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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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紅染まりゆく

《林檎》視点

 三学期。多くの学生は既に就職先が決まっている。どこか他人の商会などでなくとも領地にいる親の下で領主や臣下なるため、あるいはそれらを支えるため、学びを続ける。私たちも《豊穣天使》に就職できる。どこで募集しているかも分からない果樹園への就職。伝手は私が妹という理由がある。緋炎もその関連で言い訳できる。ただしこれはまだ変えられる部分でもある。地上で妻という立場を得れば、果樹園の仕事に掛けられる時間は減る。今まで通り果樹園に関しては顔を覗かせる程度で、時属性を利用した実験の手伝いをする形になるだろう。問題は一葉様との関係性に進展が見られないことだ。

 《秋風》や《鬼火》にも連絡を取り、一葉様の婚約者やその候補について調べた。本人にも勿論尋ねた。その結果はどれも同じ。婚約者はいたことなく、候補すら受け入れたことがない。候補が挙げられたことはあったようだが、一葉様は本気で相手にされなかったとか。当時は幼く、理解できなかったのかもしれない。しかし成長してからもそれ以上の候補は挙がっていないという。

「粘るね、君も。そんなにうちの権力が欲しいの?それだったら姉さんに言ってよ。側室くらいにならなれるかもね。」

 そろそろ鬱陶しいと思われ始めただろうか。私は地下に責任のある立場だ、果樹園の主の補佐を行っている、それは単に果樹園のことだけではない、地下の秩序の一部も担っているのだと教えたほうが可能性はあるだろうか。必要とあらば、信頼できる相手ならば、地上の人間に地下のことを伝える。そんな合意は既に三者の間で形成されている。実際誰を引き込むかは《果実姫》から私に一任されている。一葉様は信頼できる相手だ。婚姻のために必要でもありそうだ。秘密にしていたいなんて言っていられない。そう一葉様を《紅炎》の待つ地下へと誘った。

 大切な、地下の人々が抱えてきた秘密。それを地上の権力ある人物に伝える意味、危険。理解してもらえるだろうか、どれほど重要視しているか伝えられるだろうか。それとも地上の力で支配しようとするだろうか。いや、一葉様ならそんなことはしないと信じよう。

「君たちの共謀かな?だけど君たちの秘密基地、ってだけじゃなさそうだ。」

 彩羽島地下に作った私の休憩所だ。水を飲んで身を一時休めるための場所。卒業すればここを住めるように改築するかもしれないが、現状は住むようにできていない。それでも内緒話をするには十分だ。

 地下と地上には別の秩序がある。上位者、中位者、下位者。そんな説明から始める。《鬼火》が誰か、《秋風》が誰かなど教える必要はない。私が上位者の一角《果実姫》の配下《林檎》であること、その《果実姫》が《豊穣天使》の経営者であることも開示しよう。《紅炎》が私の右腕であることも教えられる。紅井緋炎だということは見た瞬間から分かっただろう。

「なるほどね。君以外にも地下の人間が地上で権力を握ろうとしている、いや、もう一部掌握してるのかな。だから一向に地下調査が進まない。現に知らなかっただけで身近に二人もいた。」

 国内に不明点が残っているのに、技術的に可能なはずなのに、遅々として進まない。そのことに不信感を抱いていたのだろう。現千秋領主は《秋風》の母、《冬風》だ。様々な理由を付けて反対していることだろう。急ぐ正当な理由を提示できなければ、千秋領主に賛同する人も現れる。調査計画の作成は難航することだろう。

 地下は地上で行き場を無くした人の最後の砦だ。地上を知らない人も大勢いるが、知っていて戻りたがらない人も大勢いる。一方で地上での生活を望む人もいる。私たちが地上への伝手を増やせば、彼らは地上に出やすくなるだろう。今は多くを《春一番》商会に頼っている。道が一本しかない状態では人数も限られ、何か起きた時にも負担が偏る。代替わりを機に、一気に動こうという作戦だ。

「だから地下調査はされたくないし、地上の権力も欲しいと?それで誰が呑むんだろうね。乗っ取りたいって言われてるようなものだけど。」

 人々を守る責務は彼にも理解できるはずだ。地上で苦しむ人々にも新たな選択肢を提示できる。地上に馴染めない人にも居場所ができるのだ。それは彼らにとっても悪いことではないだろう。《豊穣天使》の毒林檎も美味しい果実も融通できる。情報もある程度は共有できる。何より味方が増えることは心強いだろう。それも他の多くの領主には隠された味方だ。

 良い返事は聞けない。地上の婚姻は伝手を得る目的もあると聞いている。その点では大きな利益が得られることを伝えた。それなのに迷う理由は、彼が自分の感情で伴侶を選びたいからだろうか。

