表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/84

彩羽への入学

 入学、それは待ちに待った時間の始まり。兄に数年の遅れを取り、弟の数年先を行く俺の学校生活がようやく始まった。友人の一部も今年入学、今まではそれぞれの領地にいたせいで会える時期が皇都に集まった時に限られていたが、これからは彼らとも存分に遊ぶ時間を確保できるだろう。まずは入学準備に忙しくないはずの友人、兄と同学年の人に会いに行こう。

 会いたい相手は大空(おおぞら)(いつき)さん。皇都の喫茶店《天空の安らぎ》の人で、皇都滞在中は毎日会いに行っていた。待ち合わせ場所は寮前。俺の教科書など学校での勉強に必要な物の買い出しに付き合ってくれるのだ。久しぶりと挨拶しつつ、選択教科をどうしたのか答えていく。俺の行く学校、彩羽(いろは)学校はそれぞれの進路や適性に合わせて授業を組む。同じ学年でも同じ授業を受けるとは限らない。どうやっても学年の異なる樹さんとは同じ授業を受けることにならないが、同じ科目なら共通の話題にはなる。別の科目でも話は聞いてもらえるだろう。

 道行く間も人の視線を感じる。それもそのはず、樹さんは学校での有名人だ。この学校は高い学費と寮に入ることが必須になる点から領主家やそれに連なる家の子が大半、それ以外はいても大商会の跡継ぎ候補くらいなものだ。その中で彼はどこに学費があるのかと思うほど小さな喫茶店の子であるため、入学当初から目立っていた。さらに全ての人がどれか一つの属性に適性を持っているという常識から外れ、彼は地水火風の四属性でなかっただけでなく、確認されている他の属性にも当て嵌まらない、適性属性不明、と判定された。俺も兄の(むく)も火属性適性で、それを基準に魔術の授業を受けていく。樹さんは今、魔術の授業をどうしているのだろう。

「術式の授業は椋様と同じ火属性の授業で、実技は免除ですね。その間、礼儀作法の勉強もさせていただけるので助かっていますよ。」

 魔術が使えなくとも問題なかったらしい。危険性や読み解き方は知っていて良いため、授業を受ける。術式は魔術を発動する際に必要になる要素の一つであり、円を基本に文字や数式を書き込むことで短い詠唱だけで済むようにするものだ。その時にしか使わない魔術文字を覚え、時に混乱してしまうような計算式も書き込み、と自宅での勉強では大いに手こずった部分だ。それなのにまた新しい術式勉強用の本を買わなくてはならない。早速気の重い始まりだ。他にも必要な本を選んでいると、樹さんはお菓子の作り方を熱心に見ていた。お店ではまだ作っていないが、個人的に振る舞ってもらったことはある。甘くて美味しいお菓子だったことは覚えているが、見た目も名前も覚えていない。

 今日付き合ってもらうお礼にと一冊購入し、店を後にする。その他の物はほとんど準備済み。この後の予定は特に決めていない。お茶でもしながら相談しよう。そんなのんびりとした気分だったのに、おかしな動きの人物を発見してしまった。歩き方、視線の動き、その身に纏う空気感、いずれをとっても入学に浮かれる新入生ではないのに、町にも溶け込んでいない。俺よりも小さな少女なのに家の護衛たちのような武人にも似た空気を纏っている。武人になるための修練を積んでいる途中の俺もまだ無駄が多いと注意されることが多いのに、より経験の浅いはずの少女が既に完成されたような雰囲気を持っている。よく見ればその隣を歩く少年も似たような動きだ。

「なんですか?人のことじろじろ見て。」

「ほらやっぱりその格好は目立つんだって。どこにいるんだよ、何にもないのに全身真っ白な人間なんて。」

「彩羽のお洒落を学んでから買うの!今はまだ勉強中だから。」

 言われて見ればどちらも赤い髪と瞳をしているのに、少女のほうは真っ白な服に身を包んでいる。入学前の気分が上がっている時にほとんど色のない服装をする人は珍しいだろう。しかし目立つ理由はそれではない。一番はやはりその体や視線の動きだ。

