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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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花の悩み

《林檎》視点

 花様は断固とした態度で前二条領主、自身の祖父に処分を下した。精神面での強大な敵を打ち倒した達成感からか、ほっとしたような、少し魂が抜けてしまったような、そんな様子を数日見せている。一大事を成し遂げたのだ。数ヶ月休むくらいで罰は当たらない。負担の原因から少しでも距離を取ることも大事だ。皇都で一華殿下と話す機会を持つことも良いだろう。在学中も春仁様が補えていたのだ。今回だってきっと補える。私もいる。侍女という立場ではできることも限られるが、前領主という邪魔の減った今、お使いくらいなら可能だ。もっとも、私の一番の仕事は花様が自宅で心穏やかに過ごせる環境を作ること。そう春仁様が前領主の手紙などについて調べている傍ら、私は日々の仕事に励んでいた。

 花様の様子が改善しない中、一日休暇を頂いた。心配はあるが、果樹園の様子も気になる。私も上位者の右腕としての仕事を怠るわけにはいかない。そう果樹園の人々から最近の様子を聞いていると、なぜか《鬼火》が訪ねて来た。なんでも、頼みたいことができたとか。その表情は真剣なもので、聞き流してはいけないものと分かる。身構えすぎても頓珍漢なことをしてしまいかねない。ここは一度落ち着いて、この目の前の林檎でも勧めよう。

「食うわけないだろ、馬鹿か。」

「間違えちゃった、ごめんね。こっちだった。」

 最初に差し出した毒林檎を引っ込め、別の林檎を勧める。こちらは受け取ってくれた。この毒林檎も食べると数時間眠ってしまうだけで何の後遺症もない物なのだが、抵抗があるのだろうか。今眠るわけにはいかないのかもしれない。味としては優しい甘さで酸味はほとんどない。日常の中で食する人もいるくらい安全な物だ。もちろん一度に何個も食べれば体に悪影響があるが、そんなに多く食べることも難しいだろう。

「《花》に関する話だ。」

 最近の心配なことを教えてくれた。私も気になっていたことだ。表情が暗かったり、心ここにあらずだったり。だからその原因を探ってほしい、解決の一助を担ってほしい、と。言われるまでもないことだ。私は彼女の心を支えるため専属侍女として雇われている。今は静かに見守り、問題があれば手を貸す。そこに春仁様からの頼みが加わり、見守りつつ積極的に原因を探る。基本的に花様から聞き出すことはしない。やることはあまり変わらなさそうだ。

 快諾すると地上でも話そうと誘われた。わざわざ地下でこの話を持ちかけた理由は、地上の人間、特に花様自身に知られたくなかったのだろう。話を先延ばしにする理由もない。そう今すぐ聞きたいと伝えるが、彼にもこの後の予定がある。それは《王》への外出連絡と、他の協力者との話し合い。私も協力することになるかもしれない相手だ。そう同行させてくれた。

 《王》の場所には《公爵》もいたが、書類と睨み合いの最中だった。主に《王》が頭を悩ませている。悩むような決定権は持っていなかったと思うが、理解が難しい箇所でもあったのだろうか。そんな彼に《鬼火》は軽い調子で出かけることを伝えた。

「いつもいねえだろ。」

 小さな子どものように拗ねた表情を浮かべるが、これは仕方のないことだ。《鬼火》は以前も《春一番》商会の従業員、今は二条領主の夫。地下にいる時間が少なくなってしまうことも自然なことだ。伴侶を優先することも心情的に理解でき、地上における地下勢力の拡大という目的にも合致している。他の上位者、それも実権のない上位者である《王》の優先順位は下がっても順当だ。

 伝える内容は自分たちが地上に出ることだけではない。《探偵》も連れ出すかもしれないと伝える。彼女は《王》の右腕。使うには許可が必要不可欠だ。

「《探偵》がいなくなったら僕はどうしたらいいんですか。」

 私よりも少し若い程度のはずだが、配下が少ないからか、一人一人への執着が強い。最も頼りになる配下が今でも忙しくしているというのに、さらに会えなくなると思うと受け入れ難いだろう。それでも《鬼火》が食い下がれば、少しくらいなら、と本人との交渉が認められた。