「侍女か侍従とかはどう?一応、俺も可能な範囲で協力するよ。」

 周囲の誰にも言わない、は前提条件だ。それを考えれば可能な範囲の譲歩を引き出せたと捉えるか。侍女、侍従という立場も悪くない。《紅炎》は誰かの伴侶となることに消極的。私はこれだけ一葉様に執着した姿を見せたため、他の跡継ぎの伴侶の地位を狙っても妥協したように見えてしまうだろう。どちらが侍女や侍従として動きを制限されることになっても問題ない。それなら《紅炎》に頼み、私の身は自由にしておこう。いや、侍女という立場を活かし、秘密の会話をしている中で仲を縮められるかもしれない。

「寝屋で秘密の会話って?侍女がそんなこと許されるわけないだろ。俺から拒否させてよ。」

 一葉様はもう私を傍に置きたくないらしい。それなら《紅炎》にお願いしよう。彼の地上での立場も、《果実姫》独自の伝手も得られる。決して悪くはない結果だ。それとも《紅炎》は独自に何か準備していただろうか。

「いや特には。それより、この人にはなんて名前を付けるんだ?」

 魔術言語による地下名が必要だ。性質から取るか、地上名から取るか。《紅炎》は紅井緋炎という名前と適性が火属性であることから決めた。《彩》はおそらく彩芽という名前から来ている。《六華》はそのまま同じ意味の言葉であり、《柘榴》はそこから一字取って榴という名前になっていた。

 一ノ瀬皇家の一葉様。地属性が適性で、暴走召喚物討伐に出掛けられる程度には勇気もある。猫の体を撫でてくれた手は心地良かった。何より素敵なお声をされている。私が名付けるならその要素は入れたい。彼の一番の個性だろう。

「《金声》とかはどうかな。美しい声って意味なんだけど。」

「良い名前をありがとう。これで俺も晴れて《果実姫》の一味って?」

「やめろよ、俺も悪い一味の子分みたいになるだろ。」

 二人とも《果実姫》のことを何だと思っているのか。不服だが、名前は気に入ってもらえたようであるため、《果実姫》の所有の証を与えよう。地下での権限を何も与えなければ、何もできない状態にできる。主な活動圏が地上なら彼にとって悪くはない。むしろ私たちの情報や伝手を利用できるなら利益のほうが大きいだろう。

 心配な点は一つ。この時期になってから従者として雇ってもらえるのか、という点だ。侍女や侍従になるための知識は学校でも得られた。しかし本当になるつもりならもっと早くから交流を深めている場合が大半だ。少なくとも挨拶の期間は過ぎているだろう。

「俺の専属って言えば時期なんて関係ないよ。」

 それなら次の春すぐから専属侍従として働かせてもらえる。乗っ取りたいわけではないため、すぐに行動してもらうことはない。周囲に怪しまれないための期間も必要だ。しばらくの間は侍従として一葉様に従ってもらおう。

 もう一つ今頼みたいことがある。それは《彩》にも会うこと。会えば利点を一つ見ることができるだろう。そう《金声》だけを連れ、《豊穣天使》の果樹園に向かった。しっかりと果樹園で働く《彩》は今も仕事中だ。他の人たちにも一言伝え、少しだけ彼女を借りる。地上にいるはずの四辻彩芽と全く同じの容姿の人間。そのことに《金声》も驚いた様子を見せた。

「初めまして、《彩》です。あなたもここが気に入りましたか。人目から隠れられる良い所でしょう?」

「そう、だね。君はいつからここに?」

 時期を聞けば地上の彩芽が彼女と異なることも、幼い頃の思い出話を聞けば入れ替わったことも、彼なら気付くだろう。そのうえで伏せてほしいという思いも分かってくれる。何より入れ替わった地上の彩芽も地下の《彩》も満足しているのだ。幸せそうにしている姿を見て、地下の有用性を感じてくれないだろうか。

 期待を抱いての短い交流を終え、地上に戻る。すると夜分遅く、寮の私の部屋に意外な人物が訪ねてきた。

「内密の話がしたいの。時間はあるかしら。」

 花一郎様だ。年齢を重ねたからか、春仁さんの影響を受けたのか、入学当初より柔らかな態度を取ってくれるようになっている。それでもこうして内密の話は珍しい。《鬼火》関連の話か、それとも彼女個人の相談か。見当も付かない。

 彼女を招き入れ、話を聞く。喜んで話せる内容ではないのだろうと察せる表情だ。

「私の専属侍女にならないかしら。貴女の推測通り、夫からの提案なのだけれど。」

 花一郎様との不和はもうない。しかし特別親しいわけでもなければ、近づく利益が大きい訳でもない。彼女の傍には既に《鬼火》がいる。《果実姫》独自の道を欲する場合でも、他の勢力と被せないほうが軋轢なく進められる。春仁さんからの提案なのだとしても、本人にもその意図を確かめたい。ここは一度保留にさせてもらおう。

