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2-5 アシア2

「あーあー、勇人くん、聞こえているかね?」

 移動中、博士からの通信が入りました。

「今回の『災厄』は、恐らく『飢餓』(リーモス)じゃ。『災厄』周辺の植物が枯渇してるから、多分間違いないじゃろう。『飢餓』(リーモス)は、文字通り周囲の精気を枯渇させる『災厄』じゃ。時間が経てば、周囲のみならず広範囲に渡って動植物が枯れ、その名の通り飢餓が起こる事になりかねん。毎度の事じゃが、素早い撃破を期待する」

 一通りの説明を終えた博士に代わって、モニターに司令の姿が映りました。

「そう言う訳で勇人くん、戦ってたらお腹が減るかもしれないけど、我慢してね?」

『大丈夫です、司令。プロメテウスの生命維持装置は一週間は持ちます。いくら『飢餓』(リーモス)が相手でも、一戦闘間程度は栄養補給の持続は十分可能です』

「いや、そういう意味じゃないんだけどね」

『はい。こちらもそういう意味ではありません』

 マスターの緊張をほぐすために、司令との軽口を楽しみます。もっとも、マスターが緊張などしてはいない事は分かっていますが。

 やがて正面に『飢餓』(リーモス)が見えてきました。外見は木の形をした人型。いえ、人の形に見える木型なのでしょうか。絶望を誘うその外見は前回の『殺人』(アンドロクタシアー)とは全く違うものなのに、通じるものがあります。ただ、有人機であるせいか、『殺人』(アンドロクタシアー)に比べると幾分人間に近い形態にも見えました。あくまでも『形態』だけですが。そして、その手……に見える部分に携えた大鎌。恐らく、『飢餓』(リーモス)の領分は全ての実りを刈り取ることだという事でしょう。

 現場に着くまでにはほとんど時間はかかりませんでした。とはいえ、出現してから何十分かは経っている筈です。なのに、『飢餓』(リーモス)はその場からほとんど移動していません。もしかして、こちらが到着するのを待っていたのでしょうか?

 『飢餓』(リーモス)が長時間その場にとどまり続けた結果でしょう、その周辺の草は枯れるのを越えて既に風化し、立ち枯れた木は白骨のような姿をさらしていました。

 その『飢餓』(リーモス)正面。枯渇した空間で、少し間を開けてマスターは機体を止めました。プロメテウスにとってはつい目の前、でも人間にとっては遥かな距離を置いて、プロメテウスと『災厄』は相対しました。

 程なく、前のときと同じ周波数で電波が入りました。発信源は目前、『飢餓』(リーモス)。発進先はこちら、プロメテウス。

『マスター、『飢餓』(リーモス)より通信が入っています』

「繋いでくれ」

『わかりました』

 前回のようにジャミングをかけているのか通信機の規格がこちらとあっていないのか、一瞬画像がぶれてから通信が繋がりました。

 モニターに映ったのは、操縦席……と言って良いのかわかりません。その内部は外見と同じ材質……に見える素材で出来ていて、それが蔦のように絡み合い、たまたま人間が腰を降ろせるようになっただけのようにしか見えないシートがありました。そして、そこに半分埋もれるようにしていたのは、声から予想した通りの若い女性。

