傲慢で強欲な人の子
夏休み中に調査は大きく進められた。知花の扱いなどそれぞれの親に相談したいことも相談できた。速やかな対応が必要なものは対応された。大きく物事が動いた一ヶ月だ。特に世界樹の化身創造に関わった研究者の処罰に関しては、一部教員が含まれていたこともあり、学生の間でも夏休みが終わると同時に話題に上った。それに加えて一華様からの報告もある。万城目家と皇家で話し合った結果、知花を世界樹の化身と認め、始祖のように皇家にとって重要な人物として扱うと決定されたそうだ。これからは万城目知花になる。元より万城目家は世界樹に寄り添ってきた家。世界樹の化身を預かるに最も相応しい家だろう。彼女がある程度の知識を得て、様々な判断が自分でできるようになったなら、自分でどこに行くか決めると良い。そんな決定だ。果穂の傍にいたいならそうすると良い。もちろん、果穂の説得は知花自身が行うこととなる。協力はしてもらえるかもしれないが、あくまで協力だ。知花の入寮も決定した。本来は入学直前の三月下旬から四月にかけての入寮だが、特例として三ヶ月以上前の入寮となった。入学は来年度だ。それまでに一定程度の知識は入れてもらう。物覚えも良いため、きっとすぐに追いつける。俺たちが少し言っただけのことも覚えているくらい、吸収率は良いのだ。
ひとまず知花に関しては予定が決まり、その他違法研究がないかの調査も順調。そちらの調査はあくまで経験を積むため補助として参加する程度だが、風香先生からは学生が参加することに意味があると肯定的に捉えてくれている。自分の夏休みの宿題だって忘れずこなした。全てが順調。そう思っていたのだが、知花が体の違和感を訴え始めた。
「何かね、力が入らないの。吸い取られてるみたいに変な感じする。」
自分が被験体として扱われていた頃にも似た感覚らしい。しかし今は何の装置にも繋げられておらず、何の装飾品も着けられていない。知花が世界樹の化身とおいてよい情報も見つかっているため、それを信じるなら瘴気の影響だろうか。しかし瘴気の苦しさかどうかは判断が難しいようで、彼女自身は首を傾げている。花梨と結子さんはそんな彼女を心配してか、何度も転移して世界樹の様子を見ているそうだが、変化はないとも言っていた。同時に瘴気が原因でないなら世界樹の力が無理に引き出された可能性もあると提示された。
世界樹はこの世界そのものであり、全ての力がそこから生まれる。象徴的にも捉えられており、大きな力を欲する人などはその根や葉から引き出そうと企むこともあるそうだ。地脈花は世界樹の根。立ち入りが制限されている場所もあるとは言え、全てを拒めるわけでもない。正当な理由を付けた研究の一環としてなら許可されてしまう。そもそも立ち入り制限などが行われていない場所もある。しかしこの前違法な研究に関する監査が入ったばかりだというのに、また問題視されるようなことを行うだろうか。
「研究所関連について、私はあまり知りません。教えていただけますか。」
多くの研究者は調査されても問題のない、申請通りの研究を行っている。稀に抜き打ち検査も行われるため、疑われないよう不審な行動は控えている。特に世界樹関連の研究は厳しく監視されるそうで、何度も報告書を提出しなければならないことになっているとか。何らかの実験に失敗して世界樹が枯れてしまうなんてことになっては誰も生きられないため、仕方のないことだろう。
御子関係の研究も増えている。術式の開発も行われている。大きな進展はないようだが、風香先生にも聞いてみればそこからさらに判明したことも教えてもらえるだろう。結子さんなら情報はきっと共有できる。
「先に一葉様にも伝えてみません?皇子がいれば少し動きやすくなると思いますよ。」
結子さんに従い、音楽室へ向かう。調査は主に風香先生が担っており、俺たちは学業の合間に手伝う程度に頻度が落ちている。今日は二人とも手伝う日にはなっていない。一葉も自由な時間を過ごしていることだろう。
