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御子の、樹さんのために

 世界樹の瘴気、御子への期待、樹さんへの扱い。考えることは色々ある。ともかくまた倒れてしまうだろう人に瘴気を吸わせ続けることが正しいとは思えない。瘴気浄化に重きを置いても、御子に負担を掛け続けることが解決に向かうとは思えないからだ。その点の主張も風香先生には受け入れられず、限界を試したい意思を感じた。結子さんも父に報告すると言っており、俺も兄に相談した上で実家に手紙を出した。まだ返事はないが、きっと身の安全を確保するために前進できている。

 そんな感覚は学期途中にも関わらず皇都に呼び寄せられたことからも感じられた。指定場所は宮廷で、行けば控室に案内された。程なくして応接間に連れられる。いる人物は俺の父、万城目結子さんたちの父である源一(げんいち)様、それから一葉とその父、つまり皇帝その人だ。錚々たる面子が揃っている。御子に関する内容だとは聞いているが、俺が呼び出される理由までは分からない。

「まずは御子の安全に尽力したことを褒めよう、良くやった。」

 友人の父とはいえ直接会うことはなかった人だ。辛うじて声を震わせずに返事できたが、この後に何を言われるのか皆目見当も付かない。父も満足げに頷くだけで何も教えてくれない。一葉も少々緊張した様子で、俺同様何も聞かされていないことが分かる。

 万城目源一様からも褒め言葉と感謝の言葉を頂き、気になる本題だ。御子の存在は皇帝並びに世界樹と御子を管轄とする万城目家当主の耳に届いた。手紙で詳細を語ることは控えたが、風香先生の所業の一部は記し、俺や友人たちだけで対処できる問題ではないと助けを求めて上げた声が届いている。まずはその詳細の報告だ。

 密かに行われた御子召喚実験、世界樹の化身に触れて発生した体調不良、それに加えて体調不良の御子に課そうとした浄化実験未遂。いずれをとっても千秋風香の評価を下げるものだ。事実の伝達になるよう発言には気を付けるが、あの所業への感情は隠せない。現状は同じ学年の結子さんや兄の椋、一華様が目を光らせている。俺も放課後に交流しており、風香先生との接触は必要最低限になっているはずだ。一葉と果穂さんは知花のこともあるため、樹さんとの関わりは少なくなっている。この場に一葉がいる理由はやはり分からない。

「卒業後も御子の安全を確保するために、君たちに協力してほしい。」

 御子の護衛として、それから周囲への協力を求め、要望を上げる人間として、俺が候補に挙げられた。元々親しく、何も言われずとも守るために行動を起こした。その点から信頼に値する人間だと評価していただけたのだ。今すぐに守ってほしいという話ではなく、卒業後に守れるよう、御子専属の付き人となれるよう勉学に励むよう言われた。御子の護衛でも付き人でも非常に名誉な事だ。万城目家からも候補は出すと源一様は仰るが、花梨か丸かどちらになるのだろう。結子さんは万城目家を継ぐため、御子に侍り続けることが難しい。あの元気な花梨の場合、むしろ樹さんが振り回される形になりそうだ。

「最終的にどちらにするのか、あるいはどちらも求めるのかは御子様本人に決めていただく。私たちは御子様の選択がどうあっても対応できるよう、備えるだけだ。」

 俺なら御子について一緒に学べる。彩羽に来る前からの交流もあるため、選んでもらいやすいだろう。もう少し彩羽でも会うようにして、卒業後も一緒に、と持ちかけやすいように準備する。このことも伝えて良いそうで、彩羽に戻り次第そのつもりだと兄にも報告しよう。領地のことは兄が何とかする、領主軍のほうも頼りになる人に子も孫もおられるため心配要らない。父がこうして来たということは母も俺が領地での仕事ではなく御子の下での仕事になることを了承済み。俺が気にすることは何もなさそうだ。

 一葉に関しては万城目家や御子の力ではどうにもならない問題を伝えるための窓口役、ということらしい。皇子という身分が守れるものもあるため、上手く利用できるように、という話だ。彩羽で何かあった時には頼らせてもらおう。知花のことを聞くこともできる。樹さんのことも安心させてあげられそうだ。