 《探偵》は《地底湖》の事務所で真珠型魔道具の開発に当たっている。そう教えてもらい、事務所を訪ねるも返事がない。急に訪ねた身だ。急ぐ理由もない。そう扉の前で雑談に興じつつ、時折応答がないか確かめられる。挨拶だけでも、というつもりなのだろう。

 何度目かに応答があった。謝罪しつつ出てくれた彼が《地底湖》だ。今の真珠からさらに種類を増やそうと研究を重ねているらしい。そんなあちらの近況も聞きつつ、こちらの近況も伝える。目的は《探偵》。そう《鬼火》は頼み事をするが、反応は芳しくない。やはり開発に忙しいようだ。結局《探偵》への頼み事は引き下げた。

 次は《影》。治安維持隊の詰め所によく来るらしい彼だが、毎回《鬼火》への連絡があるわけではない。用事があるなら連絡があるため、今回もいるかいないかは行ってみてからでなければ分からない。詰め所は基本的に私も《鬼火》も来ることのない場所だ。彼らの仕事場のためあまりに気楽な態度を見せることにも抵抗があるが、楽しみになってしまうことも隠せない。しかしそんな緩い気分は怪しい人集りに阻害される。本当に困ったものだ。詰め所のすぐ近くのため彼らも対応できるが、見かけた人が対応してしまえばもっと早い。そう剣を構え、詠唱の言葉を用意する。隣では《鬼火》も短刀を構えている。

「はいはい、そこまで。影ある場所は俺の領域。言い逃れは許さないからね。」

 《影》だ。今もこの近辺にいてくれたのだろう。人間相手の戦闘が得意な彼にここは任せてしまおう。私たちが狙うより確実に捕らえてくれる。そんな期待に答えるように、背後に回り込んだ彼は首に幅広の紐を巻き付けた。強く絞めれば死ぬが、加減する実力があるなら拘束に留められる。

「《狂犬》!こいつらを牢屋にぶち込め。」

「了解。尋問はいつも通り《疾走》に任せるよ。」

 指示を出した《鬼火》は早速《影》に相談役の件を交渉する。彼が相談事に乗ってくれたなら心強い。一度話したなら信頼して相談できる人だと分かるだろう。問題は彼が多忙を極める《秋風》の右腕だという点だ。

「残念だけど俺のご主人様は人使いが荒いからさ。盗み聞きとかは《果実姫》だって得意だからそっちに任せて。」

 人聞きの悪い。影に溶けることは《影》の専売特許だ。私たちは仲良くなって話を聞き出すだけ。本人の意思に反した情報収集は行っていない。闇属性を用いて闇に溶けられる《影》と同様に、私も時属性を用いて空間に身を沈めることが可能ではある。ただしそれを実行するかどうかはまた別の問題。盗み聞きは猫に変化すれば可能だが、変化できること自体《紅炎》にしか教えていない。彼らには分からないはずだ。

 情報収集の得意な《影》には及ばない、盗み聞きの技術なんて私たちにはない。そう褒めていると、聞き慣れた声が背後から近づいた。

「あれ、また俺のご主人様が毒吐いてる?悪い癖だねぇ。」

 酷い言い草だ。褒めていたのだから毒なんて吐いていない。たまたま近くを通りかかったという《紅炎》にひとまず反論するが、《鬼火》からの協力要請で一旦言葉を引っ込める。確かに《紅炎》は地上で一葉様の侍従をしており、花様は一華様と親しい。その辺りを含めて相談しやすいこともあるかもしれない。花様との接点も自然に増やせる。花様の耳目を掻い潜るような悪口も一葉様の周りでなら見聞きできるかもしれない。その辺りの協力を求めよう。ただし一葉様からの信頼が優先。仕事の合間に余裕があれば、という程度で構わないなら協力してもらっても良い。

「仰せのままに、ご主人様。」

 やはり言葉の割に言い方は雑だ。実際私の命令には従い、時には意見し、私の部下である自覚を持って行動してくれているというのに、不思議なものだ。照れ隠しだろうか。指摘すれば惚けたような態度が返ってくる。人前では恥ずかしいのかもしれない。後で二人きりの時にもう一度聞いてみよう。面白い反応が見られるかもしれない。

