彼の果実
《林檎》視点
花一郎様の悩み事も一つ解決し、私も自分の余暇に意識を回す余裕ができた。私の趣味の一つ、地脈花探索。私の生まれた地脈花は美しかった。いつもその場所にいて、愛着もある。そんな話をした時、他の地脈花にも興味が湧いた。そのため、他の地脈花も見たいと《紅炎》には伝えている。これは任務というわけではなく、耳にすることがあれば教えてほしい程度のもの。時折地上でも地下でも地脈花に関する噂が流れる。それらを手掛かりに、休日にでも探検や散歩を兼ねて行ってみるつもりだ。そんな中、彼が噂話を持ってきた。皇都の近くに地脈花が隠されているという。具体的な場所は分からないため、おおよその範囲を探し回る。
噂はあくまで噂。それは分かっているのだが、今回こそはきっと、と期待値を上げるような言い方をされて来たなら、見つからないことに苛立ちを感じ始めても仕方ないだろう。この辺りにあるという話ではなかったのか。
「もうちょっと西だって言っただろ!」
そうだっただろうか。私が場所を間違えていたらしい。次は緋炎に噂の場所まで案内してもらい、気を取り直して地脈花を捜索する。しかしここにもない。今回も徒労か。いや、ここにはないと確かめられただけ収穫としよう。そうは思いつつ、良い景色の場所やちょっとした珍味の発見もできない現状に苛立ちは募る。緋炎が案内してくれたのだ、場所に間違いはない。それなのに何一つ見つかっていない。苛立ちを口に出すことは空気も悪くする。分かっていても雑談の中に愚痴を混ぜてしまう。本当にここにあるのだろうか。
「知らねえよ、俺もあるらしいって聞いただけなんだから。果穂も間違えたんだから人のこと言えねえだろ。」
もう一回ゆっくり確かめられれば自分でも気付けただろう。そこまで馬鹿ではない。楽しみすぎて少し気が急いてしまっただけだ。そんな反論をしつつ、地脈花の魔力を探ってもらう。地脈花の花弁は魔力の結晶。魔力探知に優れている人なら、魔術も併用することで感じ取って探すことも可能だ。私は苦手だが、彼にはできる。
そう強い口調も交えつつ話していると、散歩中の一葉様が見えた。彼も地脈花を探しているのだろうか。それともただの息抜きだろうか。護衛も連れているが、数は多くない。緊張感も足りていない。一旦引き返そうとする姿勢を見せるが、私たちに見られていると気付くとこちらに近づく。人の少ないここで一人静かに散歩していたのだとしたら、私たちは煩かっただろうか。謝罪の気持ちは言葉だけで示すものではない。お金には困っていないだろう。それでもお金は示せる誠意の一つであり、私たちから差し出せるお金は緋炎のお給料くらいだ。
「俺の給料かよ、差し出すの!そんなことしませんよね?」
「仲良しだね、君たち二人は本当に。ただの散歩だから気にしなくて良いよ。むしろデートの邪魔してごめんね。」
二人きりの逢瀬としてこんな場所に来る人は少ないだろう。戦う力を持つ私たちなら準備した上で来られるが、呑気に互いだけを見ているわけにはいかない。相手によっては嘘を吐いても良いが、一葉様相手に嘘を吐く必要はない。地下での関係性も知っているため、恋仲ではないのに二人きりで行動していても不審に思われない。そう邪魔ではないこと、今日は地脈花を探していることを伝える。
「地脈花なら俺の家にもあるし、二人なら招待するよ。勿論お礼は貰うけど。」
願ったり叶ったりだ。お礼を渡すことは当然。私が彼の望む物を用意できるかどうか分からないが、最善を尽くそう。そう二つ返事をする。一ノ瀬邸に地脈花があることは知っている。地上でも広く知られた事実だ。一方で見に行くことは叶わない。皇族の家に気軽に入ることは難しい。花様に頼めば付き添いという形で入れるよう一華殿下に掛け合ってくださるかもしれないが、私個人の好奇心のために手間を掛けさせるわけにはいかない。そんな入りにくい場所に入る機会を今、目の前にぶら下げられている。食いつかないわけがない。