 確実な前進を得て、彩羽へ帰還する。浮かれた気分になる理由はそれだけではない。今日は特別な一日、七夕だ。昼間には変化を感じにくいが、夜には星々が強く瞬く。樹さんとも出掛ける約束をしていた。安心させるための報告は既に終えている。今日は楽しむだけの一日だ。

 町には七夕に因んだ物が並んでおり、今日だけの特別なお菓子も売られている。同じように今日を楽しみにしていた学生も多いのか、いつもより賑わっている様子だ。知り合いとも擦れ違うが、互いに軽く手を振るだけで通り過ぎる。歩く速度も一人の時よりゆっくり、樹さんが思う存分店を眺められるように、疲れないように。容態は落ち着いているとは言え、以前のように走り回ったり長時間歩き続けたりは難しい。何度も茶屋で休みながらにしよう。

 最初のお茶休憩は甘い菓子と共に過ごされる。冷たいお茶に弾力のある団子、甘くない茶に甘い餡子。暑い中を歩いて来た身には染み渡る味だ。体力を回復して、また通りへと戻る。どの店も七夕用の特別な商品を並べていて、歩いているだけでも目が楽しい。家族向けや恋人向けの商品が多いのは七夕からの連想だろう。それともここが彩羽学校のお膝元だからだろうか。組紐も並んでいる。一つ樹さんに選んでもらい、それを身に付けるのも良い。鞘に結べば付き人として認められた武人のようだ。

「これとかどうですか。飛鳥様に似合うと思います。」

 赤系統の色だが少々淡い色合いで構成された可愛らしい物だ。樹さんからは俺がどんな子どもに見えているのだろう。十分運動もし、栄養も取り、成長できるよう睡眠も取っている。運動は成長期が完全に終わるまでし過ぎないよう指導も受けている。自分の体の管理もできる大人だ。

「こっちのほうが良いですか。大人になったら似合うかもしれません。」

 今度は赤と黒から構成される格好良い物だ。こちらのほうが俺の好みには合っている。購入し着けてみても良い色合いだ。俺から樹さんにも選んであげようか。彼にも可愛い物を勧めよう。最初俺に勧めたのだから仕返しだ。淡い緑と桃色は花のようで可愛らしい。桜色でも良い。濃い緑と桜色にしようか。

「どこに着けるんですか。鞄?手首?」

 どちらでも良い。戦うわけでもないのだから手首でもさほど邪魔にはならないだろう。手首なら外せるように結ばないと不便にはなる。こちらは贈り物とし、着けてもらった。取り立てて目立つわけではないため、よく似合っているのだろう。

 他の店も見つつ、そろそろ昼食の時間だと食事処を探し始める。食べられる場所は沢山あるのだが、人が並んでいる店も多い。どこも七夕用の特別な食事を用意しており、迷ってしまって選べない。今まで行ったことのある店にしても良いが、直感で初めての店に行ってみても良い。いつものご飯と見た目だけが違った物だとしても楽しく、味も違うかもしれないとなれば一口運ぶ瞬間の期待と緊張も味わえる。

「ここにしましょう。綺麗で面白そうですよ。」

 のんびりお散歩しているだけなのに暑さで冷たい飲み物がほしくなってくる。そんな中、目に飛び込んで来た物は涼しそうな薄水色の液体に二色の星型の氷が浮かべられただけの飲み物。その周りにも星形に切られた具材が乗せられた丼物など七夕らしい絵が描かれている。俺はこれにしよう。午後も暑い中出かけるならしっかりと食べて、くたびれてしまわないようにしたい。樹さんも食欲は問題ないようで、しっかり一人前を食べた。今日はまだ元気そうだ。

 おまけの小さなかき氷も二人で分けて食べ、そのお店も後にする。お腹は満ち、暑さにやられた体も少し静まった。そのせいで訪れていた眠気も広場の色彩が退治してくれる。色鮮やかな紙が笹に括り付けられ、まだ空きのある笹には人々の願い事の書かれた紙が結ばれている。近くには机とまだ何も書かれていない色とりどりの紙も用意されており、その机で何やら書き込んでいるようだ。

