閑話 猫の独り言
アメリが帰った後の個室には、思案顔のフリージアがいた。
追加で頼んだ紅茶を飲みつつ、先程の会話を思い返す。
(あのオーウェン様がねぇ…)
アメリから話を聞いた時、正直半信半疑だった。
何故なら、そのお相手があのニコラス・オーウェンだからである。
結婚したい男性ランキングで常に首位を独占。
『容姿端麗・成績優秀・家柄良し』という好条件を持ちながらも未だに婚約者がいないということで、国中の令嬢たちがその座を狙って激しい争いを繰り広げているという話はデビュタント前のフリージアでも知っているほど有名だ。
…多分、知らないのはアメリくらいだろう。
それほど有名な彼が初対面の…しかも階段でぶつかっただけの相手に求婚するだろうかというのがフリージアの素直な感想だった。
…アメリの首に刻まれた印を見るまでは。
彼女の首にはキラキラと輝く金色の鱗紋が首を一周するように浮かび上がっていた。
(この印はっ…!)
仮婚約の場合、女性の手の甲に印が浮かび上がるはず。
しかし印は手の甲ではなく、首に現れている。
ということは、これは仮婚約ではなく永遠の誓いではないのか。
そう考えて、ふと思い出す…
フリージアも詳しくは分からないが永遠の誓いを行う際、通常の手順と異なる方法がいくつか存在すると聞いたことがある。
きっと彼はその方法を使ったのだろう…
そこまで考えた時、フリージアは1つの答えに辿り着いた。
「…オーウェン様にとって、アメリが運命の番なのね。」
『運命の番』それは文字通り運命の相手。
獣人にとって一生に一度出会えるかどうかの存在。
彼にとってその相手がきっとアメリなのだ。
(一生に一度出会えるかどうかの存在と出会えるなんて羨ましいわ…)
しかし、そうなると心配なのはアメリのこと。
フリージアにとってアメリは友人というよりも、妹のような存在だった。
雲のようにふわふわしたピンクブラウンの髪に、ローズクォーツのような瞳。
小柄で人見知りな彼女は、いつも私を見つけるとピンクブラウンの髪を揺らしながら近づいてくる。
お菓子をあげると素直に喜び、口いっぱいに頬張って食べる姿は愛でたくなるほど可愛いのだ。
そんな彼女を番として選んだのは、草食系獣人の天敵ともいえる蛇獣人のオーウェン様。
肉食系獣人は種族によって多少方法は異なるものの、基本的に狙った獲物は逃がさない。
きっとオーウェン様も彼女のことを逃がすつもりはないだろう。
むしろ逃げ道を完全に塞ぎ、受け入れるという選択肢しか残さないかもしれない。
これはアメリだけじゃなく、ブラウン家にとっても大きな試練となりそうだ。
内向的で静かに暮らすことを好むあの一族にとって、なるべく関わりたくない存在に目をつけられたのだ。
彼女から話を聞いたブラウン子爵は顔を青くして頭を抱えてしまうに違いない。
「これから一体どうなるかしらね…」
少し冷めてしまった紅茶を飲みつつ、フリージアはぽつりと呟く。
これから彼女の人生は、良くも悪くも大きく変わるだろう。
それでもフリージアは可愛い妹の味方でありたいと思う。
「彼女に頼られたら出来る限り力になろう。」と心の中で決意しつつ、アメリの行く末を案じるのだった。