お礼については特別してほしいことがあったから、というわけではないようで、今考えている。後日伝えてくれても良い。可能な限り力を尽くそう。
「君が学生時代に欲しがっていた立場について、検討しても良い。」
「俺の果実に手を出さないでくださいますか。」
花様の専属侍女になってしまっている今、この体は空いていない。もちろん一葉様の妻という地位は魅力的だ。しかし皇家との繋がりは《紅炎》が作ってくれている。二条家との繋がりは《鬼火》が維持できるとはいえ、《果実姫》陣営の人間とは言えない。せっかく作ることのできた私たちの繋がりを皇家に偏らせて良いものかと迷う部分はある。これへの答えは緋炎のためにも消極的にしてあげよう。一葉様に対して演じる必要などないのに、「俺の果実」なんて意味深な言い方をしてくれたのだ。ここで訂正してはへそを曲げてしまうかもしれない。
「俺が頑張りますよ、殿下。」
お礼の内容はまだ後日。そんな話なのに、緋炎からもお礼を提示してくれた。私からのお礼は地脈花に案内しつつ考えるということで、早速一ノ瀬邸内にある地脈花の所まで案内してくれる。特段の手続きなどは要らない。代わりに他の人に見つからないよう密かに行動する。つまり無許可の侵入。一葉様でも入るなと言われている場所のようだ。
邸内に入るには一葉様の許可だけで十分。緋炎はその一葉様の侍従のため行動を共にしていても自然。普段も一緒に家に入っているだろう。ただし今日は休みの日。その点が不自然かもしれないが、むしろそこを活かして私を招いたという言い訳は通るか。そう堂々と一葉様の後に続く。私もなるべく休みの日らしい態度で、とは思うが、多少緊張していてもおかしくはないだろう。皇子の自宅に招かれた恋する乙女なのだ。そんな気楽な気持ちで付いて行くが、途中から一葉様も緊張に少しだけ体を硬くした。
「ここからは見つかると怒られちゃうんだよね。急いで行くよ。」
急いでも見つかれば意味はない。進入禁止ならもっと厳しく見張るべきだが、名目上禁止と言っているだけなのだろうか。一葉様と一華殿下はよく行っていたとも聞く。怒られる程度で済むのならそこまで重要というわけでもないのだろう。足音に気を付けつつ、おかしなほど人気のない廊下を進む。湿気を遮断できそうな重厚な扉が抵抗なく開かれると、緑の大地と遠い海のように濃い青の花弁を持った地脈花が現れた。地脈花の花弁も地形などに影響されて属性に偏りが出るという。海に囲まれた皇国は水属性に偏りやすいと読んだ。これも水属性に偏った結果だろうか。触れても冷たいなんてことはなく、ただの石などと同じ温度に感じられる。
触れて、その距離から見て、魔力も感じる。この地脈花を見られる貴重な機会を最大限活かした。そう満足すれば、お礼にしてほしいことを思い付いた、と言われる。
「今度の星見会に付き合ってほしいんだ。」
上流階級の人たちの交流の場だ。一人での参加も可能だが、伴侶や婚約者がいる人は伴って参加することが多い。いない場合は兄弟姉妹を伴う場合もある。友人の場合もあるが、私たちは学生時代にそのような話をしていた。そのことを知っている相手が見れば誤解してくれることだろう。それを承知した上で誘ってくれているのだろうか。先程緋炎に止められているのにもう一度誘うなんて悪い人だ。勿論私としては大歓迎。前回のような積極的な打算は無くとも、より親しくなれるなら断る理由もない。ただし一葉様も参加されるその星見会に花様も参加されるかもしれない。事前に花様の許可も必要だ。そのことへの理解は得られ、一度保留にすることは許された。
