1話
山の頂上、辺りにはごつごつとした岩場が広がっている。
ツンと鼻を刺すような刺激臭。そして
「ぐぉおおぉぉぉ………」
対峙していたスカイドラゴンの弱々しい断末魔が響き渡る。その後にドシャン!とドラゴンの巨体が地面に横になるように倒れた。
俺ことヴェンはその様を冷めた目で見たあと、ステータスを開き、時間を確認する。
「はあ…3分か…」
ため息交じりに言葉を呟いた。
冒険者業を始めて10数年、今の年齢…26歳になるまで日々強くなるように修行を怠らず、俺が必要だと思えば師匠と呼べる人を探して弟子入りし、教えを授けてもらった。そのおかげで数年前にはSランク冒険者となることができ、俺自身の長年の夢を叶えられた。
だが、ここ最近は魔物を倒しに行ってもすぐに討伐が終わってしまうことが多く、今回のスカイドラゴン討伐のような複数人で行うものも1人で完遂している。もしかしたら手ごたえがあるかもしれないと思ってやってみたが、存外そうでもなかったな。
「アイテムボックスにスカイドラゴンをしまって、ボックス内で分解っと…はぁ…」
また大きくため息をつく。
ここ最近はため息をついてばっかりだ。強くなったはいいものの倒しがいのある魔物がいなくなってしまったな。俺はもしかして退屈しているのだろうか。強さを求めた果てがこの状態とは情けない。なんでここまで強くなろうとしたんだっけ。そもそも強さって何なんだ。
気づけば1人でくだらない、どうしようもないことをぐるぐるとまた考え始めている。
「あぁ~!頭使い過ぎだ。しょうもないことは今考える必要なんかないだろう。帰ってからじっくり考えればいい。とりあえずさっさと帰る!」
頭をがりがりと掻き、いつもの悪い癖を戒めつつ、俺は帰路についた。
「次この依頼受けてみようぜ!」「おっ、いいね!」
「もしよかったら、この依頼一緒に行ってください!」「ははは!変な頼み方!」
「そろそろ武器の修繕しないといけないわね」「確かに少し傷んでいるな、確かあそこの店なら…」
ギルドのがやがやとした喧騒の中、人混みをかき分けつつ、受付カウンターへとたどり着く。
「お疲れ様です!ヴェンさん。複数人前提の依頼だったのに、今日も早かったですね。」
「おう、エミリーもお疲れさん。いつもありがとう。」
俺を少し見上げて、にぱっとした可愛らしい笑顔で応対している彼女はエミリーだ。
俺がSランクに上がってからずっと俺の担当受付嬢となってくれている。おさげと童顔に丸眼鏡なのも相まって一見子供のように見えるがちゃんと大人だ。彼女の仕事は早くて正確だから、ものすごく助かっている。
「今回の依頼はスカイドラゴン討伐だったので、討伐証明部位は爪と鱗ですね。こちらの板の上に提出をお願いします。」
「あいよ」
アイテムボックスから分解したスカイドラゴンの素材の鱗と爪を取り出し、板の上に置く。
「ありがとうございます。では実物かどうかの鑑定をしますので、少々お待ちください」
エミリーは明るい茶色のおさげをゆさゆさとさせながら、駆け足気味に受付の奥の方に消えていった。
鑑定をわざわざしないといけないのは、偽物を持ってくる輩がたまにいるからだ。
俺がSランク冒険者になった頃くらいに一度事件になったことがあり、それ以来こうやって鑑定を挟んで確認することがギルドで決められたのだ。まったく困ったやつもいるものだなと1人思考にふけっていると、エミリーが奥のほうから戻ってきた。
「はい!実物と確認されたので依頼達成です。お疲れさまでした!報酬はギルドカードに入れておきますね。他に何か依頼を受けますか?」
「いいや、今日はやめておくよ」
「そうですか…その、もし何かお困りだったら頼ってくださいね。時々元気がなさそうに見えるので」
「そうか?とりあえずありがとう。そうするよ」
「ええ、ぜひそうしてください!」
またにぱっとかわいい笑顔をエミリーからもらい、用事も終わったので、ギルドの入口の方へ向かう。
