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雪に留まる椋鳥

《六華》視点

 夏休みが終わり、《林檎》にも会いにくくなった。《彩》も育ち、もう果樹園を任せられる。僕の仕事は補佐に変わった。極力手を出さず、人々と話す程度に留めている。僕のほうは順調だ。椋のほうも仕事を頑張って時間を作ってくれたようで、数日欲しいと言ってくれた。

 そして、今日がその一日目。待ち合わせ場所は領地の十六夜邸。そこで椋から今日から数日間の予定を聞く。服装も用意するから今まで通りで構わないと言われていた。いつもおしゃれをして来ているが、それでも行く場所には不十分なのか。そう思わないでもなかったが、大人しく侍女に案内されて服を見れば、非常に地味な物だった。着替え終わって合流した椋も先程より地味な色合いの物に変わっている。

「あんまり目立っても、だから。まずは今から行く所をここから見てもらおうかな。」

 物見櫓に連れて行かれる。小高い丘に立っている屋敷から、さらに高い物見櫓。その登りきった先にある景色はどこまでも広がる青い空。畑も青々しく輝いている。この領主邸近くも栽培が盛んな地域のようだ。

「こっちの方向はそうなんだ。まずはそっちから。果樹園やってるなら興味あるかなって。」

 楽しく果樹園の話を何度もしていたからだろうか。そう今度こそ連れて行ってくれる。近いように見えるあの畑も歩いていくには遠い。今回は景色を楽しみ、人々と話すことも目的の一つのため、苦にはならない。馬に同乗できることもその理由の一つだ。特に渋られることもない態度には、良い返事を期待して良いだろうか。

 女性としては少し大きな体も軽々と支え、農作業に勤しむ人々の間を抜けていく。子どもたちもお手伝いをしているが、その表情は明るい。特に小さい子は作業する大人たちの傍で元気に遊んでいる。子どもならそれが仕事とも言えるか。

「君の果樹園もこんな風景なのか?」

 おおよそ同じだ。間引いた果実を手伝った子にご褒美としてあげることもしていた。幼い子とは分け合って食べてくれるため、微笑ましい光景になる。そうして少しずつ覚えていくのだ。成長すれば頼もしい生産者になることだろう。

 馬上から一見しただけでは何が育てられているか分からない。この季節ならまだ米が植わっていても良いが、水田らしき物は見えない。小麦ならもう大半が収穫済みだろうか。

「そうだな。今は豆類が植わっている。」

 彼らの仕事の様子を眺めつつ、その中を進んでいく。ここも僕たちの果樹園の人々同様、仕事も楽しんでいるのだろう。体は疲れていても笑顔で休憩している。畑仕事の合間の果汁は極上の一滴だった。

 椋に頼み、休憩中の領民に声を掛けさせてもらう。地上の作物に関する経験は浅い。地上でも育ててはいるが面積としてはごく僅か。地下に適した作物が僕たちの育てる物の中心だ。

「作物に興味があるのですか。私共のことを知ろうとしてくださるなんて、将来が安泰ですね。」

 話す表情は柔らかく、十六夜家の面々は領民と良い関係を築けていることが窺える。続く会話も既に僕が椋のお相手だと認識しているような内容だ。既に領主邸近辺の領民には僕が椋のお相手だと認識されているのに、今更別の女性を伴侶に迎えるつもりだったのだろうか。

 他の畑も見学させてもらいつつ、この領地の特性を教えてもらう。皇国の中で北部に位置する十六夜領はその分寒く、南部地域とは適した作物が異なる。皇国では主流の米の生産が少なく、その代わり小麦や芋の生産量が多いとか。

「君の勤めてる果樹園でも気候を気にして作物を選ぶだろう?気候の違いも関係なく痩せた土地でも育てられるようにする魔道具もあるけどね。君も使ったことはある?」

 日常的に使っていたが、使っている物自体は細部が異なっていた。使う場所が異なるからだろう。それぞれに合わせた物にしているはずだ。もっと小さく、使い手の技能が試される物もあった。稀に術式の紙を渡されることもあったが、僕の時に改良した。属性が合わなければ使えない術式など引き継いでもほとんど意味はないだろう。それぞれが便利になるよう使う魔術から着想を得て、魔道具が開発されることもあった。地上向けにも開発し、《春一番》商会で販売しているとも聞いている。