お礼を楽しみにしていると言う一葉様に見送られ、一ノ瀬邸を後にする。今日は噂にあった地脈花こそ見つけられなかったものの、もっと見る機会の限られる地脈花を見られた。その上、一葉様と星見会に出席できるかもしれない。思った以上の収穫だ。今の時間なら花様も休憩の時間だろうか。春仁様と過ごされているかもしれない。その時間は邪魔できない。返事の期限までは猶予がある。仕事の前後に花様には許可を願おう。
花様の許可は得られた。むしろ自分は参加しないから二条家からは貴女を出す形にするとまで言われてしまった。花様の顔に泥を塗らない行動が必要だ。そう気を引き締めるが、まだ星見会までは時間がある。それまでの交流と称して、一葉様から散歩に誘われた。景色の良い、人の少ない茶屋があると言う。茶屋があるということは人も来る。場所を教えてくれればそこで待ち合わせられるのに、わざわざ迎えに来ると言われた。どこの世界の皇子が侍女を迎えに来るというのか。二条家の皇都邸にその家の侍女を迎えるためだけに訪れる。道楽か物好きか。
迎えに来てくれた一葉様は市井に紛れられるような服装をされている。私にもそのように指定はあったが、元々奇抜な格好をしているわけではない。そこまで気を付けなくても浮いた格好にはならないだろう。一方でこんなお出かけなのに適当な服を着ていくわけにもいかない。そう町娘のようにも見える、かといって地味にならない着物を選んだ。今は侍女でなく一葉様から直接お誘いいただいた立場なのだ。多少のお洒落は許される。わざわざ春仁様も確認してくださった。準備は万端だ。そう待ち構えていると、馬に乗った一葉様が到着された。
「お待たせ、果穂さん。いつもと少し違った雰囲気で可愛いよ。今日は俺の果実でいてくれるんだよね。」
この前の緋炎の発言を気に入っているらしい。今回の緋炎は一葉様の随行という立場に過ぎないため、何も言えずにいる。護衛も当然付いているが、私たちの時間を邪魔しないため一定距離を保っている。私も馬には乗れるが、あまり得意ではない。できれば避けたいくらいだ。
馬に乗るのか。そう少々気分が下がっていく。乗りたくないわけではないが、心の準備は必要だ。仕事で必要なら乗る。それが私的な逢瀬でも喜んで乗ることを意味しないだけだ。そんな思いが顔に出てしまったのだろうか、一葉様は大丈夫、と声を掛けてくださった。
「一人で乗れなんて言わないよ。折角のデートなんだ、一緒に乗ってほしいな。」
聞いた人が誤解しそうな提案だ。同じことを緋炎も思ったのか、人目を気にするよう注意し、自分のほうに乗せることも可能だと進言している。しかし一々指摘されなければ分からないほど一葉様も馬鹿ではない。案の定緋炎の進言を一蹴し、見られても構わないと言い放つ。誤解されても良いとの思いがあるのか、私に本気になってくれたのか。楽観はしないでおこう。そう自分を戒めたのに続く一葉様の言葉にまた期待してしまう。
「俺と緋炎、どっちが良い?」
再度質問した一葉様の聞き方は少々不思議ではあるが、一葉様のほうが良いと返事する。私も誤解されて困ることはない。緋炎の手も借りて一葉様の前に乗せられる。片腕で軽々と私を支える一葉様は意外に逞しい。服の上からでは分からない筋肉がしっかりと付いており、体を預けてしまったほうがむしろ安全だと感じられる。わざわざ見送ってくださる花様に頭を下げ、いざ出発だ。
