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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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果実の子

《林檎》視点

 果樹園の跡継ぎには様々な技術が求められる。自分にしかできないことだってほしい。私の強みは時属性。転移術やその他時空を操る魔術を単独で発動しやすい。極めれば過去や未来にも転移できるかもしれない。過去に転移できれば昔の御子の真実をこの目で確かめられる。問題は未だ転移術すら一人で発動できないことか。先生の助言では上手くいかなかった。そもそも時属性を知っている千秋風香先生と他一名にしか相談できていない。それも他人の耳がないことを確かめた場所でしか相談できなかった。そんな愚痴を緋炎に向けても解決しないとは分かっていても、気晴らしに吐き出したくなることもある。

「お婆さんに相談すれば良いだろ。あの人なら何でも知ってそうだったし。」

 私から見ても全てを知っている人だ。未来すら見えているのではないかと感じることがある。果樹園の様子も気になる。緋炎にも果樹園の人たちと交流してほしいため、連れて行こう。彩羽にある隠された転移装置から故郷へと向かった。


 果樹園《豊穣天使》のある場所、私の故郷。地上の世界から隠された地下の世界。上位者と呼ばれる人間による支配と保護が行き届き、規律と自由を実現している。上位者の部下である中位者、下位者がそれぞれの役割を果たし、日々を生きている場所だ。地上と異なる点はそうした部分だけでなく、人々の名前も異なる。地上では魔術の詠唱にしかほとんど使われない魔術言語によって個人名も商店名も名付けられる。果樹園《豊穣天使》も喫茶店《天空の安らぎ》も《春一番》商会も地下の関係者が経営している。もっとも《天空の安らぎ》経営者の子である大空さんはまだ地下の世界について聞いていなさそうだった。

 紅井緋炎、地下名《紅炎》を連れ、果樹園を訪ねる。まずは果樹園の人々への挨拶だ。《紅炎》を紹介する際にも回ったが、その際には会えなかった人もいる。最初は果樹園の一つを任されている中位者《六華》。地上でも六華と名乗っており、地上に想い人がいると聞いている。

「僕の炎は忙しいからね。僕も一緒の学校に通えたら良かったんだけど。《林檎》は自分の炎と一緒に通えて羨ましいな。」

 《六華》だって今から学校に通うという手がある。同じ学年ではないが、一緒に過ごせる時間は延ばせる。果樹園一つ任されるくらいなら学費も出してもらえるだろう。学校で得られる知識を活かしてもらえるなら十分お金を出す価値がある。私と兄、それからもう一人が今は彩羽に通っているため、そこから知識を共有しろという話なのかもしれない。もちろん帰ってくる度に皆に話している。

 彼への挨拶を済ませれば、紹介したい人がいると別の場所に案内された。今日はお休みらしい人の紹介らしいが、行き先は職場であるはずの果樹が植わっている場所。本当に休めているのだろうか。

「貴女が《林檎》さんですね。こちらでは初めまして。これからあなたたちの部下として、《六華》さんの部下として、ここで生きていきます。」

 優しく果実を見つめていた目が私に向いた。地上で一時行方不明になり、既に見つかっているはずの四辻彩芽だ。地上の四辻彩芽は発見されて以降、常に黒いピアスを片耳に着けており、この彩芽は紅いピアスを着けている。容姿は全く同じに見えるが、雰囲気は異なる。どちらも行方不明以前の彩芽より柔らかな雰囲気だ。

「ここでは《彩》という名前を頂きました。もう私の名前はこの一つです。」

 地上に戻る気はないことも教えてくれる。跡継ぎの重圧はそんなにも重かったのだろうか。弟妹への心配も自分の代わりを演じてくれる人がいるなら良い。そんな意識なのかもしれない。今はもう何の悩みもないような顔で雑談を始めてくれる。

「お二人は《果実姫》さんの昔の愛の物語って聞きました?とっても素敵でしたよ。大恋愛ですね。」

 《果実姫》。地上で私の祖母ということにしている女性にして、果樹園の主。一人で全て成り立っているような彼女にも愛する人がいた。愛するその人を相棒にしていた。その程度しか聞いていない。詳しくこちらから尋ねたこともなく、《果実姫》も殊更話さなかっただけだろう。特段気にしたことはなかったが、《彩》がにこにことこちらを見てしるため、話の先を促してみた。そうすると彼女も話したかったようで、気になるよね、そうだよね、実は、と楽しそうに話し始めた。しかし詳細は彼女も知らないようで、具体的な内容は少ない。抽象的な内容が大半だ。《果実姫》は大切な思い出を語らない人なのかもしれない。それは《彩》から見てもそうだったようで、《果実姫》は遠い目をしていた、と教えてくれた。

