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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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ひとひらの葉

 用事があると言って同行しなかった一葉は後で朗報を届けてくれた。知花の境遇や正体に関して調べる許可が得られたと言うのだ。今までは違法に調べていたが、ここからは見つかることを恐れずに調べられる。果穂さんもこれ以上の危険を冒さなくて済む。今回の調査の責任者は千秋領領主の第一子・千秋風香、つまり風香先生。一葉と俺が補佐という形で関われるよう調整してくださった。将来どちらも後継ぎの弟として皇帝や領主を支えることになる身のため、こういった経験を積むことも良いという判断らしい。重要な協力者には万城目家の結子さん、丸、花梨の名も連ねられているが、調査に深く関わってもらうというよりは、調査中の知花の様子を傍で見る役割を担ってもらう形だ。何か異常があればそちらから連絡を入れてもらう予定になっている。今は結子さんが知花の傍に居てくれている。

 早速校長室で調査前の挨拶に向かう。今更自己紹介は必要ないが、調査に向けての注意事項を聞く。これは調査のため良い目では見られない。禁止された研究の疑いを持っての調査だ。疑いの目で見られる研究者にとって面白くなく、隠したいことを暴きに来る相手を歓迎などできない。表向き愛想の良い態度を取っていても、内心早く帰れと思っている。調査する側の居心地は悪いだろう。

 注意事項を聞けば、次は事前に分かっている情報の共有。まず知花の素性について。調査の権限が与えられれば所属している研究者の家族構成を知ることはでき、風香先生が先に調べておいてくださった。そこで誰かの子どもでないことが明らかにされている。他に考えられる人間の子どもの姿を持っている者が入り込む可能性は召喚か生命の作成。召喚は様々な指定を付けた上で、召喚される側の意思に反して召喚されることのないよう配慮されなければならない。その範囲で許されるものになる。魔術による生命の作成も幾つもの制約の中で、許可を受けた場合にのみ可能なものだ。現在、彩羽学校において生命の作成は許可されていない。

 知花は召喚されたか作られたか。そこで気になる点が世界樹の化身に関する噂だ。

「可能性の一つとして、これも頭に入れておこう。」

 世界樹の化身であれ、それ以外の生命であれ、彩羽研究所で作成することは許可されていない。さらに本人の意思に反して閉じ込めることも魔力を吸い出すことも許可されていない。世界樹の化身なら信仰の観点でも問題視されるだろう。

「他にも似たような召喚や生命作成関係の実験が行われていないかを調べる目的もある。」

 説明する風香先生に連れられ、俺たちに期待する校長先生に見送られる。調査のための特別な許可証も頂いた。継続的に研究所に入り込むための許可だ。風香先生、一葉、俺の三人で調査が開始される。今日だけで終わるようなものではないが、初日から気を抜くわけにもいかない。しっかり気合を入れて向かおう。

 調査員と案内係を兼任してくれる人は風香先生だ。以前の知花に関する報告の内容からも隠蔽の心配はないとしてこの人選になったそうだ。最初はやはり最も関心を寄せている知花についてだ。隠蔽を防ぐため、調査があることは伏せられている。調査中であることを隠す目的もあって、研究者でもある風香先生が調査の責任者に任命された側面もあるそうだ。

「ここが監禁されていた部屋の一つだ。」

 簡素過ぎるほどの内装に、散らばった本たち。今の知花の様子から考えると彼女らしくない部屋だ。現在の知花は甘い菓子を喜び、散歩を楽しみ、ぬいぐるみを好む。そんな彼女の部屋としては物が少なすぎる。彼女がここを連れ出されてから少し日が経っているというのに、掃除も整頓もされた様子がない。表向き捜索もされていないのは表に出せない立場だったからなのか、大切にされていないからか。どれもまだ推測に過ぎない。本当の所を知るための調査が今だ。

 次に向かうはこの部屋を与えられていた研究者の他の研究室。今回の調査のために全ての部屋が開けられる鍵を風香先生が借り受けている。全ての研究室、全ての実験室に対応した鍵だ。研究者たちには事前連絡などされていないため、隠蔽することもできない。

