2-3 高松司令2
「とゆー訳で、これから会議を始めますので皆さんいつもの会議室へ移動してください」
私の言葉に、司令室は一同大歓声。例外は何の事か分かっていない勇人くんと、苦い表情のみのりちゃんだけ。
「司令、『いつもの』というと・・・あそこですか?」
「あのね、みのりちゃん、」
何か言おうとしたみのりちゃんの機先を制する。理屈で勝てないのはわかってるのだ。ここは勢いで押すしかない。
「いよいよ『災厄』が出現した事で、私達には重い責任が課せられたわ。それを果たすにはありとあらゆる対策をとり、いかなる事態にも備えなくてはならない。そのためには私達にはあまりに時間が足りないわ。従って節約できる時間は可能な限り節約しなくてはならない。当然食事をする時間すら節約対象にしなくてはならないわ。そうでしょう?」
「は、まぁそうですがそれとこれとは」
「という訳だから、一秒も無駄には出来ないわ。さ、急ぎましょう!」
まだ何か言おうとしているみのりちゃんを有無を言わさずに引きずって歩く。私だってやられっぱなしではないのだ。
司令室勤務の全員を引き連れてやって来たのは所員食堂。入ってすぐに調理場に声をかける。
「やほ、おミネー。奥のテーブル借りるよー」
「おう、注文さえしてくれれば客だからな。ごゆっくりー」
食堂の主、美音子とは高校時代からの馴染みなのだ。独立したがっているのを聞いてここに推薦したのだが、今では大成功だったと思っている。職務上全員が一度に昼休みになる訳ではないとはいえ、百人近いこの大所帯の胃袋を満足させている上に、多くの所員からおふくろさんと慕われているのだ。私と同い年だけど。
「もう、美音子さん、咥え煙草は止めてくださいとあれほど言っているのに」
美音子に食って掛かっているのはいつも通りにみのりちゃん。
「はっはっはっ、あたしは煙草がないと料理が出来ないのだ。止めたらみんな飢えて仕事にならんぞ?」
「また適当な事を言って。煙草は味覚を鈍くしますよ? 料理人としての誇りはないんですか」
「煙草くらいで参るようなやわな味覚はしてないよ。それに、ここじゃ私が法だー」
食堂で美音子に逆らうくらい無謀な事はない事はみのりちゃんも知っている。量を減らされるくらいの嫌がらせならともかく、出入り禁止にでもされたら命に関わる。
「・・・料理に灰を落としたりしないでくださいね。ここが閉鎖になったら私だって困るんですから」
「そーゆーのを釈迦に説法っつーの。料理人暦と喫煙暦があたしを上回ってから言いなー」
もっとも、二人のコレは、言い争いと言うよりは挨拶代わりだ。ほぼ毎回繰り返されるやり取りで、むしろ二人とも楽しんでいるように見える。
「あ、そーだ、ミネ。紹介しとくね。こっちが神成勇人くん」
「おお、君がそうか。活躍聞かしてもらったよ。近頃の若いのにしちゃたいした根性だ」
ミネは勇人くんの手を無理矢理取ってぶんぶんと振り回した。ちょっと驚く。ミネにとって、自分の方から相手に触れるというのは、最大限の敬意なのだ。
「なんだ、もう聞いてたの?」
あれからまだ一時間も経ってはいない。あの戦闘の事が知られているのはむしろ当然だが、操縦者の事が伝わっているのはいかにも早い。
「当然でしょーが。情報収集は酒場ですンのが基本だよ。ここにゃ酒はないけどさー」
にゃははと笑う。なるほど、ここに集う所員達がニュースソースか。分かる気がする。ミネは所員達から慕われているのだ。主に盛り付けを贔屓して欲しいとかの理由で。いや、もちろんそれだけではないのだが。
「よし、じゃあ始めてのお客さんでもある訳だし、お礼の意味もかねてニィさんにはあたしのおごりだ」
やったー、と関係の無いところから歓声が上がる。
「あほぅ、おごりはこっちのニィさんだけだよ! お前等は自分のお足で払いな」
ええー、と声が上がるが、こちらも本当に奢ってもらえる等と思っている者は少ししかいない。これも所謂お約束なのだ。
「じゃま、そろそろ席に着きましょうか」
この大人数で調理場の前を占拠していたのでは他の皆の迷惑になる。司令である私が率先して迷惑行為ではみんなに示しが付かない。みんなを引き連れてテーブルに着いたところで、みのりちゃんが立ち上がった。
「では、注文は?」
