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3-3 高松司令2

 帯をきゅっと締めて、よし、準備完了。

 温泉と言えば浴衣、そこの宴会場と言えばそれ以上に浴衣。

 それにしても浴衣は良いよねー。楽だし涼しいし、なんと言っても漂うこの女の色香。我が事ながら惚れ惚れします。あとは見せる相手さえ居れば完璧なのに。ちえっ。

「お待たせ、みのりちゃん。じゃあ行こっ……か」

 と振り向いて硬直。流石に浴衣は着ないかな、とは思っていたけど、何故にスーツ姿ですか?

「えーと? 確か、『民間人に威圧感を与えないために制服着用禁止』って言ってあったよ……ね?」

 どうせ制服で来るつもりだろうからと先手を打った筈だったのですが。

「はい。ですから、こうして私服ですが」

 違う。確かに制服ではないけど、普通それは私服姿とは言わないと思う。

「いや、これから宴会な訳だから、もうちょっと楽な格好の方がいいんじゃないかな、とか」

 もっとくつろいで貰わないと、勇人くんと仲直りしてもらう計画がやりにくくなるのに。

「お気遣い無く。これで充分楽な格好ですから」

 その様子は別に無理をしているという感じでは無い。

「あー……そうですか」

 何を言えと?

「まぁ、遅れないうちに行きますか」

 みのりちゃんをはじめ、同室の女の子達を引き連れて宴会場へ向かう。気心知れた司令室付きの娘たちだから気楽なものだ。みんな楽し気にきゃいきゃい笑いあっている。喜んでもらっているようで良かった良かった。

「あ、勇人くん」

 宴会場の前でうろうろしていた勇人くんに声をかける。待っているように前もって言っておいたのだ。忘れていなかったようで胸をなでおろす。

「ちょーどいいや、一緒に行こっか」

 わざとらしく言う。仕組まれてたくらいの事はみのりちゃんも気付いただろうからそんな事は気にしない。

「あ、はい」

 勇人くんの視線はちらちら私の後ろに向かっている。見なくてもわかる。みのりちゃんが気になって仕方ないのだ。勇人くんには、仲直りの話とかこっちからは始めないようにと事前に言い含めてある。それで何と声をかけて良いのか考えつかないでいるのだろう。

「とりあえず入ろっか」

 促して宴会場へと入る。

「わ、思ってたよりずっと広い」

 多分、このホテルで一番広い部屋だろう。

「基地の半分だけとはいえ、50人からいますから」

 別に何でもなさそうにみのりちゃんが言う。そうか、そんな人数になってたか。自分のとこの事ながらびっくり。

「とりあえず座って座って」

 既に部屋には結構な人数が集まっていたけれど、上座だけは開けられている。多分私がまだ来ていなかったから。基本体育会系だからねぇ。

「じゃあねぇ、まず主賓の勇人くん上座ね。で、お世話係のみのりちゃん隣。私はその隣って事で」

 有無を言わせずに一方的に決めていく。強引に押し切る時の常套手段。みのりちゃんは複雑そうな表情をしたけれど、一応筋は通っているし反対するだけの理由もないからだろう、大人しく指示通りに座った。とりあえず一安心。これで嫌だとか言われたら、また微妙な空気になりかねなかったところだ。

 みのりちゃんは座布団の上にきっちりと正座している。それにつられた訳ではないのだろうが、勇人くんも正座だ。行儀だけは良いんだよね、この子。

 さて、どうしよう。残りの席の数からすれば、それほどしなくても集まるだろうけれど、それまでどうするかとか考えてなかった。とりあえず何か話させないといけないのだけれど、内容が思い浮かばない。沈黙が痛い。うう、こういうのを針の筵っていうんだろうか。