 《紅炎》の態度も気になるが、花様の様子のほうが今は優先度が高い。そうは言っても私にできることは花様の傍で見守り、心を支えることくらい。今日は休暇を頂いている。全く気にせず過ごしても良い日。しかしこうして考えてみると、今花様の傍には誰もいない。私は休暇で、春仁様も地下に降りている。孤独の不安を感じてはおられないだろうか。休みを切り上げ、戻ってあげようか。休暇中だからと言い訳して、友人のように過ごさせてもらっても良い。それもきっと花様は喜ばれるだろう。

 地下での用事は済んだ。そう春仁様と二条家に戻る。道すがら休暇を邪魔したからその分の手当ては出すと説明してくれた。お金には困っていないが、有り難く受け取ろう。似たようなことが起きた際に他の人が受け取りにくくなると困る。続く地上での説明もおおよそ地下での説明と同じ。花様の様子を注意深く見守ってほしいというだけ。何も難しいことはない。


 花様の様子を気に掛けつつ日々を過ごす。今のところ悩み事の内容は判明していない。屋外でも過ごしやすくなった季節、花様は皇都へと足を運び、一華殿下との茶会に出掛けられる。ここ数日、その時間を楽しみにしておられた。悩み事を一時でも忘れてくれれば良い。一番は解決することだが、内容が分からない以上、手を貸すことも難しい。

「相変わらず素敵な香りね、花ちゃん。でもいつもと少し違うかしら。」

「新しいお香なの。色々試してみたくて。」

 社交辞令も二人の興味に近いものになっており、気心知れた仲であることがそこからも察せられる。花様は服に焚き染める香にも関心を示しておられるが、まだ一番のお気に入りと言える香りは見つかっていないようだ。今日の香りは甘い酸味を含んだ物。数日前、どれにしようかと相談され、結局ご自身で選ばれた。果穂っぽいと言って選んでくれた林檎のような雰囲気を含んだお香だ。

「でも一番好きなのは、春仁さんの煙草の匂いなの。」

 穏やかに話す花様を一華殿下も微笑ましく見つめている。もう春仁様への疑いも晴れたのだろうか。今日も春仁様の話を沢山すれば一華殿下からの印象は改善できるだろう。花様は結婚前も信頼できる大人として春仁様の名を挙げ、会えるとなれば喜んでおられた。匂いの記憶はよく残ると聞く。花様にとってその煙草の匂いは安心と紐付いているのだろう。

 話題は心安らぐ時間、というものにも移っていく。花様にとってはやはり春仁様との時間が一番。他愛ない会話をしたり、頭を撫でてもらったり、一緒に眠ったり。何も話さず、それぞれの本を読んでいる時間も好まれる。そんな時は私も傍にいる必要がなく、執事や他の侍女、侍従と交流する時間にできる。そのおかげで彼女が決して孤立しているわけではない、家の全てが彼女の敵というわけではない、と分かった。しかし最も身近であったはずの乳母や、親であるはずの父母、可愛がってくれるはずの祖父母が敵であった環境から、それらに気付くことが難しかったのだろう。そのことは使用人たちも分かっており、陰ながら支えることに努めていたそうだ。接触する機会を得ても下手なことをすれば甘やかすなと彼女の祖母から厳しい叱責を受けることもあったと言う。

「本は良いよね。勉強でも、娯楽でも。花ちゃんは最近面白いの読んだ?」

「旅行記で良いのがあったの。各地域の特色も学びやすくて、描写が詳細で想像しやすくて。」

 他国のことを知る勉強も他国の人間と関わる立場なら欠かせない。楽しみながら学べるのなら彼女にとっても良いことだろう。旅行記風の物語も楽しいが、彼女が読みたい物はそれとは異なりそうだ。それはそれで面白いのだが、勉強には使いにくい。最良は現地に行って体験してみることだが、時間もお金も掛かる。準備には春仁様と部下の協力が必要不可欠だ。

 お茶で口を湿らせつつ、自分の立場では現地に向かうことも難しい、と花様は俯かれる。様々な知識を得て、様々なことを経験し、それから本物の大人になれる。だけどそれは春仁様の協力あってこそ。その点が引っかかっているようだ。

