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星空と六華

 頭上に瞬く数多の星々。これが偽物の輝きなんて不思議だ。毎晩見上げる空と遜色ない。説明のために明るさが変えられた場合のみ雰囲気を変える。強調のなくなった今の空は昨晩見たものと全く同じだ。

「興味のある人は是非今夜、空を見上げてみてください。」

 先生のその発言と同時に授業が終わる。言われなくとも見上げている星空だ。それでも今夜は特別な場所で見上げてみようか。たまにはそうやって感傷に浸るのも悪くない。

 星空を見る絶好の場所はやはり屋根の上。立入禁止と言われるまでもなく入るような場所ではなく、入ると怒られる場所だ。見つからなければと思っていてもいつの間にか先生に伝わっている。そうだとしても怒られるのは明日。眺める時間を邪魔されるわけではない。近くの木々に登り、そこから屋根の上に飛び移る。視線を下げれば木々が目に入るが、十分上げれば視界を遮る物は何もない。こうして静かな時間を過ごしていると実家のことを思い出す。夜の星から力を得て魔術を強化すると言っていたのは父だった。残念ながらその才能は受け継いでいないようで、その感覚は得られていない。母は昼の星から力を得ると言っていた。こちらもよく分からない。経験が足りていないのだろうか。

 家族のこと以外にも思い出すことはある。星の一つ一つに物語があると教えてくれたのは雪の名を冠する少女だった。今ならもう女性か。どこで何をしているのだろう。思いを馳せれば彼女に教えてもらった曲も思い出される。物悲しげな旋律は当時面白くない曲だと感じたが、この曲に思いを乗せて歌う気持ちも今なら理解できる。

 静かな時間は賑やかな二人の掛け声によって終わりを告げる。息を合わせたその声で屋根に登ろうとしているようだ。ちらりと何度か見えた結果、上手く行ったようで一人の姿が登ってくる。彼女はまだ俺に気付かず、もう一人を引き上げた。引き上げられた彼はすぐにこちらを見て、声を上げた。

「飛鳥様、こんな所でどうされたのですか。」

 こんな所と言うような場所に彼ら、果穂さんと緋炎も来ている。今まで来ていなかった彼らも今日の授業で星空に興味を持ったのだろうか。珍しい曲調の歌だからか少し心配そうにどうしたのか尋ねられたが、俺も気分になったから屋根の上に乗っただけ。深い理由があるわけではない。それよりも果穂さんがこちらに来ていることのほうが気になる。ここは男子寮の屋根。夜中に歩きたくない程度には女子寮と離れている。緋炎と一緒に眺めるためにわざわざこちらに来たのだろうか、それとも緋炎から誘ったのだろうか。

「星を見る趣味をお持ちなんですね。なんだか意外です。」

 静かに星座を見るような性格ではないように見える自覚はある。あの少女との出会いがなければ星になど興味を持たなかっただろう。静かな思い出話をすることがあったって良い。そう彼女の話を始める。

 彼女とは十六夜領の屋敷近くで出会った。まるで雪の妖精の彼女が冬の夜、澄んだ空気の中に浮かび上がって見えたのだ。凍てつく寒さの中で吐き出した息のように白い肌、粉雪のように繊細な髪、闇を隠すような色のない瞳。神秘的な彼女に声を発することもできず、その時の俺は見惚れていた。彼女の挨拶は淡雪を溶かすような温かみがあり、彼女の体はどこも透けていなかった。現実味のない時間の中、彼女は幾つもの星座や星に纏わる物語を教えてくれた。それなのに中々名前は教えてくれない。こんな所で名乗れる者ではないと誤魔化された。そうして何度も会ってようやく、六華(りっか)という名を大切な人に貰ったのだと教えてくれた。

「六華、ですか。雪の異称ですね。」

 雪のない夜に出会った人が、六華が空から雪を奪ってしまったのだ、と名付けたそうだ。何もかも白い彼女には似合いの名のように思えた。あの時は夢を見ているような心地だったが、次の夏にも出会い、話して彼女もただの人間なのだと分かった。その上、六華と名付けた彼女の大切な人が俺の兄であることも知ってしまった。美しいと見惚れる感性は同じだったようだが、なんだか面白くない。

 俺の思い出話を聞いて、本当に楽しいのだろうか。そう今の星空に話題を移す。毎日少しずつ変化していく空だが、今日だけ見てもその違いは分からない。彼女たちはどこまでこの星を見ているのだろう。

「星はあんまり見てないですね。ねえ、空しか見えない生活ってどう思います?」

 唐突に意図の分からない質問を繰り出された。部屋から出られないなら窮屈だが、彼女たちは今もこうして自由に出歩いている。誰かそういった人を見かけたのだろうか。そうだとするなら可哀想だ。散歩も探索も冒険も自由にできないなんて。

