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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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一番の友人

 授業が始まり、浮かれた気分は抑え込まれた。案の定、魔術言語やそれを用いる術式の授業には苦戦し、前期の試験から覚悟が必要な予感がする。そんな緊張感を和らげてくれる時間の一つが音楽の授業。果穂さんは話している時と変わらない可愛いと美しいを両立させているような歌声を披露し、俺を含めて数人との交流の時間を得ている。今日の授業では歌声とは裏腹に力強い演奏を見せた。勇ましく太鼓の前に立つ姿は見間違いかと思うほどだ。授業が終わった途端疲れた表情になるほど気合を入れていたのだろう。同じ感想を抱いたのか、俺の友人でありこの国の皇子でもある一ノ瀬(いちのせ)一葉(かずは)も果穂さんを褒め、すぐ後の昼食に誘っている。

「よく飛鳥様とご一緒ですが、今日はよろしいのですか?」

「俺が君と一緒に食べたいんだよ。」

 二人で、という意図はまさかないだろう。一瞬躊躇しつつも俺も一緒にと願えば二人とも快く受け入れてくれる。やはり一葉の発言は冗談だったのだろう。昼食の時間は皆同じで食堂に行けば会えるため、見つけ次第、あるいは今日のように最後の授業が同じならそのまま一緒に食べるだけ。約束をしているわけではないのだ。そうでなくとも共通の友人が一人加わることに何の問題もない。彼女も彼女でよく緋炎といっしょに食事を取っているがその点は気にしない。むしろ急に俺たちを連れていけば驚くだろうと楽しそうだ。

 果穂さんと緋炎が加わっても話す内容は大きく変わらない。今日の授業のこと、この後の予定、互いのことなど様々だ。その中で一葉がいつもとは少し異なることを言い始めた。

「夜中に不気味な唸り声のする洞窟があるんだって。」

 この手の話題の多くは賊が根城として利用しているか、子どもの秘密基地に置かれた物から出る音が原因だ。そうと頭では理解できるのだが、噂としては幽霊の類の話が多く、意識すると恐ろしく感じられてしまう。それなのに果穂さんは楽しそうに折角なら夜に、と提案してくる。夜など幽霊の出やすい時間ではないか。そんな抗議の声は緋炎からも上がった。

「風の通り抜ける音だろ。だったら見やすくて動きやすい昼間に確かめたほうが良い。ねえ、飛鳥様もそう思いますよね。」

 洞窟なら明るさは関係ないが、疲れていない昼間のほうが良いという点には同意だ。それならすぐに、という提案は準備がいるという言葉で先延ばしにしようとするが、上手く行かない。

「緋炎は怖いの?まさか飛鳥様も?そんなわけないですよね。幽霊なんて人間には何もできないんですから。」

 こう言われては引き下がれない。対抗心を煽られたのか、緋炎も全然怖くないと強がる。それでも今すぐ向かおうという意見は変えない。一葉も夜に行きたそうにしているが、最終的には昼間向かうことを決めてくれた。

 念の為と剣と術式を持ち、寮前で待ち合わせ、準備万端にしてからその洞窟へと向かう。先導は一葉、そのすぐ隣に果穂さん、後ろに俺と緋炎が渋々ついていく形だ。寮や校舎から離れた場所にあってくれと願う心は裏切られ、一時間も歩くことなく目的地に到着する。夜中に不気味は声が、という話だったのに明るい時間の今、その音は響いていた。

「ほらただの風の音じゃないですか。謎は解けた、帰りましょう、ね?」

 早々に帰りたがる緋炎だが、一葉も果穂さんも一切応じることなく洞窟に入っていく。果穂さんに至っては正体が分かったほうが怖くないよ、と煽るような言葉まで緋炎に投げかけた。一人で先に帰ってもらっても良いが、それも嫌なのか緋炎は何度も深呼吸をし、拳を握りしめ、二人の後に続く。俺も行こう。深夜に一人で外を歩くことはできるようになった。それもこれと大きく変わらないはず。少し湿っぽく、空気も淀んでいるだけ。三人も一緒におり、そのうち二人は余裕がある。何かあっても対処できるだろう。