揺られるままに体を預け、目的の茶屋に到着する。何を食べようか、何を飲もうか。そう他愛ない会話も楽しみつつ、選んでいく。団子、餅と様々な菓子の名前が並び、その多くが今の季節を感じられる品揃えだ。甘い物は好きだ。私もよく果樹園の果実をお菓子にしている。私は菊のような、一葉様は星空のような見た目の菓子を選んだ。何の陰りもない楽しい逢瀬の時間だ。そこへ意外な人物が姿を表す。こんにちは、と相席の許可を求めるは地下の《公爵》だ。地上で関わることはなく、向こうから接触を図ってくることも意外。地下では何も聞いていない。在学中も時折《王》と共にいる所で会話したことはあるが、特別親しいと言えるほどではない。当然協力関係でもない。地上での勢力拡大作戦は実権を握っている《鬼火》《秋風》《果実姫》の三陣営のものだ。特に警戒も協力も聞いていない。
彼女は一葉様と私の許可を得て席に着く。菓子は決めていたのだろうか。お品書きも見ずに紅葉餅を注文した。部分的に紅く染まった紅葉が貼り付けられた餅が届く。彼女も甘い物が好きなのだろうか。幸せそうに眺め、一口、また一口とゆっくりと味わっていく。こうしているとただの少女のようだ。年齢不詳という話が信じがたい。
「貴方は紅葉や林檎は好き?季節を感じさせてくれる気がして、私は好きだよ。」
私も特に林檎は実っていく姿が期待させてくれるから好きだ。私の地下名であり、地上名の由来でもある。果樹園の元主が付けてくれた名のため、これは隠さなくても良い。相槌も表情も優しく、慈愛に満ちているように見える。とても愛情深い人なのだろうか。地下で配下を抱えていないことが不思議なくらい、人に慕われそうな雰囲気を持っている。厳しく締め上げることができない弱さを持っているのだろうか。
「今こそ葉は茂っている。しかし季節は進んでいく。秋の風は次第に冷たくなっていく。葉も失われていくでしょう。」
急に何の話だろう。含蓄のある言葉か、それらしく言っているだけで中身のない言葉か。風に葉が吹かれた。青々しく茂るそれらはまだそんなものに屈しない。
「果実は甘い物もあれば、毒を持つ物だってある。」
表の市場には出回らない。しかし裏には確実に存在する。ある程度の身分を持つ人間は誰でも毒への耐性を付けると聞いているため、それに対応して新たな毒を生み出し続けている。解毒薬の作成も同時に行う。ただしその流通については相手を選ぶ。この事は《公爵》である彼女が知っていても何の不思議もない。
「その二人を、あまり信用しすぎませんよう。」
秋の風と果実。《公爵》は《秋風》も《果実姫》も知っている。代替わりも知っている。そのうえでこの発言なら喧嘩を売っているつもりかと疑いたくなる。少なくとも《鬼火》と《秋風》には伝えておきたい発言だ。何より、わざわざ地上で一葉様に忠告する意味が分からない。地下での実権が彼女にないから、地上の権力に近い人物と話そうとしているのだろうか。
さらに彼女は地下の秘密の一部を一葉様に伝える。勿論真正面から言うのではなく、それとなくの表現ではある。ピアスへの指摘であり、他の人も見ていれば分かる部分だ。一方で知っている身からは言い辛いことでもある。一葉様にもピアスで所属を見ることができるとは教えている。今まで意識していたか分からないが、少なくともこの指摘で気付くことは可能だ。
「たった一人のために自分の体に穴すら空ける。素敵だよね。」
覚悟を問うにはあまりにも小さな傷だ。それでも花様はその身で示された。地上では対等な夫婦であることを、地下では何の権限もない配下であることを。《公爵》の両耳にも穴が空けられている。その配下であることを示す片耳のピアスを着用する者はいないが、上位者であることを示している。一葉様の片耳にも《果実姫》の所有であることを示す紅いピアスを着けてもらった。それは私のために自分の体に穴を空けたと言える物だ。そのことに思いを馳せているのか、彼女に返事もできないでいる。
しばしの沈黙も気にせず、彼女は菓子を食べ切った。一葉様に忠告をしたかったのか、今日はこれでと去って行く。直接危害を加えたわけでもない彼女に何もできず、私はただ見送った。