「夫婦で協力し合って成長できれば素敵よ。頼って良いと言ってもらえているのなら、素直に頼ってしまって良いと思うけれど。」

 背中を押されてもまだ不安な部分があるようだ。花様は既に領主になっている。重い責任を感じておられるのかもしれない。対する一華殿下は次期皇帝ではあるが、何かあれば弟の一葉様が継ぐことも視野に入れられている。言葉だけなのか本気で選択肢に入れられているのかは分からないが、冗談でもそうしたことを言える余裕がある。親や周囲の人間からの視線も異なっただろう。投げられる言葉とそれらから守ってくれる人も異なる。その辺りの感覚も変わってくるのだろう。一華殿下もそれは理解しており、自分の受け入れられる範囲で、と付け加えた。それでも花様の反応は鈍い。気になることがまだあるのだろう。

 何度も言い淀み、湯呑みが空になった頃、ようやく花様は悩み事があると切り出した。春仁様にも言えていない、隠している悩み事。これは春仁様も気になっていることを聞ける機会だ。

「結婚したなら、夫婦になったなら、そういうこともあって然るべきでしょう?だけど、私はまだ手を出されていないの。夫婦の寝室で同じ布団に入って、本当に眠るだけ。私はまだ子どもだと思われているのかな。」

 彩羽学校の同学年だった人たちと比べると彼女は幼い。いや領主一家ならその年齢での結婚も珍しくないのだろうか。しかし十歳も上の人間から見ればまだ子どもだ。喜んで手を出す人間のほうが危ないように思える。それでも花様からすると正式に結婚したのに、と不満らしい。好きな人とは口付けその他もしたくなると聞いたことはある。花様は春仁様とそういうことをしたいという好きの気持ちを持っている。頼りにしている点は春仁様も勿論理解しているが、その気持ちは伝わっているのだろうか。

 この場が私と花様だけなら確かめられた。しかし今は花様と一華殿下の茶会の時間。侍女に過ぎない私が緊急事態でもないのにお声がけなんてできない。もどかしい気持ちのままお二人の会話を聞けば、身分による常識の違い、という点も春仁様に確かめたり、自分から春仁様を誘ったりすることへの抵抗があると分かった。ある程度の立場であればその手の知識も学んでいく。一方でそのような立場になかった春仁様にその勉学の機会があったのか分からない。それを確かめることすらできないでいるようだ。

「年若いのに知識ばかりある女はお嫌かしら。」

 高位の人間とも交流のある商会従業員だったのだ。ある程度そういった知識を入れられていることも知っているのではないだろうか。仮に知らなかったとしても、教育されていると伝えれば理解はしてくれるだろう。何より花様自身に何かを期待して結婚したわけではない。花様を通じて二条家と繋がることを期待し、花様への同情から寄り添うことに決めた。実質的な夫婦になることを拒んだとしても、理由は彼女のことが嫌いだからとはならないだろう。勿論本人に聞いてみないことには本当のところは分からない。

 ここには相談の適任がいるではないか。そう私に事実を確かめられる。しかし私も地上一般の知識を知らない。地下でも個人差が大きい部分だ。私もある程度の知識は持っている。春仁様もその点への理解はあるだろう。夢を見る無知な少年ではないのだ。

「それもそうね。聞いてみるわ。早速、ね。」

 ちょうど時間だから、と茶会を終わらせ、春仁様と会う予定になっている蓮の庭園へと向かう。花弁の端だけ桃色に染まった花が美しい。ただしそれを見て楽しむ人よりも、池の周辺で遊ぶ子どものほうが多い。官吏の子たちがここでよく遊んでいるそうだ。花様もそれが羨ましかったと仰っていたが、次期領主という立場上、そういった遊びは控えていたと聞いている。そんな子どもたちが楽しそうに声を上げている中心には春仁様がおられた。

