救い出すには
《林檎》視点
一葉様と星見会に出掛けたことは領地の二条邸の使用人たちにも伝わっていた。花様や春仁様の付き人として参加できる者も限られているその場に、花様の代理としての参加まで許された私に聞きたいことが沢山あるようだ。彼らの好奇心に満ちた質問に答えていく時間は存外楽しい。あの時間で隠さなければならないことはない。一葉様の意図だけ分からなかったことにしよう。そうすれば身分差のある恋物語のような出来事になる。自分が体験することは避けたかったとしても、他人の恋物語として聞く分には面白い。そう皆興味津々だ。応援されても今のところどうこうするつもりはないため、今後の報告への期待をされても困る。
そんな楽しい雑談の時間は執事と離れを担当している侍女の相談によって一変する。最近の先代領主の動向についてだ。影響力を削るため、自由な外出すらも許されない状態に不満を溜めている。花様や春仁様への手紙を何通も認め、しかもその中身は我が儘と言えるほど贅沢な要求や非難など攻撃的な言葉ばかり。そんな態度の先代に対して使用人たちは思うところがあるようで、特に執事がご立腹だ。今までの花様への仕打ちにも憤ってくれている。愚痴は花様の父君に関するものにも広がり、やる気の無さ、領主になりたくないという我儘、花様を見ない態度、と問題点を列挙していく。
「いつまでも先代に囚われる必要はありません。精神面での自立はされました。ですが、その支配の記憶をこの屋敷に残しておくことは得策でないでしょう。」
二人の中での結論は出ている。同時に自分たちの行動が花様の迷惑にならないかということも心配している。花様の望みは何か。それを自分たちで聞き出すことは難しい。花様はまだこの屋敷の人間を信頼しているとは言えない。主人に自分から話しかけるのかという問題もある。それができるのは専属侍女として信頼を得ている私だけだ。
記憶を残さない。それはつまり先代に消えていただくということ。離れに軟禁することで仕事への介入は皆無になった。しかし手紙によって負担を掛けている。その点は春仁様も把握していた。花様への連絡は好ましくないかもしれないが、春仁様になら伝えても良いだろう。しかし伝えてしまえば事が露呈した時、知らなかったという言い訳が通用しなくなる。それこそ彼らにとって困ったことだ。私もどうすべきか考えてみる、一週間だけ欲しいと頼み、伝えるかどうかは伏せよう。地下で《鬼火》にだけ伝え、花様と春仁様は知るはずがない、という形を取るのが最善か。それとも伝えた上で白を切ってもらうか。その相談を《鬼火》にさせてもらおう。
時間をもらい、地下で《鬼火》と相談する。地上ではできない報告ということで、あちらも身構えている。内容はそんなに難しくない。大きな問題が起きたわけでもない。一方で、独断での行動は憚られることだ。発案者は離れを主に担当する侍女、賛同したのは執事。先代夫妻に強く疑問を抱き、花様に陰ながら寄り添ってきた二人だ。花に絡む古い茨を排除したい。そんな彼らの気持ちを汲んで、そして私も《花》を枯らされてしまわないように、彼らの提案を支持したい。
少し考え込むような様子を見せた後、《鬼火》は先代が召喚術を使用し、領民を危険にさらした件について話し始めた。あの手紙の内容と魔力蓄積石の魔力だけでは証拠としては不十分。召喚術式を描いた犯人への指示書などが必要だが、そんな物を残しているわけがない。
「覚悟があるなら、俺は先程の話を聞かなかったことにしよう。」
表向きこれ以上罰することが難しい。しかし本当に領地を自らの手で危険に晒したのなら死に値する罪だ。周辺領地への危険もあった。皇国への報告が必要な案件だが、正式に伝えてしまえば二条家にとって大きな傷となる。だから何も伝えない。春仁様は何も知らない。花様にも知らせない。私と執事の判断で事は成されるのだ。
一週間も経たないうちに結論を出す。決行日も伝える。そう遠くない日に行う。先代夫妻は離れに軟禁している。花様の父母も基本は同居だが、二人共花様の動向に無関心だ。父君は領内の仕事をしているため、上手く視察といって外泊に誘導できる。母君は皇都で友人たちに琴の腕前を披露しているため、今は領地にいない。花様と春仁様なら気付かないふりもでき、二人になら通報されても構わない。犯罪者になる覚悟を、隠蔽できても罪人となる覚悟を、ただの地上人である二人に問う。
「花は開かれるべきです。老人の我儘のせいで手折られてはいけない。」
「古き空気が枯らしてしまうのなら、入れ替える必要があるでしょう。」
決行の夜は訪れる。何事もなかった日中、平穏に見えた一日。花様は数々の誘いに目を通し、自分で参加か不参加を仮決定していく。春仁様も他の報告などに目を通し、花様の決定についても聞いていく。おおよそ花様の決定通り進められるが、仮の結論は出したが迷っている際は彼女に尋ねる形で決定を確かなものにする。結果として仮決定とは逆の結論になる場合もある。友人からの手紙にも部下からの報告にも目を通される。さほど大きな問題のない、静かすぎるほどの一日だった。