一葉様との逢瀬から数日、今夜はいよいよ星見会だ。茶屋に行った時同様、二条邸まで一葉様が迎えに来てくださり、彼の馬に同乗して会場まで送っていただく。今回は侍女としての仕事ではないため、目一杯のおめかしだ。通常着ることのない上質な生地で作られた着物。着ているだけで少々緊張するような代物に身を包み、初めての場所へと足を踏み入れる。いや、正確には初めてではない。侍女として同行したことならある。ただしそれはあくまで侍女としてであり、自分が参加者というわけではなかった。感じる空気も緊張もまた異なったものになるだろう。
「果穂さん、ちょっとこっちに。」
まずは挨拶ではないのか。花様に随従した際は主催に挨拶し、三ツ谷家以下の挨拶を受け、皇族へ挨拶に向かう。皇族である一葉様なら主催以外の全員から挨拶を受ける立場だ。そう疑問が生じるが、あくまで私は一夜限りの同伴者。特に不利益もないため大人しく従い、用意された幾つもの席のうちの一つまでついて行く。星見会という名の通り、星見に適した各所に長椅子などが用意されているのだ。周囲が低い生け垣に囲まれた、頭上の開けた場所。無数の星々が優しい光を放っている。
今夜は星見会。もちろん見るだけでなく、人と話して交流する時間でもある。それは同伴者だけでなく、当然他の人との交流も含む。含むというか、むしろそちらが中心とも言える。それなのに二人の時間を作ろうとすることはあまり褒められた行動ではない。その上、一葉様は星を見ることもなく私を見つめ、手まで伸ばした。
「本気になっちゃいました?困っちゃいますね。」
困る、と言ったにも関わらず一葉様はそのまま私を抱き寄せた。皇子の妻として迎えるに値する人間だと判断できる何かがあったのだろうか。それとも虫除けだろうか。いくら蝶でも視界を遮られると鬱陶しい。蝶のふりをした蛾もいるだろう。欲しいなら寄って来ることを待つことなく自ら手を伸ばせば良い。今のように。そう笑みを向けた。
折角の星見会なのだ。最大限楽しませてもらおう。楽しませてあげても良い。そう今までの私について少しだけ教えてあげている。夜空を見上げることは少なかった。実家からは空が見えない。見ることがあっても果樹園の元経営者や兄のような存在とだった。他の男性と一緒に見上げることは少ない。そう言ってみる。勿論全くないわけではないが、地上を見ることが多い。私たちは同じ目的を見ているが、それは空にない。
私の言葉に揺さぶられたのか、会話が途切れた。その隙をついて、物珍しい私に興味を持った男性が集り、機会を伺っていた女性が一葉様に集った。
「花一郎様の侍女になったんだったよね。好い仲の方はいるの?」
最初は三ツ谷海里様。対立することはあったが、彼方様の取り成しもあって、表立って喧嘩を売ってくることは減った。しかしこちらへの気遣いや礼儀などは皆無。そうは言っても痛くもない腹を探られるより真っ直ぐに尋ねられたほうが気は楽だ。その質問にだけ答えれば良い。何らかの意図があったとしても上手く躱す方法はある。そう事実を答える。今のところ好い仲と言える相手はいない。親しい相手はいるが、と濁して言えば好きに想像してくれることだろう。今日は一葉様と特別近い距離だった。
彼は私への興味が尽きないらしい。他のお嬢様方もいる中で、私に短くない時間を割いている。会話するなら同じ質問をし、そこから話を広げたいところだが、この質問は避けたい。彼に気があると悪意ある噂を流されたくない。噂には当人同士にその意図があるかなど関係ないのだ。そう話題を移す。今出しやすいものは星の物語。頭上には散りばめられた星がある。地上での物語を聞くには良い時間だろう。聞き方は気を付けよう。三ツ谷家に伝わる星の物語、とでも聞こうか。
