2-2 植村中尉1
植村中尉はエリートだった。一流と呼ばれる小学校に入学して以来、学年成績はほとんど一番以外は取った事がなかった。学問でも、運動でも常にトップにいた。周りには取り巻きがいて、植村のご機嫌を取ろうと必死だった。
今も脇に置かれた椅子に腰掛けた男が、ご機嫌を取ろうと必死になっている。植村とは同期だが何かにつけて要領が悪く、軍学校もようやく卒業したような、植村とは確実に格の違う奴。ただ、それゆえにエリートである植村に逆らう事はなく、なんでも言うことを聞く便利な男として使っていた。
軍病院、その一等個室。それが今の植村の寝所だった。確かに、一兵卒は入ることさえできない部屋だが、これは違う。植村の望んでいたものは、こんなものではなかったはずだ。
最前線に出たのは、単に名誉が欲しかったからだ。人類初の二足歩行機動兵器に乗った人間。そして、初めて人間以外の敵と戦い、世界を・・・日本をなんてちゃちなものではない。世界を救った、その名誉が欲しかったのだ。そして、その功績を持ってすれば、軍の最高司令になるくらいは当たり前に出来る。なんと言っても世界を救った英雄だ。全世界の人間に自分の名が知られる。政治の世界にだって出られる。
その、筈だったのだ。
「分かるか、アレは俺のものだ。俺が初めて乗り、初めて敵を倒し、初めての歓声を浴びる、そのための機体だった。それが、どこの馬の骨とも知れない男が、それも俺よりも先に乗ったんだぞ? 俺がどんな気持ちか、お前なぞにわかる筈がない!」
「あの時は仕方がなかったんだよ。中尉は怪我していたし、周囲に機体を操縦できる人間はいなかったし、いても状況的に機体に乗り込む機会はなかった。確かに悔しいだろうけどさ、怪我が治って機体に乗れば、誰が一番なのかなんて、すぐにわかるさ」
「当たり前だ。俺より優れた人間なんていない。そんなことは誰にだってわかる。だが、俺の機体に他の奴が乗った事だけは許せない」
上田はため息をついた。こんな事は今に始まった事ではない。軍学校時代、一度だけ植村よりも上位の成績を取った男がいた。その時の植村の怒り様は只事ではなかった。文字通り、烈火のごとく怒ったのだ。その時、植村は上田にそいつを呼び出すように命令した。使い走り以上ではない上田はその場には連れていかれなかった。ただ、それからしばらくしてその男が軍学校を辞めたという事を知っただけだ。
植村は性格に問題がある。それは確かだ。しかし、それと同時に才能があることも確かなのだ。性格を理由に捨てるにはもったいない才能が。
だから上田はこの男と一緒にいる。少しでもこの男の才能を有用な方向に使えるように。だが、自分程度ではどうにもならない事も分かっていた。
病室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
怒りのあまり口が利けない様子の植村に代わって、上田がドアを開けた。
「失礼します」
静かな敬礼と共に一人の女性が病室に入ってくる。植村たちと大して変わらない年齢、普通の感覚であれば、植村の方が貫禄があると見るだろう。
「司令官どの。このようなところにわざわざすみません」
植村がわずかに微笑みながら言う。驚くべき変わり身の早さ。この要領のよさも植村の武器のひとつだった。いや、むしろ自分の感情よりも立場を優先させるしたたかさか。
この若い司令官については詳しい事はわからない。軍出身でない事だけは確かだが、その時点で植村が興味を失ったからだ。
そもそも、この司令の階級でこの規模の基地の責任者になるのは不自然だった。その辺りの細かい理由を知っているのは、多分博士くらいだろう。機体運営のために最適な人物、という前置きでの着任だったのだ。
「思ったよりも元気そうで、安心しました」
そう言いながら、上田に視線をやる。上田は何も言わず、ただひとつ敬礼をして部屋を出た。
「司令官どの、ご迷惑をおかけします。治療にはもうしばらくかかるようですが、出来る限り早く回復し、前線にてその分を取り返すつもりです」
「・・・その事なら、心配には及びません。貴方の後任が決まりました。貴方は気にせず、怪我を治す事を第一に考えてください」
植村は、一瞬何を言われたか分からないという表情をしていた。その表情に理解の色が浮かぶまで、司令はそれをただ黙って見ていた。
「・・・それは、操縦者としての任務から外れろという事でしょうか」
「現時点では、そういう事です。貴方の回復までに『災厄』の襲撃が無いとは限りません。いえ、むしろ無いと考える方が不自然です。戦略上、何時までも操縦者代理に任せるという訳にもいきません。貴方の処遇については、回復を待って決定する事とします。・・・大丈夫です。現在我が基地は常に人材が不足しています。貴方のような有能な人材を無下に扱うという事はありませんから。ですから、治療に専念し、早い戦線復帰を期待します」
返事をしない・・・出来ない様子を確認し、司令は席を立った。身動きしない植村に敬礼をし、そのまま退出する。
しばらく、植村は無言だった。戻ってきた上田が雰囲気に呑まれて恐る恐る椅子に座っても、ただ黙っていた。
「・・・上田」
その声を聞いたとき、上田は背筋の凍る思いをした。怒りを堪えている声。つねに感情をむき出しにしてきた中尉がこんな声を出す事があるとは思っていなかった。
「機体に乗ったって奴の資料を集めてくれ。急げ」
その目に見据えられた上田は、硬直していた。急げと言われ、そうしなければ確実に怒りが自分に向けられると分かっていながら、体が動かなかったのだ。
「・・・急げと、言ったはずだ」
はじけるように、上田は走り出した。取り返しの付かない状況になりつつあるのは分かっていたが、今回もまた自分の力ではどうにもならない事を感じながら。