「自分の炎は先に消えてしまった。そう言っていました。《柘榴》も《林檎》もそれぞれの炎を見つけるのかしら、って。」

 私の炎、大切な人、右腕。以前の報告の際に《果実姫》からも出てきた言葉だ。《果実姫》になるなら唯一絶対の、信頼できる相棒が必要だ、と。何があっても信じられる人、信じてくれる人。だから私は紅井緋炎を地下に引き入れ、《紅炎》と名付けた。地上で林榴を名乗る兄《柘榴》でも他の友人でもない、彼らとの共通の友人でもなかった、《紅炎》を選んだ。私の右腕として、私が《果実姫》になるため協力してくれる人だ。尤も誰が協力してくれたとしても私自身に強みがなければ《果実姫》にはなれない。そのために今回地下に帰省したのだ。

 地下では属性を隠していない。特に紅いピアスを身に着ける《果実姫》の部下たちは仲間だ。果樹園にも時属性の魔術を役立てたことがあり、これからも利用してもらうつもりがある。新たな仲間となった《彩》も既に聞いているかもしれないが、彼女にも説明し、もっと上手く使うための知恵を借りたい。

「ごめんなさい、私も学校で習うくらいの理解しかなくて。魔力の感覚に優れるわけでもないですし。」

 彼女の評判はできるまで何度もやる、一緒に覚えようとする意識が最も重要な部分にある。早く覚えられる点も優秀だと褒められているが、果樹との向き合い方が他の従業員たちに気に入られる要因だ。感覚だけでどうにかする人間でないならむしろ良い助言を得られるかと思ったが、結局当初の予定通り《果実姫》に聞きに行くことになった。

 果樹園の主にして上位者の一角である《果実姫》なら私の知っていることなど《柘榴》から既に聞いているかもしれないが、私からも報告する。にこやかに聞いてくれる彼女を前にすると言葉は次々と溢れ、話が横に逸れてしまいそうだ。その都度《紅炎》が軌道修正を図ってくれる。ようやく話を終えれば、落ち着いた《果実姫》はある人を提案してくれた。

「《公爵》に会ってごらん。きっと何か教えてくれるさ。」

 彼女が何を知っているのか、なぜ彼女なのか、何も教えてくれない。《果実姫》がこういった態度を取る時はいつもこれ以上何も言ってくれない。追求して彼女から情報を求めるより、《公爵》のいる地下の奥深くに行ったほうが得られるものは多いだろう。

 目指す先に近づいていく。果樹園からどんどん離れていく。それでも暗闇に飲まれはしない。地下には地下の光源があるのだ。キノコでも植物でも鉱物でも光る物はある。ない場所も照明が設置されているため、暗くて何も見えないなんてことは起きない。そんな先、一枚の盤を前に向き合う一組の少年少女がいた。

「はい、僕の勝ち。《公爵》も惜しかったんじゃない?」

「そうかな?《王》は強いね。」

「へっへーん。それより今来た人たちはいいの?《公爵》に用事あるんじゃない?」

 試合の区切りで彼らは私たちに気付いてくれた。実権のない上位者二名《王》と《公爵》。私も見知った二人で、年齢もそう変わらない。彼らのほうが少し年下かもしれないという程度だ。ただし《公爵》は年齢を伏せているだけで、本当は見た目以上に大人だという話もある。実際、私が幼い頃から同じ容姿だ。謎に包まれた人物だからこそ、私の知らないことも多く知っていると期待できる。何よりあの《果実姫》も期待するほど豊富な知識を持っている。そう転移術を使う際の助言を求めた。

「世界樹と繋がる意識を持って。《林檎》なら自分の生まれた地脈花に行けば強く意識しやすいと思うよ。ついでに変化(へんげ)の術も覚えると良いかな。便利で楽しいからね。」

 変化の術。世界樹からもう一つの姿を引き出す、隠れた自分のもう一つの姿を思い出す術であり、使い手の少ない術だ。少なくとも使えると公開している人は少ない。私も実際に使える人は知らず、書物で存在すると読んだことがあるだけだ。

 《紅炎》を連れて、私の生まれた地脈花に向かう。その地脈花は《豊穣天使》の果樹園近くであり、《果実姫》の管轄内にある。物心ついてからはよくここで昼寝をし、《柘榴》とも歌い、蝶と踊った。しかしいつからか私の特別な場所と認識されるようになり、他の人は入らなくなった。《果実姫》も私と一緒にいる時しか来なくなっている。誰か大切な人を見つけた時に連れて来なさい。そんなことも彼女は言っていたような気がする。

「早く練習しろよ。」

 先に転移術。地脈花から世界樹に繋がる。移動先に指定するものは場所でも人でも良い。具体的な想像ができ、強く願える場所や人が良い。思い入れのある場所や人、ということになる。地上は駄目だ。先程までいた果樹園が好ましい。見られても問題ない人しかおらず、思い入れもある。自分の場所から具体的な位置を想像できる。地脈花に触れ、場所を想像し、術式を描く。あの果樹園に、《六華》の所に。全身に魔力を満たし、手足を広げるように魔力を広げ、意識の先を《六華》に伸ばす。

