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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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銀花の星見

《六華》視点

 学生たちの冬休みの時期に合わせて、婚約発表の星見会を開催する。それでも皇都で開催されるそれに参加できる人の多くは現領主夫妻や既に卒業している次期領主たちだ。彼らに挨拶することが僕の最初の仕事。心配はしていない。隣には常に椋がいてくれる。そう幾つもの家の挨拶を受けていく。多くは夫婦での参加だ。しかしその中で万城目家は当主とその娘の参加だった。

「椋君、君が惚れ込んだその女性の個性を、自分が魅力に感じた彼女を、自分の都合で殺してはいけない。理不尽な私達の社会で潰さないように、壊さないように、気を付けるんだ。」

 当主は万城目家の妻としての役割を求めないことを条件にその女性を妻として迎えたことが公然の秘密となっている。ただの恋人のように彼女は自分の仕事を続け、子を産むことを望まない彼女の意思と、万城目家に跡継ぎが必要だという現実の間に上手く着地点を見つけた。その結果が三人の養子だ。今隣にいる娘も地上の良家の子女としては珍しく血の繋がらない娘だ。どこか包容力を感じさせる雰囲気を纏っているという共通点は、育てた環境がそうさせたのだろうか。

 彼の忠告に椋は真剣に頷く。僕は次期領主の妻として隣に立つつもりでいる。それが《果実姫》の期待でもある。果樹園の仕事は辞めたが、《果実姫》の配下は続けている。その仕事として、次期領主の妻も含まれている。《林檎》だって皇子の妻になるつもりで行動しているのだ。《鬼火》も二条領主の夫として立っているのだ。どこかの領主の子でなければ隣に立てないわけではない。それ以外の人間に伴侶として立つことが禁じられているわけではない。彼らは僕に選択肢を与えてくれている。

「父上、小難しい話はそこまでにして、今はただ祝福をして差し上げましょう。愛する人と結ばれるのですから。お二人共、これからのご多幸をお祈りしております。」

 万城目は多くの良家とは異なる役割を持つ。だからこそ、血縁関係に依らない跡継ぎを指定しやすかったとも教えられた。それでもこうして忠告をくれるということは何の困難もなかったわけではないということだろう。娘がその点に触れない理由は彼が上手く隠せているからなのか、僕たちの前で話すことではないと距離を置いているからか。親しくなれば万城目家当主とその妻の話も聞けるだろうか。

 続く千秋夫妻は安心して良い相手だ。先代《秋風》である《冬風》とその夫の耳には水色のピアスがあり、地下のことも知っていると分かる。

 次は警戒しなければならない相手だ。権力欲、選民意識共に強い人たちと事前に説明を受けている。付け入る隙を与えず、取る揚げ足を無くし、呼吸音にすら気を遣って、挨拶をする。頭の天辺から足の先まで値踏みするような視線を感じる。心地の良くない視線が特に強くなった。二人ともそんな下品な態度を隠さない。

「どこの馬の骨とも知れない女を伴侶に迎えようなんて何を考えているのかしら。」

「全くだ。権力を奪われると分からないのか。正気とは思えないな。」

「せいぜい足元を掬われないようにすることね。」

 悪意を剥き出しに伝えてくる姿は権謀術数渦巻く社会の人間とは思えない。感情のままに言葉を紡ぐ子どものよう。その語彙が少し豊富なだけだ。身分を意識するなら、彼らの中での身分も考えに入れるべきだろう。それなのに自分より高い家格の十六夜家の人間に対して上から目線。足元を掬われるとすれば、その辺りを考えずに発言し、行動した彼らのほうだ。

 気分を切り替えて次の相手へと向かう。五十川吟香は椋の同級生で、《林檎》の同級生である心白の姉だ。彼女はとても美人だが、優しいという雰囲気ではない。やはり身構えておきたい。

「想い人と結ばれる決心が着いたようで安心したよ。君もようやく腹を括ったかな?何はともあれ、おめでとう。いや、この言葉は結婚する時まで取っておくべきか。」

 吊り目なだけで、怖い人ではないようだ。椋とも親しく、僕に関して椋が何を言っていたかも知っているようだが、教えてくれない。彼女とは交流を深め、その辺りを聞いてみたいものだ。もっとも、椋は聞いてほしくなさそうだ。