聞き慣れた歌声を辿り、静かに戸を開く。気付いているが歌はやめず、邪魔されたことを気にする様子もない。結子さんも遠慮することなく話しかけた。
「素敵な皇子様の活躍の場ができましてよ。」
「今度は何?君がおべっか使う時って碌なことがないんだよ。飛鳥と知花まで巻き込んで、やめてあげて。」
過去に何かあったのか、嫌そうな様子を隠すことなく一葉は対応する。それにも怯むことなく結子さんは本題に入った。風香先生に会いに行こうという誘いだが、警戒させる前置きは必要だったのだろうか。疑問に思いつつ研究所前で一葉を見送る。俺と一葉だけなら許可証を使って立ち入ることも可能だが、結子さんと知花は入れない。知花に待っていてもらえるよう俺も一緒に待つ。
ただ待っているだけの時間なのに何故か知花は嬉しそうに笑っている。背伸びをしたり踵を地面に付けたり、軽く跳ねるような動きを繰り返す。何か面白い物でも見つけたのだろうか。
「だって一緒にいてくれるから!元気になってきちゃった。でも、ずっと体がだるい感じはするの。ふにゃふにゃしちゃう。」
もっと彼女の時間も作ってあげよう。学内に限らず、彩羽の島の中にはまだ行ったことのない場所も多い。彼女をあまり危ない場所には連れて行けないが、安全な場所の散歩ならできる。彼女はどんな所が好きだろう。
はしゃいで飛び跳ねる知花が転んでしまわないよう見守りつつ、一葉の帰りを待つ。しかし戻って来る前に研究所から異様な音が響いた。音の発信源は一階の一室で、窓が割れている。中には硝子の破片と部分的に赤い葉が散らばり、その中に人が倒れていた。脈も呼吸もあるが、意識はない。傷も浅いが幾つも硝子片で切ったように血が滲んでいる。治癒が必要なほど重症には見えないが、専門の先生に判断してもらうべきだ。そう知花に指示して保険医を呼んでもらう。頼み事をされた、頼れたことが嬉しいのか、元気よく満面の笑みで返事をし、彼女は姿を消した。体が怠い、力が入らないと言っている子に任せるのも気が引けるが、本人が嬉しそうなためここは甘えてしまおう。
知花が保険医を呼び行ってくれている間に俺と結子さんはこの研究室を簡単に調べる。俺が協力を頼んだ、目撃者だと説明すれば罰則は受けないだろう。そう周囲に目を向ければ、すぐに知花は転移して戻ってきた。
「連れて来たよ!」
手早く保険医は様子を見てくれる。そっと触れ、丁寧な手付きで傷口を確認していると彼が目を覚ました。戸惑うように周りを見ている彼に体調を尋ねる。勢いよく頭を振ると少し目眩がするだけで、立って軽く飛ぶこともできた。少し気を失っていただけのようだ。
大きな怪我も異常もないようで一安心だ。俺はともかく結子さんと知花は無断で研究所に入る形になっているため、一度外に出よう。そう窓に近づけば、知花が床に散らばった葉を見つめ、容器の残骸を見つめ、一歩また一歩と近づいた。
「危ないから触っちゃ駄目だよ。」
「あれが嫌なの、痛いの。」
結子さんの制止に大人しく従いはするが、容器の残骸を指差し何かを訴える。透明な硝子の破片と形の残った部分に、術式が描かれている紙。術式は未だ淡く光っており、発動中だ。術者が意識を失っても発動し続ける危険な魔術のはずだが、何が起こっているのかは分からない。不完全な発動なのか、発動の準備中なのか。魔術文字は非常に乱雑に書かれており、こんな字でも発動するのか驚くほどだ。近づけば僅かに不快感があるが、集中しなければ分からない程度。世界樹の化身だからこそ感知できるものなのだろうか。調査のためには現場を保持すべきだが、彼女の傷みを軽減するためなら術式を壊す程度許容される。そう紙を破ると淡い光も消え、不快感も消え去った。