 なんとかその時間をやり過ごし、席が全部埋まった事を確認して立ち上がる。

「みんな揃ってるわね? 居ない人は手を上げてください」

 しーん。緊張ほぐしがてらの一発、滑りました。

「えーと、みんな知っての通り、既に実戦が始まっています。きっとみんな少なからず不安や緊張を感じ、ハードワークに心も身体もギリギリのところにあると思います。でも。それが分かっていても、私には頑張ってくださいとしか言えません。自分たちに与えられた職務を果たしてくださいと、そうとしか言えません」

 周囲はしんとしてしまっていた。雰囲気壊しちゃったかな。でも、これは言っておかなければいけないこと。

「でも! ずっとそうやってたらもたないよね。だから、今日だけは全部忘れてください! 全部忘れてリフレッシュする、休む事も仕事のうちです。だから、今日は思いっきり騒いで楽しんで、破目外してください!」

 わっと歓声が上がる。やっぱりみんな楽しみにしてくれていたみたい。良かった良かった。

「えーと、今日は一応歓迎会という名目になってますので、主賓の勇人くんから一言お願いします」

 と勇人くんを指し示す。全員の視線が勇人くんに集中した。けれど。

 勇人くんは料理に興味津々だった。

「えーと?」

 一気にテンション↓

「勇人」

 みのりちゃんが肘で突付く。

「え?」

 こっちを向いたけれど、その視線は料理が気になって仕方ない様子だった。

「えーとね、これは勇人くんの歓迎会な訳だから、挨拶とかして欲しいなー、って思うんだけど」

「えーと、挨拶ですか?」

「うん、お願いね」

 不安に駆られながら座る。失敗しただろうか。少なくとも、事前に言っておくべきだったか。

「えっと、喋るのあまり得意じゃないので少しだけ。……ここが何のためにあるのか、何をするところなのかって初めて聞いた時、俺は凄いって思いました。俺が将来についてとか当たり前の事で悩んでいた時、こんな風に前を見据えて一生懸命に進んでいる人たちがいたんだって事、凄いって思いました。だから、その仲間に迎えて貰えた事、とても嬉しいです。俺にどんな事が出来るかわからないけど、出来るだけの事をするつもりです。ですから、よろしくお願いします」

 そう言って深々と頭を下げる勇人くんに拍手が浴びせられた。

 短くて端的だったけど、いい挨拶だったと思う。

「70点」

 周りに頭を下げながら座った勇人くんに、みのりちゃんが声をかけた。

「まとまりがいまいちだった。でも、気持ちはこもってたわ。だから70点。一応合格ラインね」

「うん。ありがとう」

 みのりちゃんはまだ勇人くんの方を見ようとはしなかったけれど、勇人くんは本当に嬉しそうに笑った。

「うんうん、なかなか良かったわよ。という事でとりあえず一杯どうぞ」

「あー、いや俺飲めませんから」

 ま、勇人くんは飲むタイプには見えないし、そもそも今回の標的は勇人くんではないのであっさり引き下がる。

「じゃ、みのりちゃんどうぞ」

「いえ。非常時ですから」

 この返事も予想通り。

「ちょっとくらい良いでしょー? そのために基地に人員を残してきた訳だしー」

「いいえ。いつ、何が起こるかわかりません。司令はお好きなように楽しんでください。ですが私は現状待機させていただきます」

「ちえー、二人ともお堅いなー」

 ま、一筋縄でいくとは思っていないからこれも予想通り。とりあえずは引き下がる事にする。

「こーんなにおいしいのになー」

 これ見よがしに言いながら手酌で一杯。うん、労働の後の一杯は最高。

「あの……司令。浴衣で胡坐はやめて下さい」

「えーなんでー。破目外してって言っといたじゃない」

 続けてもう一杯。んーんまーい。

「破目とかの問題ではありません。妙齢の女性がする格好ではないと言ってるんです」

「その妙齢ってのは、妙な年齢って事かな? それとも嫁に行くには微妙な年齢って事かな?」

「またそんなこと言って……司令はまだ20代じゃないですか」

「そう、まだ20代なの。つまりいずれ30になるの。そうなってからじゃ遅いって事なのよー」

 流石に嫌そうな表情をするみのりちゃん。そりゃそうだ。

「みのりちゃんだって他人事じゃないのよ? 今はまだ若いけど、年なんてすぐに取っちゃうんだから。ね、勇人くんだって私みたいなおばさんより若い娘の方が良いでしょう?」