「私は『絶望』。前回は音声だけだったからな。始めまして……で良いのか?」

 その女性は、金と白の間の色の髪に透けるような肌、そして紅い瞳。

 データにありました。それは白子と呼ばれる個体です。身体の色素が極端に少ない異形。体の弱いものが多く、自然界的には弱者とされる個体。でも、それよりも。

「幼女だ!」

 開口一番、マスターが叫びました。確かに、外見から言えば10歳になってはいないでしょう。でも。

「……幼女言うな」

 当然の抗議です。というよりも、まずそこに目が行って、しかも思ったままに口にしてしまうマスターはすごいです。びっくりしました。

「なんで向こうの操縦席に幼女が!?」

 相手の言葉を、マスターは聞いていないようでした。そういうところもすごいです。

「だから幼女言うな。確かに造られてから二年しか経っていないが」

「二歳か! 何故二歳の幼女がそっちの操縦席に!? 前の人は一体どこに!?」

「幼女言うなと言うに。それに前回話していたのは私だ」

「そうか、確かに話し方同じだ! すごい大人っぽかったから、もっと年上だと思ってた!  すごい!」

「勇人……?」

 みのりさんの一言だけで、私もマスターも一瞬で凍りつきました。それまでひとりで盛り上がっていたマスターのこの温度変化。すごいです。

「はい!」

 慌ててマスターが返事をしました。きっと、黙ったままだと凄い目にあうのでしょう。

「わかってると思うけど、それって犯罪だから」

「ちがっ、違います! そんなんじゃなくて、その、なんというか驚いただけです!」

 マスターは慌てて弁解します。マスターにしては的確な対処です。きっと、今までの経験の成果でしょう。はっきり言って必死です。実際にどんな目に合うのか分かりませんが、みのりさんのあの声だけで関係ない私までとにかく謝らなくちゃという気になります。

「……いいか?」

「あ、ごめん! ……で、なんだっけ?」

 本気です。びっくりです。操縦者の状態管理用の各種測定器のデータによると、本気で何をしていたのか忘れています。

「……随分と、余裕なのだな。これから殺し合いをしようというのに。それほど自信があるのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどさ、それに殺し合いとかしないし」

「ちょちょっ、ちょっと待って!」

 通信機から司令の声が聞こえて来ました。何か妙に興奮しています。

「あなた、あなた……人間なの?」

「違う」

 司令の質問に、『絶望』は冷静に答えました。特に何かを感じている風でもなく、です。

「違うって……だって、どう見ても人間じゃない!?」

「それはそうだろう。私は人間の遺伝子を元に造られたのだからな。だが『造られた』分際で人間を名乗るなどおこがましいし、そもそも遺伝子自体に手を加えられているから人間とは言えん」

「なら……あなたを造ったのは、誰?」

「それについては答えることを許されていないし、答えるつもりもない」

「じゃあ、あなた達の目的はなんなの?」

「答えるつもりはないと言っただろう? これ以上無駄な時間を取らせるようなら、こちらから一方的に行くが?」

 『絶望』の有無を言わせない口調に、司令が口ごもりました。このまま話を続けようとすれば、言葉どおり一方的に襲い掛かってくるでしょう。それはプロメテウスを無用な危険にさらす行為です。

「……わかったわ勇人くん、割り込んでごめんなさい。後は任せるわ」

 そう言って、司令の声は終わりました。でも、通信機の向こうから固唾を呑んでいる様子が分かります。

 後に残ったのはプロメテウスと『飢餓』(リーモス)、それに乗るマスターと『絶望』だけです。

「では、始めよう。楽しませて貰えることを期待する」

「あー、そうだ、始める前に聞いておきたい事があるんだけど」

 普通の人ならそれだけで震え上がるでしょう『絶望』の声をあっさりかわして、マスターが聞きました。その調子は極めて普通です。凄いです。

「なんだ? 戦いの前の手向けだ。答えられる事ならば教えよう」

 司令に対してとは明らかに態度が違っています。基地にいる司令と直接戦う相手との差でしょうか。

「そっちの操縦席ってどこにあるんだ?」

「なんだ? 操縦者を狙って効率よく戦おうという事か?」

「いやさ、操縦席の場所がわかれば、間違って怪我させる事はないだろ?」

「ふ……ふふふ、なるほど。これから殺り合う相手の命の心配をするか。はははっ、なるほど、面白い」

 『絶望』が笑いました。心底楽しそうに。まるで年相応に見える無邪気さで。

「良かろう、教えてやる」

 そう言うのと同時に、『飢餓』(リーモス)の頭部……と思われる場所の前面が開きました。その中、シートに座ったままの人影が見えます。遠いけれど、その人の髪の色は間違いなくモニターに映るものと同じです。モニターの映像からすれば、操縦席内部全てが外観と同様の形状になっているのでしょう。その中にいる、それだけで十分な『絶望』。それをなんでもない風に、少女は玉座に座る少女王の様に優雅に、峻厳に存在していました。

