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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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私は《林檎》

《林檎》視点

 季節は進み、物事は動き出す。年を重ね、私も《柘榴》も大人に近づく。《果実姫》も世界樹に還る日が近づいてくる。彼女が生きているうちにどちらが次の《果実姫》となるのか、決めてもらわなければならない。今日がその時だ。

 《果実姫》の仕事部屋には既に《柘榴》がいた。二人とも元気そうだ。まだもう少し今の《果実姫》に続けてもらうこともできるかもしれないが、何かあってからでは遅い。少しずつ経験し、いざとなれば助言できるように、と彼女はどちらかに継いでもらうことを宣言した。より相応しい者が次代の《果実姫》となる。判断材料は配下の者たちからの信頼、求心力、指導力、情報整理能力、判断力など。

「《果実姫》には全てを把握し、何事にも対応できるよう地下で構える役割がある。あちこち出向き、情報を集め、人を繋げる役割はその右腕が担う。」

 彼女が若い頃自由きままに動いたように、《果実姫》を継いだ頃には彼らとの特別な交流を控えたように、それぞれの役割がある。今の地上に彼女を知る人はいるのだろうか。地下に関連しない地上の人間は既に彼女を忘れただろう。

 一所にじっとしていられないと判断されたのか、自ら動くことに適正があると判断されたのか、次期《果実姫》には《柘榴》が指名された。私はその意に従って右腕を務めることとなる。《柘榴》は《果実姫》を名乗り、《果実姫》は《果実婆》を名乗る。間違えて《柘榴》と呼ばないよう気を付けよう。

「《林檎》、細かな部分は二人に任せるが、しっかり補佐するんだよ。《果実姫》、果樹園の皆を頼んだよ。」

 《果実婆》は両耳に着けていたピアスのうち片方を《果実姫》に渡し、彼は片耳にのみ着けていたピアスを両耳に着ける。これで上位者の移行が完了だ。《果実姫》の所有の証が彼の物に、その配下も全て彼の物になった。私もその一部だ。どちらがなるのか推測できなかったのか、《果実姫》も自分がなったことを噛み締めている。それも数秒で終わらせ、簡単に役割分担に関する話を始めた。

「地上でのことは《林檎》にも色々頼りたいな。迅速な行動が求められることもあるだろうし。」

 私たちの本業は果樹園を始めとする食料生産。《柘榴》は卒業後、基本的には地下にいることになるだろう。販路はおおよそ《春一番》商会に頼っているとはいえ、独自の伝手も欲しい。勢力拡大を狙うなら誰かが地上を担う必要がある。私には学校で得た知り合いもおり、元々地上で働いている《果実姫》の部下たちもいる。彼らからの情報も地上の情報として一括管理できれば《果実姫》も把握しやすいだろう。

 地下の代替わりに仰々しい儀式は要らない。ただ名を継ぎ、ピアスを受け継ぐだけ。配下の者たちに知ってもらう必要はあるため、挨拶には向かおう。最初は《六華》。果樹園を担当する彼は心強い一言を返してくれた。

「《彩》のことも任せて。きちんと指導して、果樹園一つ任せられる中位者に育てるから。」

 果樹園のことは今まで通り。彼らに任せる仕事は変わらない。何も心配することはない。私たち二人の関係性を知っている彼らは安心して、この形態になっても抵抗なく受け入れてくれるだろう。この調子なら他の上位者にも臆することなく挨拶できそうだ。

 最初は《王》。幼いながらに上位者の名を継ぎ、教育係に育てられているような状態だ。《公爵》も共に勉強しているためか、今も一緒にいた。

「これで僕らだけ子どもとかガキとか言われなくなる、かな?」

「新しい《果実姫》のほうがちょっとお兄さんだね。」

 二人とも私と同じか私より幼く見えるが、確かに《果実姫》と比べると幼い。確かに《果実婆》だった頃と比べると大きく年齢は近づいている。彼らの知る限り、《果実婆》が最年長、それから他二人の上位者、最年少が《王》。《公爵》は年齢不詳だ。

 続く上位者は《鬼火》と呼ばれる地下の治安維持を担う一派の主だ。地上で捨てられた子や地脈花に生まれた子の多くを育てる孤児院も経営している。食料面では私たち《果実姫》の一派も協力している。彼も近々代替わり予定とのことで、次代の《鬼火》、現《蛍火》への挨拶で代えられた。