肩の力を抜く知花。何の術式だったかは後から分かることだ。術式の描かれていた紙も置いて、研究所を後にしようとする。しかしあの音は上階の風香先生にも、呼びに行っていた一葉にも聞こえていた。
「下の階から音が聞こえてね。何があった?」
先程の出来事を伝えれば風香先生は一葉の単独調査を許可した。風香先生も研究者側の人間のため、隠蔽の可能性を排除し、自らの潔白を証明するためにも今回の調査からは外れたそうだ。結子さんは知花の傍にいることが役割、俺は目撃者として詳細を語った。その情報と一葉が簡単に調べて得た情報を合わせると、世界樹の葉から世界樹の力を引き出そうとした結果の事故、という結論になる。無理に引き出した力を受け止める器がなく破裂した。ただの瓶で世界樹の力を受け止められるはずがないと研究していない、知識の足りない身では感じるが、計算しているとできるような気がしてしまうのだろうか。特別な加工を施した瓶だったのかもしれない。
「お粗末な実験をする研究者が多いな。」
知花の召喚を行った研究者は既に除籍され、国からの処罰の内容が検討されている。その召喚も不確定要素が多く、偶然に偶然が重なった結果、世界樹の化身と言える知花が現れただけ。同じことを同じ人が何百回と繰り返しても同じ結果は得られないだろう幸運に恵まれていた。
「だが、おかげで見せしめはできる。不注意な研究者への警告だ。研究所が爆破される前に気付けて良かったな。」
学校に併設される研究所での大事故なんてあれば、俺たちも巻き込まれる危険がある。今回怪我したのは研究者本人だけだが、知花も傷みを感じていた。彼女は既に傷みを忘れたように一葉にくっついているが、今日はゆっくり体を休めたほうが良いだろう。結子さんも心配しており、今夜は一緒に眠ると言う。こればかりは俺たちは交代要員に入れないため、任せるしかない。せめて日中の遊び相手は存分に努めよう。疲れていれば夜は静かに眠ってくれるだろう。
「世界樹の力は人の手に余る。今回の事故は自分の能力を過信している連中には効果的だろう。」
一夜明け、二夜明け、と結局結子さんは知花と数日夜を共にしたそうで、そのおかげか知花はもう万全の元気を取り戻している。もう寮での生活にも慣れ、来年度から彩羽学校に通うための勉強を順調に進めている。一方で風香先生はさらなる研究者への締め付けを自ら強めようとしているらしく、忙しそうにされている。特別調査の期間が過ぎてしまったため、俺と一葉も許可証を没収された。ただそのおかげで知花と過ごす時間を増やすこともでき、今日は彼女を連れてお出かけだ。待ち合わせ時間には少し早いが、寮に果穂さんを伴って訪ねてきた。迎えに来てくれたのだろうか。果穂さんに手伝ってもらったと言う服はとても愛らしく、知花によく似合っている。
「髪飾りは飛鳥に選んでもらおうと思って持って来たの。どれが良いかな?」
色が異なるだけで大きな違いは感じられない花の髪飾り。どれが良いかなんて分からず、服と同じ色の物を選べば喜んで身に着けてくれた。果穂さんから見ても悪くない選択だったようで、合格と俺のことも評価する。残りの髪飾りを一度女子寮に戻しに行き、一葉とも待ち合わせている校門へと向かう。ちょうど待ち合わせ時間くらいになっているだろうか。そう既に楽しそうな知花を連れて行くと、何故か他の学生も立っていた。
「皇子殿下を待たせるなんて自分の身分が分かっていないのね。全く、あなたたちのような人がいるから困るのよ。殿下もきちんと教育なさってください。それが人の上に立つ者の務めです。」
一葉にも軽く説教して去っていかれる花一郎様。本当に何をしたいのだろう。身分や地位を問わず、約束の時間に遅れたのなら謝罪が必要だ。今回は遅れていない。それでも待たせたなら軽く謝罪程度はしても良い。そうするとやはり待ち合わせ時間に合わせて来たのなら謝罪は不要と許してくれた。