所員食堂であるここは、食券制になっている。当然注文から膳の上げ下げまでセルフサービスだ。そこにこの大人数で来ればそれなりに手間がかかるものだが、そういう時こそみのりちゃんが率先して動いてくれる。来る前はなんだかんだ言ってもやるべき事はちゃんとやる。そういうところ重宝するし、可愛くて手放せないのだ。
「俺チャーハン」「カツ丼」「んー、オムライス」「ミートソースにするかな」「ハンバーグ定食」「しょうが焼き大盛りで」「財布の具合からいってコロッケ定食か・・・」「親子丼ね」「俺天ぷらそばにしよう」「ナポリタンがいいな」「私、きつねうどん」
見事にバラバラだ。もしかして、ウチってまとまり悪いのだろうか。司令としてちょっと考えてしまう。とか言いつつ、
「ヒレカツ定食」
子は親に似ると言うけれど、部下は上司に似るのだろうか。それじゃあ仕方が無いねぇ。
「と、それから餃子を4つに焼きソバ2つ。これは私のおごりよ。みんなでつついてね」
『ひゃっほう、司令太っ腹ー』と上がる歓声に『太ってないー』とお約束で返す。みんなじゃないにしろ、これを楽しみにしていたのだろうか。まぁ、喜んでもらえるに越したことはないんだけど。
「司令、ご馳走様です。では、注文繰り返します。チャーハン、カツ丼、オムライス、ミートソース、ハンバーグ定食、しょうが焼きの大盛り、コロッケ定食、親子丼、天ぷらそば、ナポリタン、きつねうどん、ヒレカツ定食、以上が各1、それに餃子4、焼きソバ2」
メモを取っている訳でも無いのに正確に答えるみのりちゃんに向けて、感心した声と共にぱちぱちと拍手が上がる。いつもながらみのりちゃんの暗記力はたいしたものだ。
「・・・で、勇人は?」
そういえば勇人くんはまだ注文をしていなかった。なんとなく全員の視線が勇人くんに集まる。
「えーと・・・」
悩んでいる、というか困ってる? プロメテウスの操縦席にいたときの印象からすると、こういう時に悩んだりするタイプには見えなかったのに。
「・・・オススメとかありますか?」
「ミネー、オススメかなんかあるー?」
厨房に向かって大声を出す。このくらいの事には慣れっこなので、まわりの所員たちは別段気にする様子も無い。
「そーだな、今日はカレーがいい具合に仕上がってるぞ」
「うん、カレーいいね! じゃあカレーライスで」
「ん。じゃあ、代金は後で回収して回るから」
そう言ってみのりちゃんは券売機の方へと歩いていった。うん、よく出来た娘だ。勇人くんにはもったいないかも。
「・・・どうかしました?」
「え? いいえ、別になんでもないのよ?」
ほほほ、と笑って誤魔化す。危ない危ない。
「では司令、始めてください」
いつの間にか戻って来ていたみのりちゃんが言う。いつの間に?
「そ、そうね。では早速始めましょう。先ずは今回の戦闘の反省点からね。まずは、私の判断の甘さが皆さん・・・特に勇人くんに迷惑をかけた事を謝っておきます」
「そ、そんな司令、あの状況では、あれが当然の判断でした」
「そうです、基地からの発進にするにしても、別の場所での合流にしても、街に被害が出る前に出動は無理だったでしょう。あの時はあれが最良の判断だったと今でも思います」
「うう、ありがとうみんな。こんなにやさしいひと達に囲まれて、私はしあわせだわ」
「・・・司令、続きを」
ノリノリのみんなに、みのりちゃんが冷静に突っ込む。
「そうね、泣いてちゃみんなに笑われちゃうわ」
悪乗りを続ける私を呆れ顔でみのりちゃんが見詰めてた。うん、そういう反応も可愛いわ。
「では、何故『災厄』がそのような反応を見せたのか、何か気が付いた人はいるかしら?」
「それについてですが・・・」
みのりちゃんが喋り始めようとするのを遮って、
「はい、発言は手をあげてからにしてください!」
「・・・司令」
みのりちゃんが『やれやれ』と言う顔をしながらも手を上げる。うん、付き合い良いところも良い感じだ。
「はい、みのりちゃん」
「プロメテウスの起動状況を見ていて気付いたのですが。敵性体はプロメテウスの起動プロセスにおけるエネルギー量を感知して行動を起こしていた可能性があります」
「どういうことかしら?」
「はい、詳しい資料は後でまとめますが、敵性体が針路変更をした時点では、プロメテウスは移動用トレーラーの電源を利用して起動動作を行っていました。そのエネルギー量が感知量を上回った時点で敵だと認識したのではないかと。そして突撃班が撤退して起動動作が中断し、エネルギー量が感知量を下回った時点で敵であるという認識を失い、それまでの行動を中断した・・・その可能性があると思います」