「おや、樹君、今日は弟君のほうがご一緒か。」

「約束したので。毎回椋様に甘えるのもご迷惑かと。こういう日こそ想い人と一緒に過ごしたいでしょうし。」

 町中で遭遇しないことを願っているとその辺りは兄も気遣ってくれていると教えてくれたこの人は五十川(いそかわ)吟香(ぎんか)さん。目の前に絵の描かれた短冊を持ち上げるが、何の絵か全く分からないほど絵心はないらしい。何を描いたのか尋ねると見れば分かると返された。見ても分からないから尋ねたのだが、本人としては誰が見ても分かる出来栄えと自信満々だ。指摘できずに樹さんも困っている。ここは俺がはっきりと教えてあげよう。

「飛鳥様、言葉を選んであげましょう?」

「気にしなくて良い。彼は芸術を理解していない自分の浅はかさを露呈しただけだからね。」

 少しだけ悔しそうに視線を下げた吟香さんは人を待たせているからと去って行った。怒らせてしまっただろうか。選択芸術で美術を選択しているのに何を描いているかすら伝わらないほど下手なことを気にしているのかもしれない。今度会った際には個性的な絵だったから分からなかったと弁明しよう。

 せっかく短冊があるなら数年ぶりに俺も書こう。武術を極められるように、魔術も上手く組み込めるように、様々な知識が身に付けられるように、御子の側付きになれるように。御子のことは短冊に書けないか。樹さんと言い換えても不自然だ。どう書こうか。

「俺は毎日元気に過ごしたい、かな。」

 確かにそれが一番だ。何をするにも健康第一。元気でなければ武術も魔術も知識も身に付けられない。御子のことも伏せるならその内容が書きやすい。樹さんも体調を整え、卒業すれば御子として浄化に努めることとなる。その間も無理をしない範囲になるが、今が瘴気の影響を最も排除しやすい環境にはなるだろう。瘴気浄化の務めは卒業後から始まるのだから。

 二人とも短冊に願いを書き、笹に括り付ける。こうすれば星に願いが届き、叶えてくれることもあるという。星は誰かのために生きているわけではない。だから気紛れに叶えてくれる時とくれない時がある。それでもこうして知らない人にも知っている人にも見える形で自分の願いを書くことは、今後の自分の意識にも繋がる。高い目標を掲げている人ならそうなるのだという決意を示すことにもなる。俺たちなら好き嫌いせずに沢山食べて、遊ぶための夜更かしはせず、面倒に感じた日も運動をしっかりする。周囲の目標に比べて随分ささやかな願いだと思っていると、「果樹園を継ぐ」、という簡潔な言葉の短冊が目に入った。もちろんそこに書かれた名前は林果穂。その隣には緋炎による「力と想いが届くように」という抽象的な願いもある。

「こんにちは、大空さん。あなたもお願い事を書いたんですね。」

「うん、最近調子が良いから。せっかくだし楽しまないとね。」

 和やかな会話が続けられそうで、近くの店でお茶にと誘う。しかし他に聞かせられない話をしたいのか、町から離れる方向を提案された。御子関係の話だろうか。俺が数日休んだことは二人も知っている。その話は町中ではできない。水分と軽食を用意し、他人の耳のない場所にお散歩だ。案内役は緋炎。よく探索していると先導してくれる。果穂さんも探索を好んでいるようで話したいのか探索したいのか分からないほど楽しそうだ。召喚術のあの一件で溢れかえった召喚物の残党もまだいるかもしれないと注意されているというのに、警戒心が薄い。まだ正式に任命されたわけではないが、樹さんの身を守る役目を任されたのだ。俺くらいは警戒を怠らないようにしよう。

 ここ、と示された場所は小高い丘の上に生える木。水の傍の木陰に腰掛ける。涼むには最適な場所だ。町に流れ込む前のここならそのまま飲んでしまっても良さそうなほど水の色も澄んでいる。魚の姿も川底に隠れていく様子まで透けて見える。静かな川の流れを聞いていると鳥も俺たちが警戒すべき敵ではないと認識したのか、魚を食らいにやって来る。青々とした苔も水辺の草もしっかり生えており、お昼寝したくなってしまう心地良さだ。

