第1話 カフェで知る衝撃の事実
教室に戻ると、窓際で読書をしながら待つ友人の姿があった。
友人は私が戻ってきたことに気づくと、本を閉じて優しく微笑む。
絹のようになめらかなシルバーグレーの髪に、鮮やかなルビー色の瞳。
女神のような美しさを持つ彼女はオルト子爵家の次女フリージア・オルト。私の大好きな友人だ。
オルト家は商いを得意とする猫獣人の家系で、今日行くカフェもその中の1つ。
フリージアとは同じ子爵位のため話が合うことも多く、気づけば仲良くなっていた。
「お帰りなさい、アメリ。」
「フリージア、待たせちゃってごめんなさい…」
私が謝ると「気にしないで。」と言いながら、フリージアは私の頭を撫でる。
「でも、思っていたより時間がかかったわね。何かあったのかしら。」
「うん、色々あったの。そのことも話したくて…」
先程の出来事を思い出し浮かない顔をする私を見て、フリージアは安心させるように微笑んだ。
「あら、そうなの。それなら早くカフェに行きましょうか。」
私はその言葉に頷き、急いで帰る準備をする。
そして、正門に停車していたオルト家の馬車に乗り込んで私たちはカフェへと向かった。
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カフェ『セレニテ』に到着した私たちは個室に案内される。
ここはまだ数回しか来たことがないけれど、お店の雰囲気も味も私好みでお気に入りだ。
「今回の新作は、イチゴとオレンジの2種類のタルトよ。」
「わぁ…どっちも美味しそうで迷ってしまうわ。」
「それならどちらも頼みましょう。私のを1口あげるわ。」
フリージアは優柔不断な私のためにどちらも食べれるよう提案してくれる。
こういうさりげない優しさがとても嬉しい。
注文を終え店員が一礼して部屋を出ていくと、フリージアが切り出した。
「ねぇ、アメリ。一体何があったの?」
「あ、あのね…」
私は先程の出来事を話した。
話を聞いたフリージアは、どこか腑に落ちない様子で呟く。
「そんなことがあったのね。俄かに信じ難いけど、相手の特徴を聞く限りオーウェン様で間違いなさそうだし…」
「フリージアはその人のこと知ってるの?」
私が問いかけると、フリージアは呆れた顔をする。
そしてため息をついた後、彼について教えてくれた。
「4大公爵家の1つオーウェン公爵家の嫡男で3年生のニコラス・オーウェン様。先祖返りと言われるほどの魔力を持っていて、成績も常に学年トップ。学園の生徒会長も務めているわ。さらに紳士的であの容姿…なのに未だ婚約者がいないということで国中のご令嬢がその座を狙って争うくらい人気な方なの。…知らないのは多分アメリくらいね。」
(そんなに有名な人なんだ…!)
フリージアの話を聞いて「とんでもない人に出会ってしまったのでは…」と焦る私。
そんな私を見兼ねたフリージアは、テーブルの上を指しながら言った。
「とりあえず、新作のタルトも届いたし1回食べて落ち着きなさい。」
さすが私の扱いをよく分かっていらっしゃる。
フリージアに促されテーブルに視線を落とすと、真っ赤なイチゴをふんだんに使った新作のタルトが置かれていた。
そっと1口フォークに取り食べてみると、あまりの美味しさに目を瞬かせる。
しっとりとして甘さのある生地に、バニラビーンズ入りのカスタードクリーム。
これだけ食べるとかなり甘いけれど、そこに甘酸っぱいイチゴが加わると程よい甘さに変化する。
(これなら何個でも食べれてしまいそうだわ…)
実に甘党である私好みのタルトだ。
今回のタルトも当たりだと思いながら夢中で食べていた私は、ふと相談したいことを思い出した。
「あのね、フリージア。聞きたいことがあって…」
「聞きたいこと?何かしら。」
「こ、これなんだけど…」
そう言ってブラウスのボタンを外し首元を見せると、フリージアは驚きの表情を浮かべた。
「この鱗紋は間違いなくオーウェン公爵家のものね…」
「この模様は何?時間が経てば消えるのかしら。」
私の首にはキラキラと輝く金色の鱗紋が首を一周するように浮かび上がっている。
「これは『印』ね…アメリは印についてどのくらい知っているの?」
「印?そうね…婚約者が出来た時につけるものってことくらいかしら。」
それを聞いたフリージアは「なるほど…」と呟いた後、印について話してくれた。
要約すると…
『印』には仮婚約と永遠の誓いという2種類がある。
まず、婚約者や婚約者候補が見つかると男性から女性にその証となる仮婚約をつける。
その後、仮婚約を経てお互いに婚姻の意思が確認出来たら夫婦の証として永遠の誓いを身体に刻む。
仮婚約の場合は女性の手の甲に魔法陣のような印が現れ、永遠の誓いの場合はお互いの身体に男性側種族の特徴を模した印が現れるという。
「それでね、アメリ。私が思うにその印はきっと永遠の誓いだわ。」
「え…で、でもそれはお互いの同意がないと出来ないはずよね?」
「そうよ。本来はちゃんとした手順を踏まないと成立しないわ。…ただ、私も詳しくは知らないのだけど例外も存在していたはずよ。」
フリージアから衝撃的な事実を聞かされ固まってしまう私。
その様子を見て、フリージアは私を落ち着かせるように微笑みながら言う。
「正直どうなるか分からないけれど、私は1度ブラウン子爵に相談したほうがいいと思うわ。印についても男性のほうが詳しいはずだもの。」
その言葉を聞いて、私は頷く。
「確かにそうね。1人で悩んでも仕方ないから、帰ったらお父様に相談してみる。」
(色々不安だけど、お父様にまずは相談しなくちゃ。そうよ!正式な手順でつけられた印じゃないから無効になるかもしれないわ!フリージア曰くとても有名な方らしいけど、そもそも今日出会ったばかりだし何かあれば周りの不興を買ってしまうかもしれない…それに結婚するとしても私は平和で心穏やかに過ごせる草食系獣人がいいのよ。何事にも先手を打つことが大切だわ。)
胸の前で拳を握りしめ「ふんす!」と鼻息を荒くする私。
そんな私にフリージアは「何かあれば力になるわ。」と若干苦笑しながら励ましてくれるのだった。