出かける前に小さな面倒事に遭遇してしまったが、町には出掛けられる。ここからは十割楽しい時間にしよう。知花にとってそうなるよう俺たちが案内する。彼女は何が好きだろう、何に興味を持つだろう。こういった場所に馴染みのない彼女だからどんな物があるかも知らない。一つ一つ説明しつつ連れて行ってあげよう。
「白いの降ってきた!雪って言うんでしょ?」
一度聞けば覚える彼女は一つ一つこうして思い出して復習する。この様子なら来年度の入学は心配要らないだろう。学校のための勉強も並行している中で、こうした物の名前も覚えられているのだ。寒さは問題ない。今の季節にしては薄着の彼女は部屋を出る時に上着を拒んだそうだが、念の為と果穂さんは持って来てくれている。
そんな彼女を真ん中に彩羽の町を行く。一葉と果穂さんに繋がれた小さな手も歩く振動に合わせて揺れる。手の温かさも感じたいと言う彼女は手袋も拒んだ。空気の冷たさと手の暖かさ。両方の手がそれぞれ一葉と果穂さんによって温められている。それらを感じることも楽しみの一つなのだろう。
「本屋さん行ってみる?絵本もあるから好きなの選んだらいいよ。」
学校と研究所の麓の町だからか、本屋はあっても絵本の数は少ない。それでも十分に与えられていなかった彼女にとっては新鮮のようで、にこにこと表紙を眺めている。これで歴史の勉強をすれば学びやすいかもしれない。
俺たちにとっては馴染みのある物のため、興味を持った知花にどういった内容の物があるのか教えてあげる。そうして見ているとよく読んでもらっていた絵本もあり、懐かしくなった。俺も幼い頃に乳母や両親、兄に読んでもらった覚えがあり、それを真似して弟に読んであげた記憶がある。選びあぐねているようであるため、幾つかお勧めしてあげよう。
「一葉のお勧めはどれ?あ、でも、一葉のお勧めと飛鳥のお勧めと果穂のお勧めと、どれにしようか迷っちゃうね。」
「三つともにすれば良いよ。中身は帰ってからのお楽しみで。」
世界樹の表紙を知花が読む。どういった感情を抱くのか興味深い時間だ。果穂さんは中身を知らないため、表紙だけで選んでくれた。彼女らしさの出る果実が表紙の絵本だ。まだどの内容を知らない知花は両腕に買ってもらった絵本を抱え、とても嬉しそうにしてくれている。果穂さんも絵本には触れて来なかったようで、彩羽の絵本がどんな内容なのか興味がありそうだ。読み聞かせの機会があるため、すぐに知ることになるだろう。
本屋を出れば、次の目的地を決めながら歩く。行き当たりばったりな散歩を兼ねたお出かけの間もずっと知花の手は楽しそうに揺れている。次はどこが良いだろう。
「知花ちゃんは花屋さんに興味ある?彩羽の植物園には行った?」
世界樹の麓にも花は咲き誇っていたが、植物園の花々もまた違った姿を見せてくれる。果穂さんは同じ種類の花でも品種が変われば見た目も香りも変わると知識を披露してくれた。自然の中に生きる花々も美しいが、それと異なる美しさを人の手で観賞用に作られた花々は持っている。世界樹の麓でも見られない植物が各地に存在する。その一部が彩羽には飾られ、売られているのだ。
「流石《豊穣天使》の跡継ぎ候補だ。植物の知識が豊富だね。」
「果穂も育ててるの?知花にも育てられる?」
「私も少しずつ育て方教えてもらってきたの。育てやすい品種から始めればきっと育てられるよ。苗でも良いね。種から育てるより簡単だよ。」
学校の花壇なら毎日世話もしやすい。そう聞いて知花もやる気に満ち溢れる。苗なら買うのは後回しにして、先に昼食にしよう。
午後にも町を回ると約束し、通りを進む。他にもどんな店があるか説明し、知花が気になる店を見つけたなら覗いてみる。そうやって歩き、良い時間になれば食事処へと入る。何か買って、景色の良い場所で食べても良いが、それは世界樹の麓にいる時にもできた。今日は店の中でゆっくり味わおう。
「気軽な所がいいと思って予約はしてないんだ。色々自分で選びたいかと思って。」
