空飛ぶ魔物に、恨まれる。
薄暗くなってきた頃、いよいよ山脈が見えてきて、あと1時間くらい全速力で飛べば麓に着くかというところで、突然大きな魔物が目の前に現れた。
それは、タカやワシのような鳥の形をしながら、普通の鳥では考えられないほどの巨大な、鋼のようにきらめく赤茶色の羽と鋭利な爪を持つ魔物。
私の魔法がどれだけ通じるか。あの羽で弾き返されてしまいそうだ。
勝算が少なそうなので避けて通ろうとするも、らんらんとした大きな赤い目に見つかり、ギロッと睨まれて失敗。
見たところ、魔物に見つかったのは私とルアラス。リル・アルテア組は遠くからみている。相手をしたくないようだ。
「どうする? とりあえず魔法をぶちこんでみる?」
「それしかなさそうだ。交互に違う属性の魔法を試して、効きそうな魔法を探してみるよ」
その会話をすると後のやることは簡単だ。
杖を取り出して火魔法、水魔法、風魔法──といろいろ試してみる。短剣も投げてみたりしたけど、硬い羽に弾かれてしまう。たとえ弾かれたとしてもいつかは突破口が見えるはず、と考えながらいるけど、ずっとこれではらちがあかない。
でも相手がおとなしく魔法を受けているはずもなく、飛びかかってきて爪で引っかこうとしたり、たまに初級の火魔法を使ってきたりもする。それをよけながらだから体力も魔法も消耗するし、疲れてくると攻撃も当たってしまう。だがこいつを何とかしない限り先には進めない。
その次に試した花魔法は、ツルが魔物の身体に巻き付くようなものにした。火と相性が悪いから、焼かれてしまう前にツルに魔力を流してどんどん伸ばしていき、最後に羽、体、くちばしをまとめてぎゅっと締める。魔法が通じないなら物理的に、と試したものだったけど、成功したようで、少し申し訳ないけど飛ぶ術を失った魔物は、私への恨みを瞳に宿しながら、大きな音を立てて地面に落ちた。次こそは、という思いが伝わってくる。あぁ怖い。でも落としたから大丈夫だよね? ここ、ものすごく高いからさすがにもう動けないよね?
でもトドメをさしてないからなぁ。
一旦はこれで安心して進めると思ったけど、今度は魔力を使いすぎて飛ぶのが大変になってきた。
できるだけ魔力を無駄にしないように、省エネで、というのを心がけていると、私が少し前までどれだけテキトーに飛んでいたかというのが手に取るようにわかった。反省します。
「さっきの魔法と、飛び続けている影響で魔力が少なくなってるんじゃない? 休憩する?」
とアルテアに言われたけどガマンガマン。まだ大丈夫ーと答えると、アルテアは、そう? と納得していなそうな様子で私の方を見ていた。
省エネで進み始めて、5分でさっきから我慢していた疲れが抑えられなくなってきた。
「みんなごめーん。めちゃくちゃ疲れたから降りるねー」
そう声をかけてゆっくりと高度を下げていくけど、魔力の制御がうまくいかない。
途中で落ちるかもと思ったから、心配そうにしていたルアラスを先に下ろす。
その時、翼を羽ばたかせる音と、鋭い鳥の鳴き声が小さく聞こえてきて、その方向を見ると、さっき地面に落としたはずの魔物がこっちに向かってすごい速さで飛んでくるのが遠くに見えた。その周りに小さな魔物の影も見える。どうやら仲間を連れてきたようだ。魔物の群れのリーダーとかだったのだろう。
リーダーを墜落させられた魔物たちを引き連れて仕返しに来たってわけか。
今攻撃されたら避けられるかわからないし、食べられちゃうかもしれない。他の魔物もいるとなったらなおさら。
なけなしの魔力で光魔法、灯火を使う。そうすると、目の前がポッと明るくなる。
なんて安心する光……。
でも鳥の魔物はそうは思わなかったようで、なんだこれ、と一瞬ちらりと見ただけですぐにこっちに視線を戻す。
それを見届けたところで力が抜けた。
そうだ、これは少しその場が明るくなる魔法だった。目をくらますくらいの明かりを期待してこの魔法を使ったけど、それはほかのやつだった。ああ、こんなところで痛恨のミス。なにやってるんだと、もうおぼろげな意識の中で苦笑いをする。
地面まで30メートルくらいあるかもしれない。
もう魔物がすぐそこに迫っていて、死ぬかもなと思うけど別に未練は……ないと言えば噓になる。正直すごーくある。ものすごーく、数えられないくらいかもしれない。
そういえばほかのみんなはと思って首を動かすと、あいつが連れてきたたくさんの魔物の対処に精一杯のようだ。
あと少しで地面につく──というところでルアラスが下に飛び出てきて、危ないと目をつぶったとき、一瞬からだがふわりと浮き、しっかり優しく身体が受け止められた。
そして私の後ろ、魔物がいるところで目をつぶっていてもまぶしい光と、落雷の大きな音がした。
「無理させてごめん。魔力を使い果たしているようだからゆっくり休んで」
その言葉を耳元で聞いたのが、私が意識を保っていた時の最後の記憶だった。