「でも、プロメテウスは実際に起動して待機状態にあったわけだし、その後再起動した時にはいきなりおそいかかってはこなかったわよね?」
「現場近くには工場があり、そこの電力量はプロメテウス待機状態よりも多量のエネルギー量に達していますが、敵性体の攻撃対象にはなっていません。また、動作を始めたプロメテウスへの行動の差は、動かない相手に対しては動作を始める前の早急な排除を、動作を始めた相手へは戦闘を念頭に置いた慎重な対処を、というプログラムをされていたと考えればつじつまは合います。もちろん、可能性以上のものではありませんが」
「そうね、断定は危険だけれど、今はそれ以外に納得の行く理由付けはないわね。誰か、それについての意見はあるかしら?」
しーん、と静かになる。誰も何も思いつかないらしい。全員初めての経験だし、何か気付く程の余裕はなかったというのは当然だけれど。
「では、その方向で検討する事にします。・・・でもそうすると、どこかに隠れて待機モードにしておけば、相手が通り過ぎた後に奇襲とかって方法もある訳よね」
「それが有効である可能性もありますが、次に来るのは有人機だという事ですから、それは難しいのではないかと」
「ううー、人生って上手くいかないね」
「しかし、次に無人機が来た時には使えるかも知れません。・・・もっとも、失敗した時には待機モードで『災厄』の攻撃を受ける訳で、致命的な被害を受けかねませんが」
確かに、みのりちゃんの言う事ももっともだ。危険の方が大きい。何か有効な対策は、と考えて、夢中でカレーを食べてまくっている勇人くんに視線を向ける。
「じゃ、実際に戦った勇人くん、何か感じた事とかあるかしら?」
「・・・はい?」
他人の話を聞いてないよ、この子。
「だからね、何か感じた事があったら教えて欲しいんだけど」
「このカレー、最高です!」
本気だ。本気で言っている。
「えっとね、そうじゃなくて、『災厄』と戦ったのは勇人くんな訳でしょ? だから、それで何か感じた事はなかったのかなー、ということを聞きたいのだけど」
「立ちはだかる壁はぶち壊す! それで万事解決です!」
呆然とみのりちゃんの方を見る。みのりちゃんはただ黙って首を横に振った。
駄目だ。この子は。本格的に駄目だ。
「えーとね? 私達はあの『災厄』に対抗するために、対策を考えたり相手の正体はなんなのかなー、とか考えたりしないといけない訳ね。だから、実際に相対した勇人くんの意見を聞かせて欲しいんだけど」
「・・・ああ、そういえば!」
唐突に勇人くんが手を打った。何か思い出したらしい。それがどんな些細な事でも打開策に繋がる可能性がある。私は身を乗り出した。
「うん、何!?」
「あれって一体なんだったんですか!? 悪い奴だって事だけはわかったんですけど」
その姿勢のまま顔面からテーブルにダイブ。最近では素人漫才でもやらないような見事なコケ。
「・・・司令」
「言わないで。わかってるから」
助け起こそうとするみのりちゃんの手を断りながら自力で立ち上がる。
「・・・そうね、勧誘があっさり行き過ぎて、何がどうなってるのかの説明とかするの忘れてたわ。他のみんなは分かっている事だとは思うけど、初心に帰る気持ちで現状の再認識として聞いて頂戴」
言いながら脇に置いてあったホワイトボードを引き寄せる。司令部の会議は大概ここで行うのでこういうものは常備しているのだ。
「先ず、こことは別系統になりますが、未来予測室、別名『預言の女神』という機関があります。文字通り、これから何が起こるのかという予測をするところね」
ホワイトボードに大きく『預言の女神』と書き込む。
「あの・・・司令」
「はい、通信士の山田さん」
「『預言の女神』という名前はよく聞くのですが、具体的にどんなところかということは全く分からないんですが・・・」
「そうね。『預言の女神』については極秘扱いだからね。内閣調査室所属だとか言う噂もあるし。私も前線の一司令官に過ぎない訳だし、大したことは知らないのよ。予測の方法についても呪術的な方法に拠っているとか、公表されていない最新鋭のスーパーコンピューターを何百台も使ってるとか、定かではないし。ただ、漏れ聞いた噂から推測すると・・・」
