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二つの道

 翌日の昼食、一葉から無事一華様にペットを送り届けられたという報告を果穂さん、緋炎と共に聞く。大切にされている様子は以前とお変わりなく、感極まった様子で抱きしめられていたそうだ。毛玉ちゃんも興奮した様子で飛び回っていたのなら、その愛情は正しく伝わっているのだろう。そんなに心配するのに簡単に逃げられる状態にしたままである点には疑問を抱く。毛玉ちゃんも会いたいのに何故離れるのだろう。何度も一葉が送り届けている。毎回誰かがそうして見つけているから何の対策も取らないのだろうか。最も迷惑をかけられているだろう一葉が何の対策も取らないのなら、俺が気にすることではないか。

 気を取り直し、空いている席を探す。全員が同じ時間に食事を取ることになるため、席は十分に用意されており、その上弁当を受け取って外で食べる人もいる。座れないことはない。しかし面倒事には巻き込まれてしまう。

「皇子殿下、自らの品位を落とすような行いはお控えください。それが皇国の品格と思われては困ります。」

 鋭い声をかけてきた人は二条(にじょう)花一郎(はないちろう)様。彼女は一人娘として強い期待をかけられているのか、誰より礼儀作法や品位、品格に煩い。この国で二番目に身分の高い家の人のため当然といえば当然だが、偉そうでもある。少々苦手な相手だ。何より領主家に無関係の果穂さんや緋炎の前でするような話ではない。一葉も面倒には思っているようで、珍しい態度を表に出す。

「私が誰と付き合いを持とうが君には関係ないだろう?」

 花一郎様に対しては厳しい敵意の滲んだ言い方だが、果穂さんや緋炎を守る言い方でもある。二人がいない場なら一葉ももう少し花一郎様の話を取り合っただろうに、何故一緒にいる昼食前に言ってくるのだろう。空腹時に真面目な話をされても聞く気は起きない。それなのに花一郎様はさらに言葉を重ね、一葉もそれに応じている。俺たちだけ先に昼食を始めてしまおうか。そう果穂さんと緋炎を誘う。

「良い度胸ね、御三方。やはり背負う物のない人には品位や品格の理解が難しいようね。皇子殿下、貴方が傍におられるのなら教えてあげるべきではありませんこと?飛鳥も本来なら教える側の立場だと理解するべきよ。」

 一葉は将来的に皇弟として仕事をすることになる。俺も領主の弟であり、何事もなければ領地で兄を支えることになるだろう。そんな立場の仕事は第一に民の生活のために考え、行動すること。その民に当たる果穂さんや緋炎に高圧的な態度を取ることではない。同じ学校に通う友人としての交流だって必要なものだ。勉強だけなら家でもできる。息抜きの時間だってほしい。この反論をしてしまえば昼食の時間が潰されてしまうだろうか。

 苛立ちを堪え、一葉が花一郎様をあしらう様子を黙って見ていた。身分の問題を考えると、二条の跡継ぎに強気な返答ができる人は一ノ瀬皇家の一葉だけ。十六夜家の次男である俺ではあまり強気なことを言えない。何の立場もない果穂さんや緋炎はもっと言葉にも態度にも制約がある。

「全く、誰にでも甘い態度を取ることが人の上に立つ者のすべきことではありませんわ。」

 言い捨てて行かれる花一郎様。果穂さんも緋炎も少し安心したように息を吐く。俺も同じように態度に出したいが我慢する。そんな俺たちの様子を見た一葉が花一郎様を庇うような説明を始めた。悪い子ではない、強い期待をかけられているせい。彼女が誕生した時、二条先代領主と同じ髪と瞳だとして同じ名前を付けられ、同じように立派な領主になることを期待され、未来の皇帝である一華様よりも厳しく育てられた。その様子が傍目にも可哀想に映ったそうだ。一華様は少々大変な部分もあるが、苦手というほどではない。その大変な部分も話していて緊張するものではなく、自由すぎてハラハラするような類のものだ。いざとなれば他に継げる人間がいるかどうかという点はそんなにも大きな影響を与えるのだろうか。