「驚いたな。俺より先に上位者になるなんて。ま、そんなに変わらないさ。今後もよろしく、お若い《果実姫》。」

 世代が変われば地下の雰囲気も変わるのだろうか。彼と協力することも増えるのだろうか。あったとしても、あくまでも対等な立場としての協力であるべきだ。私たちが一方的に頼り、彼に支えてもらう形になってはいけない。私が頼りすぎてもいけない。私はあくまで《果実姫》の配下だ。

 彼との挨拶も終え、最後は《秋風》。待ち合わせ場所は地上の皇都にある《天空の安らぎ》だ。店主夫妻の片耳には水色のピアスが着いており、それは即ち《秋風》の配下であることを意味している。上位者《秋風》は見たことのある人物だ。それでも初めましてという挨拶から始めた。

「初めまして、新しい《果実姫》とその右腕。」

 召喚術を担当する千秋風香先生、改め上位者《秋風》。地上の領主家の跡継ぎが地下の上位者だ。歴代《秋風》は千秋家の人が務めている。この《天空の安らぎ》の個室なら直接言葉に出して確かめることもできるが、彼女が初めましてと言ったということは、完全に切り分けるつもりなのだろう。それならば私からは何も言わない。ただ初対面の新しい《果実姫》やその配下として挨拶するだけだ。

 継いだということ以外、伝えるべきことはない。同じ地下の民ではあるが、全く同じ立場を持っているわけではない。共通の目的に際しては協力するが、全てを共有するわけではない。御子の扱いに関しては地上でも問題視されており、以前取り上げられた。今は御子が行方不明となっており、卒業次第、飛鳥様が捜索に出される予定と聞いている。私としても協力するつもりだ。それにしても地下で話に聞いていた印象と地上での千秋先生の印象は大きく異なる。特に御子の召喚やその扱いについては大きな疑問がある。現在の状況についても特に心配していないように見えることも気になる。彩羽の教師や研究者という立場を持たない地下の《秋風》ならどう考えるのだろう。

「優しいな。何も繋がりのない人の幸福を願っている。あれだけ美味で有用な果実を生み出す者の頂点、その右腕と考えれば納得か。気になるのなら、君の力で彼を捕獲してみると良い。」

 《秋風》は地下の上位者だ。千秋風香は地上の次期領主だ。地上と地下、どちらでも権力者だ。欲しい物があればその力で全て奪ってしまえる。今も私はそうはいかない。地下ではある程度思い通りかもしれないが、地上では何の力もないただの果樹園の子。これを変えるには誰か地上の権力者の妻となるしかない。幸い、私の通っている彩羽学校には婚約者のいない貴族の子弟が多く通っている。一方で、ただの果樹園の女が選ばれる可能性は低い。よほど飛び抜けた何かが必要だ。私の場合は時属性だが、あまり広めたくはない。親密になっていれば身分の欠点は補えるだろうか。

 思考を巡らせ始め、今回は挨拶のために来たと思い出す。完全に思考に沈んでしまう前に別れを告げ、《果実姫》と地上の権力を得る方法を考える。彼は卒業後、基本地下にいる予定だ。対応するなら私になるが、作戦は二人で立てる。まず御子に関する情報を共有する。御子に関しては私も属性不明という点から交流を持っていた。今も異なる属性ではあるが隠しているという共通点から関わりはある。《柘榴》は同学年の近い立場の人間であるため、私よりも深い交流がある。そんな交流の中から気になる点は同じで、《天空の安らぎ》店主夫妻は《秋風》の配下として水色のピアスを着用しているのに、大空さんは何のピアスもしていない、つまり地下の存在すら知らない可能性がある点だ。

 情報を共有しても、今すぐ始められそうなことは思いつかない。皇家や領主家に入り込むことが最も手っ取り早く地上での影響力を得る手段か。例えば私が次期当主の妻になるとか、有力者の妻になるとか。

「《林檎》の炎にも協力してもらえれば選択肢は増えそうだね。」

 《紅炎》が誰か次期当主の夫となる手もある。これは本人にも伝えなければならないことだ。勝手には決められない。大雑把な作戦だけ決め、彩羽へと戻った。


 地下のことは地上で伝えにくい。そのため地下への入口まで連れ込み、事の次第を説明する。そして本題、二人が次期当主の伴侶となる作戦について相談した。

「結婚、なぁ。考えたことないけど。好きでもない奴と権力のためだけにするのかよ。」

 私も考えたことはなかった。だから今、選択肢の一つに入れるのだ。地上で一番の権力者は当然皇家。皇帝の子は二人、第一子の皇女殿下と第二子の一葉様。一葉様となら現在既に親しく、知花のおかげでこれからもっと仲良くなれる。現状次期皇帝は皇女殿下となっているが、皇族の一員にはなれる。権力に近づく第一歩としては大きすぎるくらいだろう。他に接点のある上流階級の男子学生には三ツ谷彼方様と海里様、十六夜飛鳥様、五十川心白様、万城目丸様。列挙してみるが、彼方様の場合には弟妹にも認められる必要があり、海里様とはむしろ仲が悪いと言えるほど。飛鳥様とも親しいが、私にそのような興味を示してくださるだろうか。

