“誰か”を重ねる私の人生
この作品では、私が過去にいでっち51号様主催の企画、
『歌手になろうフェス』『漫才王になろうGP』
で書かせていただいた作品のキャラクターの他、
いでっち51号様の作品『歌ウ蟲ケラ』内に登場したイベントの名称等が登場します。
該当作品を知らなくても問題ない内容にはなっていますが、あらかじめご了承くださいm(_ _)m
夜8時。
バイトを終えて、一人暮らしをしているアパートに急いで帰宅した私は、荷物も置かず真っ先にテレビをつけた。
「よしっ、間に合った~」
程々に有名な俳優やお笑い芸人、歌手やアイドル達がひな壇に座りながら、カメラに向かって手を振っている。
ひな壇の出演者を一通り映した後、タイトルが画面いっぱいに映し出された所で、司会の2人へと画面が切り替わった。
『さぁ、それじゃ今日も張り切っていきましょう! 才能発掘バラエティ【Dig Talent】、司会の瑞祥です!』
『よろしくお願いします』
それは、最近始まったばかりの新番組。
“新しい才能を発掘して、芸能界を盛り上げていこう”と言うコンセプトの下、まだ名前も知られていないような新人や、ちょっと変わった特技を持った一般人なんかを特集しているバラエティ番組だ。
「たしか、今日だったはず……」
放送開始以来、毎回楽しく視ている番組ではあるが、今回はどうしても見逃したくなかったのである。
『さて、それじゃ早速、先月から始まった新企画! 【どこまで繋がる? 才能フレンドチェイン!】行ってみましょう!』
『前回はたしか、最近俳優としての活躍が増えて来た綺羅めくるさんからの招待だったよね? ちなみに、今日はひな壇の方に来てくれてます』
【綺羅めくる】
この企画は、前の回で出演した人から招待された人が、特技を披露したり、新しい事にチャレンジするのをサポートして、芸能界への一歩や、更なる活躍を後押ししようって企画だ。
ここで取り上げられて、上手く人気が出ると、他の番組や舞台にも呼ばれたりするらしい。
そしてなんと、今回は……
『そうそう! メテオシャワーフェスって音楽イベントで共演して以来、めくるちゃんが強引に迫って一方的にお友達になって貰ったって言う……』
『ちょいちょい瑞姫! 本人ひな壇に居るのにそんな言い方するのはよくないと思ーー』
『え? でもあのカンペ、本人が用意したやつらしいよ?』
『めくるさん!? 大概NGなしとは聞いてますけど、限度ってもの無いですか!? ……まぁ、とにもかくにも、早速登場して貰いましょう! 綺羅めくるさんからの招待でお越しくださった、MiNaToさんです!』
司会2人の、テンポの良いやり取りに、スタジオにも笑いが溢れたところで、ひな壇横のゲートの幕が上がって、中から髪をポニーテールに纏め、ボーイッシュな服に身を包んだ女の子が登場した。
私が、今日の放送を見逃したくなかった理由が彼女ーーMiNaToこと、戸波凪沙さんーー私が、大学で仲良くなった友達が出るからだったのである。
その後、番組自体はつつがなく進んでいった。
MiNaToの特技、と言うことで、“ソロでデュエットする”と言う、言葉にすると混乱しそうな事を披露したりーー
普段どんな練習をしているかを話したりーー
番組がオファーしたプロシンガーとのボイストレーニング風景を、VTRで流したりーー
こうしてテレビ画面を通して見る彼女の立ち振舞いは、いつもの少し気弱な戸波さんじゃなく、充分に芸能人と思わせる堂々としたモノだった。
そして、ついにその時がやってくる。
『さて、今夜ももうじき終わりの時間が迫って参りました!』
『と言うわけで、いつものように、今回出演されたMiNaToさんには、次回来てくれそうな才能を“お友達招待”していただきましょう』
MCの2人に促され、画面の向こうの戸波さんが、スマホを操作して耳に当てた。
『MiNaToさんは、どんなお友達を招待してくれるんですか?』
『……出てくれるかは分かりませんが、演劇をしてる友達がいるので、声をかけてみようかと』
コール音が響く中、MCの質問に戸波さんが答えたタイミングでーー
《はい、もしもし、■■■さん? どうしたの?》
スピーカーにされた戸波さんのスマホから、私の声が聞こえてくる。
そう、あの時はーー
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「はい、もしもし、戸波さん? どうしたの?」
『あ、もしもし……急にゴメン、今大丈夫?』
「いいよ~」
『実は、今ディグタレって番組の収録に来てて……』
「………………ん?」
『新しく始まった、次々友達を紹介していく企画なんだけど……加納さん、演劇してるから良い経験になると思って。 もし良かったらーー』
「……待って待って、情報量が多すぎて、頭が追い付けなーー」
『MiNaToさん、ちょっと貸して~『えっ? あっーー』もしも~し』
「ーーえ? あ、はい、もしもし」