「ええ、勿論構わないわ。じっくり考えて頂戴。」

 専属侍女を求める理由も、自分の侍女になる利益も何も言わないまま、ただ一枚の手紙だけを渡して彼女は去って行く。本気で私を求めているのだろうか、それとも誰でも良いのだろうか。しかし春仁さんの提案と言うなら誰でも良いとは思えない。地下の関係もあるはずだ。未だ地上での立場が決まらない私を気遣ってか、何か問題が発生したか。

 手紙の差出人は名前という形では書かれていないが、青と赤の混ざった炎のような印からも《天空の安らぎ》で会いたいという文言からも《鬼火》からの物だと推測できる。私に予定があったらどうするつもりだったのだろう。そんなことを考える余裕もないほどの事態なのだろうか。


 考えていても始まらない。そう翌朝、《天空の安らぎ》へ向かう。二条春仁《鬼火》。どちらの名前で入っているのだろう。地下の入口なら《鬼火》という名前で確認できる。しかし私が約束と言っただけで、姿を知っている彼らは特別な一室に案内してくれた。

「急に悪いな。学校での様子から気付いてるかもしれないけど、ちょっと花が心配な状態でさ。」

 花一郎様の態度は年を重ねるにつれて柔らかくなってきており、特に春仁さんと結婚してからはピリピリと周囲を緊張させるような空気も薄れている。しかし彼から見ると不安が大きいとか。それは卒業後を見据えてのことだ。

 今、花一郎様は春仁さんという味方を手に入れた。領主、家長としての実権も手に入れた。学校でも友人はいる。しかし卒業後は今ほど頻繁に会って言葉を交わすことが難しい。

「使用人も彼女の立場に同情的な人が多い。だが、彼女はそれに気付いていない。俺も四六時中傍にいることは難しい。そこで、だ。彼女の傍にいることが可能で、彼女の様子によっては離れて自由に動ける、彼女だけが自由に使える絶対的な味方が必要なんだ。」

 彼女の心のために。私が絶対的な味方に適しているか。それは疑問だが、少なくとも彼から見て私は適任だったらしい。地下での強い立場も必要なのだろうか。

 私に求められるものは、彼女の傍にいること、彼女に寄り添うこと、二条家の使用人たちも彼女の味方であると気付かせること。三つ目は長期的に見て達成されれば良いため、最初は意識せずに行動して良い。彼女の心に余裕ができれば、自ずとそういった点にも目は向くだろう。

 卒業後の進路。《豊穣天使》を表に出しても良いが、急ぐ理由もない。《豊穣天使》の従業員はみな地下の人間。地上の伝手を得てからにするという手もある。先に二条花一郎の侍女という形で地上の立場を得ることも悪くはない。何より、今の《鬼火》の表情は上位者としての厳しいものではなく、ただ花一郎様を案ずる人間のものに見えたから。

「ありがとう、助かるよ。まずは周囲への不信感を乗り越えないと、彼女と協力するも何もないからさ。」

 私たちは復讐したいわけではない。自分たちの家族を、配下を守りたいだけ。彼らの願いを叶えたいだけ。地上で生きたい人は地上に、地下で生きたい人は地下に。そうするための道を多く用意したいだけ。《虹》と《彩》が入れ替わったことでそれぞれの道を見つけたように、生まれた場所に囚われずに済むように。その意味では万城目家当主とも仲良くなれそうだが、焦ってはいけない。一歩ずつ、一人ずつ、進めていこう。

「ところで君の進捗は?邪魔して悪いとは思ってるんだ。ただ、彼女が潰れてしまっては意味がない。」

 友人としては親しくなれても、それ以上にはなれなかった。結局《紅炎》を侍従とすることで妥協した。侍従と侍女なら、学校でも友人だった関係から地上での付き合いも続けやすい。妥協した結果ではあるが、案外悪くないかもしれない。

 伴侶という立場はある程度の権力を得られる代わりに、行動の自由が失われる。注目される立場になり、難癖も付けられやすくなる。大きな物事を動かすためには必要な立場だが、小回りは利かない。二条領主伴侶、四辻次期領主、十六夜次期領主伴侶、千秋領主。それだけの立場に地下の人間がいるならば、その補佐的立場も充実させて良い頃だ。

「千秋家の他の人たちも、というのは聞いているか。」

 現領主は先代《秋風》、今は《冬風》を名乗る。それ以外にも現領主の妹君も弟君も国家機関の院長を務めておられるそうで、少々権力が千秋家に傾いているとして視線が厳しいことになっているとか。つまり千秋家の人間として《秋風》は権力を振るえる立場ではあるが、同時に動きにくくもなっている、ということだ。

「俺たちが知ってる立場が全てでもないからな。先に上位者にもなっていたんだ。余計な気を回すより、必要とされた時に貸せる手を増やすことに専念しよう。」

 共倒れにならないために、様々な道を増やしている。急いでせっかく手に入れた場所を失うことにもしたくない。卒業後しばらくは大人しくその仕事に専念しよう。

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