 素敵な場所だと気を緩めかけ、ここに来た目的を思い出す。彼らが気になる皇都での話は御子の身の安全に関するものだ。卒業後は俺が御子である樹さんに侍り、身辺の安全を確保し、安心して過ごせる環境を用意する。護衛は他にも付けられるが、最も近くにいる役割は樹さんにとっても親しい人物が望ましい。そういった観点から俺は選ばれた。二人には教えたが、この話は広めないようとも頼む。樹さんが御子であることを知っている人には言えるが、知らない人には言えない。その点には二人も理解を示してくれた。


 星を見て夜を明かした翌日も通常授業がある。眠い目を擦っている人もいたが、俺は一日くらいの夜更かしならなんてことない。放課後も樹さんがいるだろう植物園にいつも通り向かう。しかしそこには榴さんがいるだけで樹さんはいない。約束しているわけでもない。彼にも他の交友があるだろう。それなら今日は俺も別の時間を過ごそう。そう植物園を出ようとすると榴さんに呼び止められた。

「飛鳥様!良かった、今日も来られて。樹さんが千秋先生に呼び出されてしまって。その時大変不安そうにされていたのですが、止めることもできず。椋様も一華様ももう教室を後にされていたので伝えることも難しく。様子見に行ってあげてはくださいませんか。」

 すぐに行くと返事だけし、研究室へ向けて駆け出す。立ち入り許可はない。以前調査のために入っていたからか上手く誤魔化せた。違和感に気付かれる前に風香先生の研究室へ急ぐと、怒りに満ちた声が廊下まで聞こえる。

「勝手に召喚して、勝手に頼み事をして、死んでも知らない、って?俺のことを何だと思ってるんだよ!」

 いけないと分かりつつ、こっそりと研究室の中を覗く。鍵も掛かっておらず、抵抗なく滑らかに開いた先には風香先生に掴みかかる樹さんの姿があった。苦しそうな樹さんとは対照的に風香先生の顔には感情がない。

「おかしいと思ったんだよ。何度も逃げ場はありますよって言ってくれる子がいて、なんでそこに居続けるのって言われて。」

 誰のことだろう。御子の件を知っている人は限られる。榴さんではなさそうだ。彼なら呼び出された時点で止めているだろう。兄でもない。万城目家の面々だろうか、それとも果穂さんか緋炎だろうか。

 珍しい剣幕で樹さんは風香先生に問い詰める。本人に拒否の意思があることを風香先生も知るべきだ。盗み聞きは悪いことだが、感情に任せた言葉を聞いてほしくて、見つからないよう見守ることにした。

「家に帰りたい、普通に授業にだって出たい、友達とも遊びたい。今みたいに合間を縫ってじゃなくて、少し早足するだけで息切れするような体じゃなくて、走って、馬鹿な話をして、勉強して、実家に帰って、仕事の手伝いもして。忙しくて幸せな時間を忘れたわけじゃないんだ。ただ、言っても仕方ないから言わないだけで。」

 これからのことは他が面倒を見られる。これまで面倒を見てもらった恩義があるから、世界のためだと言われてしまったから。優しい彼は知らなかったことにできなかったのだろう。ただ諦めただけで、瘴気浄化の道具にされることを認めたわけではない。子供騙しの宥め方をする風香先生に応じるわけもない。言い方だけで誤魔化されるほど理解力のない人ではないのだから。

 感情をそのまま音にしたような樹さんの声に、内容の聞こえない風香先生の弁明。言い争いと呼ぶには一方的で、怒りと呼ぶには哀しみの強い声が続く。それも激しく咳き込む音に取って代わられた。扉を叩けば風香先生が出てくれるが、その隠された背後には樹さんの姿がある。

「彼は、少し具合が悪いみたいだ。」

 そんな言い訳が通用すると思っているのか。まだ誤魔化せると思っている。既に彼は彼女の支配下から脱している。まだ正式に任命されていないとはいえ、御子の意思を確かめる優先権は俺にある。樹さんはここから連れ出し、風香先生には呼び出さないよう指示する。御子のために、未来の御子の一番の付き人として今できることをしよう。そう彼に寄ると、部屋の外から意見する声があった。

「少ない犠牲と短い時間で大きな事を為そうとするからそうなるんだよ。」

 口を挟んだ人物はいつの間にかそこにいた知花。俺たちの横に立ち、一瞬樹さんに伸ばしかけた手を引っ込めた。自分が触れるとより苦しめると理解したからだろう。代わりに壁際に楽な姿勢で座らせてやれば、次第に樹さんの呼吸も落ち着いてくる。