『突然ごめんなさい。 いきなりですけど、ディグタレって番組、知ってます?』
「はい……毎週、観てますけど……」
『わ~、ありがとうございま~す! それなら話は早ーー』
『いやいや! せめて名乗ろうか! ……すみません、私たち、ディグタレでMCさせて貰ってる瑞祥ってお笑いコンビなんですけど』
「あ、漫才王になろうGP、見ました!」
『ありがと~! その優勝できなかった方のコンビ、瑞祥で~す』
『いや、一般人に対してそう言うリアクションに困るボケかますのやめよ!? 話進まないし!』
『いいじゃん別……いやゴメンて、真顔やめよ? ーーえっと、番組観てくれてるなら知ってると思うんだけど、新しく始まった企画で、めくるちゃんからMiNaToさんに繋がって、今まさに収録中なんですけど』
「……ちょっと待ってください……その流れだと、この電話、まさかーー」
『そのまさか、出演依頼で~す。 と言うわけで、次回の収録に、来てくれるかな~?』
「え? あ、い、いいとmーー」
『ストップストーップ! それは番組も局も違う! あっちこっちから怒られるから!』
『いや、大丈夫だよ、いつも祥子が何とかしてくるじゃん』
『む゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!! そうね! だから止めろって言ってんだけどね!』
「えぇっと……」
『あ~、すみません! とりあえず、出演に関しては大丈夫そうですか?』
「……あ、はい! 私で、良ければ」
『ありがとうございます! では、本日中に番組ディレクターから詳細の連絡が行くと思いますのでーー』
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「う~わぁ……アレがこうなるんだ……」
当時の会話を思い浮かべながら、放送されているやり取りを見ていた私は、思わず苦笑を浮かべる。
実際にした会話を覚えているからこそ、と言うのもあるが、テレビって大変なんだなと改めて思った。
私と戸波さんの名前がピー音で隠されてるのは予想してたけど、瑞祥のお二人との会話はほとんどカットされていて、尚且つ違和感がないのだ……編集の人の力ってスゴい。
ただ……
テレビ越しに、自分の素の会話を客観的に見せられるのって、何だかスゴく照れくさいんだな……知らなかった。
ともあれ、あの電話の後暫くして番組ディレクターを名乗る方からの電話があり、スケジュールの確認等をしてーー
それに合わせてバイトのシフト調整をしてーー
ーー等と結構バタバタしたものの、こうしてあの日、私の初めてのテレビ出演が決まったのだった。
「いいじゃん! 基礎がしっかりしてる。 長い事演劇やってるってだけあるね」
「ありがとうございます!」
番組収録のために訪れたスタジオで、私は有名な演出家である泰田さんの指導を受けている。
「演劇との違いなのかもしれないけど、テレビ映えする動きはまだまだ拙い……でもその分、表情や身振りでの感情表現が上手いね。 そう思いませんか、弥生さん?」
【弥生双吾】
「そうさなぁ、その歳でこれだけ幅広い表現が出来りゃ充分すぎる」
泰田さんの問い掛けに、普段悪役なんかのイメージが強い俳優である弥生双吾さんが、人好きする優しげな表情で、自分の顎髭を擦りながら言った。
「きょ……恐縮です……」
「はっはは、肩に力入りすぎだ、リラックスリラックス~」
テレビでしか見た事がなかった本物の俳優さんから声をかけられ、思わず身体が強張ってしまうが、そこは大ベテラン。
目の前で軽くストレッチを始めながら、こちらの緊張を解そうとしてくれた。
「オッケー! 次はーーうん、これにしよっか」
「はい! お願いします!」
弥生さんとのやり取りでほんの少しリラックスできた私は、その後も番組のVTRで使うため、泰田さんに指示されるまま、女子高生、先生、ヤンキー、看護士、ヤクザに刑事ーー色んな役柄の練習と称して、様々なセリフやシーンに挑戦させて貰い、その様子を撮影されていく。
そして、1通りの撮影が終わり、スタッフさん達が片付けを始める中、弥生さんが泰田さんに声をかけた。
「……なぁ、ヤっちゃん。 例のーー中々ーーねぇ役ーーあの子ーーだい?」
「それ、私もーーました。 私の一存ではーーませんし、本人ーーありますが……私としてはーーを信じてーー気もします」
少し離れた場所に置かれたパイプ椅子に座り、スタッフさんから手渡されたお茶を飲んでいた私の耳には途切れ途切れにしか聴こえ無かったが、チラリと視線を向けた事で、バッチリ目が合った2人から手招きをされ、慌てて駆け寄る。
「はい」
「ねぇ、加納さん、今新しく撮ってるドラマ、役が一つ空いてるんだけどーーやってみる気ない?」
「……はい? ド……ドラマ、ですか?」
泰田さんの言葉に一瞬頭が真っ白になるが、なんとか言葉を絞り出す事には成功した。
「そうそう。 役柄としては、弥生さん演じるヤクザ崩れのDVオヤジ“西倉研介”の娘、“西倉雅姫”」