 真剣な様子で果穂さんも緋炎も話を聞いてくれていた。皇帝や領主の務めなど民の立場にある彼らは知らなくても良い。彼らは彼らで俺たちの生活を支えてくれているのだから、それに対する見返りを当然のものと受け取って良い。それなのに自分たちの知らない苦労があるのかと心を寄せた。

「じゃあ一葉様や飛鳥様はどうなんですか?彼女と似た立場なんですよね。」

 将来家を継ぐ身か否かという点で違いがある。正直俺は彼女について詳しくない。領民との交流を否定する彼女と話しても楽しい時間を過ごせないからだ。そんな彼女の思想は二条家で形成されているという擁護は聞いた。その上で個人的に親しくしたいとは思えない。一葉はそう思わないようで、あんなやり取りをしつつも交流を続けている。そんな彼の言葉に感化されたのか、果穂さんは花一郎様に興味を示した。もっとと花一郎様に関する情報を求め、昼食中もずっと彼女のことを気にしていた。

 昼食後、雑に対応してしまった花一郎様への弁明のため、一葉は図書館に向かった。俺はこの後自由時間で、二人に誘われて庭園へと向かう。学校内に幾つか庭園が用意されており、安全に人目少なく交流が可能だ。今から向かおうとしている場所は特に校舎から離れており、二人もまだ行ったことがないと言う。道中も整備されておらず、他の学生もいない。そんな場所に一人俯く花一郎様がおられた。

 こんな所で一体何をされているのか。息を殺し、足音を潜ませる。二人も俺の意図を察してくれたのか、同じように忍び寄ってくれた。花一郎様は気付かない。その手元の紙によほど集中されているようだ。途端にふざけるなという聞いたことのない荒々しい声を上げられた。

「あ、ら?何かしら。覗き見なんてやっぱりあなた達には品がないわね。」

 顔を上げた彼女に気付かれてしまった。近づき過ぎてしまっただろうか。それにしても親しくなる気分の削がれる言葉だ。これで他の学生とも友人付き合いができているのだろうか。案の定果穂さんは渋い顔をし、この場を去ろうと踏み出し始めている。しかし緋炎はまだ親しくなる努力を放棄しておらず、優しい言葉をかけてあげた。それなのに花一郎様は冷たく突き放す。

「お気楽な立場で領主家の事情に首を突っ込もうなんて命知らずね。それなら、あなた達の家の人はどんな人なのか教えていただけるかしら。」

 彼女の悩みは家関係らしい。やはり多大なる重圧を感じているのだろう。突然他人の家のことを聞くなんて、と思わないでもないが、この質問で気が変わったのか、果穂さんは答えてあげる。彼女の実家は高級な果実を多く生産する果樹園《豊穣天使》。だからこそ彼女や彼女の兄の榴さんは二人揃って彩羽学校に入学できている。果穂さんによると他の従業員やその子どもも一部通っているそうだ。ただし彼女に両親はおらず、お婆さんが親代わりとなって育ててくれているという。楽しそうにお婆さんのことを話しており、会ったことのない両親に思う所はなさそうだ。

 一方の緋炎は話したくなさそうにしている。家族関係は問題を抱えている子も多く、話題に出すだけで嫌な顔をされることもある。兄弟姉妹の話題でも油断できない。緋炎も家族仲が悪いほうの人なのだろう。ここは追求を避け、花一郎様に話を促す。

「私に隠し事をするつもりなのね。まあいいわ。私にはね、偉大な曽祖父がいるの。」

 おおよそ知っている話だ。果穂さんと緋炎も概要は一葉から聞いている。しかし花一郎様の雰囲気に圧されたのか、黙って話を聞いてくれた。同じ髪と瞳、そこから付けられた同じ名前、たった一人の子ども。それらの要素が合わさり、特別厳しい躾や教育になってしまった結果、この近寄りがたい性格に育ったようだ。その上、現領主である曽祖父から父を飛ばして彼女が次期領主となっている点も外から見れば疑問が残る部分だ。

