

 少し離れた部屋へと、さらにその奥にある寝室へと無断で立ち入る。特別な友人を屋敷に招いているのなら本人の許可も得ずに入るだろうか。その上、まだ明るいこの時間に寝室。健康な人ではなさそうだ。疑問を抱きつつも人でない小さなこの身では問うこともできず、ただ彼女の為すがままだ。

 暗い寝室で死んだように眠るその人は見覚えのあるあの人。しかし記憶よりも艶を失った髪に酷く疲れた顔、痩せた体とどれを取っても果穂の証言を裏付けるものだ。

「起きなさい、良い知らせがあるわ。」

 明らかに体調が悪いその人の肩を揺さぶり、頬を叩き、容赦なく彼女はその人を起こす。侍従によって明かりが点けられても、その瞳は光を映さない。重そうに体を起こし、張りのない声を出した。それにもテレジアは冷たい返事だ。とても友人に対する態度とは思えない。その上、体調を気遣うでもなく俺を自慢気に紹介する。

 テールマン伯爵とその娘テレジアは信心深いはずだ。それなのに弱っている御子への気遣いがない。神殿や導師への信仰心と御子への信仰心は別物だからだろうか。しかし、御子は世界樹を癒やすために必要不可欠。信仰云々ではなく世界存続のために必要な人間のはずだ。それを彼らは理解していないのだろうか。

 大空さんの様子はもはや様子見と言っていられるほど余裕がない。ほんの少し座っているだけなのに息が切れ始めている。テレジアがすぐそばに立っているのに、瞳が一切動かない。やはり気になる反応だ。事情を直接尋ねたい気持ちもあるが、テレジアの前では聞けない。どのみち犬の体で人の言葉を発することはできない。安心させる言葉を掛けることもできない。その代わりこの体ならではの交流方法がある。

 じっとしていることに飽きてしまったふりをして、体を捻じる。慣れないお嬢様では抱えていられないだろう。従者も支えているだけのため、俺が全力で抵抗すれば止めることは難しい。床までだと高いが、大空さんを見下ろすように立ってくれているおかげで、すぐ近くに寝台がある。この高さなら本物の犬ではない俺でも着地可能だ。驚き慌てるテレジアを無視し、凭れるようにして座っている大空さんの傍に寄り添う。ペロペロと軽く指先を舐めれば、驚いたように引っ込められる。その手にじゃれついてみせれば、ほんの少しではあるが表情が綻んだ。一方のテレジアは面白くなさそうな顔をしている。自分のペットが他人に懐くのは嫌なのかもしれない。そうは言っても今日拾ってきたばかりの犬だ。懐いていなくとも当然だろう。実際世話をしたのも従者。この短時間で懐くとしても彼のほうだ。

「ふん、もう良いわ。そんなに御子様が良いなら、そこにいれば良いでしょう?」

 俺を置いてテレジアは戻っていく。変化を解くなら今だが、いつ誰が来るか分からないこの場所でそんな危険は冒せない。可愛く鳴いて癒やすことに専念しよう。それが功を奏したのか、ただ人がいなくなったからか、御子はばたんと布団に身を沈める。手も動いていない。先程より大胆に手を舐めればまた驚いたように引っ込められるが、やはり元気のない動きだ。

 今度は驚かせないようそっと体をその手に擦り付ける。すると形を確かめるように全身をなぞられる。やはりその目はどこか焦点が合っていない。

「お前はいいよな、可愛いだけで良くて。利用価値なくても叩かれなくて。」

 懐に入り込めば、きゅうと弱々しく抱き締められる。縋っているようにも感じられるほどだ。緩い襟ぐりを広げるようにじゃれつけば、赤い傷が覗く。裂傷は手当てされた様子もなく、放置されて膿んでいる箇所まである。ただの犬の舌で舐めるべきではないが、このまま放置すればより弱っていくことは明らかだ。術式もない、人の言葉も話せない状態であることがもどかしい。苦手だが、無言魔術に挑戦するしかなさそうだ。

 頭の中に術式を描く。詠唱の言葉も一つ一つ思い浮かべる。求める効果を強く意識する。多くを望めばそれだけ発動は難しくなる。たった一つ、この目立つ傷を消すように、傷付いていない白い肌に戻るように。念じれば淡い光と共にその傷は癒える。何かを感じたのか、大空さんはその傷のあった箇所を擦った。何かしたかと尋ねるだけで、何が起こったのかは理解していなさそうだ。他の傷も消してあげたいが全て消すことは難しい。治癒術も無言魔術も得意ではないのだ。服の下にはもっと酷い怪我もしているかもしれないが、それを確かめることも難しい。俺もここで眠ってしまいたいほどたった一回の治療で疲れてしまった。犬の体は人間と勝手が違う。慣れないことも疲れやすくなる一因かもしれない。しかし眠っている時間などない。一刻も早く彼を連れ出す算段をつけなければ。

「君が一番優しいな。保護とか言ってる奴らのほうがよっぽど酷い。」

 眠るまでは傍にいてあげよう。そのつもりだったのに、彼の静かな声が今までに受けてきた仕打ちを語る。御子の使命は瘴気を浄化すること、それ以外は必要ない、御子は瘴気を栄養にできる。そんな話をされ、地脈花から出してもらえなくなった。しかしある時連れ出された。状況が変わるかという期待も虚しく、その先に救いはなった。ただ別の場所に閉じ込められただけ。そこがここ、テールマン伯爵家。テールマン伯爵とその末娘テレジアは王国で言い伝えられる、御子が与えられるという加護を求めている。しかし彼はその力に目覚めていない。それを信じず、自分たちには与えないのか、と言い始めた。脅してでも手に入れる。そう冷水を浴びせたり、鞭で打ったりした。