「父親の影響もあって、口が悪くて喧嘩っ早く、暴走族やってる女子高生って設定だな」
話を聞いてまず抱いたのは、難しそうだな、と言う印象。
その一方で……
あまりにも自分と真逆の人生を歩んで来た雅姫と言う人物を演じる事に対し、“面白そう”と言う気持ちも湧いていた。
「私に、出来るでしょうか……」
「なぁに、心配ねぇさ。 誰にでも必ず“初めて”がある。 失敗しても皆で支え合って、一つの作品を作り上げるのが俺達演者なんだ」
所詮は部活やサークルで演劇をしているだけの、素人な自分には荷が重いんじゃないか、と言う気持ちも正直ある。
でも、弥生さんの言葉を聞いて、そう言った不安が少しずつ薄れていくのを感じた。
そうして最後に残ったのは、強い好奇心。
だからーー
「ーーやって……みたいです」
気付いたら、そう答えていた。
「なんでそんなすぐに癇癪起こして仕事辞めンだよ! アタシのバイト代だけでずっと生活して行けるとでも思ってンのか、クソ親父!」
「ゥルセェんだよ! ガキが偉そうに囀ずってンじゃネェぞ!」
長男を連れて母親が出て行ってから、大荒れしている父親と喧嘩してーー
「あんな男といつまでも一緒にいる必要なんてないだろ! 雅姫も暴走族なんて止めて、僕や母さんと一緒に暮らそう!」
「アタシを見捨ててババァと出て行ったアニキの事なんて、今さら信じられるわけネェだろ!」
DVのストレスから精神を病んでしまった母親を支えながら、1人の人間として成長した主人公が差し伸べた手を振り払いーー
「ーーなんでお前はあの2人と一緒に行かなかったんだ? ……俺なんかと居たってーー」
「そう思うんならさっさと定職見つけろ! どんなにクソ野郎が父親でも、子供は親を選べねぇンだよ!」
そんな兄とのやり取りを目撃して、酒に溺れながら弱音を溢す父親をぶん殴りーー
「探したぜぇ、テメェ西倉んトコのガキだな?」
「あ゛? だったらなンだよ? っつーか誰だテメェーーっ離せよ!」
父親が以前関わっていたヤクザに身売りされそうになりーー
そして最後はーー
「なんでーーなんでアタシなんかを庇ったんだよ!?」
「……なんで、だろうな……身体が、勝手に動いちまった」
父親を絶望させてから殺すつもりだったらしい、ヤクザ者が私に向けて放った凶弾を、身代わりに受けて倒れた父親にーー
「クソ親父が今さら父親らしい事したってーー遅ぇんだよ!」
「は、はは……そうか、最後に、父親らしい事、してやれた、のかーー」
泣きながら恨み言をぶつけてーー
「お前は……栞や煌斗の所で……幸せ、にーー」
「ーーっ! お、オイ、クソ親父!? ……冗談、だよな? ……なぁ、目、開けろよ……ねぇーー」
「ーーおとうさぁぁぁぁん!!」
「ーーはい、カーット!」
「ご、ごめんなさい! 最後のセリフ、『親父ぃぃぃ!』だったのに!」
いつもそうだ。
演劇でも役に入り込みすぎると、台本に無いセリフを喋ってしまう……
せっかく噛まずに出来たと思ったのに、私のせいで撮り直しにーー
「いやぁ、アレはあのまま行こう! ツッパってた雅姫がずっと秘めてた父への愛情が思わず溢れたって感じが伝わって来たよ! いやぁ弥生さんが言ってたの、ホントでしたねぇ」
「だから言ったでしょ? 叶ちゃんは、役に“成り代わる”タイプの役者だって」
それは、ディグタレの撮影の時に、弥生さんから言われていた事だった。
『君は、俺みたいに“役に魂を吹き込む”タイプじゃなくて、“役の魂を身に宿す”タイプの役者なんだな』
そう言われ、なんだかとてもしっくり来たのを覚えている。
小さい時から、“自分じゃない誰か”になるのが好きだった。
演劇と言う手段で、自分とは違う人生を生きる“誰か”になる。
それが楽しくて、嬉しくてーー私はお芝居の世界に没頭していったのだ。
そしてーー
【大型新人現る!? 脚本家すらも納得させる、役に成りきるのではなく、台本よりもさらに“その役らしさ”を引き出す女優!】
「見て見て、あの雑誌“叶 葉子”ちゃんの特集組んでる!」
「ホントだ! 私初出演のドラマ観て、一気にファンになっちゃったんだよね」
「分かる~! どんな役柄もピッタリで、原作ありきでみてもハズレ無しって感じ! 今度は「学校の8不思議」のヒロインやるらしいよ?」
「えっ、嘘!? 超楽しみ!」
とあるバラエティーの番組企画で発掘された1人の演劇好きな女の子は、番組内のインタビューで、こう答えている。
「私は、演じる事が好きなんです。 他の誰かになれる事がーー一度きりの人生で、違う人生を体験できる事が、嬉しくて、楽しいんです」
「こんな素敵な機会を頂いて、これから先どうなって行くのか想像もつきませんが、“演じる”事だけはずっと続けて行きたいな、と思います」
その後、あるドラマへの起用をキッカケに、沢山の“誰か”を演じて行く事になった彼女は、その“役”への向き合い方で、多くの人を惹き付けていく。
でもそれはーー
また別のお話ーー