「心白様は花梨様と婚約されてるから駄目だな。」

 残る丸様とは音楽の授業で接点があるため、これから親しくなる機会はある。しかし現状最も親しく、身分の高い相手は一葉様となる。皇子ともなると競争率が高そうだ。

 《紅炎》に狙える相手は一ノ瀬一華殿下、二条花一郎様、三ツ谷遥様と万里様、四辻彩芽様、万城目結子様あたりが候補となる。しかし一華殿下の隣に仲睦まじい様子で立っている姿は想像できない。花一郎様とも接点はあるが親しいわけではなく、二人ともどちらかと言えば苦手意識がある。入れ替わった後の黒いピアスをしている彩芽様とはあまり話せていない上、《鬼火》の作戦を邪魔する可能性のある行動は控えたい。遥様や万里様ともさほど親しくなく、遥様とは特に距離を取っておきたい関係性だ。結子様とも私は少し交流があるが、《緋炎》はそうでもない。総合するとどの人も難しそうだ。私が頑張ろう、協力もしよう。花一郎様と結子様の好みでも聞いてみようか。上手く合わせることができれば特別な仲になれる可能性はまだある。

「別にそんな頑張ってくれなくて良いけど。頑張るんなら他のことにしろよ。」

 緋炎はあまり乗り気でなさそうだが私は動こう。嫌ならお好みを聞いた上で彼が動かなければ良いだけだ。私が聞いてみる分には問題ないだろう。彼の名を出さなければ誤解を生むこともない。


 後日、音楽の授業を終え、よく声をかけてくれる一葉様に今日は自分から声をかけてみる。昼食も一緒に取ろう。そう誘う声は他の人にも聞こえるが、聞かれて困る話ではない。食堂に行ってからの恋人がいるのかどうかという問いかけも聞かれるが、教室でよくされている話題の一つだ。好みの相手や婚約者の話なども多い。決して不自然な話題選びではない。

「婚約者選びの話はあるけど、まだ考える気になれなくて。」

 どういう人が好きなのだろう。これを聞ければ私にも付け入る隙があるか分かる。あまり真剣すぎる様子を見せても雑談とは思ってもらえない。裏があると疑われないよう気を付けつつ、聞き逃さないよう集中する。

「好きっていうか、皇子の妻という立場に相応しい女性を選びなさいって感じだからなぁ。」

 ただの一葉様の妻ではなく、皇子殿下の妻となる必要がある。責任もある立場で、人々から見られる地位でもある。皇族に相応しい気品を持ち、その重圧に耐え得る人でなければならない。そんな厳しい基準があるため、歴史的には幼い頃に婚約することが多かったらしい。色々と考えることが多く、自分の好みで選べないこともあるらしく、本人にお勧めしても効果は薄いかもしれない。一方で彼の意思を尊重して不在の状況が続いているのなら、本人に気に入られることで妻に選ばれる可能性も大いにある。

「こういう人のことを素敵だなって思うとかありますか?」

「自分の思ったことを素直に伝えてくれる人がいいかな。それから一緒にいて楽しくて、何かあった時に相談できると心強いね。」

 この程度の条件なら該当する人など幾らでもいるだろう。素直さで言えば花梨様も心白様になら素直に言葉だけでなく雷を落とすことでも伝えている。あそこまでの素直さは私にないが、言葉では私も表現している。素敵だと思った時にはそう言い、有難いと思った時も嬉しいと思った時もその場で伝えた。まだ条件から外れてはいない。

「あとは普通に友人として接してくれる人かな。時々距離を感じて寂しいこともあるから。色々聞いてくれるのも嫌いじゃないよ。」

 話し方は念のため丁寧にしている。地上における身分の差はもう肌で感じた。それでも他の令嬢たちに比べると踏み込んだ質問をしているそうで、その点で好感度を稼げているようだ。特に意識せずに行動していたが、意外と好感触だ。これなら露骨にもっと親しくなりたいと言っても良いかもしれない。夏休み前なら一緒に泳ぎに行こうと誘えたのだが、残念だ。今の時期なら冬休みのお出かけになる。温泉にでも誘おうか。

