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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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世界の結び目

 世界樹への転移は相談した先生以外に知られていないのか、特に怒られることなく翌日も過ごせた。放課後、植物園で待ち合わせる。気持ちが逸ってしまったのか、まだ彼女は来ていない。教室に様子見に行こうか。そう思い始めた頃、彼女の姿は見えた。秘密基地に先導すると言う彼女はやはり楽しそうだ。秘密基地には昨日も行ったが、拘った点を話してくれる。枝や葉で一泊くらいならできそうな屋根まで作られていたそれがやはり彼女が最も手を入れた部分で、そのうちあの場所で夜を過ごそうと企んでいることもまで教えてくれた。素敵な計画を聞きながらの道中、人を探しているような様子の万城目結子(ゆいこ)さんに声を掛けられる。世界樹に行ったことが花梨から伝わっているようだ。弟妹を借りたことは伝えておこう。

「二人に巻き込まれたの間違いじゃなくて?ごめんね、大変だったでしょ。」

 世界樹行きが伝わっているなら知花のことも相談して良いが、万一他の人に聞かれると困る。結子さんも果穂さんの秘密基地に連れて行く許可を貰った。向かう道中、果穂さんは結子さんと交流を試みる。結子さんも俺たちと同じ音楽を選択しており、二学年上のため同じ授業を受けているわけではないが、歌声は聞いたことがある。とても楽しそうな明るい歌声だった。その他の特徴としては勉強熱心ということくらいが俺の知っていることか。

「外交官になりたいからね。フローラ様から向こうの話も聞いているのよ。」

 ローデンヴァルト王国からの留学生であるフローラ・フィヒター様との交流は異なる文化を知る意味もある。互いに知識のある人同士だから話も盛り上がるのだろう。さらに互いに勉学を重ねている。そんな知識の一部を俺たちにも共有してくれた。

 まずは地理。俺たちのいるこの国は皇国で、大陸からは東洋皇国と呼ばれている。世界最古の国だ。世界樹に最も近い国でもあり、世界樹を信仰して守っている。島々を統治する領主とそれを総括する皇家があり、その皇家の祖先には世界樹の化身がいるという建国神話もある。次に大陸の国々。最も大きな国がローデンヴァルト王国で、約千年前に大陸の危機を救った導師がいる。その北部にあるエーデルシュタイン公国は数百年前に王国から独立した。西方の山岳地帯がアイリーン様やロザリー様の出身地で、かつては諸部族連合が存在したが、今は連合が崩れ、多くの部族が争っている状況だ。大陸の南方から皇国の南方にかけての海には海洋連盟があり、そちらからも留学生が来ることがあると聞いている。

 続いて信仰。皇国と海洋連盟においては世界樹信仰が盛んだ。特に皇国では万城目家が主にその様子を見守り、近辺の警備を担うなど国を挙げて保護の方針が示されている。信仰の問題だけでなく、世界樹に何かあればこの世界の存在が危うくなってしまうためだ。世界樹に最も近い皇国ではその意識も特に強いのかもしれない。世界樹の瘴気を癒す御子も信仰の対象となる。世界そのものである世界樹、その癒し手を信仰するのが世界樹信仰なら、人間の秩序や繁栄に重きを置く信仰が導師信仰。王国の人々にとっては世界樹がどこか遠い存在なのか、より身近に存在している導師への信仰心が篤いらしい。その導師はローデンヴァルト王国の建国にも携わった千歳を超えるお人だ。約千年前に起こった大陸での人類滅亡の危機を救い、人々をまとめ上げ、見守り続けているとして信仰されているとか。

「世界樹ももっと間近から見てみたいし、導師様にも会ってみたいよね。」

 結子さんはお喋りが好きなのか、一を尋ねれば十も百も教えてくれる。彼女が世界樹を初めて見た時のことを尋ねても、神秘的などの世界樹の印象とともに船旅の楽しさまで語ってくれた。

 ここまでは他の人に本題を聞かれないようにするための雑談だ。想定外に充実した時間になったが、果穂さんの秘密基地に着いた今からが本番、知花救出に関する作戦会議だ。結子さんにはまず彼女とその現状を伝えることから始めよう。閉じ込められており、世界樹の方向に行きたいという願望を彼女は持っている。何者なのかはっきりとは分からないが、連れて行けば何か分かるかも、という希望を含めた作戦になっている。

