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2-1 高松司令1

「ふう」

 一息ついて立ち上がる。初出撃の後だから仕方が無いとは言え、雑務が多すぎる。報告なんて後でも良いと思うのだが、後回しにするとせっつかれるに決まってる。少しでも時間を見て、早めにやっておくしかない。面倒が多くて本当に疲れる。

 きりがつかなくて少し遅れたけれど、出来るだけ急いでハンガーに向かった。なんと言っても街を救った英雄を迎えるのだから。英雄、というには少し早いかもしれないけれど、ギリシア神話ではひとつ功績を立てれば英雄と呼ばれたのだ。そう呼んで悪いことはないだろう。

 ハンガーについて先ず目に入ったのはプロメテウスの姿だった。派手な戦いのせいだろう、少し黒く汚れてはいたが、目立った傷は無い。

 いや、左腕がひどいことになっていたが、それはやむをえないだろうと思う。それに、それを見てなおさら確認する。これが、本当に動いて『災厄』を撃破したのだと。モニターで見ていたし、今までそのために働いて来たのだとはいえ、こうして自分の目で確認してみると一層感慨深い。

 とはいえ、プロメテウスばかりを見ている訳にもいかない。今は、そのプロメテウスに乗ってくれた彼を迎えるために来たのだから。

 ハンガー内を見渡す。すぐに人ごみが目に入った。きっと彼が所員たちに囲まれているのに違いない。そちらへと近寄って行く。私に気付いて場所を空けてくれる隊員たちに目礼をして前へと進み出た。

 しかし予想に反してそこにあったのは、隊員たちの手荒い歓迎を受ける彼の姿ではなかった。彼と向かい合うみのりちゃんの姿。

 やれやれ若いっていいなぁ、などとと思ったのだけれど何か様子が違う。周りの隊員たちも、なんだか戸惑っているというかぴりぴりしてる感じがする。

「勇人、話を聞かせて欲しいんだけど」

 みのりちゃんの声はやたらと冷たい。怒ってる、これは。間違いない。

「・・・はい」

 大して勇人くんの声は消え入りそうに細い。まあ、このふたりならこういう力関係だろうな、とは思っていたけれど。

「どうして、プロメテウスに乗っていたの?」

 その言葉でなんとなくわかった。うん、みのりちゃんが怒るのも仕方ない。

「・・・なんというか、そこにあったからです」

 ああ、それはまずい。火に油を注ぐようなものだ。

「そこにあったら、乗るのね? じゃあ、そこに女の子が倒れてたら乗るのね?」

「って、みのりさん、シモはっ!」

「乗るの?」

 止めようとした勇人くんの言葉に耳を貸そうともせず、みのりちゃんの視線は冷たいまま。この視線の時は冗談が通じないことは私だっていやと言うほど知っている。

「・・・乗りません」

「じゃあ、何故乗っていたの?」

「・・・なんというか、出来心で」

「ふーん?」

 みのりちゃんの瞳が剣呑さを増す。ああ、これはまずい。キれる兆候だ。ある意味仕方ない気もするが、だからといって放っておく訳にも行かない。

「お迎え遅れちゃってごめんなさいねー。初出撃だったから、色々事後処理とか多くってー」

 出来るだけ明るさを装って声をかける。案の定みのりちゃんは肩透かしをくらったような表情、勇人くんはあからさまに助かったという表情をした。わかりやすい。

 とりあえず、場を収めるのには成功。みのりちゃんが勢いを取り戻さないうちに話を始めた方がいいだろう。私は表情をきりりと引き締めた。

「ここを預かる者として、感謝の意を表明します。街が守られたのは、ひとえに貴方のおかげです。ありがとう」

 勇人くんは戸惑った表情をした。それはそうだろう、一般人が敬礼をされることなどまずない。勇人君は、それでもなんとか敬礼らしきものを返してくる。

「あ、いえ、勝手に乗ってすみませんでした。それと、俺はたまたまあそこにいただけで、これ・・・プロメテウスって言うんですか? これを作った人や、動かすために働いている人たちの方が偉いです」