「まだ暑いのに?それにお風呂に誘うなんて、大胆だね。」

 引かれた様子はないため、仲良くはできそうだ。そんな少し踏み込んだ会話をしつつの食事も終え、食堂前で別れる。次は花一郎様か結子様。そう二人を探していると大変厳しい表情の花一郎様が近づいて来られた。何だか周囲の女子学生たちも私を睨んでいるように、男子学生たちも軽蔑の目で見ているように感じられる。

「理由は分かっているかしら。貴女、一葉殿下に迫り過ぎよ。それも露骨にね。」

 恋愛関係の話を振り、あろうことか温泉旅行に誘った。それがあからさまに気を惹こうとしたように見えた。確かにこれからもっと仲良くなれたら良いなという希望も込めての言葉だった。それで権力を求めて媚を売ったと見え、悪い印象になったようだ。そんなつもりはあったため、返事は適当に誤魔化そう。最終的に選ぶのは一葉様だ。周囲がどんな反応を示しても関係ない。私の行動が嫌だと思ったなら本人が拒むだろう。外野の言葉なんて無視で良い。自分が皇子の妻になりたくて私の行動に嫉妬したなら、彼女たちも行動を起こせば良いだけ。一葉様は密かに想いを寄せる令嬢になど見向きもしないだろう。気付きようのない想いにどう応えてもらえると思っているのか。

「貴女ね、慎みを持ちなさい。何の地位もない者が家格の低い家の子息どころか皇子殿下に想いを寄せるなんて。恥を知りなさい。ただ言葉を交わせるだけで感謝すべきなのよ。それをあんなふうに迫るなんて、あり得ないわ。」

 身分を弁えろ、という話だ。まだまだ続きそうな花一郎様の話を適当に流し、隙を付いてこちらから質問をする。恋人はいるのか、どういった人が好みなのか。彼女は同じ学年の中でも年齢が低い部類のため、まだそういった話はよく理解できていないかもしれない。期待はし過ぎずに尋ねてみる。するとこれ以上聞く気はないと分かったのか、深い溜め息を吐きつつも質問には答えてくれた。

「私は家と自分のために相手を選ぶわ。一時の感情で選ぶ、頭がお花畑の貴女とは違うの。」

 厳しい返事だ。一葉様とは違い、彼女とはあまり良い交流ができていない。友好的な態度でないのに話を引き延ばしても好印象にはならなさそうだ。ここは一旦引き下がろう。

 次は結子様。彼女は既にこちらから視線を外していたが、近寄れば対応してくださる。声をかけても嫌そうにはしない。彼女にも同様に恋人はいるのかと問いかける。

「いないね。期待に応えられなくて悪いけど、そういう気持ちになったことがなくって。」

 どういう人が好きなのか、好ましいと思うのかと問いかけても、優しい人、面白い人、とあまり参考にならない回答だ。もっと踏み込んで、親しい人や具体的な人物名を挙げて尋ねてみようか。

「緋炎的な人はどうなんですか?」

「ああ、そういうこと?安心して、君の恋人に手を出すつもりはないから。」

 魔術を使用して彩羽を探索する際に逢瀬という言い訳を使ったことがある。あれがまだ有効なのだろう。それぞれが他の人と仲を深めるには不都合か。もう別れたことにしようか。

「一葉殿下が本命、緋炎さんがキープ、ってところかな。やってることだいぶ屑だけど。」

 本当に付き合っているわけではない。それは緋炎も分かってくれている。結子様にもできる言い訳はあるがここでは言えない。そう食堂を後にし、他の学生に聞こえない場所まで誘導する。

 付き合っているふりをしている。それは探索のため、それから私の秘密基地を隠すため。御子である大空さんとも親しく、色々と隠しておきたいことがある。このことは結子様も理解してくださる。二人で密かに行動していても怪しまれない言い訳としてそれを使っただけだ。だから一葉様に言い寄っていても浮気ではない。他の人にはどう言い訳しよう。

「出世欲とかなら討伐隊とか警備隊でも目指せば良いよ。手柄は立てやすいから。」

 結子様の言うことも一理ある。結婚して上流階級の一員になるという手段に固執する必要はない。結子様の提案してくださったそれらになるにはまず武術に長ける必要がある。魔術も組み合わせられるとできることが増える。出世し、権力者の目に留まりたいのならどちらも人並み以上の技量が要る。誰かを助ける、強い相手を倒すなど成果も必要だ。魔術は隠しているため使えないが、剣術なら同年代では上位に入る自信がある。今ならまだ暴走召喚物の残党がまだ彩羽島に見られるため、狩れば話題に上りやすいだろう。人知れず活躍するのではなく、その活躍が人々に広まるように。

