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2-4 アシア1

 モニターにニュース画面が映っています。その中では、アナウンサーの人が隣に座った学者さんに聞いていました。

「……ではお聞きしますが、あのロボットの名前である『プロメテウス』とは、どのような意味なのでしょうか?」

 あれから何日かが過ぎて、プロメテウスと災厄の姿を映すだけのニュースは減ってきました。今ではこういうもう一歩進んだ話題が多いです。

 でもマスターはそれを聞くでもなく、ただぼーっとしていました。マスターは最近、こうして操縦席にいる事が多いです。

「ギリシア神話によると、プロメテウスは人間を作った神であると言います。そのせいもあるのでしょうが大変な人間贔屓でした。そのため、神の王であるゼウスが天から持ち出すことを禁じていた火を人間に与えてしまったのです。その結果、プロメテウスはコーカサスという山の上に磔になるという罰を与えられました。基地の名前のコーカサスとは、この山の名称から来ているのでしょう。一方、火とはそれがなければ道具を創ることも出来ないものですから、文明・文化の象徴と言えます」

「つまり、プロメテウスとは人間にとって文明や文化をもたらした恩人であると言う訳ですね?」

「そうとも言い切れないのです。ゼウスは火を手に入れた人間に対して、パンドラという女に箱を持たせて使わしたのです。開けてはいけないと言われていたのですが、神から好奇心を与えられていたパンドラがその箱を開けると、中からは様々な災厄が現れました。最後に希望だけが残っていたという、有名なパンドラの箱の話です。それによると、箱から現れた災厄の中には飢餓や貧困といったものも含まれていて、それまでは自然に生っているものだけで十分生きていけたのに、それ以来働かないと生きていけなくなってしまったという事です。当然、昔は科学技術もなく、文明は自然に対する武器としては不十分なものでした。故に、ギリシア哲学ではほとんどの場合、プロメテウスは罪人として扱われていました。……ところで、無知だった人間に知恵を与えて楽園から追い出した存在がキリスト教にも存在するのですが、ご存知ですか?」

「えっと……エデンの園の蛇ですか?」

「はい、その通りです。創世記で、イブに知恵の実を食べさせた蛇です。キリスト教ではこの蛇はサタンとかルシフェルと呼ばれる悪魔だと言われています。つまり、プロメテウスのした事は悪魔の所業と同じ事だという訳ですね」

「先生はどうお考えですか? プロメテウスが火をもたらしたのは良い事だったのでしょうか、それとも悪い事だったのでしょうか?」

「今の人間社会が良い方向に向かっているとは言えないと思います。ですが、そうやって考える事が出来るのも、人間に知恵や文明があるおかげだと言えます。それがなければ人間は滅びていたか、今とは全く違っていたと言う事だけは確かですね」

「この巨大ロボット、人間にとって善いものなのか、それとも悪となるのか。目を離す事は出来ないようです。いったんCMです」

 好き勝手を言います。プロメテウスもマスターも、人間達を守るために戦っているというのに。

 今のニュースをどう思っているのかとマスターの様子を窺いました。でも、マスターは二ュースなんか全然聞いていないようでした。少しだけ安心しました。あまり、マスターに聞かせたいような内容ではなかったからです。

「……パンドラの箱」

 いきなりマスターがつぶやきました。

『な、何ですか?』

 びっくりしました。聞いていないと思っていたのに、どうやら聞いていたようです。

「なんか、パンドラの箱とか言ってなかったか?」

『……えーと、私は言いませんでしたけど?』

 説明してマスターに嫌な思いをさせたくありません。私はとぼける事にしました。

 ……嘘は言っていませんよ?