 加護さえあれば良いのか、信仰心など皆無なのか。そんな所業だ。何も反応できないまま、彼の話は続く。しかしその話は長く続く前に言葉が途切れた。先程まで座っていたことと合わせて、話すだけの体力もなくなってしまったのだろう。彼は眠りに落ちた。ここからは俺の時間だ。小型犬の姿を活かして脱出経路を探す。しかし彼の容態では走って逃げることも難しい。何か証拠を持ち出し、差し出したほうが良いだろうか。そうすれば正々堂々と彼を助け出すことができる。《林檎》の望む方法ではないだろう。彼女は俺たちが御子の信を得る形での救出を臨んでいる。

 ともかく周囲の観察と御子からの信頼は必要だ。高いドアノブを犬の足で必死に開け、庭へと出る。敷地外に出られずとも、花の一輪なら花壇で十分だ。香りの強い花を選び、咥えて戻った。やはり慣れない体のせいか、思ったより時間がかかってしまった。疲れていた大空さんにとってもそれはむしろ良かったのか、花を顔の前に起き、自分の体を彼の手に擦り付けるとすぐ目を覚ましてくれた。

「ああ、よかった。夢かと思った。」

 掠れた声で受け入れてくれる、横になったままの大空さん。既に成人しているはずだが弱っているせいか、もっと幼く見える。勿論抱き締められた感覚は果穂より大きいが、彼女は皇国女性の中でも小柄な部類のため、彼女より小さな男性のほうが少ない。

 証拠が欲しい、だから何か頂戴。それすら伝えられない。彼の力ない手から逃れ、窓枠に飛び乗る。視線も感じず、意図が伝えられた様子はない。お礼の言葉も出なかった。何か咥えて出ていくしかないか。

「アルフレート?もう行っちゃったかな。」

 行ったり来たりを繰り返し、何度も呼ばれる名前に期待を込める。遊びたいのかなと推測してくれてはいるが、何かをしてくれる様子はない。そんな体力はないのだろう。期待を薄めて体の上を飛び越えるようにすれば、少しだけ相手をしてくれる。体を起こしたわけでもないのに息が切れてしまうほどの容態だ。それでも俺にお礼と言って抱き締めた。素直にそれに従いじっとしていると魔力が流れ込んでくる。淀んでいたものが流れ出ていくような、冷えた体に温かい牛乳を入れたような、優しい心地良さ。これが聖属性、御子の魔力か。

 体に重さが増した。御子は眠っている。これが加護なのか、ただ魔力なのか。いずれにせよ、この温度が残っている間に報告に戻りたい。御子の所在は判明したのだ。そう部屋を飛び出した。詳しい作戦は果穂に相談してから。そう眠ってしまった彼を放置し、門番も通り抜け、外へ出る。小型犬と言えど犬だ。人間の足では追いつけないだろう。そう全力で離宮へと駆け、果穂と合流した。

 何も言わずとも彼女は理解する。彼女は俺のこの姿を知っているからでもあるからだろう。そう連れ込まれた彼女の部屋で、人の姿に戻る。急く気持ちで薄布だけを羽織って彼のことを伝えていく。何よりこの御子の魔力は早くしなければ俺に溶けて、消えてしまうかもしれない。彼女は何かを確かめるように距離を縮めた。こんな格好でこんなに近い距離にするなんて、他の男にしては勘違いさせてしまうだろう。困った人だ。

「御子の魔力を感じようとしただけでしょ。そんなふざけたこと言うのにアルフレートって、大層な名前だね。」

 酷い言い草だ。かつての御子に仕えた狼の名なんて、王国基準では最上級に良い名前ではないか。俺は小型犬だが、狼の名でも良い。これに異論があるなら彼女は犬状態の俺にどんな名を付けるのか。

「白炎ちゃんとかは?可愛いでしょ。」

 《紅炎》から取ったのだろうか。そうだとすると攻めた名前だ。誰かに勘付かれたらどうするのか。白は体毛から取ったと分かるが、犬の姿の俺に炎の要素はあまりない。瞳の赤色程度だが、それも真っ赤ではなく少し薄れた赤色だ。そんな動揺を雑談で落ち着け、作戦会議を始める。彼女も今は頭が冴えているのか、良い案を出してくれた。

 御子がテールマン邸に閉じ込められている。その現場をテオフィル様に見つけてもらうことが重要だ。そのために作戦を立てる。犬状態の俺が突っ込み、ペットが入り込んでしまったと彼女も強行突破する。たまたま近くを散歩していたテオフィル様がその騒ぎを聞きつけ、テールマン伯爵家に寄り添う形で侵入者の排除のため、屋敷に入る。俺は大空さんの部屋まで駆けていき、扉を開けるよう合図する。果穂が開け、ペットを追いかけただけと言い訳するが、その部屋は彼の眠る部屋。そこで傷付いた御子を発見し、これはどういうことかとテオフィル様が保護する。

 これは作戦と呼べるのだろうか。ほとんど正面突破ではないか。それでも変に策を弄するより俺たちの作戦が知られる危険性も低い。御子さえ見つかれば相手も事を荒立てないために、俺たちを強く咎められない。処罰が下るとしても、彼女がやると決めたのなら俺は従うだけだ。危険性はもう共有されているのだから。

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