ホワイトボードに新しく『30%』と書き込む。
「『預言の女神』の的中率は30%程。決して高くは無いけれど、無視出来る数字でも無いわ。地震予知は現在10秒前が限界らしいけど、その10秒が生死を分けることになるという話はみんな聞いたことあるよね? それが一、二年前に分かれば被害は相当量減らせるわ。やり方次第では、犠牲者ゼロだってありえる。少しくらい確率が低くても、何千、何万という犠牲を抑えられる可能性があるなら、それを実践しない理由は無いわ。そう言う訳で、『預言の女神』の予測は眉唾扱いはされても、それなりに重要視されている訳よ。そして、その『預言の女神』が、二年前にひとつの予測を出したの」
ホワイトボードに向かい、文字を書き込む。『災厄』。
「正体不明、『災厄』という名の敵性体の襲来。場所とおおよその時期付きで。ま、時期については大分早まっちゃったみたいだけど。あと一月は余裕ある筈だったのになー」
おかげで今、基地内も上層部も大騒ぎ。本当なら、起動実験と完熟訓練が終わってから実戦の予定だったのに。
「でも司令、そう言う場合自衛軍とか持ってくるんじゃないんですか? 今あるものを使った方が楽で確実だと思いますけど」
「そうでもないのよ。軍を移転させるのって凄い大変なの。ただでさえ軍縮が叫ばれてる上に、地元住人は間違いなく反対するし、新しい基地を作るとなると莫大なお金がかかる。しかも、さっきも言った通り未来予測は確実とは言えないの。それだけ大騒ぎして外れました、なんて事になったら目も当てられないもの。それに引き換え研究所という名目なら反対もされ難いし、なによりここで研究したことは無駄にはならないわ。それに、なんと言っても・・・」
ホワイトボードに新しい文字を書き付ける。
『絶望』
「先の戦闘で分かったと思うけど、『災厄』の周囲には瘴気と呼ばれる物質が満ちている。これは見ただけで影響を受ける事からも分かるように、BC兵器ではないわ。いわゆる精神攻撃よ。軍の装備では対抗できず、更に言うなら対応する人数が増えるほど『絶望』に絶えられない人間が出る可能性が高くなる。例えば・・・今回軍が出撃して、『殺人』の影響を誰か一人でも受けたらどうなったかしら? 味方に後ろから撃たれる事になっていたはずだわ。そうなればもう何とか耐えていた人間も影響に捕らわれて、交戦する以前に壊滅よ。故に、軍による対処という選択肢は無し。ま、こっちの研究結果を軍備に取り入れようっていう考えはあるようだけど、現時点では個人単位で使用できる精神防御を人数分作る時間もお金も無い訳よ」
分かったかな? という視線を勇人くんに送る。彼のために説明してるのだ。わかってもらえないと意味がない。
「はぁ。いろいろ難しいんですねえ」
呑気だ。いや、これが彼の精一杯なんだろう。みのりちゃんの視線でわかった。
「でも要するにここは最前線基地な訳ですよね。そこの責任者なんて、司令ってすごいんですねぇ」
おお、すごい。勇人くんが他人の話を聞いている。
「いやいやそれがさ、『災厄』が本当に来るなんて与太話、誰も信じてなかったの。実戦がないとなると、ここの実質的な責任者は博士になる訳で、司令なんていっても単なる雑用係に過ぎないわ。そんな出世に関係なさそうな閑職したいなんて人はいなかったのね。それで私にお鉢が回ってきた訳。実際の階級よりもランクの高い役職だったからお給料も良いし、敵が来ないならその分暇でしょ? 二つ返事で引き受けたんだけど・・・いや、まさか本当に『災厄』なんてモノが来るなんてねー」
あははと笑った。いやあははじゃないだろ、と周りから視線が飛んでくるが無視。
所詮、ここでこの私に口出しできるモノはいないのだ。実戦が開始された現在では特に。この愚民どもめ。
冗談はさておき。
「そんな訳で、現在基地内は常に臨戦態勢にあります。それでなんだけど、司令部の全員と操縦者である勇人くんには、出来るだけ基地内で待機していて欲しいの。居住区に部屋を用意してあるから、そこを使って貰うって事で。強制ではないけれど、前回の失敗もあるし出来るだけ協力して欲しいの。それから基地を離れる時は事前に行き先の報告と連絡手段の確保を忘れないように。期限はいつまでになるかわからないけれど、少なくとも幾らかでも余裕が出来るまでは協力をお願いすることになると思います。それについて意見は?」
