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3-4 予兆1

 私の名が『絶望』だからといって、私自身が絶望しているという訳ではない。

 死神は死を運ぶ。同様に、私は絶望をもたらすのだ。

 人間に絶望をもたらし、そして死ぬ。それが私が造られた理由だ。

 それ自体には何の感慨もない。道具は道具として使われるために存在する。まして、私は兵器なのだ。兵器は壊される事を前提で作られる。どれほど頑丈に作ったとしても、所詮は使い捨てられるために造られるのだ。私は兵器として使われ、兵器として壊されるべき時も定められている。

 私が造られた理由にも、道具として使われる事にも、使い捨てられるという事実にも、なんの興味もない。


 だというのに。

 あの男は私に向けて操縦席の扉を開いて見せたのだ。

 あの男にとって、私はただの障害に過ぎない。単に蹴散らして行けば良い筈だ。

 それなのに。

 あの男は私に向けて操縦席の扉を開いて見せたのだ。

 私が操縦席の扉を開けたのは酔狂に過ぎない。むしろ、そのまま潰される事を望んでいたのかも知れない。それなのに……あの男は、自分も操縦席の扉を開いて見せたのだ。私が開けたからという、ただそれだけの理由で。『災厄』の瘴気にその身を晒してまで。

 それで、わからなくなってしまった。

 私は道具なのだ。ただの物だ。

 なのに。あの男は私を対等な存在として扱ったのだ。

 私は、知りたい。知らなくてはならない。

 私は、あの男から見て、どんな存在なのか。

 私は、一体なんなのか。

 だから。今、『奴』が宴席を抜け出してひとりになった瞬間を狙って接触を図っているのだ。

 こんな場所に来るのは初めてだ。いや、出撃以外で外に出た事すら初めてなのだ。

 そして何よりも、武器を身につけていないというのが落ち着かない。極限までの遺伝子操作を受けた私を害せる存在はそうは無いと知ってはいても、何故か心細い。無意識に手にしたもので身体を隠そうとしたが、意思で押さえる。この程度のもので身を守れる訳が無いし、喩え僅かでも戦意を思わせる行為は今は相応しくない。

 『奴』は今、こちらに背を向けた状態で極度にリラックスしている。その気になれば、次の瞬間には縊り殺すのも容易い程に。

「邪魔をしても良いだろうか?」

 湯気越しに声をかける。はじけた様に振り向いた奴は……そのまま鼻血を噴いて倒れた。

「鼻血を噴くほどのぼせたか? 湯船を汚してはいかんだろう」

 様子を見ようと奴に近づこうとするが、

「な、なんでこんなところに女の子が!?」

 湯の中だというのに驚異的な速度で後退る。思っていたよりも身体能力が高いのか。今の速度は私にも勝る。

「入り口の張り紙を見なかったのか? この時間は混浴だ」

 確認したのだから間違いない。この露天風呂は時間制なのだ。戦う以外は知らない私にも、流石に男湯に入ってはいけないくらいの知識はある。

「じゃ、じゃあ俺はそろそろ出るから!」

 それでは意味がないのだ。

「貴様も来たばかりだろう? 温泉まで来て早風呂は無粋だ。ゆっくりと浸っていけ」

 無理に逃げようとしたらとり抑えるつもりだったのだが、奴は出て行こうとはしなかった。というよりも、こちらを向きすらしない。

 逃げる気配が無いのを確認してから、私は湯の中へ体を沈めた。身体を清める手段は軽いシャワーしか知らない私には、湯に浸かるというのは初めての経験だが、悪くはない。体が火照る感覚は不思議だが、不快感はなかった。

「そんなに硬くなるな。初対面という訳でもあるまい」

「……初対面じゃない?」

 勇人は首をひねった。向こうを向いたままで。まさか、私が誰なのか気付いていないのか?

「あ、あーそうか、幼女だ」

「だから、幼女言うなと」

「そっか、驚いてて気付かなかったけど、その髪と瞳の色は覚えてる。人形みたいで可愛いと思ったんだ」

 楽しげに言う言葉に戸惑った。可愛いだと? 『絶望』である私を捕まえて、しかも普通なら奇妙に思われる筈のこの容姿を可愛いだとは。私を造った者達からですら、気味悪いという視線ばかりを受けてきたというのに。

 だが、そう言いながらも勇人がこちらを向く気配は無かった。

「話をしようというのに、そちらを向いたままというのは無いだろう。こちらを向かんか」

「だ、だったら、せめてタオル巻くとか何とかしてくれ!」

 おかしな事を言う。

「湯船にタオルをつけてはならんということくらいは知っているぞ。それに、風呂場には『裸の付き合い』という言葉があるそうではないか。お互い丸腰であるところを見せ合って敵意の無い事を示すという」