「せめて明かり点けましょうよ。」

 入口から差し込む光のおかげで真っ暗とは言わないが、それでも薄暗い。緋炎も火属性のため自分で点けられるのに俺たちに頼むほど余裕がない。俺は照明用の術式も抜かりなく用意してきた。そう術式を取り出している間に、自分で火くらい熾せるだろうと指摘された緋炎が詠唱を始める。術式もなく、ただ詠唱だけを行い、火の玉を出現させた。実行した緋炎も、それを当たり前のように要求した果穂さんも、よほどの熟練者だ。それも周囲の人間も含めて熟練者なのだろう。他にこんな人を知っているだろうかと一葉を見ても、俺と同じように驚いているだけだ。

 現れた火の玉は青白く、今が昼間で良かったと心底思わされる色合いだ。そのことに緋炎もやっと気付いたのか、自分で出現させた青白い炎の玉を恐れている。足取りも重たく、もう嫌、と進む気配はない。彼を引きずるように果穂さんが先へと進み、先導していた一葉も後に続く。最早何かの声がするという噂を確かめる気分ではなくなった。緋炎と果穂さんの様子を見るほうに意識が移っている。

 青白い火の玉が緋炎の隣に浮いている以外には特筆する点のない、湿り気のある洞窟。自分たちの足音や水滴の落ちる音が反響し、小動物が動いているような気配もある。明かりの範囲がそう大きくないため、自分たち以外の姿は確認できない。その小動物たちが集まっている場所があるのだろうかとそっと奥へと進めば、抱きかかえられる大きさの毛玉が落ちていた。

「こんな所にいたんだ。」

 一葉が近づくその生き物は彼の姉である一華(いっか)様のペット、毛玉ちゃんだ。何度も脱走しては捜索されている。こんな所に入り込んで、今回はどの程度の期間探されていたのだろう。俺も一葉も当然知っているが、果穂さんと緋炎は知らない。正体不明のよく分からない生き物に最大限の警戒を示し、その敵意を感じたのか毛玉ちゃんも毛を針のように尖らせ、彼らに向かって発射した。

「二人ともお下がりください!」

 緊迫感のある声を果穂さんが上げ、二人は素早く剣を抜く。攻撃して怪我でもさせては一華様を悲しませてしまう。説明を失念していたと一葉も急いで伝えるが、既に攻撃されている二人は剣を収めてくれない。殺さないでと願ってようやく配慮するという返答が得られただけだ。本当に配慮してくれているのかどうかは怪しい。剣術や槍術の訓練を受けている俺でも随分速いと感じられるほどの勢いで果穂さんは突きを繰り出し、緋炎は毛玉ちゃんの動きを制御するように薙ぎ払いを繰り出す。幸い毛玉ちゃんには当たっていない。ふわふわの毛の部分が大きく、本体が小さいため難を逃れている。それでもその幸運がいつまで続くか分からない。早々に戦闘状態を解除してもらうため、一葉も懸命に言葉を投げかけ続けた。

 攻撃の頻度は下がっていく。果穂さんにも緋炎にも疲れが見え始めた。毛玉ちゃんも同様だ。それを良い隙と捉えたのか、一葉は毛玉ちゃんに優しく触れ、一華様の所に帰ろうと伝える。剣が見えなくなったからか、もう戦い疲れてしまったからか、毛玉ちゃんは素直に彼の腕の中に収まった。

 帰り道、二人にも毛玉ちゃんについて教える。何度も行方不明となっている、一華様のペットだ。飛ばされた針のような毛も薄布一枚で防げるような威力のない物のため、彼女の傍に置くことも認められたのだろう。


 一葉は一華様の所へ、緋炎も疲れさせられたと寮へ行ってしまった。果穂さんはまだまだ遊び足りないといった様子で、毛玉ちゃんと戦った疲れももう消えている。緋炎同様怖がるだろう人も一緒に行けば楽しんでもらえるだろうか。俺はもう一度行った場所なら怖くない。彼にも同じ目に遭ってもらおう。

「どなたですか?緋炎だったらいいですけど、他の人を笑ったら失礼になってしまいません?」

 緋炎でも失礼ではあるが、怖がっている様子を楽しむくらいは許してくれるだろう。本当に危険な目に遭わせるわけでもない。音の原因も既に判明済みの洞窟はただの肝試しと同じ。帰る頃には暗くなり始めているだろうが、夕食の時間には帰って来られる。

 相手は会ってみてからのお楽しみと言いたいところだが、身構えてしまっている果穂さんのために教えてあげる。属性不明、商売関係の家出身という共通点のある樹さんなら果穂さんも不安にならないだろう。