「そっか。なんか、聞き覚えのある言葉な気がしたんだけど。どこで聞いたんだっけかな」

 マスターの表情がなんだか複雑そうです。あまり良い思い出ではないようです。だから、私は話を変えることにしました。

『ところでマスター。皆さんは会議中だと思うのですが、マスターは参加しなくてもよろしいのですか?』

 少し前に放送がありました。プロメテウスの初出動から幾日かが経っていますが、あれ以来、基地内……特に司令部と整備班の慌しさは凄いです。整備班はプロメテウスの修理と戦闘データを元にした改造計画の立案で一杯一杯、司令部では効率的な作戦計画や報道への対処で大変な事になっています。基地内は、もうどこも監視用モニターで確認するまでもない大混乱です。

「なんか知らないけど、俺はいいんだって。操縦の練習でもしてろって言われた」

 きっと、マスターに会議内容など聞かせてしまえば、インタビューとかされた時に質問されるがままに答えてしまうという判断でしょう。

 極めて正しいです。

「でもさ、これってすごいよな。考えただけで自分の身体みたいに動くしさ」

『はい。もともと博士の専門は精神工学ですから』

「えっと……何?」

『精神工学です。人間の精神を機械にフィードバックさせたり、再現させる研究です。例えば私に使われている、機械が人間と同じように思考する能力もその一環なのですよ』

「へー」

 やはりマスターはわかっていないようです。

『でも、操縦の練習でしたら、シミュレーターを使ってはいかがですか? その方が役に立つと思うのですが』

 マスターは、シミュレーターで練習するよりも、こうして操縦席に座って、目を閉じて何やら身体を動かしてみたりする方が好きなようです。多分、実際に操縦しているつもりになっているのでしょう。イメージトレーニング、というのでしょうか。

 ですが、マスターのシミュレーターの成績はあまり良くありません。というか、はっきり言って悪いのです。この成績では操縦者候補には残らなかったというくらいです。

「さっき行って来たんだけどさ。なんかシミュレーターって、俺に合ってない気がするんだよな。現実感が無いっていうか」

『そうですね。映像もCGですし、実際に体が傾いたりする感覚なども完全には表現できませんから」

「そうそう、感覚でやってるからさ、そう言うのが違うとやりにくい……のかな?」

 何故疑問形ですか? でもマスターの言うことも分かります。私もプログラムやデータ上での戦闘経験はあるのですが、実戦では感覚が全く違っていました。本来ならば完熟訓練が行われ、そのあたりの違和感をなくしてから実戦の予定だったそうです。

「それにさ。なんていうか……シミュレーターのナビって、アシアと違って無機質というか。親しみが持てないんだよな」

 そう言ってもらえるのは嬉しいです。けれど。

『そう言わないでください。『彼女』は私の同型先行機……私の姉にあたるのですから』

「え? あ、ああ、そうか。ごめん、お姉さんをそんなふうに言われたら、良い気はしないよな」

『いえ、そういう訳ではありませんけれど』

 コンピュータに家族とかはありませんから。

「名前、なんての?」

『プロノイエ、と言います』

「ふーん、不思議な響きだけど、良い名前だ。でも、お姉さんって事は話とかしたりするんだろ? どんな事話すの?」

『いえ、会話などはほとんどありません。基本的にはシミュレーションの結果などのデータの遣り取りだけです』

「仕事の話だけ? そういうのって寂しくないか?」

『寂しいという感情はわかりませんが、他に話すこともありませんし。お互いに使用者のデータ収集及びその解析・それを元にしたプログラムの最適化しかしていませんから』

「ごめん、俺バカだからよくわからない」

『えーと、ですね。つまりマスターの前回の戦闘やシミュレーター使用者のシミュレーションの内容などをデータとして収集します。そしてその内容の問題点を洗い出して、改善方法やフォローの仕方などを分析し、互いに交換していくのです。私はともかく、シミュレーターは動きませんから、プロノイエにはそれ以外の話題はないのです』