 ふわりと体が浮き上がるような感覚に、内臓が捻られるような感覚、それから足元の地面が消え、着地する。目を開ければすぐ前には先程会った《六華》がいた。

「おめでとう。偉大な魔術士への第一歩だ。」

 近い場所への転移だが、転移の感覚さえ掴めればどこへだって転移できる。体に疲労もあるが、もう一度くらいなら使えそうだ。次は《紅炎》の所へ転移しよう。同じ感覚に包まれ、今度は目の前に《紅炎》が現れる。転移は二回連続で成功だ。もう習得したと言って良いだろう。

 次は変化の術。世界から引き出すもう一つの姿、世界樹に眠ったままのもう一人の自分を呼び起こす。意識して術式を描き、魔力を込めた。詠唱はない。変化先が言語を発声できるとは限らないからだ。どんな姿になりたいかという思考は変化の邪魔になる。想像力は不要だ。ただ世界の意識に身を任せる。その知っているはずの記憶を思い出すように、自分の姿を内側から、大地から引き出すように。

「へぇ、可愛いじゃん。」

 見上げた彼がやけに大きい。脇の下に手を入れられ、軽々と持ち上げられる。地面が遠く、地脈花も見上げるほどだ。私も自分の姿を確かめたい。そう私と《柘榴》の自宅へ向けて先導する。爪で引っ掻き、開けるよう指示すれば上手く伝わり、鏡の前で訴えれば抱き上げてくれた。映るのは白い猫を抱えた少年。《紅炎》と私だ。白猫が私のもう一つの姿。中々悪くない姿だと言おうとしても、にゃあ、という音しか出ない。上手く操れるようになれば魔力に意思を乗せ、音ではなく魔力を通じて会話もできるようになるそうだが、まだ難しそうだ。全く通じている様子はなく、本物の猫にするようにゴロゴロと喉を鳴らされてしまう。心地良い誘惑を振り切り、もう一度自分の姿を確かめる。白く短い毛足に、濃い赤紫の瞳。紅いピアスは変わらない。猫としては大きくも小さくもないように見えるが、比較対象がないため、実際のところは分からない。

 机の所まで戻してもらい、人間の姿に変化する。この時も猫の姿に変化した時と同じ要領で良い。元々自分のもう一つの姿を引き出しただけだ。元の姿に戻るのではない。最初から持っている自分の姿を切り替えただけ。二つの姿の間に優劣はない。だからどちらからどちらに変化する場合でも、難易度に差はない。慣れれば楽というだけだ。

「さっさと着ろよ。」

 持って来てくれていた私の服を投げ渡し、目どころか全身を私から背けて言う彼。確かに冷静に考えている場合ではなかった。もう一つの姿を引き出す術。それはあくまで体の話であり、衣類はそこに含まない。ピアスは着いたままになるが、服はそうではない。いや服の大きさは変わっておらず、位置も変わらないために脱げてしまうのだろう。見ないようにする配慮に感謝し、服も元通り着る。見たら怒る癖にという言葉は聞こえないふりだ。

 私の変化の術の成功を見て、次は《紅炎》の番。彼はどんな姿になるのだろう。気にはなるが、そういった会話が変化する際の障害となる。何も言わず、ただ術式を発動してもらう。淡い光はほんのりと紅く染まっている。それが消えれば、そこには小さな白い犬がいた。思わず撫でたくなる魅惑の毛並みに、人間の時よりも明るくなった可愛らしい桃色の瞳。本人にも見せてあげようと鏡の前に連れて行けば、まじまじと見つめる。もう満足したかと机まで連れ戻ると人間の姿になった。先程配慮してくれた彼のために、私も見ないようにしてあげる。服の調整は術式に含めればできるようになるだろうか。

 今後の術の調整に思考を巡らせている間に、彼は服を着終えていた。

「もう一つの姿を思い出す、の意味は分かったな。」

 別の姿を見つけるのではなく、動物の姿になるのではなく、新しい姿を生み出すのでもない。ただ忘れていただけのもう一つの自分を世界に思い出させてもらう。このもう一つの姿がどういった意味を持つのか。その研究もされているが、どれも確かめる術がなく、ただの空想と同じ価値しか持たない。前世の姿とも言われる。しかし過去に遡ることもできず、前世の記憶を持つわけでもないただの人間には確かめようがない。別の世界樹に生きる自分と近い存在の姿とも言われる。しかし別の世界樹の様子を確かめる術も今はない。今はただ新しく習得した技術に喜ぼう。

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