「次期領主には次期領主の悩みがあるように、他には他の悩みがある。そう言われたの。確かに私には商家の知り合いが少ないわ。彼らの悩みを聞いてみるのなら、私の悩みを教えて然るべきよ。」

 意外にも花一郎様は果穂さんたちと仲良くなりたいと思っていたようだ。しかし悩み事、と果穂さんも緋炎も考え込んでしまう。咄嗟に思いつかないほど日々の生活に問題を抱えていないのなら良い事だ。他にもいるとはいえ、商家の子は少ない。領主家の子やそれに連なる家の子の話題についていけないこともあるだろう。

「強いて言うなら、見下すような態度を取られること、ですかね。もちろん一部の人ですし、一葉様や飛鳥様が庇ってくださるので特別気にするほどのことにはならないですけど。」

 俺たちの行動が彼女たちの役に立っているのなら幸いだ。生まれながらに恵まれた環境にいることを自覚せず、少し勉学に遅れが生じている点を責め立てるような人も中にはいる。果穂さんたちのような人間が領民だということを彼らは忘れてしまっているのだろう。食料の生産などを行い、自分たちの生活を支えてくれているのが誰なのか、実家で習わなかったのだろうか。

「そう、だったのね。見下したつもりはなかったのだけれど。育った環境が違うのだもの。感じ方が違うのも当然だわ。」

 当然と受け入れてくれる点は良いが、改善するつもりはあるのだろうか。果穂さんはこの回答で納得しているようで、緋炎にも話を振った。彼も家族のことは答えられないが、悩み事なら答えられると口を開く。

「俺は元の周りと仲が悪かったから、むしろ今のほうが居心地良いです。果穂ちゃんも仲良くしてくれていますし、一葉様も飛鳥様も気にかけてくださっていますし。」

 だから家族のことを話したがらないのだろう。彼には学校での話題を振ったほうがより仲良くなれそうだ。果穂さんにはお婆さんやお兄さんのことを聞いても問題ない。《豊穣天使》の果実を褒めても喜んでもらえるだろう。

 最初に花一郎様の話を聞いたのに、さらに深い話を聞きたいのか、緋炎は最後に花一郎様の番だと話を振った。先ほど以上の内容や俺の知らないことまで彼女は話してくれるのだろうか。そう思えば彼女は両親の性格的な部分にまで言及し始めた。

「父は心の弱い人だわ。私が生まれて来るまで、いつかは自分が領主にならなくてはいけないと思って苦しかった、一時部屋から出ることすら嫌になった、と言っていたの。」

 次期領主と言われる長子は皆通る道だ。俺の兄は既に乗り越えたのか、そんな重圧を与えられなかったのか、俺には見せないようにしていたのか、その手の悩み事を聞いたことがない。一華様もそんな様子を表に出してはおられなかった。いざとなれば弟の一葉に押し付けると言い放ち、窘められていた。あれが重圧を感じた結果の行動だったのだろうか。

「母も心構えのない人ね。領主の伴侶となる覚悟がないの。子どもを産んだから、その子が領主になれば良いとばかり思っているわ。」

 父、母、と呼称こそしているもののどこか他人の話をしているような雰囲気だ。評価も厳しく、親に対する言葉とは思えない。俺の家とは親との関係性が大きく異なるのだろう。父が領主、母がその補佐。その点を取ればむしろ花一郎様の祖父母との関係性のほうが近いだろうか。

「でも父と母はとても仲が良いらしいわ。」

 親の話なのに伝聞調。しかし領主家ではむしろ毎晩食事を共にすることのほうが珍しいと聞いている。我が家では父の方針で食事を共にしていたそうだ。家族の時間を確保するため、と理由まで兄から聞いたが、そんなことしなくとも両親の仕事部屋に遊びに行っていた。来客時しか怒られなかったため、仕事で忙しくしていても家族の時間は確保できただろう。

 花一郎様の話し方に果穂さんも疑問を抱いたようで、共に歩き、食事し、入浴し、眠る時間がなかったのかと質問する。そんな時間はないという花一郎様の回答にも果穂さんは納得していなさそうだ。家族どころか従業員の人たち同士でも親しいかどうかなんて見れば分かる、と首を傾げている。緋炎も家族の話題には非積極的。家族関係の話題には無闇に口を挟まないほうが賢明だ。