「専門は魔力の固体化。高濃度の魔力は地脈花の花弁のように固体となる。これは生命を生み出す行為ではなく、意思を具現化する、そうだな、卵から雛を孵すような、あるいは水蒸気を氷にするような行為だ。」

 地脈花は世界樹の根だが、その花弁の部分は純粋な魔力でできている。高濃度の魔力は固体となる。それが自然に為された結果が地脈花の透明感のある花弁だ。元々ある生命を人の目に分かる形に変える。だから生み出しているわけではなく、禁じられた生命作成には当たらない。少々詭弁じみたものを感じるが、その言い分は認められているらしい。

「だから召喚したという話を聞いて意外には思っていたんだ。」

 召喚を専門とする風香先生とは異なり、専門ではないのに召喚を行った。その疑問を解消すべく、書物や書き殴った紙などを全て確認していく。小難しい題の物が多く、全てを今読み込むことはできないだろう。左右の壁も本で埋め尽くされている。題には瘴気や御子といった言葉が並んでいた。これらは瘴気で穢された世界樹の救い方に関係する本だろう。他にも世界樹の化身、魔力の化身、精霊といった言葉も並んでいる。

 パラパラと流し読みしている風香先生は俺の知らなさそうな知識を補足してくれる。最初は何度も出てくる精霊という単語についてだ。

「高濃度の魔力が姿を持ち、意思を持った存在を精霊とする。そう定義されているが、精霊の創造に成功したという話は聞かない。知花に関しての詳細はこちらのメモだな。」

 世界樹の化身。不敬にもそれを生み出すことに成功したと書かれていた。どの方法かは一見して判断できないが、仮に近くの本棚にある精霊の生まれ方を参考にして知花を生み出したのなら、初めての精霊の誕生ということになる。ただし人間の力で魔術を発動したのなら特定の属性に偏るはずであり、そのため精霊に関してもいずれかの属性の精霊が生まれるはずだ、とも言い添えられた。世界樹の精霊との表現は通常用いられない。一方で属性を持たない魔力が凝縮された結果、あるいは全ての属性が混ざり合った状態という概念は存在し、それらなら世界樹の精霊、特に化身という言い方をされても不思議ではない。少なくとも全属性を扱い得る精霊を求める研究者たちはそれを世界樹の化身と名付けているそうだ。

 この研究者は随分筆まめのようで、かなりの長期間にわたって日記をつけている。自宅ではなく研究室に置いている点は少々疑問だが、ここで過ごす時間のほうが長いのかもしれない。あるいは日常の出来事を記す日記というよりは研究日誌といった性質の物なのかもしれない。ただし何年も前の日記と今年の日記が隣り合わせに置かれていることから、整理整頓が苦手であることも窺える。

「ここの記録を見る限り、知花は研究者たちの想定よりもずっと世界樹の化身と呼ぶに相応しい存在のようだな。」

「地脈花を通じて世界を感じていたような発言がありましたからね。」

 単に全属性を扱い得るというだけではない。果穂さんの声や一葉の手を感じていた。教えられていない、知るはずのない時間と感覚を知っていた。世界樹が人間のような意思を持つのかも疑わしいが、少なくとも世界樹を通じて何かを感じることのできる存在はある。現状、世界樹の化身と呼ぶことに差し支えはないだろう。そうと分かれば知花への待遇の詳細も知りたい。

 待遇の面は研究に関係ないと考えていたのだろうか。日記にもその点についての言及がない。この研究者には知花が生き物ではなく実験のための道具にしか見えていなかったのだろう。

「言い訳すらないですね。」

「研究に夢中になって忘れたのだろう。研究者にはよくあることだ。目の前のことに気を取られ、倫理が疎かになる。」

 風香先生にも心当たりがあるのだろうか。それを確かめる間もなく、一葉が何かを発見した。机の上に見やすく置かれたそれには、被験体、という単語が見える。日付とその日の様子などが記録されていた。しかし食事が与えられた記録はなく、それどころか世界樹の化身は霞を食べて生きられる、のようなことが書かれていた。実際それで死ぬことがなかったのだから正しくはあったのだろう。人の姿をした生き物に対する扱いとは思えない。