 詳細を聞けば、彩羽学校に併設される研究所の窓に空を見上げ、微動だにしない少女がいた、と。果穂さんとは正反対の自由のない少女をとても気にしている。

「入れるなら研究所に忍び込みますか。」

 探索してみたい。その気持ちは緋炎も同じようで、積極的にその少女の正体を確かめようとしている。彼からの補足情報によると、暗い中でも浮かび上がって見える白い髪と肌、不気味に煌めく赤い瞳、とのことだ。幽霊かもしれないと彼は怖がっている。だから正体を確かめたいのだろう。しかし研究所は当然学生の立ち入りが原則禁止。それは領主家の子どころか皇女皇子でも同様だ。危ない実験道具もあるからと強く言い聞かされている。納得できるものではあるが、入りたくなる気持ちもなくならない。密かに入る方法が見つけられていないことが残念だ。

「果穂ちゃんの魔術で入れねえの?あ、ごめん。」

 緋炎も果穂さんが時属性の適性だと知っているようだ。そうでなければ密かに侵入すると言われて頼らない。時属性の有名な魔術は転移術。他の属性でも転移術自体は可能だが、真っ先に思いつくようなものではない。それなら緋炎でも俺でもできることにもなる。俺が彼女の適性属性を知っていて良かったなと思いつつ、誰が聞いているか分からないここでの明言は避けた。代わりに魔術での侵入は不可能と伝える。こういった研究施設や重要な施設には転移術など一部魔術の使用を禁じる結界が張られ、侵入者を拒んでいる。窓でも破るかと物騒な相談まで聞こえた。誰か先生に相談と言えば、彼らも一度物騒な計画を引っ込めてくれる。

 頼りにするなら風香先生。召喚術でみんなお世話になっている先生だ。魔術実技では風属性を担当しているが、俺たちは受けていない。他の属性でも相談やお喋りに行った場合には気軽に対応してくれるそうだ。特に樹さんは親しいようで、自宅の羽の生えた召喚物たちとの交流も許されたと聞いている。こんな夜更けに訪ねるわけにもいかないため、これ以上は明日に持ち越しだ。


 彩羽研究所と見かけた少女に関する情報をできる限り共有し、翌日放課後、直前の授業が音楽であったのを良いことに果穂さんと一緒に昼食を取り、そのまま二人で職員室へと向かった。ここなら既に風香先生が研究室に向かってしまっていたとしても連絡を取ってもらえる。そう訪ねればまだ職員室で作業しており、話す時間も作ってもらえた。

 いつもはお説教や反省文に使われる一角に来てくれる風香先生。厳格な雰囲気だが、怖いばかりでないことも知っている。この彩羽近くの領地の次期領主であるが、今はただの教師として働いている。それでも学生たちにはその身分が影響を与えることもある。何故か風香先生を見つめたままの果穂さんもようやく動き出し、二つの質問を出した。一つは研究所に少女がいることを知っているか、もう一つはその少女が何者か。研究者の娘なら風香先生も一言くらい聞いているだろう。

「私が見たことがないな。誰かが娘を連れてきているなんて話も聞いていない。不思議だな。」

 いつも研究所にいるなら一度くらい見ていそうなものだ。特別に許可を取る形にもなるため、見たことはなくとも話題に上ることくらいあるだろう。特に果穂さんの話では万里様より幼いか同年代くらい。実験に使う物には危険な物もあるという点も俺たち学生の立ち入りを禁止する理由に挙げられている。それならその少女も入れてはいけないはずだ。具体的な場所まで緋炎は把握していたようで、詳細に教えてくれる。風香先生にはそれがどの研究者の部屋か心当たりがあるようだ。外からよく観察していなければ気付けないそれによく気付いたと褒めつつ、それでも研究室への侵入は許してくれない。見学という名目ならあるいは、という曖昧な返事だ。今すぐ見学の許可を得られるわけではなさそうだ。

 職員室を後にし、改めて作戦を練る。彩羽研究所に学生は入れない。教員でも研究者と兼任している人でなければ入れない。彩羽研究所の研究員か、特別に許可を得た人物。その許可も風香先生からは得られなかった。彩羽研究所は皇家の直轄領にある。皇家からは得られるだろうか。こればかりは一葉や一華様に頼んでどうにかなる問題ではない。

「一回外から見てみますか。それならいつでもできますよ。」

 緋炎に案内されて向かった先は研究所の裏手。その二階の窓から除く少女が一人。二人から聞いた通り、白い髪と肌が映えている。その中に浮かび上がる赤い瞳がなんだか魔珠のようだ。六華を見た時のように目を惹かれるような感覚はない。果穂さんが手を振ってみるが反応もない。手を振り返すくらいしてくれても良いが、何もない。全力で飛び跳ねても顔がこちらに向くだけで、それ以外の動きはない。

 もっとよく見てみるとまた果穂さんは術式もなく詠唱をし、魔術を行使した。視力を一時的に高める魔術だそうで、あの少女をもっとよく見てみようとしている。不健康なまでの肌の白さ、唇も色がない、血のように赤い瞳、一切動かない表情筋。六華のような神秘的な姿というよりは不気味といった雰囲気だ。それでも果穂さんはあの少女に見惚れていた。