幾人かが嫌そうな表情をしたが、流石に現状を理解しているのだろう。反論するものはいなかった。
「ありがとう、感謝します」
素直に頭を下げる。今に限った事ではない、司令部のみんなには、いやこの基地のみんなには感謝をしてもしたりない。
「でも、そういうのって楽しそうだよな」
現状をわかってない風に勇人くんが言う。ま、あんまり深刻になられても余裕が無くなってしまって良くないのだけれど。
「それにしてもねぇ・・・」
と水を飲んで話を続けようとした時、
「し、司令!」
叫ぶ声にそちらを向く。指差す付けっぱなしのテレビの方に視線を向けてみると、
「これは特撮ではありません! つい先ほど、実際に起こった映像です!」
ぶっ、と噴き出す。映っているのは間違いなく『災厄』、それとプロメテウス。あろう事か実際に格闘している場面すら映し出されている。
「げほっ、げほげへっ」
気管に水が入って咳き込む私の背中をみのりちゃんが擦ってくれる。自分でも胸を叩いてようやく落ち着いた。
「あ、すごい。あれに俺乗ってるんだなぁ」
状況が分かってない様子の勇人君、呑気すぎる。
「げほっ・・・み、みんなおち、落ち着いて・・・」
「・・・司令」
脇からみのりちゃんが鼻の辺りを拭ってくれる。ヤバイ、鼻水が。
「あ・・・ありがと。・・・って、テレビボリューム上げて!」
叫ぶと、テレビの近くにいた隊員が反射的に立ち上がり、ボリュームを上げた。
「これは、付近の住民がホームビデオで撮影した映像です」
「そんな訳あるかぁ!」
思わず叫ぶ。『災厄』を目前にして、その瘴気の只中で呑気にビデオを回せる人間は存在しない。明らかに精神防御された場所、恐らく特殊車両内での撮影だ。しかも画像に手が加えられて『絶望』の影響の減免措置まで取られている。『災厄』を知っている者の行動だとしか思えない。
でも、減免措置とは言っても、精神攻撃を完全に押さえられる訳じゃない。
『誰かを殺したいほど憎んでいた』人間が、それを実行に移してしまうくらいの影響は出るはずだ。
「・・・政府の公式発表によると、」
「公式!?」
まだ一時間くらいしか経って無いのに!? というか、報道機関も無いようなこの田舎で起こった事が、この短時間でニュースになってるって事自体びっくりなのに。
・・・という事は。
「・・・こちらの存在は正体不明で、『災厄』と呼ばれているとの事です。そして一方、こちらのロボット・・・これは付近の研究機関『コーカサス』の開発したロボット、『プロメテウス』というものだとの事です」
「って、もうウチの名前が出てる!?」
慌ててテレビに駆け寄る。かぶりつきで、掴みかからんばかりに肉薄して。
「おーい、テレビ壊すなよー」
ミネの声なんか聞こえない。
「繰り返します。これは特撮ではありません。つい先ほど、本当に起こった出来事です」
「・・・司令」
周囲から不安げな声。
そう、こういう時こそ司令官が落ち着かなくてはいけない。
「大丈夫! みんな落ち着いて! いずれメディアに載ってしまう事は止むを得ない事でした。・・・思ったよりもずっと早いけど! いずれ周知の事になるのは、むしろ当然だったの。・・・映像まで付いてるとは思わなかったけど!」
お前が落ち着けよ、という視線は無視。
「いいですか、以前からこういう場合の対処はみんなに伝達してあったはずです。すべて広報の公式発表にまかせ、実際に取材等あった場合は「わかりません」で通してください! 特に、操縦者については極秘です! 手続きが済むまでは民間人なのですから、名前や個人データの漏洩には厳重に注意を! みんな、いい? 全て予想の範囲内です、大体は! だから、不安に思う必要はありません。いいですか!?」
反論できないように一気に捲し立て、それから周囲を見回す。ぽかーんとした視線の中、ひとりみのりちゃんだけが立ち上がる。
「いえ・・・どちらかと言うと、司令の特異な行動が不安なんですが」
おおっと。
「とっ・・・とにかく、上の意向を確認してきます! みのりちゃん、後は任せた!」
「え・・・私ですか? 私よりも、秘書官の河本さんや通信士としても先輩の山田さんの方が適任だと思いますが」
「勇人くんの相手には、貴方以上の適任はいません!」
一同納得したところで、慌てて走り出す。
全く、なんて無茶をするんだ、ヤツラは!