「えーと、あれか。姉妹で机を並べて相談しながら仕事して、上司や同僚の愚痴とか言い合っている感じ?」

『……感覚としては、間違っていないかもしれませんが』

 そう……かもしれません。今まで考えた事はありませんでしたが、私は彼女に姉妹愛に近いものを感じているのかも知れません。

『そう考えると、なんだか素敵ですね』

 自分には姉がいるのです。そう考えると、ただの機械でしかなかった自分が、まるでそれだけではなくなる気がします。

「じゃあ、これからはシミュレーターも、もっと使ってみるかな。今までとは違う気持ちで乗れそうだし」

『はい。そうしていただけると『彼女』も喜ぶと思います』

「じゃ早速……って、あれ? アシア、何それ?」

 マスターが指差したのは情報表示用モニター。の、正確に言えば少し上。今頃気付きましたか。

「ヘッドドレス、というらしいです」

 確かに情報表示用モニターは私からの情報を表示するためのものですから、私の顔だと言われればそうかもしれません。ですが、こんなものをつけてしまうのは違うと思います。

「なんでそんなものを?」

「先ほど司令が来まして、『メイドさんといえばやっぱりこれよね』とおっしゃって……」

 言っておきますが、私はメイドさんではありません。メイドの定義は『雑務に従事する女性』らしいですから、それほど間違っていないのかも知れませんが。

「ふーん?」

 マスターは分かっていないようでしたが、わざわざ説明するような事でも無いのでだまっておきます。

「ま、いいや。じゃ、俺行ってくるから……」

 とマスターが言いかけたその瞬間。

 けたたましいサイレンが基地中に鳴り響きました。

「なんだ?」

 マスターが聞いてきました。私も実際に聞くのは初めてですが、最重要事項としてプログラムされています。

『第一種戦闘態勢警報……敵襲です!』

 不意に通信が入りました。司令部からです。

『マスター、司令部から通信が入っています。繋いでよろしいですか?』

「たのむ」

 警報が鳴っている最中は、操縦者が駄目だと言っても司令部からの通信は受けないといけないのですが。

「勇人君、乗ってる?」

 通信は司令からでした。

『はい、マスターは現在プロメテウス内にて待機中です』

 マスターに変わって答えました。多分、マスターはこの場合どうしたらいいのかわかっていません。

「よかった。前回の二の舞はごめんだからねー」

 顔は笑っていますが目が笑っていません。前回の事が余程悔しかったのでしょう。気持ちは分かりますが。

「出現地点は前回と同じく山岳部。勇人君がプロメテウスで待機していてくれたおかげで、今回は山岳部から出て来る前に迎撃出来そうだわ。むしろこっちの方が準備出来て無いくらい。という訳で、準備できるまでありがたいお話でも。いいかしら」

「はい」

 マスターが頷きました。二度目とはいえ、直後に実戦が待っているとは思えない落ち着きようです。私にとっては頼もしい限りですが。

「今回、相手はおそらく有人機でしょう。前回の無人機とは訳が違う筈よ。だから……いい? 絶対に、生きて帰って来なさい。絶対によ? 一度くらい負けても、次があるわ。でも、死んでしまっては次は無い。だから、必ず、生きて帰って来なさい」

 そういう司令の表情は真剣でした。見ているこちらが息を呑むくらいに。

「……はい。分かってます」

 マスターが大きく頷いて答えました。少し表情を緩めた司令としばらく視線が合っていました。

「……ん、準備出来たみたい。代わるわ」

 そう言って頷く司令の顔が切り替わって、みのりさんが映りました。

「出撃準備整ったわ。ハッチ開けるわよ」

 みのりさんの言葉と同時に、前方のハッチが開いて行きました。

「いい、勇人? 出現場所とか作戦とか、貴方に言っても分からないでしょうからアシアに送っておくわ。細かい事は全部アシアに任せなさい。貴方の仕事は、とにかく行って、思いっきりやって、必ず帰ってくる事。いい? 必ずよ?」

 冷静なみのりさんが、始めてと言って良い程興奮して……というか、取り乱した様子です。心配、なのでしょう。

「でもさ、みのり」

 流石にその様子を感じたのか、神妙な面持ちでマスターが言いました。

「……何よ」

 その珍しいマスターの表情に驚いたのか、みのりさんが一瞬言葉に詰まりました。

「こうやってハッチが開いていくのって、なんか興奮するよな! 前の時はいきなり外だったから、尚更感動だ!」

「……」

 黙ってしまいました、みのりさん。というか、言葉も出ないというのでしょうか。司令室内から失笑も聞こえてきます。この空気の読めなさ。さすがマスター、凄いです。

『ではマスター、出ます』

 ハッチが動き出すと同時にプロメテウスの拘束具が外れています。前回のデータの分析も済んでいて、歩くくらいの簡単な動作なら私一人でも出来るようになっているのです。特に今回マスターはどこに行けばいいのかも知らない訳ですし。

「まかせる」

 言葉とは裏腹に、操縦桿を握り締めてマスターが言いました。話を聞いていないのではなくて、緊張で勝手に体が動いてしまう様でした。

 喜んでいる、のでしょうか?

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