さっきのやり取りから察するに無意識だがここ最近の内面の状況が顔に出てるようだ。周りに心配をかけさせないように早く悩みを解決しないといけないな。そう思いながら歩いていると、
「うひひひ!譲ちゃぁん。俺たちと一緒にゴブリン退治に行かなーい?」
「そうそう!譲ちゃんがいれば俺たち頑張れるからさぁ~」
「あ、あの…」
モヒカンの冒険者とイケメンの冒険者が、無理に笑って、ジリジリと近寄る形で1人の女の子に一緒に依頼を受けようと誘っているようだ。気持ち悪いけど。
それに気おされてか女の子のほうも怖がっていて今にも泣きだしそうだ。
それを見た俺は、男2人の頭を後ろからコツンと軽くたたいて割り込む。
「おい。そんなんじゃ女の子が一緒に行ってくれないだろう?」
「いってて…なにすんだ…っひぃ!」
「っつぅ~…なんだ…うわっ!」
2人して俺のほうを振り向くと驚いた様子で腰を抜かしそうになっていた。
「「Sランク冒険者のヴェンさん?!」」
「それは今いいから。それより彼女が怖がってるだろう。大丈夫か?」
彼女に声をかけると、コクコクと首を縦に振る。ならよかったといい男たちに向き直る。
「君たち2人はおそらく怖がらせないように意識して声をかけたつもりが逆に怖がらせてしまったようだな」
「へい!恥ずかしながら…女の子を誘うのは初めてで…」
モヒカンがシュンとした様子で答える。しょうがない、俺がこの場を進めるか。
「お嬢さん。俺はヴェンっていうんだ、よろしく。彼らが君と一緒にゴブリン討伐に行きたいみたいなんだけど、どうだろう?嫌なら断っていいぞ」
「ひゃ、ひゃい!えっと…最初は怖かったですけど…悪い人じゃないみたいなので、よろしくお願いします!」
「「いよっしゃー!!」」
2人はおたけびをあげてハイタッチしていた。
「まてまて。まずは彼女に謝れ。あとちゃんと自己紹介もするんだぞ」
2人はちゃんと彼女に謝った後、ちゃんと自己紹介をした。その後戦闘時のポジションとか役割を決めることができたようで、一件落着したようだ。ほんの数分で3人で楽しく会話できるところまでいけたみたいだ。
「「ヴェンさん!まじでありがとうございました!」」
「おう。次からは気をつけてな。特に女の子を勧誘するときにはな」
はい!と元気な返事を聞けたところで俺はその場から去ろうとするが、去り際にゴブリン討伐時に気をつけることを伝える。
「あぁそうだ。ゴブリン狩るときは深入りしすぎんなよ。必要な数狩ったら終わるように。ゴブリンの巣とかあるかもしれないからな」
「ありがとうございます!気をつけます!」
彼らのSランク冒険者はすごいなとか俺もあんな風になりてぇ、憧れるぜといった声を聴きながら、俺はギルドを出た。
ギルドの近くにある広場で、俺は噴水を囲むように設置されたベンチの1つに腰掛け、空を見ながら呟いた。
「さてと、これからどうしたもんかな」
ドラゴンを倒して、帰ってくる前に考えていたことに思考を戻す。
現状を見れば、多分俺は強くなりすぎたことでほとんどの魔物を簡単に倒すことができるようにはなっただろう。それ故にここ最近は冒険者業に張り合いが無くなってしまい、退屈になってきているのは確かだ。
けれど極端な話、冒険者業を辞めるのは違う。Sランク冒険者までなったのに辞めるのはギルドに迷惑がかかるし、Sランク冒険者向けの依頼を達成できる人材が減ってしまうことで低ランクの冒険者に危険な目に合わせてしまう。それに、俺の生活とか健康のことを考えても得策ではない。
では、依頼を受けることを減らすとどうだろうか。毎日ギルドに行くのはもう習慣になっている。だからその頻度を減らせば時間が空いて…
その空いた時間で俺は何をすればいいんだ?バイトか?修業は…もっと強くなるだけだからやらん!鍛冶とかは趣味でやっている程度だし…
うーんうーんと終わらない考え事をしていると、コツッコツッと軽快な音が俺に近づいてきた。