 もっと長く話していたいという気持ちにもなるが、他の人たちへの挨拶も欠かせない。まだ婚約者という立場ではあるが、いずれは妻となる。椋の妻として認められるよう、虚勢でも胸を張っていこう。

「気張っていても始まらん。何かあれば私も手を貸そう。できることは知れているがな。」

 純粋な地上の人間がこう言ってくれるとは心強い。探られて痛い腹のない関係は心地良い。警戒することなく、地上で関わるための理由を考えることなく、頼れるのだから。

 見た目の印象と話した印象が良い意味で異なる吟香様との挨拶に気が抜けてしまった。しかし今度の相手からは表面上の祝福の言葉に続き、攻撃的な言葉が飛んでくる。

「お前程度の人間にできる仕事は大人しく守られることぐらいだ。せいぜい綺麗なお人形さんを演じるのだな。」

 僕の実力はまだ示せていない。だから好意的に見られないことも仕方ない。それでも気持ちの良い言葉ではなく、反論する言葉もなくただの飲み込むことしかできなかった。きっと時間が立てば椋の妻として、十六夜家を継ぐ人の伴侶として認められる。今はただ自分にできることをするだけだ。

 一部の言葉に傷つく必要などない。そう分かっていても沈む気持ちは変えられない。心を硬くして、次の相手を待ち受ける。そんな気合も椋の言葉に崩された。

「ここから数人は安心して良いよ。」

 その言葉通り、基本的には友好的に見える態度の人が続いた。彼らは僕に寄り添ってくれる人々であり、信頼できる人らしい。 数人でも信頼できる人がいればこの社会で生きていくにも不安は減る。第一は自分の力だが、対処しきれない時に独断で下手なことをするより誰かに頼ったほうが良い。その時の頼り方は考えなければ、より周囲に軽んじられる結果に陥るだろう。

 厳しい言葉は何も敵対的な人だけが吐き出すものではない。友好的だからこそ後から現実を知ることのないよう教えてくれる人もいる。

「六華さん、立場ある人間の妻として死ぬ覚悟があるのか。椋、お前にも彼女を守る覚悟はあるのか。」

 改めてそう問う人もいた。同じ身分の者同士の結婚より苦難が多い。そう考えての忠告だ。覚悟しているつもりではあった。それでも立場ある人間の妻として、と問われると迷ってしまい、即答できなかった。椋となら生きて死ぬつもりでいた。それが立場ある人間の妻として、ということだろうか。次期領主の妻ならば共に死ぬことよりも共に生きて領民を守る覚悟のほうがより必要ではないだろうか。死ぬ覚悟があるならそれもできるということなのだろうか。

 意図を読みきれない僕とは対照的に、椋にはこの発言も十分理解できたのか、覚悟はあると重々しく答えていた。守ってくれるつもりであることは有難いが、ただ守られるつもりはない。僕だって守る側なのだ。《果実姫》にはその立場で守ってもらっているがそれに一方的に甘えているわけではない。頼りにされている部分だってあると自負している。そのことは伝えられないが、僕も共に守る側に立つとだけ言えば、僕たちの想いが通じたのか、それなら自分が口を挟むことではないとその人も認めてくださった。こうして一人ずつでも味方が増えれば、地上でも活動もしやすくなることだろう。地上の情報も集められれば、人々と親しくなれれば、《果実姫》への情報提供もしやすくなり、果樹園も拡大できるかもしれない。

 この人も怖くはなかったが、覚悟の再確認に思うところがあったのか、椋は次こそ安心と友人を紹介してくれる。外見こそ厳ついが、表情は柔和。僕にも友好的な態度を見せてくれた。

「椋なら大丈夫だから、君も安心しな。椋、お前が守ってやれよ。彼女がどれだけ優秀でも、美点をさも欠点かのように言ってくる連中だからな。」

「誰が聞いているか分からないんだ。言葉を慎め。」

 確かにこういった場での発言としては相応しくないかもしれない。しかしこうはっきりと示してくれると僕としては分かりやすく有難い。やはり味方がいないわけではないのだ。

 続く二組も恙無く終了した。友好的とは言えないが、非友好的と言うほどでもない。形式的な挨拶に終止し、どういった人間なのかという片鱗さえ掴ませない。これから関わることもあるだろう。交流はその時でも十分だ。