 一通りこの研究室の調査を終えれば、他の調査へ向かう。禁じられた研究を行う研究者が他にもいるかもしれないからだ。風香先生の研究室だって調査対象になっている。

「好きに見てもらって構わない。自分が部屋から離れる際は術式が誤作動しないよう、必ず一部消すようにしているからな。」

 抜き打ち調査という名目上、予め整頓などは行わなかったそうで、ここも散らかっている。そんな研究室ではあるが、常に発動するような術式は使用しておらず、何度も召喚するような研究の仕方も行っていないため、危険はないそうだ。確かに机の上に放置されたままの小さな術式にも魔力は込められておらず、円の一部が欠けている。

「今は世界樹関連の研究が活発だ。喫緊の問題でもあるからな。」

 世界樹の化身や精霊を作成する研究もその一環であり、風香先生は召喚という方法で研究を進めている。御子の召喚によって世界樹の瘴気問題を解決しようとしているそうだ。ただしまだ召喚は成功していない。これは申請している通りの研究であり実験であるため、咎められることはない。召喚した物を痛めつけるようなことも行っていないため、調査と言いつつ授業のように説明してくれた。研究内容なら隠したいもののような気もするが、良いのだろうか。

「説明を聞いただけで真似できるような簡単なものではないよ。安心して聞いてくれ。」

 お言葉に甘えて、術式まで見せてもらう。その術式は通常の召喚に用いる術式とも異なるそうで、魔力を溜めておける魔力蓄積石まで用いて発動しなければならないほど多くの魔力を必要とする。それでも目的の人物はまだ召喚されていないようで、どこが問題なのかと研究はまだ途上だ。改良を続けることでいつかは召喚されてくれる。確実にその手応えはある、と言うが瘴気問題解決は未だ見えていない。

 他にも瘴気関係の研究をしている研究者は多い。世界樹から生み出す方法、風香先生のように召喚を試みる方法、既に存在する人間に聖属性を付与する方法など様々な方面から研究されているそうだ。瘴気の問題はそれほどまでに注目されている。

「世界存続のためだ。誰も他人事ではいられない。かといってそのために世界樹たる化身を痛めつけるなど本末転倒。それで世界樹が人間を拒んだらどうするつもりなのか。」

 知花はどうしたいだろう。世界樹に行きたいとは言っていたが、やはり滞在したいだろうか。研究者が探すことを考えると少なくともその問題が解決するまでは留まってほしい。少しの間なら万城目家の人たちが交代で傍にいることもできるが、あまりに長期間になると難しい。彼らにも彼らの勉学があるのだ。

「俺も傍に居てやりたいとは思っているのですが、調査と並行しては難しいですね。」

 一葉が会いに行くなら花梨にも協力してもらう形になる。一葉も転移術に協力できるが、俺も一緒に行って良いだろうか。知花は俺たちに会いたいと思ってくれているだろうか。それとも花梨が度々、結子さんと丸が交互に一緒に過ごしてくれる今の時間に満足しているだろうか。ずっと閉じ込められていたのなら学校での楽しみもきっと知らない。授業のことを友達と話したり、好きなことについて語ったり、校内を探索したり。俺だから伝えられる楽しみも経験もきっと沢山ある。世界樹という人との交流の少ない場所ではなく、知らない人も大勢いる学校での過ごし方も彼女に教えてあげたい。

「二人とも集中が途切れたか?今日の調査はここまでにしても良い。まだ小手調べだ。明日以降の予定はこちらに任せてくれ。」

 風香先生の気遣いに感謝し、二人で花梨のいる女子寮を訪ねる。今日は結子さんと誰かが交代する日ではないため、何も準備は整っていないだろう。夕食前の時間をゆっくりと過ごしているかもしれない。今からは迷惑だろうか。そう呼び鈴を鳴らせば、花梨と花一郎様が出てこられた。

