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7話:傲慢の瞳☆

スティの視点です。

スティの視点で進む話のサブタイトルに☆を付けました。

よろしくお願いします。


 猛然と竜を目掛けて駆ける(ゴミ)に対して、竜の側からは何の反応もなかった。

 ただ、物珍しげな視線を向けるだけ。

 その眼差しには、怒りも憎悪もなく、ただ傲慢さだけがあった。

 竜たちは魔法を撃つことも、ブレスを吐くことも、吠えることすらせずに空を舞い続けていた。


 それは彼らにとって当然の話だ。

 人など地を這う蟻にも等しい存在。そんなものが飛び上がったからなんだと言うのか。

 羽虫になったところで鬱陶しさこそあれど、なんら恐れることは無い。



 泰然。



 正しくそう形容すべきだろう。

 人の群れを、その巣をこれから破壊しようとする竜たちからすれば、飛び上がった1匹にかかずらっている暇は無いのだ。



 だが、それは間違いだった。

 どうしようもない失策であった。



 飛び上がって来たその羽虫が、竜にも届く牙を持つ決戦兵器たる怪物なれば……。



 ──彼らは初めから全力で潰しにかかるべきであったのだ。




♦️




 竜の動きが鈍いことはスティにしてみれば想定の範囲内であった。

 奴らは基本的に人を識別出来ず、そして情報の共有もしないからだ。


 常に人を舐めてかかっているのだ。

 それでも勝てるが故に。


 もう10歩も行けば槍が届くだろう所で、スティは魔術の詠唱を始めた。

 宙を駆け抜けながら、術を編み上げる。


「"麦の海で溺れよ"」

「"弾ける柘榴は血霧を撒いて"」


 一息で2つの術式を発動し、さらに強く踏み込み加速した。

 発動させたのは、風を起こす魔術と煙幕を出す魔術。

 初歩の初歩と呼んで差し支えないそれらの魔術は、その簡単さ故に一瞬で展開された。



 竜たちを飲み込むように瞬く間に煙幕が広がる。

 逃れたのはわずかに2体。

 群れで一番小さな竜と、それを守るように付いていた青い竜だ。


 こんな小細工、すぐにでも吹き散らされるだろう。

 だが、その一瞬の隙を縫ってスティは竜の群れを中央突破した。たったの2歩ですり抜けた。

 槍の穂先を小さな方の竜へと向け、腰を落とし突撃(チャージ)をかける。

 ランスが唸りをあげた。


 燕よりも速く空を駆け、竜の顔面に槍を突き立てようとする最後の1歩。

 踏み込む瞬間に脱力し、進む勢いそのままにぬるりと下へ落ちた。


 ────ガチィンッ!!!


 牙を打ち鳴らし、スティが進んでいただろう空間を何かが食い千切る。

 竜の顎だ。

 青い方が食らい付いてきたのだ。


 それを寸前で躱し、顎の下へと滑り込む。


 スティの狙いは、端からこちらの青い竜だった。守っているらしき小さい方を狙う素振りによって攻撃を誘い込んだのだ。


 背を下に落ちるスティの前には竜の頭がある。

 鱗の無い皮膜に覆われた喉に狙いを定めた。



 スティの持つ透明な足場を作る能力は、彼の身体の向きに左右されない。

 重力の方向に対して、必ず(・・)垂直に足場を形成する。

 大きさや位置はある程度自由が利くのだが、この点は無視出来ない制約となっていた。

 だが、それも理解していれば応用が出来る。



 このように。



 生成した足場に背中から落ちたスティは、全身をバネのようにして自らを跳ね上げた。

 身体が浮く勢いそのままに、腰の捻りをランスに伝え、渾身の一撃を放つ。



 ぞぶり。と音を立てて【恐るるべき牙(スリーズルグタンニ)】が竜の喉元の皮を裂き、肉を貫いた。ブチブチと筋を断つ感触が手に伝わる。噴き出した温かな血がスティの右半身を濡らした。