「なるほどね。転移術式に花梨は必須、と。一番連れて行きたくないんだけど。」

 この場の三人に花梨と丸を加えた五人の中で、花梨が最も幼く小柄だ。転移酔いの心配も、慣れない土地という点で体力面での心配もあるかもしれない。それでも花梨の担当する雷属性の部分は他に代えられない。属性という意味だけでなく、技術面でもそうだ。先生から転移術を行使する条件として彼女が関わることを提示されているためでもある。他は花梨以外に二人いれば良く、丸の水属性が結子さんの地属性に代わっても問題ない。

 最大の問題は知花の救出方法。会いに行くだけでも風香先生の協力が必要で、毎回特例として研究所への立ち入りを認めてもらえるとは限らない。立ち入りできたとして、知花の連れ出しも可能だろうか。

「ここは私に任せな。果穂さん、行くよ。飛鳥様は花梨を呼んで来ておいて。」

 理由の分からない自信満々な姿を見せつけ、結子さんは果穂さんを連れ出す。なぜ彼女だけなのだろう。それを聞く隙もないほど素早く、そして果穂さんが口を開く余裕もないほどの速度で駆け出した。俺は言いつけ通り花梨を呼んで来よう。

 今は婚約者との時間を楽しんでいた。邪魔してしまう形にはなるが事情を説明すれば、果穂さんの秘密基地で待っていると言ってくれた。研究所からの連れ出しに関しては婚約者の心白の反対もあり、協力を得られない。危険の伴う悪事への加担と捉えられればこうした反応も無理はない。そのため秘密基地での待ち合わせとし、俺は研究所へ知花の連れ出しのために向かった。

 できることは何か。行く間も考えたが思いつかない。入口には結子さんと果穂さんに加え一葉と風香先生もおり、知花を迎えに行く所だと説明された。許可を得られたのか、風香先生と一葉が責任を負うことになるのか。分からないまま研究所内を歩き、一つの部屋に入る。風香先生の手で連れ出してくれれば何人もで向かう必要はないのだが、知花の説得に苦労しているそうだ。自分から出たいと言っていたのに不思議なことだ。

「知花、迎えが来た。」

 絵も観葉植物もぬいぐるみもない殺風景な部屋に佇む知花は振り返る。その表情は読めなかったが、俺たちを認めて一瞬にして華やいだ。こんな表情もできたのか。一目散に一葉に突撃し、抱き着いた。

「またいつもみたいに撫で撫でしてほしいの!」

「いつもみたいに?」

 一葉には心当たりがなさそうだ。会ったような話は聞いたことがない。知花も自由に出掛けられなかったなら会う機会がないはずだ。それでも彼女は本当に撫でてもらっていたと感じているようで、一葉が頭を撫でると満面の笑みを浮かべた。尋ねても知花は上手く説明できず、彼女が先程まで立っていた場所から眺めてみても理由は分からない。白の雲、青の空、蒼の海。建物近くの花々は見えにくかっただろう。

 考えても分からないなら後で聞こう。今は咎められる前にここを離れたい。そう彼女に世界樹へこれから転移しようと持ちかける。

「行こうと思えば行けるよ。でも怒ったり、癇癪起こしたりするからやめてあげてるの。痛いこともするの。」

 言うことを聞けば何もしない。指示したこと以外をすればお仕置き、躾と称して痛めつける。研究者としては被験体に勝手な行動をしてほしくないのだろうが、何の罪もない子にそのような仕打ちをするなど理解に苦しむ。上手くやれば制御できる道具にしか見えていないのだろうか。

「もう戻って来なくていいなら出てもいいかなって。もう痛いこともないんだよね?」

「うん、うん、ないよ。そんなこと、絶対にさせない。」

 安心させるように再び撫でる一葉の手と結子さんの決意を固めた発言を合図に、知花が風を感じるように窓辺に寄った。すると一瞬にして視界が変化し、足元が床から地面に変わる。目の前は木々に花々と完全に屋外だ。いったいどうやったのだろう。転移術に似ていたが、転移に伴う不快感は皆無。まず研究所内は転移術が禁じられているはずだ。転移術自体が難しいはずであり、禁じられている中ではほとんど不可能。使う場合には禁止をくぐり抜ける前準備や解除を先に行ってからになるが、そんな時間はなかった。一葉や結子さんは思い当たる節があるのか物言いたげだが、それを封じて果穂さんは自身の秘密基地へ知花も連れて行く。