「私の両親は互いしか見ていないわ。母は父の隣で奏でるばかりで、父は母の隣で領地の仕事ができれば良いと言うばかりで。」

 領主にはならないが、領地の実務は担う。本当に領主の器ではないだけで、仕事のできない人ではないのだろう。花一郎様はその点をどう感じておられるのか分からないが、少なくとも寂しそうではある。反対に祖父母の話題になると苦々しい表情を浮かべた。領主とその妻としての務めを果たし、次代への教育も彼らが主に担い、そのせいで花一郎様は苦手意識を持っておられるようだ。

「私が民草を背負う、そのために学ぶのよ。私以外に継ぐ人がいないなら、私がやるしかないの。」

 支えてくれる人がいると思えるかどうかも意識に影響していそうだ。領民と密に交流を図り、俺も将来は領主となった兄を支えるよう言われている。大人になったら姉になってくれる人もいる。自分だけが、という考えにはなりにくいだろう。花一郎様には良い人がいないのだろうか。領民と互いに役割分担をして、生活を安定させるという意識もないのだろうか。

「貴方たちには分からないわ。人の命を背負うことの重さなんて。」

 話しているうちに自分の言葉に夢中になってしまったのか、ほぼ俯いての言葉だ。彼女は同学年だが年齢は幼い。俺が彼女の年齢の頃は庭を走り回って遊ぶことを許されていたが、彼女はそれすら許されていないのだろう。

「どうして皇女殿下も皇子殿下もあんなにお気楽なのかしら。領地どころではなく、国の全てを背負うことになるというのに。」

 一華様は俺たちより大人だ。一葉も少しだけ年長。だから余裕もあるのだろう。支える人も多い。一人で全て担うわけでもない。花一郎様も学校で過ごしているうちに周りを頼れるようになるのだろうか。今はまだ自分でなんとかする、他の人のようにお気楽でいてはいけない、と自分に言い聞かせている。彼女の様子が理解できないのか、緋炎は厳しい目を向け、果穂さんは不思議そうにした。

「本当に選択肢はないんですか?血縁関係が必須なら遠縁の人でもいいじゃないですか。お家取り潰しになっても、そんなの血縁だけに頼った当然の結果ですよ。みんな相応しい人の下で働きたいんですから。」

 果穂さんも果樹園を継ぐ想定で動いている。お兄さんが継ぐのか彼女が継ぐのかまだ決まってはいないそうだ。勉強して、仕事して、その結果から判断される。より相応しい方が選ばれ、どちらも適していないなら他の部下の中から選ばれる。領主家でないからこそ簡単に出てくる選択肢だろう。

「自分より弱い立場の者に、自分でも辛いことを押し付けるなんてできない。そんなこと、領主にあるまじき行為だわ。」

 責任は強く感じている。それをどう背負うのかが分かっていないだけ。祖父母や学校、書物、友人との交流から学んでいくものだ。今はまだ領主でないのだから、ゆっくり学んでいく時間がある。焦って覚悟を決める必要も、自分一人で何もできないと悲観する必要もない。

「貴方たちには親がいないのね。父は継ぎたくないと言っていたわ。それでも領主の器ではないと、我が子よりも領主に向いていないと言われた時はどんな気分だったのかしら。」

 俺はもう論外扱いらしい。緋炎は語らないから分からないが、果穂さんには親代わりの祖母がいる。およそ家族や親という感覚は共有してもらえるだろう。やりたくないことなら向いていないと言われてもやらなくて良い理由になるだけではないだろうか。花一郎様の感覚は俺にも分からず、領主家の人間のはずなのに、果穂さんたちの気持ちのほうが理解できる。

 花一郎様の説明や訴えは続いたが、やはり分からず、最終的に彼女が伝えることを諦めてしまった。俺たち三人が分からない表情をしてしまっていたのだろう。兄や樹さんに相談すれば、彼女の悩みも理解できるのだろうか。

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