寮での生活が始まり、食べる量も種類も増えた。それでもまだ食べたことのない物も多い。初めて見る物の中から選ぶことも外食の楽しみの一つ。甘いお菓子はどれも好きそうだが、おかず系なら何が好きだろう。少量の物を複数食べる選択肢もある。分け合っても今日だけでは味わい切れないだろう。また次の機会も用意してあげたい。
迷いつつも今日の店を選ぶ。皇国の料理も大陸の影響を受けた料理も並んでいる店だ。あれもこれもと目移りし、なかなか選べない。また来られるから四人で分け合って食べようか、と説得し、ようやく一つを選んでくれる。注文を済ませれば長く待つことなく、それぞれの品が到着した。
「美味しそう!」
知花も嬉しそうに両手を合わせる。彼女が選んだのは鍋物。冬の寒さを忘れさせてくれるような温かな質感の鍋に肉や野菜が沢山入っている。一人用のため可愛らしい大きさだ。こういった物も初めてのようで、熱い、熱い、と言いながら楽しんでくれている。外で冷えた体もこれで暖まるだろう。
「舌を火傷しないように気を付けて。」
話すことにも食べることにも一所懸命になる知花に慌てなくても良いことを伝え、ご機嫌な彼女と共に食事の時間を過ごす。勉強中などふとした瞬間に寂しそうにすることはあるが、目の前のことに夢中になっている間はいつも楽しそうにしてくれている。この後はどこに連れて行ってあげようか。おやつの時間には美味しいお菓子を食べられる場所に行くとして、腹ごなしの散歩を兼ねて町中の案内にしよう。
鍋と汁物で体を温め、大通りを歩いていく。やはり服には興味が無さそうだ。まだ難しいのかもしれない。出かける時の準備も手伝ってもらって喜んでいたようだが、ほとんど選んでもらっていた。元気に走り回ることが好きなのだろう。それなら郊外の景色の良い所に案内しようか。そう予定を考えていたのだが、町中を歩いている間に疲れてしまったのか、知花は目を擦り始めた。お腹が膨れたこともあるかもしれない。あっと言う間にうつらうつらと足取りも覚束なくなる。仕方ない、背負って連れ帰ってあげよう。
知花の部屋は女子寮にあるが、果穂さんが一緒にいてくれるなら部屋まで連れて行っても違反行為ではない。花一郎様のように厳しい人なら嫌な顔をするかもしれない。少々身構えながら立ち入ると、以外にも視線を少し感じるだけ。それも好意的なものだ。知花を背負っているからだろうか。しかし数少ない声を掛けてきた人物は怒っているような表情だ。やはり花一郎様は許容されることでも基本的には避けるべきという考えをお持ちなのだろう。俺のことも、隣を歩いているだけの果穂さんのことも睨みつけている。
「全く、その程度しか分からないのね。十六夜家の飛鳥さんに荷物持ちをさせて、領主家の子でも何でもない人間が身軽に隣を歩いていることが問題なのよ。特にここは女子寮だもの。飛鳥さんが入らなくても良いよう、彼女が背負うべきだわ。飛鳥さんもこの程度、自分で指摘なさい。」
また身分云々の話だ。果穂さんより俺のほうが力はある。背負われる側の知花にもそのほうが安心感があるだろう。反論したい気持ちもあるが、そうすると話が長引く。今は早く知花を休ませてあげたい。花一郎様以外は早く出ていけといった視線でもなかったのだ。それ以降は声を掛けられることもなく、知花の部屋に行かせてもらえる。
知花の部屋は可愛らしい物で構成されている。床にもぬいぐるみが置かれているが、まだ自分で選んではいない。どれも一葉や結子さん、花梨などから貰った物だ。お気に入りのようで、毎日交代で一緒に寝ていると聞いた。今日はどれの日なのだろう。適当に一つ選び、隣に寝かせてやる。起きた時に一人にならないよう、果穂さんが傍についてあげるそうだ。夕食にも果穂さんが連れてきてくれるだろう。絵本の読み聞かせはまた明日以降だ。起こしてしまわないよう、そっと彼女の部屋を後にした。