 着いた途端、思い出したように知花は地面に文字を書き出す。歪な文字だが読み取ることのできるそれは彼女自身の名だ。果穂さんに教えてもらったのだと嬉しそうにし、次は果穂さんと一葉の名前を覚えるのだと意気込んだ。ここには地面しかないが、そこに書けると一葉はゆっくり一画ずつ教えてあげている。ここは直線、ここで曲がって、ここは離す、と一つ一つの説明が丁寧だ。知花も頑張って真似してはいるもののやはりまだ難しいようで、直線もガタガタと揺れ、曲線はうねうねと歪んでいる。文字を書くという行為自体にまだ慣れておらず、上手くいかないことに苛立ち、うーっと唸り土を周囲に撒き散らし始めた。小さな女の子の可愛い癇癪、微笑ましい光景だ。しかし彼女が指を一振りすると空中に光の線が引かれていく。その線は一葉の名前を書いていた。魔力による文字。繊細なその操作は年齢一桁と思われるこの子がしているとは思えないほど精緻だ。

「人間の体になってから器用にできるようになったの。」

「知花ちゃんは人間じゃないの?」

「果穂は林檎なの?木にぶら下がってお喋りに来てくれたよ。」

 俺が知らない間にも果穂さんは会いに行ったようだ。木にぶら下がっている生き物を全て果物だと思っているのだろうか。林檎に限定するのは林果穂という名前からの連想か。いや、彼女にそんな連想ができるほどの知識があるとは思えない。どこから林檎は出てきたのだろう。

 その会いに行った時に果穂さんは別の部屋も盗み見る機会を得ていた。緊張感に包まれたまま探した知花が閉じ込められていた場所は人が眠れるほど大きな水槽。一刻も早く助け出したい思いを強めつつ、危険を冒して研究者たちの言葉や手記を調べていた。

「救世の姫とか、世界を救う力があるとか。」

 瘴気のことだろうか。世界が滅亡の危機に瀕しているわけではないが、解決できれば世界を救ったと言っても良いものだ。ただし瘴気を浄化する力がある者は御子のみ。その力を持って生まれるか、誰かがその力に目覚めることで御子が現れたと言われる。まさかそれを人工的に生み出したというのだろうか。気になるが、それも含めて世界樹に行けば分かる。そう転移術の準備を始めた。

 今回転移する人は、転移に欠かせない花梨、転移術を手伝う俺に結子さん、それから知花と彼女が同行を求める果穂さんと一葉の計六人。転移する人数が増えればそれだけ難易度も上がる。協力者が増えても難易度が下がるわけではない。前回より二人増えているが、無事に転移できるだろうか。そう相談し始めたところで、一葉は世界樹への転移自体を辞退した。

「用事ができたから俺はここで。大丈夫、悪いようにはしないから。」

 一葉にも一緒に来てほしいと訴える知花の頭を撫でて立ち去った。いったい何をするつもりなのか。用事を思い出した、ではなく、用事ができた。知花を安心させようとする言葉からは彼女に関することなのだろうと推測できるが、それ以上のことは分からない。一葉なら後で教えてくれるだろう。今は世界樹へと急ごう。

 意識を世界樹へと切り替え、改めて転移人数を確認する。結局一葉が同行しないため、知花一人が増えただけ。術式の水属性を担っていた丸が地属性を担う結子さんに変わる。術式の微調整は花梨が行い、結子さんと俺、果穂さんの目でも確かめた。これなら問題ないと実際に術式を描き、発動する。目眩や吐き気は前回よりも軽い。転移に慣れたのだろうか。果穂さんは既に元気そうで、知花は最初から酔っていないように振る舞っている。結子さんも問題なさそうだ。