夕食を取られ、入浴も済まされ、寝室へと帰られる。良き夜を、と疲れてはいるものの穏やかな表情の彼女を春仁様に託す。使用人部屋の一室で執事、あの侍女、私の三人で交流する。侍女がいるということは既に先代夫妻は眠りに就いている。もう少し夜が更けてから実行したい。そう武器の確認を行う。私はいつもの細剣、執事は短刀、侍女は裁ち鋏。どれも切れ味は鋭く保たれている。使い方さえ間違えなければ十分に人を殺すことのできる凶器だ。ただし実行は私と執事の二人。侍女には案内だけを行ってもらい、万一見つかっても知らないふりをしてもらう。仕留め損なった時にはこの手で、と息巻いているが、本当は私一人でも十分だ。それでも執事は長年の恨みか、花様への贖罪か、自分も罪を被ると言って聞かなかった。
侍女の案内で先代夫妻の寝室へと向かう。ここで侍女には離れてもらい、数分待ってから、寝室へと侵入する。守られているはずの、安全なはずの自分の屋敷の寝室で、自分たちに仕えているはずの人間によって殺されるのだ。確実に仕留め、隠すのなら眠っている喉を一突きにすることが最善だ。それなのに執事は先代を起こす。これは人を恐怖に陥れるための最善の方法だ。
「ご自分の所業を理解しておられますか。」
「なんだ!?人を呼ぶぞ!」
声に奥様も目を覚ます。執事の手に隠された短刀に気付き、悲鳴を上げる。逃げ出したいのだろうが、震えて起き上がることもままならない。私が照明を点けてやれば、細剣を持った人間の存在にも気付き、絶望の表情を浮かべる。まだ二人共何か喚いているが、もう十分だろう。私にこれから殺す人間で遊ぶ趣味はない。生かしておくのなら脅す意味もあるが、殺してしまうのなら何も得られない。今回は排除することそのものが目的だ。そうまずは奥様を、次いで先代を永遠の眠りに就かせた。
音は消えた。すべきことは終えた。もうこの場にいる理由はない。それなのに執事は死体を見つめている。恨みは晴らせただろうか。力ない死体は生前の我が儘も権力も伝えない。ただそこに転がる物体と化した。得られたものは達成感か虚無感か。それは本人にしか分からないことだ。それでもこれは大きな意味のあることだっただろう。とりわけ、その年齢になるまで人を殺めたことのない人間にとっては。
罰してほしいのだろうか。執事は短刀をその手に握りしめたまま、動こうとしない。そんな時間がどれほどだっただろうか。重さの異なる二人分の足音が屋敷に響き、近づく。開かれた扉の先には申し訳無さそうな顔の春仁様と目を塞がれた花様。
「申し訳ありません、御主人様。」
寝室の外で目隠しを外された花様に執事は跪く。その手には短刀が握られたままだ。返事に迷うのも無理はない。何事も知らせなかったのはこれを防ぐためだったのだから。それなのに悲鳴を上げさせてしまった。執事の感情を優先してしまったせいだ。これは私の判断が間違っていた。思うところがあることは分かっても、優先すべきは花様のこと。眠っているところを殺すのだと説得しておくべきだった。
「ありがとう、私は何も見ていないわ。」
自分の祖父母を殺されて出てくる言葉ではない。本当はこんなことを言わせてはいけない。責める相手は既に死んでいるが、どんな人間でも長い時を共に過ごした相手だ。自分が責められても構わない。そんな思いで執事は事に当たったはずだ。
戻って行かれる花様を見送り、執事と二人、死体を隠蔽する準備を始める。毒を用いれば血も飛び散らずもっと楽だったが、刺殺は侍女と執事の希望だ。心を刺され続けた花様の苦しみの足元に及ばなくとも、少しくらいはその苦しみを味わえ。あの目には異論を唱えられなかった。この家で何が起きていたのか。その実際を私は知らないのだから。
死体自体は隠さない。飛び散った血の片付けと、死体から流れる血がこれ以上周囲を汚さないようにすることだけ。魔術で何事もなかった死体に見せかける。それは完璧ではなく、見破ることも容易い代物だろうが問題ない。本物の死体を見る人間は限られている。
翌朝、侍女の悲鳴が離れに響く。それを聞きつけた執事が駆けつけ、速やかに葬儀の手配を行う。使う葬儀屋は《胎児の宿》、《果実姫》の配下《時計》が営む葬儀屋だ。事情を説明せずとも朝起きたら死んでいた、侵入者はいない、年齢が年齢のため老衰だろうと推測を聞かせれば察してくれる。傷口を上手く隠し、恐怖の表情も穏やかな笑みに変える。まさしく化けるための化粧だ。
泣く者は死者の息子とその妻の二人だけ。そんな小さな葬儀を恙無く終え、花様が皇国への報告を行う。春仁様とも相談し、書類の不備を確認し、不足など何一つない紙が完成する。老人が死ぬことなど珍しくない。死ぬ時まで一緒だった素敵な老夫婦。そんな印象すら抱くかもしれない。それなのに花様への追求の時間は設けられた。