「そんなに変ですかね?お二人は彩羽の学生なんですか?」

 女子のほうは(はやし)果穂(かほ)さん、男子のほうは紅井(あかい)緋炎(ひえん)。彼らも今年入学の新入生、つまり俺の同級生だ。同じ授業を受けることもあるだろう。そう聞いてみると緋炎さんは適性属性が火で俺と同じ、果穂さんも緋炎さんも選択武術は剣系で俺と同じ、選択芸術では果穂さんが音楽と同じ。授業が始まってからも交流の機会は多そうだ。

 不躾な視線を送ってしまったことを謝罪し、良い機会だとお茶に誘う。二人も一通り用事を終えた後だったのか、快く受け入れてくれた。そんな二人の収穫には当然教科書が含まれるが、果穂さんにとって最も喜ばしい収穫は別の物だったようで、楽しそうに植物図鑑の話を聞かせてくれる。彼女は草木に興味があるのだろう。

「実家が果樹園なんですよ。だから他の所のことももっと調べてみようと思って。自分の所の物以外はあまり詳しくなくて。」

 後ろ盾がしっかりしている家の子しか彩羽には来られない。実家のことを気軽に話せることも不思議ではない。むしろ宣伝する良い機会だというのに彼女はその果樹園の名を伏せた。卸先が決まっているのなら言いふらすことで余計な問題事も舞い込むか。俺もまだまだ勉強中の身。浅慮を口にしないよう気を付けよう。家ではその点を酷く叱られていたのだ。

 お茶の時間だけ共に過ごし、入学以降の交流を楽しみに今日のところはお開きとした。二人もきっと学校で目立つ人になる。悪い事にも巻き込まれるだろう。


 しっかりと休息を取り、予習は少々怠っている中、入学の日を迎える。入寮し、同級生との交流も始まっていたため、半分学生生活は始まっていたようなものだが、ここから授業も始まる本番だ。果樹園出身の果穂さんと同等の立場らしい緋炎さんは緊張しているようで、入学式の間もずっと眠そうに目を擦っている。あまり後ろをチラチラと見ても俺が先生に注意されてしまう。二人の様子を観察するのも程々にしておこう。そう思っていたのに、背後からの内緒話で意識がそちらに流れてしまった。

「入学式に遅刻なんて神経図太いな。」

「もううるさい〜!」

 この数日の間に親しくなったのか、元々親しいのか、随分楽しそうだ。当然後ろに控えている先生方にもその様子は見えており、しっかりと注意をされている。入学式の時点で不安要素の二人が親しそうにしていることは歓迎なのだろう、その口調は穏やかだ。他の領主家に連なる家の子たちに関してはある程度事前情報もあるはずだが、彼らに関しては全くの未知数。大きな揉め事が発生した場合には解決のために手を貸す心積もりだけはしておこう。

 入学歓迎の挨拶や先生たちの紹介が終わり、それぞれの教室へと向かう。俺たちにとっては知り合いが大半だが、逆に果穂さんや緋炎さんにとっては初対面が大半。主にその二人への挨拶を意識しての時間となった。家格の順の挨拶に一瞬戸惑ったような表情を見せた二人だったが、ここではそのようなものとして受け入れてくれたのか、何も言うことなく聞いてくれる。俺の前にも数人いるため、その間に自分の挨拶の言葉を考えよう。他の人とは異なり俺は数日前に二人と交流しており、彼らに近い立場の樹さんとも親しい。彼らとも親しくなりやすいだろう。果穂さんは植物が好きそうだった、緋炎さんの話はあまり聞けていない。この辺りに自生する食べられる野草や薬草の話は好きだろうか。これを言うなら自己紹介ではなく個人的に話す時になる。実家での鍛錬内容に数日の野営があったと言うに留めよう。興味があればそれをきっかけに会話できる。

 俺の番も終わり、二人も終わり、全員が無事に自己紹介を済ませた。今日の予定はこれで終了のため、二人と交流を試みる。この彩羽は俺の実家の十六夜(いざよい)家領に似た気候で、植物も少し似ている。きっと話せることは多い。

「じゃあ一緒に植物園に行きましょう。大きいみたいなんで気になりますね。一つの学校の中に大きな植物園、流石です。」

 研究所も併設されているため、様々な施設が揃っている。勉強に困ることはないだろう。俺も彩羽については詳しくないが、彼らよりは知っている。説明できることもあるのではないだろうか。実家が果樹園なら彩羽と似た気候の地域ではないだろう。ここは果樹を育てるには寒冷すぎる。この近辺の植物には詳しくないだろう。