「その人なら知ってます。《天空の安らぎ》にはうちの林檎とか柘榴とか色んな果物を卸してるんですよ。」

 緊張も和らいだ彼女と共に寮へと向かう。彼女には前で待っていてもらい彼の部屋を訪ねるが不在。図書館、武術訓練場と訪ねるがそちらにもいない。まさか魔術訓練場にいるのか。半信半疑になりつつ向かえば、兄やその他の学生たちの練習風景を見学していた。

 一葉が果穂さんたちを誘った時同様、夜中に不気味な唸り声のする洞窟への冒険に誘う。当然のように彼は椋様との予定があると断るが、その椋は俺の兄だ。一言伝えれば樹さんも貸してくれるだろうと声を掛ける。案の定、その予定は今すぐでなくても良い、冒険の後でも十分だと快く送り出してくれた。樹さんとしては兄から駄目と言ってほしかったようだが、全力で喜んだ表情の果穂さんには何も言えない。最後の抵抗とばかりに危険、何かあったらどうするんだと言い放つ。

「大丈夫、俺が守るから。」

 それならと渋々歩き始めてくれるが、足取りは重い。痺れを切らせたのか、果穂さんは樹さんの手を強引に引っ張っていく。力を入れれば入れるほど樹さんの抵抗も強まっているような気もするが、急かさないほうが良いのではないだろうか。

「嫌なんですか?夜にします?」

「今行きます。」

 脅しのような言葉には屈し、黙って洞窟の入口まで来てくれた。怖がっている人は敏感になるのか、緋炎同様すぐ風の音に気付く。原因判明として帰ろうとする点も同じだ。異なる点は果穂さんに怖がりと煽られてもそういうことにして良いからともう洞窟に背を向けている。大丈夫、大丈夫と今度は俺が手を引いて連れて行けば、諦めたように付いてきてくれた。暗い場所が苦手なのか、この空間に不気味さを感じているのか、俺の背中に頭を押し付けるようにして見ることを拒んでいる。少し可哀想になってきた。小さくヤダヤダと繰り返しているが、果穂さんは容赦なく早く来いと言っている。この樹さんを見ても心が傷まないのだろうか。

「せめて明るくしてよ〜、馬鹿〜。」

 既に涙声だ。ここは素直に明かりを点けてあげよう。術式はある、詠唱も覚えている。そう難しくない魔術だ。青い炎にその場で変えられる技術があればそうしても良いが、幸い俺にその技術はない。不気味さは増幅されることなく、温かな橙の炎に樹さんも少し元気を取り戻す。行って帰れば良いのだろうと途端に強気だ。そんなことを言いつつ俺の手は強く握ったまま。怖いことには変わりないらしい。

 歩く速度も緋炎よりさらに遅く、強気なことを言って自らを鼓舞しているようだ。度々躓いている点が心配だが、俺にくっついているため転んでしまうことはないだろう。果穂さんも怖がりながらも先に進む樹さんのことを馬鹿にするつもりはないようで、純粋に応援してくれている。これで仲良くなれるのか分からないが、属性不明という点で詮索されることも多い二人に接点ができること自体は悪いことではない。同じ目に遭っている人同士、他には言いにくいこともあるだろう。二人とも心強く思ってくれるだろうか。

「心配してくれてたんですか?ありがとうございます。一葉様も気にかけてくださっているので大丈夫ですよ。」

 皇子と親しい少女を追い詰めるような真似はしにくいか。むしろそれが嫌がらせの理由にもなりうるが、今の所特別親しい人でもない。敵対される理由もないのだろう。樹さんは会話する余裕もないのか返事がない。そろそろ可愛そうなため、最奥まで着いていないが引き返そう。果穂さんももう十分満足してくれただろう。していなくとも他を当たってもらうことにする。そう説得する心積もりでの提案だったが、何の抵抗もなく受け入れられた。他人を苦しめる趣味はないらしい。

 洞窟を出て、樹さんが落ち着いたことを確認すれば種明かし。不気味な声の原因は一華様のペットの鳴き声で、そのペットも既に俺たちが保護済み、ペットは一葉の手で一華様に届けられているため、ここにはもう何もない。樹さんは少し拗ねた様子を見せたが、怒らせてしまっただろうか。

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