「こういうの、生贄って言うんだよね。私、知ってるよ。導師の時はどうだったのか。どれだけ切実に西の大陸の皆が犠牲を払ったか。御子にだけ何かを失わせたりなんかしなかった。」

 薄い意識でもこの世界の歴史をその体で感じてきた。文書として残っていない事実も彼女は知っている。そんな彼女だからこそ分かることがあるのだろう。それが明確に言葉にできない靄に包まれた記憶であったとしても。

 それは、知花として目覚める以前の話。記憶が不明瞭で、話すことはなかった。そう前置いて、千年の昔の話を語ってくれる。その召喚は莫大な魔力を消費した。今の世界で行われている召喚とは比べ物にならない程の力だ。たった一人や数十人の魔力ではなく、何百人、何千人と命を捧げての召喚。世界の危機というわけではなかった。しかし西の大陸の人間にとっての危機ではあった。だから西の大陸の人々は自分たちが生きるために、他の生物に負けない力を求め、力を結集させた。大勢の命を固めた魔珠を幾つも用い、その召喚は実行された。どんなに強い化け物が相手でも、どんなに悪意のある人間が相手でも、彼女が勝てるように。体も心も魔力も強い人を求めた。同時に人々にその力を向けることのないよう、丁重に扱った。自分たちを助けてくれるのだから、それ以外のことは何も望まない。日常においては何一つ不自由させない。事が解決したなら一生面倒を見るつもりで、彼女の行きたい場所に行き、食べたい物を食べられる生活が送れるように。

「でもその人は一緒に戦った仲間のことが好きになったから、あんまり特別扱いしてほしくなかったみたいなの。他の仲間と同じくらい皆にとって大事な人、って感じにしてほしいって。」

 大陸の人々にとって大切な人。大陸では信仰の対象になるほど尊敬される導師。化け物を倒し、人々を救い、それでいてその功績を振り翳さない。話を聞く限りでは完璧な人だ。

 化け物を討伐して以降も彼女は大陸において大きな役割を果たした。彼女の役目は終わっていたが、人々にとって精神的な支柱となった。多くの人の悩み事を聞き、話し相手になり、遊び相手になり、と人々の中に溶け込んでいったようだ。それは世界樹に溶けていた知花が感じ取るほど特別な空気を持っていた。

「みんなの希望を背負って召喚された人だから見てたの。皆を導いたから導師なんだって。これはフローラから聞いたの。そうだ、フローラのほうが詳しいから呼んでくるね!」

 知花は研究室を飛び出して行く。しかし彼女の帰りを待つことなく風香先生は彼女の後を継ぐように説明を続けた。導師はローデンヴァルト王国建国当時から生きており、彼ら王族の傍らに立っている。その導師が召喚によって呼び寄せられた存在であり、だからこそ王国では厳しく召喚を禁じている。導師自身が大勢を犠牲に何かを背負わされる立場だったのだ。

「導師様は政治に口出ししないお方だと聞きました。召喚に関しては別なのですか。」

 樹さんの言うように、授業ではそう習っている。その口出ししないはずの導師が召喚の禁止を強く主張した。それは自分が被害者だったからなのか。

 王国と異なり、皇国では召喚術を一定の制限の下、発動できる。召喚術を使うための資格や教えるための資格があり、教える資格を持った人と共にであれば資格のない人も召喚術を使える場合がある。そうやって厳しく管理されているはずの魔術なのに、危険な召喚物が溢れてしまう事件は発生し、今もその残党が島中に残っている。それらは武器を持っての対処が必要なほどだ。

「私も我慢してるの。だって樹が苦しそうにするのも嫌だもん。果穂が教えてくれた人たちは瘴気を保管する方法も考えてくれてるんだって。だから我慢するの。樹もお休みいるもんね?」

 知花も成長している。彼女も樹を守ろうという意識がある。世界樹の化身の機嫌は風香先生も損ねたくないのか、俺が樹さんを連れ出すことも容認してくれた。寮で休ませながらゆっくり話を聞こうか。おおよそ何があったのかは聞こえていたが、話を聞くことで今後の行動も相談できるかもしれない。

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