「ああっ、その餃子はわしが最後に食べようと取っておいた・・・」
「いくら博士が相手でも、これだけは早いもの勝ちですよ」
「ううう・・・じじいは耐えるしかないのかのぅ・・・」
後ろではなにやら呑気な事を言っているが無視。
「それじゃ、最後に重要点をまとめます」
重い足取りで食堂に戻ってくると、みのりちゃんが話をしているところだった。話の腰を折るのもなんだし、こっちは話しにくい内容なのでみのりちゃんの話が終わるのを待つ事にする。入り口付近の椅子に腰を降ろして、みのりちゃんの話を聞く。
「ギリシアでは、先住のティターン神族と新進のオリンポス神族の間で戦いがありました。戦いの結果、オリンポス側が勝利、世界はオリンポスの王、ゼウスが支配することになったわけです。一方、ティターン神族だけれどオリンポス側についていたプロメテウスはゼウスに重用されることとなり、その後人間を創りました。でも、人間は他の動物に比べて種族として弱かった。そこでプロメテウスは人間に『火』を与えたいと考えたの。『火』は生活にも産業にも必ず必要な、いわば知恵や文化の象徴。でも、人間を神々に取って代わる存在だと恐れ、何度も滅ぼしたり力を奪おうとしていたゼウスがそれを許す筈がなかった。そこでプロメテウスは『火』を盗み出し、人間に与えたの。それまでも自分に刃向かって人間を守り続けていたプロメテウスにゼウスは怒り、その罰としてプロメテウスは山頂の岸壁に磔にされました。しかも、毎日再生する内蔵を鷲に永遠に抉られ続けるという責苦を伴って。その絶望的状況でも、プロメテウスは洪水を予言したり、イオに天啓を与えるなど、人間の味方であり続けました。この基地のコーカサスというのはそのプロメテウスが磔になった山の名前。ここはプロメテウスと共にあらゆる痛みに耐え、戦い続けるための場所。・・・もっとも、そこまで深く考えている人ばかりじゃないけれど、おおよそそんな感じです。ですね、司令?」
気付いていたらしい。やはりそつが無い。
「ありがとう、みのりちゃん。そうね。覚悟とか含めてそれで間違いないわ」
立ち上がり、正面に向かって歩く。みのりちゃんがさりげなく動いて場所を譲ってくれる。
「でも・・・そんな覚悟とは関係ない人とかいるのよ、これが」
ため息を吐く。現場ではこんなに一生懸命なのに、後ろの方では、全く。
「えーとぉ、マスコミ公開における公式見解を発表しますー」
頭をぼりぼりと掻きながら、手にしたファイルに目をやる。興奮を抑えるために、無理にやる気のない風を装いながら。
「現状を正確に知って貰う事によって国民の皆様のご理解とご協力を得るためー。いじょーだそーです。簡単に言うと、予算・・・つまり金とー、あと票とりのためってことでー」
と、ここまできて興奮が最高潮。バンッ、と手にしたバインダーを床に思い切り投げつけた。
「ったくこの政治屋どもが! 現状を正確に理解してないのはあんた達だっての!」
興奮のあまり、しばらくはぁはぁと肩で息をする。
あーやっちった、と思ったけれど、やっちゃった事は仕方ない。それにあんまりみっともないとこも見せられないし、何事もなかったかのように投げ捨てたばかりのバインダーを拾い上げ、ほこりを手で払った。
「えー、でもって取材とかにも協力しろとか言われてますがー、今までどおり『広報に聞け』で通してください。責任は私が持ちますー。ではいじょーかいさーん」
出来るだけやる気のなさそうな声で言い置いてその場を後にする。
あーまずった。司令たる者、いかなる時も興奮しちゃいかんよ。
でも仕方ないじゃん? 『災厄』を防ぐために現場がどれだけ苦労してるかも知らず、自分たちの利権と保身のためだけに、現場への影響を考えずに『見せる』という行為に及んだ上層部に対して怒るのは代表者として当然だし。
でもまずったなぁ、部下達にあんな態度を見せたのは。反省。