 今日は葉で何かを作っているようだ。春仁様の手元では葉が小さな船に変身し、子どもたちもそれを真似して舟を作っていく。それを一歩引いて見守り、分からないという子には丁寧に作り方を教えてあげている。地下で孤児院の経営も行っているため、子どもの相手には慣れているのかもしれない。そんな彼に花様が近づこうとするが、その前にとある令嬢が声を掛けられる。侍女の腕が良いのか、大陸風美人の顔立ちだ。少々化粧が濃いようにも見えるが、そこは本人の希望だろうか。その上、服装も大陸風のドレスを自信満々に見せびらかしている。子どもたちの遊ぶ場所に来るような服装ではない。

「この後お時間ありまして?わたくしなら夜までも楽しませて差し上げられますわ。」

「ガキに興味はありませんので。帰って乳母とねんねしてな。」

 地上でも《鬼火》の口の悪い部分は健在だ。よく良家子女らしき人物に向かって言えたと感心してしまうが、彼自身が二条領主伴侶と考えるとまだ私より言いやすいのか。それにしても春仁様が地上のお嬢様に未だ言い寄られる存在だったとは意外だ。言い寄る彼女の行動も謎だ。完全に他人の夫に手を出そうとしている図だが、そこは気にしないのだろうか。責め立てられる非を自分から作る形になっている。

 私たちの視線に気付いたのか、春仁様がこちらを向いた。花様も少し照れたように微笑み、春仁様の隣に立つ。すっかり見慣れた夫婦の姿だ。しかしその女は面白くなさそうにしている。

「春仁さん、待たせたかしら。」

「いいや、全然。君がこれからずっと居てくれるならね。」

 お二人共柔らかな笑みを浮かべ、仲睦まじい様子だ。それが悔しいのか、女の笑顔は引き攣っている。そうなるくらいなら既婚者など狙わなければ良いのに不思議なものだ。既婚者でも婚約者のいる相手でも勝算などないに等しい。特に無理を押してまで結婚したかった相手など横取りできるものでもない。不和を招けばあるいは、という白昼夢でも見ているのだろうか。

 花様も女の態度に気付いている。当然不快ではあるだろうが、そんな様子をおくびにも出さず、腕を絡め、ゆっくり話せる場所に行こうと春仁様を誘った。

「いつもの場所でデートにしようか。」

 彼女の意図に気付いたのか、春仁様も常日頃からこういった交流を行っていると見せかけるような行動を取る。新婚夫婦の会話としてはありふれたものだろう。それでも女は半ば睨むようにお二人を見つめていた。

 そんな女など相手にせず、春仁様は花様の手を引いて行かれる。屋敷でもなかなか見せない甘いだけの顔で、《鬼火》とは思えない甘いだけの言葉を吐き出した。

「早く行こう。花、君との時間が楽しみなんだ。」

 悩み事など忘れてしまったかのように、花様も幸せそうにされる。一緒にいる間は忘れられるのだろう。今日のこの逢瀬が終われば、私から春仁様に伝えられる。すぐさま原因が解消されるかは分からないが、聞き出しても問題ない内容だと分かれば、花様との話し合いもできる。きっと良い方向に動くだろう。

 近くの長椅子に手拭いを敷き、花様を座らせてあげている。大変仲睦まじい様子だ。ここが二条家の屋敷ならこの場を離れるのだが、外ではそうもいかない。きっと見せつける意図もあって、ここで恋人の時間を過ごされているのだろう。そう推測できても、そんなことは二人きりの時にしてください、と言いたくなる。微笑ましくもあるが、後で花様は恥ずかしがるだろう。

「花、皇女殿下とのお話はどうだった、楽しめたか?」

 楽しい時間だった、でも、と言い淀む。しかし結局言い切らず、代わりに帰ってからの時間も楽しみだと言った。やはり人目が気になるのだろう。見せつける意味もあるが、本人に抵抗があるならできる範囲が限られる。それも折り込み済みなのか、続きは帰ってから、とそんな内容ではないのに春仁様の発言はどこか意味深だ。花様もそれを感じ取ってか、嬉しそうに返事している。

 子どもたちやたまに親である官吏の視線を感じながら時間を過ごし、二条邸へと帰還する。その時も花様は春仁様に手を引かれての移動だ。おいで、という言葉も毛布のように柔らかく温かい。帰宅後、花様が悩み事の一部だけでも春仁様に伝えられると良いが、上手く行くだろうか。

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