 おお、バカだと聞かされていたけど、気遣いとかちゃんとできるじゃない。ちょっと感動。

「そう言って貰えると嬉しいよー。上からは締め付けられるし、守るべき国民からは何してるかわからんとか税金泥棒とかさんざん言われるしー」

 司令とか呼ばれていても中間管理職なのだ。辛いのだ。世の中は世知辛いのだ。まして公務員に対する国民の目は冷たいのだ。温かい言葉なんて望むべくも無いのだ。

「でも、私たちは今日のためにいたの。戦うのも、そのための準備を整えるのも当然のことだわ。でも、貴方はそんな使命も覚悟も無いのに、しかも『災厄』と直接相対して、文字通り命がけで戦ってくれた。謙遜することはありません。今日の勝利は、貴方がいなければなかったわ」

 今の私、そして多分ここの隊員全ての、本心からの気持ち。

「そう言って貰えると、嬉しい反面困るっていうか・・・」

 勇人くんは照れくさそうな表情をした。感謝されることに慣れていないのかもしれない。要領とか悪そうだし。彼のデータやみのりちゃんの話からしてもそれが窺える。良かれと思ってやったことが裏目に出るとか普通にあったのだろう。

「ところで勇人くん。貴方、これからも戦ってくれるつもりはあるかしら?」

 持ち上げておいて、と言うと聞こえが悪いけれど、本題を切り出す。

 彼を確保できるかどうかが、これからの生命線になる。どうしても断られては困るのだ。

 勇人くんは少し言葉につまった。でもそれは迷っているからではなく、一瞬みのりちゃんに視線をやる。

「司令。勇人はここの人間ではありません。しかも素人です。機密維持の観点からも、戦力として見ても、優人をプロメテウスに乗らせるのは賛成できません」

 みのりちゃんが私の言葉に逆らうように言った。いつも冷静で礼儀正しいみのりちゃんにふさわしくない態度で。

 気持ちはわかる。しかし、他のことならともかくこれだけは譲る訳にはいかないのだ。

「先程連絡があって、上村中尉は重傷で復帰はしばらく無理らしいの。他の候補者達はまだ実戦に耐えるレベルにはなっていないし、先程の戦闘で勇人くんの操縦者としての適性はわかったわ。今プロメテウスを動かすためには勇人くんに頼るしかないの。しかも、すでに最大の機密であるプロメテウスに乗ってしまっているし、『災厄』のこととか、それ以外にも口外できないようなことも知ってしまっている。・・・このまま帰らせるとなると、記憶洗浄せざるを得ないわ」

 紛う事なき脅しの言葉。今日一日の分だけだとは言え、記憶洗浄には精神的にも肉体的にも危険が伴う。進んで受けさせたい訳がない。

「・・・それは」

 予想通り、みのりちゃんが言葉に詰まる。心が痛むが、仕方がない。恨まれたとしても、これだけは譲れないのだ。

「あのー、いいですか?」

 置いていかれた格好になっていた勇人くんが言葉を挟んできた。忘れてた。いや、忘れちゃいけないんだけど。

「この機体って、みんなを守るためにあるんですよね?」

「もちろんだわ。この街、ひいては世界を守るためにプロメテウスはあるの。それは、実際に乗った勇人くんが一番分かっていると思うけど」

 勇人くんの視線を追ってプロメテウスを見上げる。何度見ても感慨深い。勇人くんも、同じ気持ちで見上げているはずだ。

「俺が・・・俺に、皆の平和の前に立ちふさがる壁を壊すことができるなら、」

 ちら、と勇人くんの視線がみのりちゃんに向かう。みのりちゃんは堅い表情で押し黙っていた。何を考えているかは表情からは推し量れない。

「よろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げた。こちらから頼んでいるというのに。私は安全な司令室にいるのに、貴方だけ命をかけてくれと、無責任な事を言っているというのに。

 でも。喩えどんな方法を取ったとしても、必ず勝つ。ひとりでも多くの人間を生き残らせる。それが、それだけが私に出来る唯一の戦い方なのだ。だから、

「決まりね。それでは改めて。コーカサスへ、ようこそ!」

 私は殊更に陽気な声を張り上げた。危険などはないのだと、行く先には希望だけがあるのだと、そう信じさせるために。戦い続けるのだとそう答えた瞬間から、彼は協力をお願いする民間人から、勝つためには使い捨てる事も覚悟しなくてはならない道具に変わったのだから。

 胸の痛みを堪えながら、私はいつものように笑って見せた。

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