「私はここだ。狙うなり、避けるなり好きにしろ」

 『絶望』が不敵といった表情で笑います。操縦席を狙われてもいいと、むしろ狙う卑劣さを嘲笑おうというような微笑み。

「そうか、わかった」

『マスター!?』

 マスターが何の操作をしたのか気付いて慌てて声を上げました。

 でも、マスターはそれを気にすることもなく、操縦席の扉を開けてしまっていました。

 お互いの機体は巨大です。人間の感覚からすれば、遥かな距離と言えるでしょう。それでも、二人とも間を隔てるもののひとつとてない状態で、直接対峙していたのです。

『マスター! ここは『飢餓』(リーモス)圏内です! でなくても『災厄』前で生身を晒したら!』

 でも。『災厄』を前にして、マスターは変わった様子はありませんでした。その姿を間近で見ただけではなく、既に瘴気の範囲内。凄い精神力です。

 マスターは叫ぶ私を無視して、立ち上がり、プロメテウスから身を乗り出しました。

「こっちはここにいる。狙うなり外すなり好きにしてくれ」

 マスターは、相手を真っ直ぐに見据えていました。相手の方も、視線を逸らすことなくマスターを見詰めています。

 なんだか、悔しいです。こうして直接向き合っている二人を、私はカメラ越しに、モニターに映る映像としてしか見られないのですから。

 視線を合わせた二人は、そのまま視線を外さずにいました。お互いに全くの無防備です。どちらかが機体の腕を操作すれば、そのまま相手の命はなくなるという状態でした。

 まして、いくら精神力が強くても『飢餓』(リーモス)の瘴気の中、マスターが衰弱を続けていくのが私の計器でもはっきりと分かります。

 先に口を開いたのは『絶望』の方でした。

「……何のつもりだ」

「教えて貰ったんだから、今度はこっちの番だろ?」

 当然のように言うマスターに、『絶望』はまた黙り込みました。マスターが何を考えているのか図りかねている様子です。

 マスターが何を考えているのかなんて、そんな事私にもわかりません。でも、『絶望』はそれで納得したようでした。

「そうか。道理だ」

 うん、とうなずいてマスターが言いました。

「だろ?」

「……ありえない」

 出撃中は常に接続されている司令室からの通信からは、みのりさんの呟きが聞こえていました。

「バカなのは知ってたけど、どういうつもりよ、これは! プロメテウスに乗ってるだけで十分危険だって言うのに、あれじゃ殺してくださいと言っているようなものじゃない」

「私は、わかる気がするけどな」

 普段からは想像できない興奮の仕方のみのりさんに対して、司令の声は落ち着いていました。

「始めての有人機、いわばこれが始めての『戦い』だもの。筋を通しておきたいって言う気持ち、わかるわ」

「しかし司令、これはあまりにも危険です!」

「ええ、それとこれとは別。勇人くんの命を預かる身として、この行為は認められません。アシア、操縦席ハッチ強制閉鎖」

 私としては、もう少しマスターのしたいようにさせてあげたいと思います。でも、これ以上『災厄』に身を晒し続けるのが危険な事だともわかっているのです。

『……マスター、ハッチ閉じます』

「ああ、もう十分だ」

 マスターがシートに腰を降ろすのを待たずに、私は操縦席の扉を閉じました。それを受けるようにして『飢餓』(リーモス)の操縦席も閉まっていきました。

 私は扉が閉まりきる前からプロメテウスの生命維持装置を最大で稼動、衰弱が進んだマスターの身体に栄養を送り、奪われた体温を上げました。普通の体力と精神力なら、既に衰弱死していてもおかしくない距離、時間だけ『飢餓』(リーモス)に相対していたのです。この程度で済んでむしろ不思議なくらいなのです。