「えーと、よくわかりませんけど司令は魅力的だと思います」

 ……おお、意外な答え。こういう時にはこう言えというみのりちゃんの教えの賜物か、或いはみのりちゃんと接してるうちに自然に学習したのか。でも、そうだとしたらここでその答えは逆効果な訳で。

「……勇人?」

「はい!」

 冷たいみのりちゃんの声に勇人くんが硬直する。あーあ、やっぱり。

「別に、貴方が誰とどうしようと干渉するつもりはないけど。でも、あまりあちこちに色目使うのはどうかと思うけど?」

「いえ、違います! そう言うのではなくて……」

「前の時はあんな小さな女の子にまで鼻の下を伸ばしていたし?」

「いやいやいや、そんな事は決して」

 うん、これはなかなか面白い。素直になれないみのりちゃんと、状況が全くわかって無いけれどとにかく謝りまくる勇人くん。そのわかってないところに更に腹を立てるみのりちゃん。

「いいのよ、別に私には関係ないし? 勇人だってそろそろ責任取れる年齢だし? むしろそういう相手のひとりもいた方が色々考えるようになって成長するかもしれないし?」

 やっばり素直じゃない。傍で見ている分には面白いけど。

「だからそんな事は全く無いです」

 勇人くんの弁解も全く無視。ま、わかった上で言いがかりをつけているだけなのだから、弁解とか聞く必要ないのも確かだけど。

「ふん」

 喋り疲れたのか苛立たしさのせいか、みのりちゃんは手元のコップの中身を一気に飲み干した。にやり。

「……っ、司令、これは」

 今頃気付いても遅い。中身をすり替えておいたのだ。みのりちゃんがお酒に強いのか弱いのかは知らないが、少しでも心理的抑圧が無くなって素直になってくれたら大成功。

「あはははは。まぁまぁもう一杯」

 間髪入れずにみのりちゃんのコップにお酒を注ぐ。断られると思っていたのに、みのりちゃんは黙ってそのお酒を一気に空けた。

 あ、ちょっとまずいかも知れない。人格代わってるっぽいかも。

「勇人。そこに座りにゃさい」

 舌が回ってない。でも迫力はいつも通り。いや、目が据わってる分、いつもより怖いかも。

「はい」

 勇人くんが慌てて居住まいを正す。最初から座ってる、なんて突っ込みを入れられる雰囲気じゃない。

「いい、勇人。貴方は考えにゃさすぎるの。ほんとは私がにゃにをおこってるのかわかってにゃいでしょ」

「……すみません」

「あやまればすむとおもってるわけ? ん?」

 ははは、絡んだ。面白い。心配は心配だけど。

 でも我慢せずに絡んでるって事は、少しは素直になれてるって事かな。

「いつもそうでしょ。びくびくして、そんにゃに私のことこわいにょ? ん?」

 ふらふら、とみのりちゃんが立ち上がった。あー、危ない危ない。

「まえからずっといおうとおもってたにょよ。だいたいあにゃたは……」

 と言ったところで、ふらふらしてたみのりちゃんの動きが止まった。なんだ、急に立ち上がったから、酔いが回ったか。

「う……」

 みのりちゃんが呻く。これはヤバイ。

「う?」

 それがどういう意味か分からず鸚鵡返しに聞き返す勇人くんに、えーとなんというか。

 これ以上はお話できません。勇人くんもみのりちゃんも、あまりに不憫過ぎて。

 えっと、二人ともごめん。

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