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たった一度の夏が終わらない

作者: ナナシリア

 少しばかり残っていた暑さが徐々に寒さへと変わり始めた秋ごろ。この季節は、夏が失われていくようであまり好きになれない。


 あの夏からどれほどの歳月が巡ったか、数える気もない。


 なぜなら俺のたった一度の夏はまだ終わっていないから。


 君はあの夏の終わりに死んだはずなのに、あの夏が終わってもなお、俺の心の中で生き続けている。


 彼女が俺の心の中で生き続けているという言葉が、俺の胸の内にある記憶をフラッシュバックさせる。




「私だけが君の人生のすべてじゃないから、笑って」


 そう言ったのは俺に病気を告げた直後の君かのようにも思えるし、死んでしまう直前の君だったかもしれない。


 どちらにせよ、君だって簡単に微笑むことが出来るような心境ではなかったはずなのに、君は俺にそんなことを言った


「……」


 君を否定しないようにするために同意することは簡単だが、君と俺とでのコミュニケーションはその域にあるように思えなかった。


 君とは嘘のない感情をぶつけ合いたかった。


「それは違う、君が俺の人生のすべてだ。間違いない」


 君は一瞬言葉に詰まり、考えた。


「でも、人生には楽しいこととか嬉しいこととか、私との時間以外にもいっぱいあるでしょ?」

「そんなことはない、君との時間がすべてだ」


 言葉のぶつけ合いは平行線だった。


「もう、最後くらい私にかっこよく別れさせてよ」


 最後という言葉で思い出したが、このやり取りがあったのは君が死ぬ直前だった。


 私だけが君の人生のすべてじゃないというのは、病室を訪れた俺に君が突然言った言葉だった。


「まだ、最後になってほしくないから」

「そんなこと、言っても悲しくなるだけ。終わりは変わらないよ」


 まだ終わってほしくない。いつ終わるか変えたい。


「……まだ死んでほしくない、から」

「でも、死ぬときは死ぬんだよ。私はもうそれを受け入れたから。君も、今すぐとは言わないけど、いずれ受け入れないといけない」


 間違いのないことだ。


 彼女と深くかかわる以上、彼女に次する程度には、早いうちから彼女の死を受け入れる義務があるだろう。


 でも、まだ幼稚な俺の感情が、彼女の死を受け入れるということをどこかで拒絶していた。


「そう、だよな」

「まだ、大丈夫だから。私と一緒に準備しよう」


 おかしな話だ、君の死を受け入れるために君と一緒に準備をするとは。


 でも俺は、それ以上どうすることもできなくて、ただ君の死から目を逸らし続けるのも嫌で――




 あの時以降、君と一緒に過ごすことで君の死を受け入れられたような気がしていたけれど、それは嘘だったのかもしれない。


 俺は今でも、君が生きているのかと錯覚するほど鮮明にあの時の記憶を思い出すのだから。


 冷たい秋の風が、夏を吹き飛ばすとともに、君との記憶も吹き飛ばしてしまった方がいいのかもしれない。だ


『私だけが君の人生のすべてじゃないから』


 ——否。


 あの日々は俺にとって明らかに特別で、少し切なくやるせなくも人生最高の日々であった。


 あの楽しい記憶、嬉しい記憶、すべて秋風が吹き飛ばす?


 考えるだけでぞっとする。


 充実していたあの日々の、記憶さえもなくなってしまうのならばきっとどこかに喪失感を抱えて人生を過ごすことになるだろう。


 そんなやりきれない人生、送ってたまるものか。


 君を失ったあの夏から続く寂寥感が俺にもたらしたものは悪影響だっただろうか。そんなことはない。


 君を失った後でも数えきれないだけ躓くことがあったが、そのすべてに関して、君のおかげで突破できた。


 俺は新しい人生を送っているかのように見えるが、いまだたった一度の夏が終わらないまま、その中に様々の出来事を詰め込んでいるだけ。


 今もまだ、あの夏のうちだ。


 秋の夕空に、沈む太陽。オレンジの光が今日もまた、俺と君との思い出を照らす。


 あの夏は、いまだに俺が俺であることを証明してくれる。


 たった一度の夏が終わらない。

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