不審点として指摘されたのは、軟禁されて間もない先代夫妻が同日に死亡したこと、立場ある人間の葬儀なのに内々に済ませたこと、そして花様と先代夫妻の仲が好ましくない状態であったこと。特に軟禁されていた、という状態に疑問が呈された。
「何かご存知ではありませんか。」
死体は焼却済み、第三者である葬儀屋の人間が寝室の死体を確認していること。これらを合わせれば他殺でないことは証明できるだろう。花様はそれを分かってくださるだろうか。いや、何も見ていないと言ったのだ。彼女は白を切るだけで良い。
「何も、知らないわ。手紙のやり取りしかしていなかったもの。見たくない物が届かなくたって気に留めるわけがないでしょう。」
報告され、速やかに葬儀の手配が行われ、葬儀が終わった。それだけだ。しかし皇国から遣わされた役人は納得していなさそうだ。それでも強く言えないのは二条領主を相手にしているからだろう。ただ控えめながら数枚の書類を取り出した。そこに書かれているのは先代夫妻が死んでからの金の流れのこと。二条家は既に花様の物ではあったが、少し変わった部分がある。それは先代夫妻が趣味で買った贅沢品などを売った金が花様の私費になったことだ。元々折り合いも悪かった、お小遣いも増えた。大きな利益を得ているため、花様が殺すよう指示したのではないかと疑われている。
「私は何も知らない。執事から報告を聞いただけ。元々嫌いなの。自分から聞くわけなんてない。」
死体の状態も彼女は知らない。誰に見せても問題のない状態にしていたのに、彼女は棺の死体も見なかった。その状況は葬儀屋の人間も証言してくれる。
「もう貴女の執事は罪を認めました。あの二人がいなくなれば貴女が自由になれると。心安らかに過ごせるようになると思ったと。虐げられた記憶は消してあげよう、と。」
花様のために。自分のために罪すら犯せる人間がいることは彼女にとって救いの一助となるだろうか。幼い頃から二条邸にいたはずの人間が本当は味方だったと分かれば、他の使用人のことも信頼できるだろうか。
役人はまだ証拠を挙げていく。先代夫妻が死んだとされる日、夜の散歩に出ていた人が悲鳴を聞いた。それはおそらく二条家の屋敷から出ており、敷地の外にまで聞こえたその悲鳴に、敷地内の人間が誰一人気付かないなんてこと起こり得るわけがない。しかし報告は朝、死んでいる先代夫妻が見つかったというもの。悲鳴を聞いた人も屋敷の人間が対処するはずとその場では誰にも伝えなかった。
「私は寝ていました。他も多くは眠っているでしょう。」
「ええ、執事もそのように言いました。御主人様は何もご存知ありません、全て私の独断です、とね。」
それは半分事実だ。花様の指示はなかった。侍女の提案、執事の賛同、私の応援。それらが合わさり、事は成された。手配する葬儀屋も私の提案で決められている。そこに花様の意図は働いていない。
「老いた執事がたった一人で、二人を殺すことなんて本当に可能でしょうか。」
凶器を用いれば可能だろう。それも犯行時刻は深夜と想定しているのだ。無抵抗な人間二人程度、余裕で殺せる。昼間の仕事をした後に殺害を行えるのか、という点も疑問らしい。それは二条家の執事の実力を舐めている。
役人は花様を説得しようとする。領主であろうとも殺人犯を匿う罪が見逃されるなんてことはない。本当のことを言ってほしいと。ここで誤魔化せても人付き合いに問題は発生するだろう。皇都で噂になってしまえば、それが事実か否かを問わない。殺した執事を庇ったという話でも問題だ。
「そういえば貴女は《天空の安らぎ》によく出入りしていましたね。」
言葉を止める。領主を相手に脅すのか。良い度胸だ。花様はこれに屈し、夜中の悲鳴、先代夫妻の寝室に立つ短刀を持つ執事が立っていたと証言した。それ以上のことは何も言わない。それでも役人は満足したようで帰って行った。
瞬く間に先代二条領主夫妻殺人事件の噂は広まった。皇族に並ぶ歴史を持つ家だ。花様の急な継承の際にも話題になり、注目度の高い家であることも影響しているだろう。それは他を凌ぐほどの話題性を持っていた。ただしこれは事実として広まっているわけではなく、信憑性に疑問を挟み込む余地のある噂話という程度だ。一方で事実ではないと否定するための最大の行動を花様は取っていない。元気な姿の先代夫妻を表に出せば良いだけ。それができないということは、と疑われる状態は維持されている。死亡だけが事実だとは想像できないのだろう。
どう解決するか。当初の予定のまま、執事には刑罰を受けてもらう。花様への今までの仕打ちが事実だと証言するだけで、罪は軽くなるだろう。花様にしてもらうことはない。関わらせないことが、彼女を守ることになる。