「こっち!」

「知花、一人で行っちゃ駄目!」

 ご機嫌な知花が駆け出す。初めて来た場所のはずなのに、知っているかのように世界樹に向かって真っ直ぐ走っていく。結子さんの制止もなんのそのだ。この世界そのものである大樹の足元に知花は立ち止まり、その幹に触れた。

「ただいま。もう、これ以上は帰れなくなっちゃったんだね。」

 幼い外見には似つかわしくない静かで哀しみを伴った声。彼女にとってここは帰ってくる場所のようだ。全ての生き物にとって還る場所とは言えるが、ただそれだけの意味には聞こえない。どこか静謐で声を掛けにくい雰囲気を纏う彼女は本当に世界樹の化身なのかもしれない。そう意識すると、確かに人の形をしているのに消えてしまいそうにも見え、彼女を留めるために興味を惹く術を模索する。幻を生み出す魔術もここなら使えるのではないだろうか。地面に指で術式を描く。世界樹の近くではその恵みを得やすいため、他の場所では使えない魔術も使える。転移術も行きより帰りのほうが簡単だろう。雑念を振り払い、魔術を発動する。現れた幻は紅い蝶だった。

「私だってできるよ。」

 張り合うように幾つもの蝶を生み出す。黒に白、金に銀と輝くそれらはこの世界樹の神秘性を高めた。詠唱もなく、術式もなく、彼女はそれらを舞わせている。熟練者でもできない所業だが、彼女が世界樹の化身なら納得だ。

 驚く俺たちと舞う蝶々を見ただけでは状況が理解できなかったのか、後から追いついてきた花梨は知花にお菓子を勧める。それを俺たちにも分けてくださった。さらさらと弾力のあるこの大福餅は何も変わった点のない物だが、知花は初めて見るのか口に運ぶことなく両手で持っている。食べ方が分からないのだろうか。そう目の前で食べて見せれば、真似して知花も食べてくれる。やはり食べ慣れていないようで、はむはむと口に含み、もぐもぐと噛んでいく速度もゆっくりだ。口一杯に頬張り美味しそうに食べてくれる。気に入ってもらえて花梨も嬉しそうだ。

 お腹も少しだけ満たされて、好奇心に駆られる。前回よりも体が軽く、どこまでも行けそうだ。知花を無事に連れ出し、世界樹の下まで連れて来られたからだろうか。そんな解放感のままに世界樹を見上げ、根に手を添えた。その隣で知花は登りたいのか、手足をばたつかせて木に纏わりつかせている。結子さんは止めようと声を上げた。しかし知花は意に介さない。本人が登りたいなら登らせてあげれば良いが、一人では危ないだろう。俺が一緒に上ってあげよう。まずは初心者でも登りやすい、背が低めで手足を掛ける所のある木を選ぶ。どの場所に足を置いて、どの部分に手を掛けて、と指示するが腕力が足りないのか登れない。

「私が下から押し上げますよ。」

 果穂さんにも協力してもらい、知花を引き上げる。勢いを失わせない果穂さんの手のおかげで知花も無事に樹上の人だ。この木は周囲に比べて低く、世界樹で一方向が完全に隠されてしまっていることもあり、見晴らし良いわけではない。それでも初めての木登りを達成した喜びからか知花は満面の笑みを浮かべてくれた。俺が抱えて飛び降りればさらに喜ぶ。着地すら新鮮で楽しいのだろう。

 花梨と結子さんも世界樹を興味津々に観察していた。どれほど見ても木には見えないほど大きな壁だ。世界樹は本物の木であり、地脈花のように宝石にも似た美しさはないが、別の方向の迫力はある。知識があればもっと面白いのだろう。しかし果穂さんは何も感じないのか、早々に飽きて周囲の探索を始めた。

「何か小屋あるよ!」

 木々に隠れた場所から声が上がる。そちらに向かえば咲き誇る花々、花壇の痕跡と思しき木組み。人の痕跡があった。風呂も台所もない。小さな棚に入っている四個しかないため、今日の五人分には足りないが、少しの水分補給程度なら共有できる。ひとまず湧き水を汲んで来よう。

 透き通った水を一口含めば冷たく美味しいが、念の為煮沸して持って行く。果樹園で良い水に触れているだろう果穂さんも満足する味のようだ。知花もこの小屋で休んでおり、ここにいたいと駄々をこねていた。