 丸腰、のあたりで奴が一瞬ふらっとした。丸腰、に何か思うところでもあるのか。

「前回、戦う前に操縦席を開き合っただろう。あれと同じだ。前は私が先に開けたからな、今度はお前が先に入っているところに私が入って来た。これで対等だ」

「そうじゃなくてだな、女の子は男に裸とか見せちゃいけないんだって!」

「気にするな。そもそも、私達は敵同士なのだぞ? その相手が武器を持っていない事を確認できる状況を放棄する理由は無いだろう」

「だからって、隠すくらいはしろ!」 

「そうはいかん。タオル一枚あれば刃物を隠すくらいは造作もない。それでは誠意にならん。取り合えず、今は湯に浸かっている。見えはしないと思うが」

 その言葉を聞いて、勇人は恐る恐ると言う様子で振り向いた。私の姿を確認して、ほっとした様子でこちらに向き直る。それでも視線を下げる事だけは決してしなかったが。

「向こうを向いたままでは、私がいきなり襲い掛かりでもしたら自分の身も守れないだろうに?」

「え……何が?」

 勇人は一瞬言葉に詰まるようにしてから言った。

 あっけに取られた。命のやり取りをした相手に背中を向けるその神経にも驚いたが、自分の身に危険が及ぶ可能性すら考えないとは。

「貴様は……自分の身の危険を、心配しないのか?」

「だって、今は敵として来た訳じゃないんだろ?」

 今度はこちらが言葉に詰まった。確かにその通りだ。自分でもそう言った。しかし、だからといってそれを信じるとは。

「『敵』が存在する以上、戦は戦場のみで起こるとは限らんのだぞ」

「だって、敵なんていないから」

「……何?」

 絶句した。二度の戦いを終えて、実際に今こうして私と対峙しておきながら、『敵はいない』だと?

「これは随分と異な事を言う。実際に戦っておきながら、敵ではない、と?」

「いや、だって俺戦ってないし」

「……何?」

 言葉の意味を捉えられずに絶句する。あの機体に乗っているのはこの男だ。その筈だ。

「んー、俺バカだから説明するの難しいんだけどさ。例えば、真っ直ぐに進みたいのに、正面に壁があるとする。それをぶっ壊さなきゃ進めないなら、ぶっ壊すしかないだろ?」

「ふむ、つまり私は障害物に過ぎない、と」

 なるほど、心構えの問題か。それは同時に私を物としてしか扱っていないという事。わざわざやって来て、した事といえば自分がモノである事を再確認しただけか。

 それはそれで私に相応しい。これで迷いを消す事が出来る。

「んっと、それもちょっと違うんだけど、……いや、違わないのか? えっと……俺はバカだからさ、相手が何かとか誰かとか、正直どうでもいいっていうかわかんないんだよな。だから、俺の前に立つ奴は全て壁だ。だからぶち破って前に進む。それ以外考えてない」

「だが、戦う前に私に礼を尽くしたではないか。ただの障害物相手ならば、そうする理由はないだろう?」

「だって、壁とか言う前にお前はお前だろ?」

 何を言いたいのか捕らえきれない。これは恐らく私が戦い以外は出来ないということが原因ではない筈だ。

「……待て。混乱してきた」

「俺にだってわからないぞ。わからない時は考えないのが一番だ」

 まるでそれが当たり前のような口調で言う勇人に更に戸惑う。

「随分と気楽なのだな」

「人間、考え過ぎるとろくな事にならない。考えてわからなかったら、感じた通りにするのが一番だ」

 得意気に胸を張る勇人に軽く眩暈を覚える。威張って言う事ではないだろうに。

「……プロメテウス(先に識る者)に乗る者の台詞とは思えんな」

「だからだよ。考えるのは他の誰かがやってくれる。プロメテウスが出動できるのは、博士や司令が準備してくれるからだ。だから、俺がやる事は信じる道を突き進む事だ」

「考えないのならば、信じた道が間違っているかも知れないだろう?」

「だからこそ直感を信じるんだ。みのりが……みのりってのは俺の幼馴染なんだけどさ、教えてくれたんだ。『勘っていうのは、むいしきかでぜんちしきをどういんしてはんだんしたもので……』えと、『りくつがつかないのはじょうほうりょうがおおいからけいとうだっていないから』……だっけ? って」

 丸暗記したことを棒読みするように言う。多分その通りなのだろうが。

「ふむ、成る程。直感とは、つまり深層で考え抜いた末の結論であるから、それ以上表層で上辺だけの理屈を並べても結論は退行するのみ、か」

「そうそう、よくわからないけど」

「わからんのなら、軽々しく頷くな。だがな、直感は完全ではない。間違える事もあるだろう。その時はどうする?」

「だとしたら、それは間違ってるって事実の方が間違ってるんだ」

「……何?」

「例え周りの全てがそれが間違いだと言ったとしても、俺は信じる。自分の判断をじゃない。信じると決めたものをだ。例え間違った方向に進んでたとしても、地球を一周すれば元の場所だ。それはつまり、間違ってないって事だろ?」

「……元の場所に戻るのであれば、つまり何時まで経っても正解にはたどり着けないという事だが」

「……あれ?」

 勇人は首を捻った。分かっていなかったらしい。それとも考えていなかったのか。

「こういう時は確かこう言うのだったな。……あえて言うぞ。貴様、バカだろう?」

「あはは。キツっ!」

「……だが。心地いいぞ、そのバカさ加減」

 私も、考えていなかった。考えなかった。しかしそれは信念から来る確信によるものではない。そう造られたのだから、そうあらねばならないというだけの、思考停止。

「……頭使ったら、のぼせてきた」

「使ったという程は使っていないが」

 しかし、長湯をしてしまったのも確かだ。加減のわからない初めての風呂で無理をするのも良くないだろう。

「そうだな。私もそろそろ上がった方が良さそうだ」

 少し名残は惜しいが、湯から上がろうと私は立ち上がった。

 勇人は何故か再び鼻血を噴いていた。体の弱い奴だ。

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