 植物園には甘い匂いが広がっている。最も多くの花が咲く季節、匂いの相性を考えて植えているのだろうか。様々な匂いが混ざってはいるものの、結果心地よい匂いになっている。

「桜餅とか食べたくなってきますね。」

「お腹空いてんの?」

「そういうことじゃない!」

 お菓子なら町ですぐに買える。この香りに包まれてお茶を飲むだけでもお菓子を食べた気分にもなれそうだ。食用花の味には興味があるだろうか。この近辺に生えている野草や薬草ならすぐに収穫できる。ちょうど春、多くの花が咲き、新芽の出る季節だ。何かしらは見つかるだろう。興味があるなら案内してあげよう。

 今後の交流の算段を立てていると、他の学生がこちらに寄ってきた。彼も果樹園の出身で、樹さんと同学年の人。嬉しそうな表情で、果穂さんも同じように返している。もしかして同じ果樹園の人なのだろうか。

「お兄ちゃんです。魔術も上手なんですよ。剣術は私より苦手ですけど。」

 人の好さそうな彼は林(りゅう)さん。それは良いのだが、果樹園の子が自宅で剣術を学ぶ機会などあるのか。領地にも農園の子は多いが、魔術を使うことは聞いても剣術を収めたという話は聞かない。護身術程度なら興味のある子が触れていたか。必要に駆られて学ぶ状況にならないよう治安を維持することは俺たち領主家の務め。彼らの地域は十分に対策が取られていないか、兄妹揃って興味を持ったか。

 彼も加えて果樹園を歩く。それぞれの特徴を説明してくれるが、その内容はやはり味や食べ方に偏っている。これは花びらが肉厚でそのまま齧っても甘い、これは葉が爽やか、肉や野菜を包んで蒸すと美味しい、などどれも食欲をそそる内容だ。少しだけなら譲ってもらえないだろうか。

「授業で調理もすることがあるから、楽しみだね。飛鳥様はご実家で体験されましたか。」

 武人として人々を守るためには野営の準備程度一人でできなければならない。まだ本当に一人での野営はしたことがないが、領主軍の人に見守ってもらいながら一人での準備はしたことがある。家での料理はしたことがなくとも、野営時の料理なら経験がある。授業では本当に一人ですることになるのだろうか。その時が楽しみだ。榴さんと同等の野草活用術を果穂さんも知っているなら野営の心配も少ないだろう。緋炎さんも料理や野営の経験はあるだろうか。

「ありますけど丁寧な料理はしないです。自分のお腹が膨れれば良いと思ってしているので。」

 食事には拘りがない人のようだ。彼は何なら興味があるのだろうか。これから魔術の授業でも武術の授業でも一緒で、話す機会は多い。火属性なら日常生活にも戦闘にも役立てやすい。武術と上手く組み合わせれば領主軍に入っても重宝される。彼と一緒に受ける授業が楽しみだ。

「特に術式の授業が気になりますね。術式には馴染みがなくて。」

 日常生活で使う多くの物は魔道具、魔術の術式の刻まれた物を使う。見てはいなくとも身近にはある物だ。何より魔術の勉強には術式と魔術言語が欠かせない。入学前から勉強している蓄積が俺にはある。同じ授業を受けるなら手も貸しやすい。果穂さんはどの属性だろう。どの属性でも各先生が十分に教えてくれるはずだが、希少な属性の場合は学生同士での相談がしにくくなる。勉強中の身ではお互いの知識も出しにくいのだ。

「属性不明だったので、実技の授業は免除です。術式の授業は、お二人と一緒に受けましょうかね。今週中に希望を出せば良いそうなので。」

 樹さんと同じだ。彼女も彼と同程度に有名になるだろう。彼に関しては入学前から交流のある領主の子弟も多く、俺の兄も気にかけている。しかし彼女にはそんな繋がりがあるだろうか。果樹園ということは育てた物も商会を通じて売っている。直接の知り合いはいないか、いても少ないのではないだろうか。彼女とは選択芸術の授業も同じ。気にかけてあげるようにしよう。どんな歌声なのか純粋に興味もある。一緒に歌うこともなにかの楽器に触れることもある。そうすれば彼女にも親切を受け入れてもらいやすいだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