「落ち着くよ、お家だから。果穂も一葉もいてくれたら嬉しいな。」

 結子さんに宥められ、それでも自分の希望を述べた。果穂さんの名前も一葉の名前も挙げるが、やはりどうしてその二人をそんなに慕っているのかが分からない。その点も尋ねれば一人一人について理由を教えてくれる。まず一葉。撫でて、お手入れしてしてくれる、と。心地よくて気に入っているらしい。撫でられるのが好きなのか。俺が撫でてあげても嬉しそうに笑ってくる。閉じ込められている時は撫でられることなどなかっただろう。だからこうして触れられると喜ぶのかもしれない。

 次に果穂さんはよく会いに来て、お話しをしてくれるから好き。微かな音や光で返事に代えていた。やはり果穂さんは分かっっていなさそうに首を傾げている。撫でたり話したり、よく会っていたのなら、彼女に名付けようとしなかったのだろうか。

「知花、この体じゃなかったよ。果穂と会った時もお花だったの。えっと、地脈花、だっけ?」

「確かに地脈花に向かって話してたことはあるけど、他に人はいなかったよ。お花だったってどういうこと?」

 彼女が世界樹の化身なら地脈花の感覚を共有できることにも納得だ。実際に体験した果穂さんは非常に驚いている。知花は何に驚いているのか分からないようで、これからも果穂さんや一葉が世界樹の傍で一緒にいてくれるのかどうか気にしている。残念ながらその希望を叶えることは難しい。俺たちには学校があり、この島に居続けることは難しい。果穂さんにも一葉にも勉学や家のことがある。卒業後も知花とここに滞在することは難しいだろう。

「じゃあ一緒のほうが良い。学校に一緒に通って、お勉強して、一緒のお家に帰るの。」

 今までの生活では叶わなかったこと。そう今までの生活を教えてくれる。目覚め、研究者たちの指示に従って透明な容器に入り、地脈花での出来事を感じる。一葉の手を感じ、果穂さんの声を聞き、という時間が彼女にとって大切な時間だった。それも果穂さんや一葉が入学してからなくなってしまった。それが寂しかったのだろう。来たいと言っていた世界樹に留まることよりも彼らと同じ生活ができるほうを選んだ。私の彼らとの生活の詳細を空想している。お風呂に入って、体が冷めないうちに布団に入って、と知識を披露してくれた。

「夜は気温が下がるから、人間の体が壊れちゃわないようにするの。」

 風邪を引きやすいという話だろうが、この表現は彼女が人間でないと言っているようだ。彼女の言うような生活も寮で可能になるが、彩羽では研究所に連れ戻されてしまう。やはり先に許可が必要になる。得られるまでは彼女にここで留まっていてもらおう。着替えなどだけ取りに戻って、一人で寂しくないようにしてあげたい。順番に授業を休むにしても、転移術のために花梨に往復してもらう必要がある。続けて授業を休むことになると特に果穂さんは勉学面で困難があるだろう。花梨の体調不良も考えると回数は減らしたい。

 一人寂しい時間を過ごさせることなんてしたくないが、滞在するためにも着替えなどの荷物を取りに戻る必要がある。そう彼女一人を残して俺たちは一度帰還する。次に戻る人の選定も必要だ。果穂さんは勉学面から世界樹の島に留まることが難しい。花梨も転移術のため行き来する要員として留まれない。他の行き来する要員としては丸か俺か結子さん。花梨が転移術に慣れたおかげで花梨ともう一人で発動できそうとも言ってくれたため、今後はもっと行き来しやすくなるだろう。それらの点を考慮して、結子さんが知花と共に世界樹に留まると決定した。

「じゃあ果穂さんと飛鳥様は研究所の近く歩いて陽動お願いね。」

 俺たちの侵入の後、知花は行方不明になっている。俺たちが連れ去ったと推測することも容易だろう。荷物を取りに戻る人は結子さん一人だが、知花捜索に人員が割かれていた場合、転移する際に使った果穂さんの秘密基地まで見つけられる危険もある。そのための陽動だ。果穂さんと二手に分かれて研究所付近の散歩を開始した。

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