「やっぱりそうだ!黒髪に動きやすそうな格好にマント。ヴェンじゃないか!」
「ん?おおっ!カイルか!久しぶりだな!」
雲に隠れた太陽が再び辺りを照らし、カイルの結ってあるこげ茶色の髪色がより一層茶色になる。今や軍人となった彼は軍服をきっちりと着こなし、それらしい佇まいになっている。
けれど、その人懐っこい笑顔は出会った当初から変わらず、俺と同い年で貴族であるにもかかわらずそれを鼻にかけない珍しい奴だ。
とりあえず、カイルを立たせたまま話すのは申し訳ないので、カイルを隣に座らせる。
「ヴェンはいつもどおり冒険者業の帰りかな?」
「まあそんなところだな。カイルは…サボりか。」
「失礼な!今日は昼前まで訓練で後は休みだよ。軍服なのはそれが理由だよ」
「なるほどね。軍人も大変なこった」
「そうなんだよ!聞いてくれよ~。こないださ…」
お互いの近況を話し合いながら久しぶりの親友と会話をする。
前から変わらずカイルが話して、俺が聞き役に回る。俺が適当に相槌を打ちながら、うんうんと楽しそうにカイルの話を聞く。
そういや、こうやって人と話したのはいつ以来だろうか。ギルドでは仕事のことしか話さないからなんか新鮮な気持ちになるな。
ひととおりカイルが話し終えたところで聞いてきた。
「それで、ヴェンは何のことで悩んでいたんだい?」
「そうだな。ざっくり言えば、今後の事かな。実は…」
カイルにさっきまで考えていたことを包み隠さず伝えた。それを聞いたカイルはさっきまでの俺と同じく、うーんと頭を悩ませていた。
「そうか…しばらく会わない間にそんなことになっていたんだね」
「そうだな」
俺はこの答えは簡単に出るわけではないと思ったが、カイルは少し考えた後、あっ、と何か閃いたようだった。
「ヴェンはSランク冒険者だったよね?だったらさ、君の培ってきた能力や知恵を人に教えるのはどうだい?」
「教える?俺が?いや無理無理!」
俺は全力で拒否するが、カイルはむしろ強く推してくる。
「そうかな?僕は君はできると思うし、やらないのはもったいないと思う。っていうか僕が軍人になれたのは君のおかげだよ。僕が君の教え子第1号ってところかな」
「俺はそんなの記憶にないぞ。それに買いかぶりすぎだ」
そういうとカイルは座っていたベンチから立ち上がり、少し前に歩いてこちらを振り返り、見る。その顔はいつになく真剣だった。
「君は覚えてなくても、僕は覚えているよ。君にとっては些細なことだったかもしれないけど僕には響いたんだ。だからこそ今があるんだ。だからもう一度言う。君は教える才能があるし、教えていくべきだ。冒険者の高みに登り切った今だからこそ、君が手に入れたものを伝えるべきなんじゃないのか?」
そのカイルの言葉で、俺はふと思い出した。
”いいかヴェン。お前が冒険者としての高みに登りつめたと、登り切ったと思ったらお前が手に入れたものを教えてやるんだぞ。俺とお前みたいにな”
ああ…そういえば昔、あの人とそんな話をしたな。まさかカイルの提案からこんな大事なことを思い出すなんてな。カイルには感謝しかない。
俺はベンチから立ち上がり、カイルと向き合う。
「カイル。俺、やるよ。上手くいかないかもしれないけどそれでも、やってみる」
するとカイルは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、決まりだね。」
そういうとカイルはいきなり俺の腕を引っ張って走り出した。俺は驚き、思わず声をあげた。
「おいカイル!急に俺を引っ張って走るなよ!どこに行くんだよ!」
「どこって、僕が行きつけの奴隷商館だよ!きっといい出会いがあるよ!」
「奴隷商館ってなぁ…もしや最初から狙ってたな?!」
「それはどうかな?まぁ細かいことはいいから一緒に行こう!善は急げ!」
カイルのフットワークの軽さには驚くことが多いけど、こうやって引っ張ってくれる友人を持てたことに俺は嬉しさを覚えつつ、新しい人生の始まりを予感したのだった。