「忍び込むなら夜ですね。今夜、ここに集合しましょう。」


 研究所の裏手に陽が沈んでから再集合する。緋炎も果穂さんもしっかりと目を開いており、十分休息を取ってから来たようだ。大半の部屋の照明は消されており、昼間見たあの少女の部屋もその例に漏れない。暗すぎて人影も確認できない。今の時間なら他の人に目撃される心配もほとんどないと火の玉を出現させる。あの少女は昼間と全く変わらない格好で空を見ていた。閉じられた窓の中、何も変わらない様子で立っている。果穂さんによると表情まで同じ、無表情のようにも悲しげにも見える表情らしい。この暗い中では手を振っても見えないだろうが、仮に見えていても無反応になるのだろう。赤い瞳は昼間より酸化した血の色に近づいているように見え、より一層不気味さを演出する。人形に命を吹き込むのは瞳という話もある。彼女の瞳が《命の珠》と言われても信じてしまいそうだ。

 研究者はほとんど自宅や寮に帰っている時間だ。それなのに彼女は残されている。何をしているでもなく、あのまま。誰かの娘ならこんな状況になるだろうか。

「人間じゃなかったりして。」

 脅すように果穂さんは言う。こうして緋炎は正体を暴くことに積極的にされたのか。幽霊なんて存在しない。妖精も精霊も想像上の生き物であり、実在しない。あり得るとすれば人間が生み出そうとしたそれに似た人工生物だ。ただし人型の人工生物は現在の所生み出されていないどころか、作成を禁じられている。当然、人間を材料にすることも禁忌だ。

 人工生物なら何か俺たちと異なる点があるはず。そう果穂さんは昼間同様魔術も用いてよく観察する。しかし目が二つ、耳も二つ、鼻の穴も二つ、口は一つ、唇もあり、眉毛は髪と同じ色、瞬きもする、窓に掛けられた手は二本、指は五本、爪も丸く俺たちと同じ、とただの人間の特徴を伝える。

「あっちに何かいる!」

 よそ見した緋炎が木々の隙間に何かを見つける。見覚えのある柔らかな髪に雪のように白い肌、憂いを帯びた瞳は六華さんだ。自分より立場が上の人間というわけでもないのに何故か背筋が伸びる。同時に疑問も浮かんだ。彼女は十六夜領にいた人間だ。いくら近いとはいえ、気軽に移動できる距離ではない。彼女はここにいるはずのない人間だ。もっと兄に彼女の話を聞いておけば良かった。そうすれば何か少しでも分かったかもしれない。

 幽霊かと怯えている緋炎を連れ、彼女の下へ近づく。優しく微笑む姿は穏やかなお姉さんそのもので、記憶よりももっと美しい大人の女性に近づいている。兄と並び立ったほうがきっと絵になるのだろう。

「こんばんは。飛鳥は久しぶりだね。」

「うわあ!え、あ、人間?」

 声を掛けられただけなのに怯える緋炎。俺も知らなければ驚いたかもしれないほど人間離れした空気を纏っている。怯えるというよりは見惚れる方面の神秘性だ。柔らかく落ち着いた雰囲気も纏っており、少しでも長く話していたい気分になる。ただし重要な点はそこではなく、何故この彩羽学校の敷地内にいるのか、だ。果穂さんもとても驚いているが、緋炎のように怖がっている風ではない。それなのに凝視したまま動かない。こんなに美しい人を見たことがないのだろう。

「君は、なんて名前かな。」

「は、初めまして。緋炎、と申します。」

 果穂さんには名前を聞かない。知り合いだろうか。それなら驚いた理由が分からない。よく見ると六華さんと果穂さんはお揃いの紅いピアスをしている。ピアス自体着けている人は珍しい。同じ趣味の人を見つけて喜びが爆発する寸前なのだろうか。

 俺の疑問を他所に、果穂さんは少し警戒心を含んだ声で六華さんに何をしているのか問う。当然何も悪いことをしていない六華さんはただのお散歩だと平然と答えた。ここで働いているのだろうか。先生や俺たちが会うことのある事務員さん、食堂の職員さん以外にも隠れた場所で仕事をしてくれている人たちや研究者たちがいる。知らない彩羽の関係者くらい大勢いるだろう。彼女の返答に果穂さんも納得したのか、六華さんからのここでの生活に関する質問に快く答えた。

「楽しそうだね、地上の学校も賑やかそうだ。」

 どこか引っかかる言い回しだ。よく考えると六華さんについて俺はよく知らない。十六夜領で出会い、星に詳しい女性で、兄の良い仲の人。もしかして兄に会いに来ていたのだろうか。それなら会わせてあげたい気持ちもあるが、部外者かもしれない人間を学生寮には案内できない。いたということだけ兄に伝えてあげようか。

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