「全く、これだから礼儀作法を理解していない甘やかされ坊っちゃんたちは困るわね。こんな時間に令嬢たちの集まる場所を訪ねるなんて。」

 寮内に入ったわけではないが、彼女にとってはそれでも問題があったようだ。簡単に謝罪しても害してしまったようで、花一郎様は不機嫌そうに立ち去っていく。礼儀作法云々言うのなら皇子に対する態度は不敬に当たるが棚に上げていた。次に会った際、改めて謝罪したほうが良いだろうか。今は花梨に用があるため、花一郎様のことは後回しだ。早速本題に入ると花梨は気にすることなく俺たちの話を聞いてくれた。

「それなら知花ちゃんの所で一緒にご飯にしましょう!食堂で貰って行きましょう。一人で寂しいなら沢山だときっと喜びますよ。」

 有り難い提案に乗らせてもらい、彼女と一緒に女子寮を後にする。野菜も肉も詰め込んだ弁当を持ち、五人分の夕食とする。それに加えて一週間程度なら保存できる食料も持ち込んでいるため、きっと喜んでくれる。

 転移先に印を付けることで、転移術発動の際の負担を軽減する。そう花梨は前回転移した際に準備してくれていた。それを利用して二人で転移術を発動する。一葉も協力できるが、一度経験している俺のほうが負担は少ない。花梨も新たな人と協力するよりやりやすいだろう。移動する人間も三人だけと難易度は下がっている。気は抜けないが以前より負担は大幅に軽減された。その成果か転移酔いも軽くなっており、すぐに動ける体調だ。一葉も軽い目眩程度で済んだようで、花梨も意識を失うことなくゆっくりと体を起こしている。周囲の風景は前回も来た小屋近く。結子さんと知花も夕食前後のお散歩中のようだ。

「知花ちゃん、姉様、具合はどう?」

「気分は悪くないみたいだけど、完全に元気ってわけでもなさそうだね。それはそうと、今日は交代の日じゃなかったよね?」

 世界樹の所にいたいという希望を聞き入れてもらえたからか、彼女のために何人も動いていることを把握しているためか、知花の様子は落ち着いている。一方で顔色が良いとも言えない。彼女が世界樹の化身なら、それは瘴気の問題が解決するまで改善しないだろう。彼女への扱いが問題であったことはすぐ明らかになる。しかし今はまだ結果が出ていない。今の彼女はどう過ごしていたいだろう。

「一葉とも果穂とももっと一緒にいたい。」

 二人とも授業がある。一葉は入学前の蓄積もあるため一時的なものなら傍に居られるが、あまり長くなると万城目家の面々も含めてここで一緒にいることは難しくなる。特に果穂さんは領主家の人々と比べると入学前の蓄積が少なく、授業を一つでも欠席すると追いつくために多大な努力が必須になる。現状もそれを理由に交代で留まる人員に果穂さんは含まれていない。知花が世界樹にいることと、誰かが傍に居続けることは両立させられない。近々どちらかを取ってもらう必要がある。

「一緒がいい!世界樹はたまに遊びに来ればいいもん。」

 そうと決まれば知花が彩羽学校に滞在する方策を考えよう。一緒と言っても授業時間は相手をしてあげられない。それぞれの時間も必要なため、知花が望む人々で分担する形になるだろう。そうなると彼女の生活する部屋も必要だ。寮の部屋は借りられるだろうか。

「学校に通うんだよね。聞いたよ、授業受けるの。」

 知花は新しい生活に積極的だ。世界樹に来てから、あるいは閉じ込められている間も万城目家の面々や果穂さん、一葉が色々話して聞かせたのだろう。魔術に関しては俺たちよりも優れている。術式も詠唱もない魔術などできる人が他にいるのだろうか。

「世界樹の化身として通うわけにはいかないから、仮にでもどこかの家の子って形になる。名字もないと困るし。」

「だったら果穂と同じお部屋がいい!」

 寮は基本一人一部屋だ。希望すれば二人一部屋にしてもらうこともできるそうだが、珍しいことだ。果穂さんは世界樹に泊まっていないため、部屋を同じにして、少しでも長く一緒に過ごせるようにと考えたのだろう。ここは果穂さんに相談してからでなければ決められない。今の時間にもう一度女子寮を訪ねる勇気はない。また明日以降、相談させてもらおう。

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