 柄の半ばまでをも竜の身体に埋まるほど深く深く突き立てられた牙は、竜の脳髄をかき回し確かにその命脈を断ち切って見せた。




 鳴き声1つあげられずに絶命した竜を蹴って槍を強引に抜き、その場を離脱する。


 弛緩した竜の身体が、血を撒き散らしながら落下していくのが見えた。




 小刻みなステップを交えながら、スティは竜の群れから距離を取る。


 スティの顔には笑みが浮かんでいた。

 歯を剥いた獰猛な、捕食者としての戦意漲る笑顔。


「こっからが、本番だ」




 竜が、見ている。



 小さな竜も大きな竜も、黒い竜も白い竜も、角の生えた竜も棘の生えた竜も、スティのことを凝視している。


 ただただ静かに、見つめていた。


 自分たちの命に届き得る脅威として、認識した上で観察をしていた。


 無機質な瞳が向けられている。





 不自然に静かな時が流れる。身動ぎ一つせずに、互いの全てに注視する。

 激発の前の、わずかな猶予。


 睨み合いながら、様子を探り出方を窺う緩やかな不穏。

 引き絞られた弓が大きく弾けるために力を蓄えてしなり撓み、そしてそれが放たれる寸前の周囲からは隔絶された一瞬。

 それが上空に満ち満ちていた。





 タイミングを逃してはならない。しかし、下手に動いてもいけない。

 息を止め、じっと機を窺う。

 ただひたすらに、その時を待つ。





 眼下で魔術が撃ち込まれ竜擬きとの戦闘が始まった瞬間、止まっていた上空の時間も再び動き出した。


 3体の竜が飛び出す。

 スティが踏み込んだのは、彼らの動き出しと同時であった。


 交差する爪と槍。金属を打ち合わせたような音が空に響く。


 さらにもう一度。


 三度けたたましい音を鳴らして爪と槍が衝突し、一気に離れる。



 スティは足を止めない。

 動きを止めることは、死神に魂を譲り渡すことと同義であった。


 勝っている小回りを活かした勝負を押し付ける。それが唯一の勝ち筋だった。



 突っ込んできた3体の竜に続いて迫る2体の上を跳び越えて、奥に控えた竜を狙う。


 舌打ちが出た。


(あいつら、分散しやがったな!)


 当然と言えば、当然の判断だ。

 竜はスティへの対処と都市への攻撃の二手に分かれていた。

 いやむしろ、よく6体も残っていたと言うべきか。

 本来過剰であるはずの戦力で当たっているのは、流れるように1体屠って見せたスティを警戒してのものか。


 だが、それでも。


 せめて、もう1体は引き付けておきたかったというのがスティの本心であった。





 背後から撃ち込まれた風の魔法を、高度を上げることで回避する。

 今度は距離をとって戦うつもりか、立て続けに魔法が放たれる。


 スティはそれら全てに対応する。


 ステップで躱す。


 落下して避ける。


 急制動。魔術で相殺しながら後方へ下がり逃げ切る。


 一気に上へ跳んで振り切り、高所の有利を奪う。


 どうしても当たるものは槍で打ち払った。



 6体もの竜が操る魔法が、鮮やかにいなされていた。

 大気が震撼するほどの魔力が無為に浪費されていく。

 雲が吹き散らされ風が荒れ狂うも、肝心要のスティには何の痛痒も感じさせられていなかった。



 竜たちの纏う空気の剣呑さが高まっていく。



 一帯を焼き払う焔や地上まで巻き込む滝、雨霰と降り注ぐ土砂と竜の魔法も苛烈さを増していった。

 純然たる殺意が、魔法として顕現していた。



 だが当たらない。



 捉えたかと思えば、ついと逃げられることに竜たちは徐々に苛立ちを隠せなくなっていった。


 届くと思った魔法を避けられる。

 動きに合わせて偏差を付けたら急にパターンが変わる。

 逃げ場を塞いだはずなのに弾かれて抜け出される。



 なんと。


 なんと腹立たしいことか。



 スティの相手に残った竜たちは、釘付けとなっていた。

 最早、地上のことなどどうでもよい。

 この羽虫を必ず殺す。それだけが竜の頭を占める。




 全て、スティの狙い通りであった。


 竜は総じて傲慢だ。

 種として強大であるが故に、人相手に苦戦などした試しが無い。彼らは勝って前進したことしかないのだ。

 勝てない時、進めない時を知らないために、停滞が堪えられない。そこを煽る。



 撹乱し、苛立ちを募らせ、隙を作らせる。

 意外に思えるかもしれないが、人が竜に勝つためには速攻勝負はあまり向いていない。そもそもの反応速度も瞬発力も比べ物にならないからだ。

 持久戦こそが活路なのだ。


 今回は最初の衝突で1体落とせたが、そんな事態の方が希である。


 人が数で補うことで通常成立させるそれを、スティであれば強引に成り立たせられる。

 根比べになりさえすれば、竜は非常に脆い。


 竜と相対する時の基本戦術が、今回もはまっていた。



 とは言え、スティも攻めあぐねていた。

 1度に6体を相手取るのはさすがに初めての経験だからだ。

 攻め時が分からず、消極的な対応を取らざる他ない。


 そこで逸る気持ちは捨てることにした。


 地上を襲いに行った竜を追いたいが、一旦それは脇に置く。

 この6体をここで確実に葬るために、待つことを徹底するのだ。


 奴らに、致命的な隙が生じるまで。




 上空は膠着状態となった。

 陽は、まだ高い。



ご覧いただきありがとうございます。

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