闇の妖精、らしいひと。
これを話していたのはルアラスではない。話しているのはルアラスであり、ルアラスでない『何か』だった。
私の横にいる人物の目つきと気配が変わり、先ほどまで穏やかな顔をしていたルアラスであるとは思えない。
魔力も、圧倒的な存在感を感じさせる浮世離れしたものを感じさせ、突然、今まで気づかなかっただけでもともとそうだったように、周りの景色は見えるのに、音も、香りも、気配も感じられなくなっている。
私は本能的に何かとてつもないものを察知し、すぐにその人物から離れる。そうしたとき、私の意思とは裏腹に、なぜか抑えきれなくなった魔力が溢れ出て、白銀の光に変わる。
そんな私を見て目の前の人物はニヤリと笑う。
その笑みは、笑みでありながらも全く安心できず、こいつには敵わないと冷や汗をかくくらいの底知れない恐ろしさを感じるものだった。
「俺は闇に属する闇の妖精。お前らとは違う世界に生きるもの。二度目ましてだな。こいつはまだ気が付いていないようだが、お前は敬愛すべき光の巫女サマ」
話し始めると、周りの音が一切聞こえなくなっている。
ルアラスになり代わった誰か──闇の妖精は、私を指差しながら光の巫女と言った。
私が? 光の巫女? 聖女?
そんなわけないじゃないかと思うけど、実際私は光魔法を使えるし、関係あるかはわからないけれど、妖精と精霊とも仲良くやっているし言葉もわかる。
だがそれだけで光の巫女だと断定できるわけではない。
そもそも、そのことをこいつが知っているのも不思議だ。
混乱している場合ではない。混乱させて攻撃する作戦とかだったら考えているうちにやられてしまう。勝手に光になってどんどん減っていく魔力では一瞬の油断も大敵となりうるのだから、気が抜けない。
何か下手なことを言って攻撃されたらいやだけど、気になることがたくさんありすぎる。
「……な、なぜそう言い切れるの? 二度目ましてって、前いつ会ったの?」
私は冷たくなった指先を握りしめながら精一杯声を張って尋ねた。
「なぜって、魔力がそうだからだ。光の巫女独特の気配をまとっているし、いま俺の魔力に反応して瞳が光っているのもその証拠だ。……俺は嫌いだがな。それからいつ会ったか。まあ、最初とでも言っておこう。自分で思い出せ。そこまで教えるほど俺は優しくない。ああ、もう一つ言っておこう。今俺に会ったことをここにいるやつらに話してもいいが、お前が面倒になるだけだ。時期はしっかりと見極めろよ」
一度、闇の妖精はリルとアルテアの方を見た。その時の横顔は、少し懐かしく思っているように見えた。何か関わりがあるのだろうか。
とりあえず凄そうだから、聞き出せることは聞いておきたい。
もちろん、私ができる範囲で。
「光の巫女と闇の妖精の関係って….....?」
「光の巫女ではなく光の妖精の方だが、光と闇とは、もともとは世界の二つの柱として世を共に支えていた。夫婦とする説もあるらしい。今は片方だな」
おう、簡潔でわかりやすい。
でも今は光の妖精だけが頂点に立っている、不思議な状況だ。もともとふたりでやっていたことを、ひとりでやっている訳だから、今は半分しかできていない……? マズイのでは。
すごく混乱した頭で何とかそんなことを考えていた。
「そしてなぜか、そうやって立派な役目を果たしていた闇の妖精様は、世界の隅っこに追いやられ、封印され……」
一度遠い目で空を見上げた闇の妖精は私の方に向き直り、は、と息をついた。
「もう時間か。この体は自由がきかなくて困る」
闇の妖精は白い紙を創り出して、ぴらりとこちらに投げた。
表も裏も見たけど、何も書かれていないまっさらな紙だ。
「参考程度に」
何をどうみて参考にしろっていうのよ。
そして胸に手を当てて少し上目遣いで、頑張れよとでもいうように見てきた。
「では、またお会いましょう。お務めはしっかりこなして頂きたいですね、親愛なる聖女様?」
闇の妖精と名乗るものはそう言って目を閉じた。
それを見ると、今まで緊張で張りつめていた身体が楽になり、感覚も正しく元に戻って、木々のざわめきが聞こえるようになってくる。
安心したからか、足に力が入らなくなって地面に膝をついた。
「──へ……? 今の、なに……?」