「その話も悪くはないけど、僕は一葉殿下との話が聞きたいね。さっきから殿下はずーっと君のことを見つめているんだ。」
横目で確認すれば、ちらちらと私のほうを見ていた。私が侮られないよう圧をかけてくれているのだろう。そのおかげか穏やかな会話が続いている。それでもやはり一葉様と私の関係性に興味があるようで、重ねて質問された。思わせぶりな返事にしようか、今のところ特別な仲にはなれていないと伝えるか。この前の逢瀬は邪魔されたとでも言ってみようか。《公爵》にとは言えないが、誰か他の女にと言えば私からの特別な想いは汲み取れるだろう。意味ありげに一葉様を見れば一層それらしく見える。
「その美貌で誑かしたんだ。一葉殿下もやっぱりそういうのには興味をお持ちなんだね。」
なんて悪意の込められた世辞だ。それはともかく私と一葉様が特別な仲に見られた。すぐ隣にいるのだから一葉様にも聞こえているはずなのに、あちらはあちらで話しているからだろうか、誤解を受けていることにも気付かず交流を続けている。身分差は関係性によって無視できる場合もあるが、それは美しさが理由ではない。花様と春仁様も外見に惹かれ合ったわけではない。二人の会話を聞いていれば分かるだろう。仲睦まじい夫婦の会話だ。きっかけが打算でも構わない。もっとも、これは伏せる部分だ。
「一葉殿下のどんな所に惹かれたの?やっぱり身分?」
良い所を答えてあげれば良いだろう。これなら嘘を吐かずに返せる。優しい所、では曖昧で上辺の言葉にも聞こえる表現か。前回の逢瀬の時も今回もわざわざ二条邸まで迎えに来てくれた。育った環境の違いから感覚など異なる部分もあるが、それを分かった上で見下すことなく対応してくれる。上から目線で教えようとすることなく、ただ友人として接してくれた。声も素敵だ。学校ではよく音楽室で歌っていた。それからここ最近分かったことが、意外に服の下の体は鍛えられているということ。戦っている姿を見るなんてものではなく、この体で触れて、抱き締められて感じた。これは見て話しているだけでは実感できなかったことだ。
「そんなに密着する仲なんだ。」
少し言い過ぎてしまっただろうか。誤解があまりに深まっても困る。引き返せる程度にしておきたい。そう恋愛関係に興味津々な海里様には他とも話したいからと断りを入れ、次の方と話す。私と一葉様を意味深に見ており、今日の星見会での玩具を見つけたような表情だ。
「学校でも色々噂はあったからさ。殿下も覚悟を決めたのかなー、って。」
彩羽の学生だった人のようだ。私が積極的に迫っていた期間の話だろうか。あれは結局断られ、代わりに緋炎が侍従になる形で話はついている。ただしそれが代わりになる理由は教えられない。表面上だけでも残念がって見せよう。今は機会があっても断る可能性が大いにある。まだそんな話はされていない。覚悟の有無も私には分からない。それでも空を見上げ、ゆっくりと会話する時間もあった。そのことを教えてあげようか。あれは邪魔こそ入ったものの良い時間だった。
挨拶と交流をし、夜は更けていく。まだ会話できていない人もいるが、一葉様に止められた。それも腰に手を回して、顔を近づけて、小さな声で。
「そろそろ休もうか。君も疲れただろう?俺だけが知ってる、特別な場所に案内してあげるよ。」
私だけ特別な場所、と期待を込めて繰り返し、その場所への案内を求める。今夜の星見会は出入りの順番が厳しく定められているわけでも、終了時刻が定められているわけでもない。開始時刻は伝えられており、おおよそ家格の低い順に到着するよう調整はされていたが、それだけだ。今帰ってしまっても特に問題ない。恋仲ではないかといった類の憶測が飛び交うだけだ。