「勇人くん、気持ちはわからないじゃないけど、相手は人間じゃなくて『災厄』なのよ? プロメテウスに乗っていたってその影響は完全には防ぎきれないっていうのに、今後勝手に操縦席ハッチを開く事は絶対禁止です。アシア、扉はロックしておくように」

 私としても、マスターの命が最優先なのです。言われるままに扉にロックをかけました。

「いや、流石に理由がなきゃしませんって」

 マスターはそう言いますが、司令は続けました。

「理由があればするから言っているんです」

 私もそう思います。同じ状況になれば、間違いなく同じ事をするでしょう。

「いい、勇人くん? 今回何事も無かったのは運が良かったのだと思って。次は命の保障は出来ないわ。……私には、貴方を無事に帰還させる責任があるの」

「えっと……気をつけます」

「本当に、頼むわ」

 やる気がない答えと信じてない返事を交わして、マスターと司令の会話は終わりました。もしかしたらこの二人、相性がいいのかもしれません。

「……ごめん、待たせた」

「いや。良い」

 マスターの言葉を受けて、『絶望』が答えました。それでも、動く気配はありません。何かを待っているようです。こちらとしては、都合が良いのですが。

「アシア、勇人の様子はどう?」

『全ての値、まだ低めですが正常値の範囲まで回復しました。戦闘行為に問題はないと思われます。……勿論、私が全力で補助しますが』

「では……もう良いな?」

 『絶望』が言いました。どうやら、待っていたのはマスターの回復だったようです。

「行くぞ」

 その言葉と同時に。『飢餓』(リーモス)は、一瞬でその距離を詰めました。

「速っ……!」

 司令の呟きが聞こえました。それが追いつかない程の速さ。ですが、前回のデータによれば、避けるだけならこの程度たいしたことはありません。マスターは悠々とその攻撃を、

 避け、ません。

 肩に大鎌が食い込みました。

「なっ……!」

 司令室から司令が絶句する声が聞こえてきました。

 すみません、私も絶句している最中です。

「……っにやってるのよ、あなたは!」

 一番早く我に返ったのはみのりさんのようでした。すごい興奮具合です。明らかにキレています、みのりさん。普段では絶対にありえない言葉遣いです。さっきの今でのこの無茶具合。当然です。ハウリングがかかる程の大声で、耳が痛いです。

「こんなもん、避ける必要はない!」

「肩! 裂けてるって!」

 肩の装甲版が裂けています。内部に深刻な影響は無いようですが。

「こんなものは効かん!」

「だから裂けてるっての!」

 はい、裂けてます。深刻ではありませんが、少し動きが鈍くなるかも知れません。

「おい」

「聞け!」

 マスターはモニターの『絶望』の方へと視線を向けました。向こうではまだみのりさんが何か言っていましたが、聞くつもりはないようです。

「……お前さ、俺のことナメてるだろ?」

 ぴくり、と『絶望』の眉が上がりました。

「ここは、腕の一本も持ってく場面だろうが? それが、なんだコレは? やる気あるのか?」

 確かに、全くの無防備で攻撃を受けているのです。この一撃で終わっていても不思議ではない状況だったはずです。

「何言ってるのよ、勇人! 真剣勝負をしたいっていう気持ちは分かるけど、今はそんなこと言っている場合じゃないのよ? この戦いに貴方だけじゃない、沢山の人の命がかかってるのよ? 相手にやる気がないなら尚更、今のうちに勝負を決めておくべきでしょう!?」