 次の四辻彩芽との挨拶も友好的に終わった。それもそうだろう、彼女も地下の住人《虹》だ。《鬼火》の配下のため、事情も知っている。何かあれば愚痴くらい聞こうとも言ってくれた。ただしこちらは彼女自身が跡継ぎであり、相談しやすい立場ではない。同じ立場でもないため、話す機会を得るには椋も巻き込んだ口実が必要になるだろう。

 今度は緊張する相手、三ツ谷家の第一子の彼方と第四子の万里。《林檎》の話では、第二子の遥と第三子の海里より良い人だということだが、彼らの視線はあまり心地良くない。これが厳しい目か。

「十六夜家だから何とかなるかもしれないけど、苦労するよ。特に綺麗だし、嫉妬した人が何か言うかも。領主一家の仕事は大変だからね。お綺麗なだけのお姉さんに務まるかな。」

 忠告のつもりなのだろう。次期領主の妻としての仕事はまだまだこれからだが、やる気は満ち溢れている。忠告だとしてもあまり気分の良くない言い方でもある。どんな仕事だって最初から一人でできるわけではない。それに容姿は関係ないだろう。面白くない言葉でも反論することが必ずしも得策とは言えない。忠告として受け取り、精進すると殊勝な態度を取って見せることも時には必要だ。

 はっきりと言葉にした万里とは対象的に、彼方はあまり言葉にしない。ただ彼女の言うことを肯定するような素振りは見せている。基本的には同じ考えなのだろう。子どもがこのような考えということは親の現領主と会う時も気合を入れて行ったほうが良さそうだ。親の教育による影響なのかはその時見極めよう。

 二条夫妻のことは少しだけ知っている。夫の春仁は地下での《鬼火》。こちらの事情も把握している相手だ。領主本人も黒いピアスを着けているため、警戒はさほど必要ない。

「他人から口さがないことを言われる覚悟はしておきなさい、二人とも。」

 家督を継いだばかりの彼女も大変な困難に見舞われていることだろう。それも急な婚姻と継承。彼女自身が継承者ではあるが反発は大きく、厳しい目を向けられる立場だ。お揃いの黒いピアスも指摘されただろうか。それをどう跳ね除けたのか、参考になる部分はあるだろうか。いや、まだ結婚して一年も経っていない。彼女も戦い、自分の力を証明している最中だろう。もっとも、これを僕が指摘して良い立場でもない。僕は彼女と初対面なのだ。聞いただけの情報で彼女を語るべきではない。

「悩み事があれば相談に乗ろう。同じ立場だ、分かり合えることもある。」

 二条春仁とは同じ立場だ。彼はもう領主の伴侶、僕はまだ次期領主の伴侶だが、共通点を理由に彼と関われる。そうして地上での接点を得れば相談はしやすい。確かに私たちのような人間が領主の伴侶となることを面白く思わない人もいるだろう。僕自身がその悪口などを跳ね除ける態度を見せられるようにしよう。急に春仁さんと親しくなっても付け入る隙を与えてしまう。頼るにしても頻度や程度は考えよう。

 最後はこの国の皇女、一華殿下。とても美しい女性だ。背も高い。椋とは同級生で同い年、彩羽学校でも接点は多かったそうで、身構えることはないと笑ってくださる。

「共に生きたいと思える人がいるのは素敵なことだわ。共に責務を背負ってくれる人がいるのも有難いことよ。」

 僕とは初対面だからだろう。主に祝福する相手は椋だ。この国で最も期待されているだろう相手が、僕との結婚を祝福するなんて意外だ。責務を背負うという言い方をしているのに僕の実力を疑うこともしない。疑われても不愉快だが、そうと信じられる実力を僕は示せていない。

「椋の選んだ人を疑うつもりはないわ。ただ貴女自身の信頼を得たいなら、これから頑張ってね。」

 確かにそうするしかない。今は椋への信頼を支えにしているだけ。僕自身への信頼はこれから得られるよう努めよう。仕事の支えも農作関係なら以前の仕事の知識が役立つ。《果実姫》への報告も考えるとこうした人々との繋がりも得たい。まずは農作関係の仕事をしつつ、礼儀作法や彼らの間の常識などをもっと学んでいくところからか。こうして励ましてくれる人も、すぐ傍で支えてくれる人もいるのだ。きっとやっていける。

 婚約発表という最初の仕事は終えた。婚約を発表したことでこれから色々と問題も発生するだろう。それを僕たち二人が主体となって解決できなければ、隣に立って生きていくことは難しい。これからが第一の試練なのだ。

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