「《春一番》商会から買った魔道具もあるよ。こういうのが欲しいって相談すると検討もしてくれるね。一部は開発してもしてくれて、度々進捗も聞かせてくれるから有難いよ。」

 皇国では広く知られている商会だ。領主家との伝手も多いと聞く。これもその一つなのだろう。その《春一番》商会の主も地下の人間だ。その名はまだ教えられない。また地下に降りた時か関係が深まった時に教えよう。

 話しつつ馬の横を歩いている間にも、何度も領民に声を掛けられた。視察ですか、息抜きですか、と気軽な言葉だ。長く会話するわけではないが、とても近しい存在と感じてくれていることが分かる。同時に興味深いことも聞けた。

「さぼりですかい?それとも彼女のための休暇ですかい?」

 椋も仕事を抜け出して遊ぶことがあるなんて。それでも、私のためという言葉を否定しない点は期待してしまう。仕事を抜け出しての時間であれば悪いことをしている気分にはなるが、そこまでして僕と一緒にいたいと思ってくれているのかと咎めにくい。今も手こそ繋いでいないが隣を歩き、ゆったりと風景を眺め、人々と交流する時間を作ってくれている。追っ手を気にしている様子はないため、本当に時間を作ってきてくれているのだろう。

「当たり前だろ?流石にもうさぼったりしてないよ。子どもの勉強じゃないんだから、仕事はしないと。」

 楽にできるよう工夫することや十分な休息を取ることと、単にしないだけは別。それは僕も果樹園に入った頃に教えられた。同時に子どもは遊ぶことが仕事だから存分に遊ばせてあげよう、今まで頑張ってきた子はまず休ませてあげよう、とも教わった。椋も同じような教えを受けているようだ。

 次は町、と畑の間を抜けていく。一応は領都のはずだが、彩羽の町より賑わっていない。あそこは学生が多いからあれだけ賑やかなのだろうか。

「経済的な中心は南部に寄せているからね。この辺は生産中心になってるよ。」

 町の入口で馬を預け、お勧めの食堂へ連れて行ってくれる。屋敷に料理人がいるだろうに、そういった場所での食事も好んでいるそうだ。気になる店はありつつも、今はまず食事と大人しくついて行く。昼時のためかどこも良い匂いが漂っており、人が並んでいる所もある。椋はその列に並び、領民たちも十六夜家の人間、椋だと気付いているように声を掛けているが、何の疑問もなく一緒に並んでいる。順番が優遇されるようなことはないらしい。

 並ぶと言っても数人、さほど長く待つことなく順番が回ってくる。肉体労働をする人たちの町だからだろうか、一品一品の量が多い。僕は移動して話を聞いただけのため、少なめに盛ってもらおう。そう伝えても比較的、というだけで十分食べ応えのある量だ。味もしっかり濃く、塩分も補給できる。

「喜んでもらえて嬉しいよ。遠方の人だと塩辛いって感じる人もいるみたいだから心配だったんだ。」

 外でこうして一緒に食事を取るのは初めてだ。お付き合いしているように見えてしまうため、こういったことは避けていたのだろうか。それなら今の行動はやはり期待しても良いのだろうか。何度も聞いて答えを急かすようなことはしたくない。まだ我慢だ。

 お腹を満たせば通りを歩く。肉屋や魚屋、八百屋などが並ぶ、人々の日常の中にある商店街だ。地上特有の野菜も多い。ここには《豊穣天使》の果実や野菜はなさそうだ。

「少し高いからな。《春一番》商会から買うしかないのもある。」

 地下での消費が中心であり、地上に出す分は限られている。地下の果樹園ということを隠すため、同じ地下の人間が経営する《春一番》商会に限って出荷しているせいもあり、地上ではさらに価値が上がった。僕たちとしては良い結果だ。勿論、高くとも買う価値があると思ってもらえる品質を保っているからできることでもある。

 僕たちの果実を楽しんでもらえることも嬉しいが、利用することがないことも嬉しい。ここにはそういった陰謀や悪意がないのだ。椋は《豊穣天使》の毒林檎を知っているだろうか。これは帰ってからの確認だ。