「侍従や侍女っていう選択肢もあるよ。無茶しないで。」

 結婚するという選択肢を捨てる必要もないため、三つを同時進行と行こうか。どれも今すぐには叶わないのだ。学生の間は就職が難しい。手柄は今からでも立てられる。その名声があれば身分違いという外野の声も小さくなり、一葉様も私を選びやすくなるかもしれない。無視すれば良いとは言え、羽虫程度の鬱陶しさはある。一葉様と暴走召喚物の残党退治に出かければ一石二鳥だ。今日は一葉様が知花の所へ向かう日だった。

 結子様にお礼を言い、知花の部屋へと向かう。今回の会話の成果を緋炎に伝えるのは明日で良いだろう。そう気楽に彼女の部屋を訪ねると、幾分症状が和らいだように見える彼女は一葉様に勉強を見てもらっていた。

「辛いの慣れたから大丈夫。楽しいこと考えてたらいいんだよ。」

 慣れただけであり、楽になったわけではない。暴走召喚物や召喚術式の暴走は瘴気に関係しているのだろうか。それは起こった事象全てを関連付けようとしすぎているだろうか。彼女も馬鹿ではない。瘴気問題と自分の体調の関連について聞けば理解でき、大空さんの話も知っている。だから楽になりたいと言わなくなったのだろう。そんな彼女の前であえて暗い話をしたいとは思えない。どう暴走召喚物討伐の件を切り出そうか。

 勉強を中断し、楽しく絵本を眺めたり、歌ったりする知花。それに私と一葉様は付き合ってあげる。そう切り出す機会を見つけられないまま、ただ彼女の箱庭を心地良いものにしてあげた。しかし私がただ彼女と遊びに来たわけではないことは、一葉様にはお見通しだったようで、彼女がお昼寝をしたことを機に問いかけられてしまう。

「君にも心配事?そういえば、お昼ご飯の時もちょっと変だったよね。」

 恋人云々の話はそんなに珍しかっただろうか。周囲にはそういった話をする学生も多い。友人同士の会話としては自然なものの一つではないのか。私ではなくとも、一葉様なら他の人から好きな人を聞かれたり告白されたりくらいあるだろう。変というほどのものではない。

「何のこと?」

 惚けて見せても彼の曖昧な笑みは私の魂胆を見透かしているように感じられる。権力が欲しくて近づく女の子など見慣れているだろうか。一方で悪い印象を抱かれているようにも感じられない。彼女たちと私は違うように見えている。そう期待しよう。

 「面倒な駆け引きを試みて、無駄な時間を使わせられるのは嫌いなんだ。」

 好感度が下がる前に用件を伝えよう。知花の前だから控えようと思ったと言えば、駆け引きとは判断されないはず。眠ってしまった今なら言える。私はただ彩羽の人々を危険に晒す、暴走召喚物の残党を討伐したいだけ。それをあえて一葉様と一緒に、と付け加えているだけ。以前緋炎と行った際も問題なく討伐できたのだ。一葉様と二人でも戦える。あの時との違いは私が魔術を使えるかどうか。最悪、魔術を使ってもどの属性か隠す方針で術式だけ用意しておこう。

「そんなに優しい子だったっけ?果穂さんは。暴走召喚物なんて遊びの相手じゃないけど、君はどう戦うつもり?」

 私には自慢の細剣がある。暴走召喚物事件の際の私の話を飛鳥様からも聞いていたのか、私の言葉を信じ、共に向かうことを了承してくれる。一葉様自身も選択武術の授業では優秀な成績を収めているが、あくまで護身術程度のもの。魔術を頼りにするくらいの感覚でいるべきだ。それでも二人で戦えるだろう。一葉様は自信があるようで、むしろ私を守るとも言ってくれる。

「武術の授業は俺も一緒に受けてるし、心配要らないだろうけど、安全に行こうね。」

 今のところは彼に隠すが、いざとなれば魔術を使えること自体は教えても良いかもしれない。その属性が時属性であることさえ知られなければ、言えない事情があることくらい知られても良い。私の事情に関して彼は理解を示してくれるだろう。

 戦い方の事前共有は必要だ。私は細剣で召喚物の攻撃を躱しつつ一突きにする。それが基本だ。一葉様は短刀を持っているが、魔術が基本。どちらも誰かを守るような戦い方でも、攻撃を受け止めるような戦い方でもない。私が魔術による援護をできないことも含め、緋炎の時とは大きく異なる戦闘となることだろう。

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