整備された道もない場所を通る。目印も何もない場所を追って来ることは難しいだろう。そんな暗がりへと一葉様は迷うことなく進んでいく。思わせぶりな態度は私だけがしているわけではない。今後何か言われても半分は一葉様の責任だ。いざとなれば責任を取ってと言って迫ってやる。
「誤解くらい構わないんでしょ?果穂さんだって好き勝手言ってたし。それに、一番誤解させたい相手はここにいるんだ。おいで。」
地面に胡座をかいた一葉様はその中に私を呼び寄せた。馬上での距離感が気に入ったのだろうか。いや誤解させたい相手がいるが故の行動なら、そんな意図があるわけではないか。今ここにいるのは私、一葉様、それから付き人として離れた所から見守っている緋炎。彼に誤解させて何の得があるのか分からないが、私に損があるわけでもない。そう一葉様の遊びに乗り、より一層彼に体を預けた。馬上でも同じようなことをしたのだ。驚くような距離感ではない。ただしわざわざ胡座の中に座らせ、体まで預けられるという状態は少し違った意味に読み取られる可能性はある。そんな誤解を助長するように一葉様は私の帯のすぐ下に手を添え、耳元で囁いた。
「この距離は平気?」
妻にしてほしいと迫っていたのだ。問題などあるわけがない。その覚悟くらいできている。不快に感じない程度の関係性は築いてきたとも自負している。だからこそ一葉様も見せかけのためとはいえ、こうして私に触れられているはずだ。それよりも緋炎に誤解させたい理由が聞きたい。地上では二条領主の侍女と皇子の侍従で友人同士という立場しかない。地下の関係性を含めれば少し特別だが、それでも緋炎に誤解させる理由が推測すらできない。
「君にも隠しておきたいんだ。きっと驚くから。」
緋炎も何も知らないような顔でこちらを睨んでいるだけで話せそうな雰囲気ではない。離れていてもそんな目をするくらいなのだ。きっと面白い何かが待っているのだろう。さらに誤解を深めるために呼び寄せても良いだろうか。
「まだ何にも伝えていないから。この後の予定だけど、果穂さんからは黙っててほしいな。」
断ることもできるが、特別困ることもないため、これは聞いてあげよう。そのうち種明かしをしてくれることを信じて、今しばらくの戯れに付き合った。
帰りも当然一葉様の馬に同乗した。それは良いのだが、向かう先が二条邸ではない。一ノ瀬邸だ。そのことには緋炎も当然気付いた。
「一葉様、まさかご自宅に連れ込むおつもりで?皇子ともあろうお方がそんな不誠実な真似はしませんよね?」
咎める強さを持っての問いかけだ。こんな深夜にご家族への挨拶というわけもない。寝間着や着替えくらいは借りられるだろうが、そんな問題でもない。私からは拒否できるが、緋炎が強引に止めることはできない。婚約もしていないのに家に泊まったという話が広まれば、私にとって悪い評判になる。つまりそれは二条家への評判にも繋がりかねない。さすがにこれは帰らせてもらおう。
断りの言葉を伝えれば、上辺だけの残念という言葉が返ってくる。断られることは織り込み済みだったのだろう。今度こそ二条邸まで送り届けてくださるが、それも一葉様本人によるものだ。周囲からは丁重な特別待遇に見えることだろう。
「後ろめたいことがないのはお花さんも交えた関係ってことで信用されるから大丈夫。」
誤解を招きたいような発言だ。招いた場合の不利益はないとも言い訳する。一体何がしたいのだろう。分からないながらも別れの挨拶を告げ、またの機会があればと帰って行かれる。最後に緋炎が振り返り、何か言いたそうに口を開閉した。その間にも一葉様は遠ざかっていく。付き人としてこれは良いのだろうか。そう促せば、結局何も言わずに帰って行った。