「何か気になる物でもあったのか?」

 布地も売られているが、完成した服は少ない。各家庭で作ることが一般的なのだろうか。服の材料は《豊穣天使》でも作っており、服も製作しているが、それぞれではない。同じ規格で同じ意匠の物を複数作り、それを《春一番》商会に卸している。一人一人の希望に合わせての作製も行っているが、こちらは少々時間がかかる。僕は作製係でなかったため、携わっていない。裁縫が苦手だから外されたのだろう。

 苦手でもどういったことをしているかは知っている。主人の相棒とは言えなくとも、地下の重要な配下とは言える。実務の一部を任されていたのだ。その自信はある。地上での活動が主になっても、度々様子見に行くつもりもある。

「裁縫は、俺も授業でやったくらいだな。難しくて驚いた記憶があるよ。これをいつもお針子たちはやってくれてるのか、って。」

 料理は得意だ。間引いた野菜や果実を使って食事を作ることも多かった。傷が付いて売り物にできない物を使うこともあった。完熟まで放置され、収穫後すぐくらいしか食べられなくなってしまった物も調理していた。試作品もあった。どれも味は遜色ない、あるいは完熟ならではの美味しさがあるため、自分たちだけの特別な贅沢だと楽しんでいた節もある。

 領主邸のすぐそばに農地があるなら、地元でしか食べられない美味しい部分も食べられるだろう。椋も経験はあるだろうか。

「作った人の特権だよ、そういうのは。まあ、頂いたことはあるけど。収穫の最中に通りかかったらくれてさ。」

 売り物にできるような物はしっかりと販売し、収入にしてもらい、税として徴収する。不作に備えて作物そのものを徴収する物もある。量などはその時の実り具合にもよって変える。その調整も仕事の一部だ。僕も地下で行っていた。最終決定は《果実姫》が行うが、案はこちらが出す。地下は地上に比べて気候が安定しているが、それでも豊作の年と不作の年はある。不作に備える必要はあるのだ。

 軽く散策し、領主邸に戻らせてもらう。外ではできない話もあるのだ。人払いもしてもらい、毒を使った、あるいは盛られたことはあるかと問う。位の高い人ならあるかもしれないが、十六夜家でもそのようなことはあるのだろうか。

「運の良いことに関わらずに生きて来られてるな。体を毒に慣らす目的で使ったことはあるけど。どの家の人もしてることだと思うよ。」

 ほんの少量ずつ接種し、徐々に量を増やしていき、悪意を持って盛られた場合にも効かないように、あるいは症状が軽くなるように備える。毒も日々開発されていくため、終わりのない作業だ。地下でも毒の開発や生産には厳しい制限があり、無断で行っていた場合には《鬼火》の下で処罰を受ける。その上で各勢力において配置換えや降格などの処分が行われる。場合によっては処刑となる。地上でも地下でも毒物の扱いは慎重だ。

 毒物も《春一番》商会が販売している。それがどこから仕入れた物なのかは伏せられているが、前向きに検討してくれるのなら、その生産を《豊穣天使》が担っていることも教えて良いだろう。

「それが、君を妻に迎え入れる利点か。」

 自分を受け入れてもらうための策略。そう見えてしまった。信頼して、秘密を話した。それだけで済まない立場なのだ。僕も地下の温もりと甘さに慣れてしまって、その辺りへの配慮が足りていなかった。だから《果実姫》の跡継ぎではなく、それを支える中位者の一人《六華》なのだろう。僕より若いのに上位者《果実姫》として動いている彼は立派だ。それを学生の身ながら支えている彼女も立派だ。至らない部分があれば周りの大人が支えてあげるべきなのに、むしろ自分の至らなさをこうして自覚させられるなんて。

 必死に利益云々という話ではないと弁解して、信じてもらえるだろうか。それとも利点もあると訴えてしまったほうが好印象なのだろうか。こうして会える日々を続けたいという気持ちも嘘ではないと伝えたい。次期領主である以上、彼は誰かを妻に迎えるだろう。そうすれば女性の六華とこうして二人で会い、農村や町を歩くことなどできなくなる。その日が来てほしくないから、自分がその隣に立つ権利を欲しているのだ。また急いてしまった。一緒に歩く時間を通してもっと仲良くなろうと思っていたのに。

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