「だからこそだ!」

 マスターの声に、みのりさんがびくりとしました。珍しく今日はマスターが優勢です。

「だからこそ、どう結果が出てもお互いが納得できるようにしなきゃいけないんだ! 本気じゃない相手とやってたんじゃ、どんな結果になっても納得なんかできないだろう!」

『そうです! マスターの言うとおりです!』

 私も叫びました。

『マスター、思い通りにやってください! ご自分の納得のいくように!』

「助かる、アシア」

 マスターの声が嬉しそうに弾んでいました。マスターに喜んでいただくと、私も嬉しいです。

「……そうだな。決して舐めていた訳ではないが、今のが本気でなかった事も確かだ。謝罪しよう。これからは、本気で行く」

「あー、あんまり本気出してくれなくてもいいかなー」

 ぼそりとつぶやいたのは司令でした。

『……司令』

 司令の立場からすれば、それは仕方ない気持ちだと思います。でも、真剣な二人を前にそういう態度はいかがでしょう?

「ひーん、だってアシアだって本当はそう思ってるんでしょうがー」 

『駄目です。マスターが本気でとおっしゃっているのですから、本気でないと』

「……アシアが壊れた」

 壊れてません。

 いえ、壊れているのかもしれません。少なくとも、生まれた時点での教育では勝ち負けの手段の是非なんていう判断項目はなかったのですから。

 でも、壊れているのだとしてもそれでかまわないとも思うのです。それで自分が満足できるなら。それでマスターが満足するのなら。

 ……やはり、壊れているのでしょうか。

「行くぞアシア!」

「イエス、マスター」

 マスターが足のペダルを踏み込んで足裏の高速移動用ローラーを起動しました。わずかしかなかった『飢餓』(リーモス)との距離は瞬時につまり、プロメテウスのドリルと『飢餓』(リーモス)の鎌とが接触、辺りに凄まじい火花が散りました。

 もっとも破壊力に優れた先端部を避けているとはいえ、高回転を続けるドリルと接触して刃こぼれも起こさないとは、『災厄』恐るべしです。

「どうした? 本気で来いと言っておいて、この程度ではないだろう?」

 モニター越しに『絶望』がねめつけます。

「アシア!」

『イエス、マスター!』

 答えると同時に私はドリルの回転数を上げました。流石に堪えきれずに鎌をはじかれてよろける『飢餓』(リーモス)。それに向かってプロメテウスはドリルを突きつけました。避けようがない体制。

 しかし『飢餓』(リーモス)は崩れる姿勢を直そうとはせず、むしろ勢いをつけてそのまま、あろう事かバク転で距離をとり……

『……え?』

 ありえません。あの巨体、あの重量をバク転させるだけの出力、関節可動域、姿勢制御技術の高さもさることながら、何故それだけの課題を押してまでバク転など出来るように作らねばならなかったのか。理解出来ません。

「アシア!」

『え……あ、失礼しました』

 一瞬呆けてしまったようです。戦いの最中だというのに。

『……『災厄』、予測できない動きをする可能性が高いようです。お気を抜かないようにお願いします』

「アシア、こっちもだ!」

『はい?』

「こっちもバク転だ!」

 そうでした。マスターはこういう人なのでした。

『それも良いのですが、マスター、それよりも『災厄』はどうなさるおつもりですか?』

「……ああ」

 忘れていたようです。

 バク転で距離を取った『飢餓』(リーモス)ですが、すぐに距離を詰め、鎌を振りかざしました。重いドリルではそれを受け止めるのには間に合いません。マスターは、とっさに左の拳をその刃に叩きつけました。

 左手が引き裂かれる、と思ったその瞬間。

 硬い金属音と共に、プロメテウスの左拳、正確にはそこに装着されたナックルガードが、『飢餓』(リーモス)の大鎌を阻んでいました。

「なんだこれ! いつの間に!」

 マスターが叫びました。

「そうじゃ! 前回の轍を踏んで……」

『左手にナックルガードをつけました! そちらの着脱は私の方でしますから、マスターは思う存分やってください!」

「わしの台詞……」

 ナックルガードは、単純に言えば拳を護るためのただの合金の板です。普段は手の甲側に回されていて、指の稼動の邪魔にならないようになっていて、必要に応じて装着されるという単純なもの。ですがそれは重量のためにプロメテウスの装甲には使えなかった、それよりも遥かに硬い金属で出来ていて、稼動部分の多さから強度にかける拳よりもずっと強い武器なのです。

 威力のある代わりに重いドリル、威力に欠けるかわりに軽いナックルガード。両の手に武装を持ったプロメテウスは戦力あっぷ、当社比1.125倍です。あまり変わりません。

 ですが、ナックルガードは、というかドリルと並んでナックルガードもマスターの性に合っていたようです。新しい武器を得たマスターの二刀流は見事だったと思います。

 しかし『絶望』の鎌の腕もマスターとほぼ同等。しばらく熾烈なせめぎ合いが続きました。

 それでも、高速回転するドリルを捌くのは至難の業なのでしょう。鎌がドリルにはじかれたその一瞬、『飢餓』(リーモス)の姿勢が崩れました。それはわずかな隙、本来なら間合いを詰めるだけで終わってしまう程度の時間。

「アシア、出力全開!」

『イエス、マスター!』

 マスターが足元のペダルを思い切り踏み込むのに合わせて出力を高速移動用ローラーに集中しました。爆発的なエネルギーを得たローラーの回転によってプロメテウスは強烈なGと共に急加速し、瞬く間すらなくトップスピードに到達、『飢餓』(リーモス)に向けて突き出したドリルは高速回転の唸りを上げつつ突き進みます。とっさに防ぐように構えられた鎌を打ち砕きながら、ドリルは『飢餓』(リーモス)胴部にめり込んでいました。

 勢いの付いたプロメテウスは『『飢餓』(リーモス)の木片に似た破片を撒き散らしながらその向こう側へとつきぬけ、100M以上進んでようやく停止しました。

 そして振り向いたとほぼ同時。『殺人』の時と同様に、『飢餓』(リーモス)に開いた穴の周囲の空間が歪み、その穴めがけ『飢餓』(リーモス)は飲みこまれて消えました。

「あー!」

『どうしました、マスター』

「名前! 技の名前叫ぶの忘れてた!」

 ……そうですか。

「って、違う! もっと重要な! 乗っていたろ、確か、幼女!」

 確かに、『絶望』が乗っていたはずです。マスターは操縦席は避けて攻撃していましたが、こうなっては同じことです。

 こういう時は確か、

 ナムー。

「……だから、幼女言うなと言うに」

「な……どこだ!」

「勇人、上よ」

 みのりさんの声にマスターが空を見上げました。その上空に『飢餓』(リーモス)の頭部……に見える部分がそのままの形で浮かんでいました。どうやら、頭部自体が脱出装置になっていた様です。

「うむ、なかなか楽しかった。今日のところはこの程度で十分だろう。次はもう少し楽しませてくれると喜ばしいが。……それまでに機体と身体を癒しておけ」

 追いつく間もなく、『絶望』は上空高くその姿を消していきました。地上戦専用のプロメテウスでは追い付く事は出来ません。残念ながらミサイルを飛ばしてくれる味方ロボットもいませんし。

「逃げ……られた、わね」

 司令が言いました。はい。

「そのようですね。しかし、撃退という当初の目的は果たした訳ですし」

「そうね。では、戦闘状態解除。勇人くん、お疲れ様。帰投してください。……いい? 今回はアレだったから、特に身体に気をつけるのよ?」

 その司令の声を聞きながら、マスターは思い出したように脱力して、シートに身体をあずけました。そして、力が抜けたようにため息をひとつ。

 『災厄』に直接向き合ったのです。

 このくらいで済んで、むしろ良かったくらいなのです。

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