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4話:歩み寄るのに納得はいらない


 セベルストルに着いたレフィは、『竜浸兵』を引き連れて現地指揮官に挨拶をした後、軍施設内の食堂に来ていた。

 現地指揮官のヨースン・メイベル少将は『竜浸兵』の援軍を喜び、叔父上に宜しく伝えてくれとレフィに感謝を述べた。


 ちなみに飲み物は出されなかった。監督官と言えど、レフィは一介の中尉に過ぎないのでしょうがないことである。




 食堂で謎の肉の塊を貪る『竜浸兵』をぼんやりと眺めながら、レフィはふと思ったことを口にした。


「ねえ」


 肉を食い千切りながら男が顔をレフィに向ける。


「なんで『竜浸兵』やってるの?」


 男は目をパチクリとした。肉を頬張る手が止まる。

 質問の意図が分からない。そう言いたげであった。


「だって強いんだから逃げられるじゃん。

その首枷を外して、軍から離れて生きていくことも出来るでしょ?」


 男がその首に嵌められた枷に触れる。

 分厚い金属で作られたそれはねじ切られた手枷とは違い、依然として定位置と言わんばかりに装着されたままであった。


 レフィとしてはそれが不思議であった。

 あの時の様子を思い返すに、この男なら自力で外す、あるいは壊すことが可能なはずだ。

 なのにこんな、非人間的な扱いを受けることを許容しているのが理解できない。

 枷を嵌められて命令を聞かされるなど、まるで今は滅びた南方の国の奴隷制度のようではないか。


 彼女としてはあまり深く考えずに放った疑問であった。

 『竜浸兵』の男も、単純に疑問として投げ掛けられたことはなんとなく察していた。


 だが、周りのことを気にするべきだったのだろう。

 この場は食堂で、レフィたちの他にも利用する者たちは居るのだ。

 疑問をぶつけられた本人である男が気にしないからと言って、それを耳にした周囲が静観すると限らないのだ。


 このように。



「おい、てめえ! おちょくってんのか!」


 突如として脇から飛んできた怒声に、レフィは肩をビクリと震わせた。

 何故いきなりキレているのか、戸惑いながら声の方を向くと、そこには2人の兵士が立っていた。


 片方は柔和そうな男だ。線が細く、体力の無さそうな印象を受ける。肌も白く、肉体労働派では無さそうだ。

 腕章を見れば、どうやら魔術師のようである。

 レフィと同類だ。

 そう思えば、椅子を挟んで間合いをとるように立っているのも納得がいった。これが彼の交戦距離なのだ。

 まあ、レフィも魔術師であり距離が空く分にはどんと来いなのだが。

 彼女の右腕に付けられた腕章は、左側に居た男からは見えなかったのだろう。


 そしてもう片方。髪の長い女だ。

 そのスラリと高い身長は、レフィからすると羨望の対象である。

 ゆらゆらとした立ち姿は幽鬼のようであり、夜間に明かりの少ない所で出会したら腰を抜かしそうな風貌であった。

 髪が簾のようにかかって顔が隠れているが、髪の毛の向こうから深紅の瞳がギラギラと睨み付けていた。

 そして、首には枷が嵌められている。竜浸兵だ。

 どうやらこちらが怒声の主であるようだった。


「何様のつもりだ、てめえ。

監督官様だからってふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、あ"あ"!!」


 見た目からは想像もつかないほどにドスの効いた声に、レフィは思わずわずかに退く。

 その後退を攻め時と見たか。さらに詰めようと女が一歩前に出た。


「3」


 『竜浸兵』の声だ。

 特に慌てた様子もなく、何かカウントを始め出した。

 それを聞いて女が動きを止める。


「2」


 勢いよく女が後ろに下がった。

 バネ仕掛けのような速さに、レフィは呆気にとられる。


「よし」


 それで良かったらしい。

 『竜浸兵』がそう言うと、女はほっと胸を撫で下ろした。


「これ食ったらさっきのに答えるから少し待ってろ。

あんたらも聞いてけ。ついでに紹介すっから」


 『竜浸兵』はそう言って、残りの肉の塊を片付け始めた。もりもり消えていく肉に驚きを隠せない。

 竜浸兵の女とその監督官は、不承不承と言った様子でレフィたちの居るテーブルの端の方に座ったのだった。




 監督官の男はサリス、竜浸兵の女はシレイヌと言うそうだ。このセベルストル防衛を担当する第4師団の所属であると言う。

 骨まで綺麗に腹に収めた『竜浸兵』は、2人がこの都市の重要戦力であることを語った。

 なんでも以前に任務で訪れて、知己があったらしい。


「んで、こっちがオレの監督官になる……、あ~。監督官になるんだけど……。

悪ぃ、そういや名前聞いてねぇや」


 気まずそうに『竜浸兵』が言った。心なしか肩を落としている。

 基本的なことを忘れていたのはレフィも同じだった。

 そう、自己紹介などした覚えが無いのである。


「あ……」


 思わず漏れ出た呟き。

 こいつら揃って大丈夫かと疑問に思っているような視線をシレイヌから向けられた。

 言い訳を、弁明をさせてくれと心の中で願ったが、よく考えてみれば話す機会はあった。


 とりあえず、この件については沈黙を貫くことにした。


 レフィは有耶無耶にするべく、『竜浸兵』も含めた3人に向けて自己紹介をする。


「ボクは帝国軍第二師団所属作戦しれ……、じゃないのか。今は監督官のレフィーヤ・ベネットイ中尉だ」


「ちなみに書類上の話だ」


 『竜浸兵』が口を挟む。

 どう言うことだとそちらを見れば、詳しく話し出した。


「監督官にも2種類あんだよ。書類上の監督官と契約が締結された監督官。ハリボテと本物みてぇな話だな」


 驚きのあまり口が開くレフィ。

 一方、サリスとシレイヌは既知のようで特に反応していない。監督官と竜浸兵として活躍しているのだから、知っていて当然なのだろう。


 目を剥くレフィに、淡々と『竜浸兵』は話を続ける。


「書類上の方は地位の他には特にメリットが無い。出世が早まるくらいだな。腰掛けだ。

契約締結の方は、契約破棄かどちらかが死ぬまで辞められねぇ。地位はあるが、出世は無い。その代わり魔力が竜浸兵の影響を受ける」


 影響とは何かを問えば、『竜浸兵』は個人差だから答えようがないと軽く笑った。

 男が言うには、量や質、操作性、回復する速度など様々な部分で変化が現れるのだと言う。また、同じ竜浸兵と契約したからといって同じ変化が出る訳でもないのだと。


「ついでに言えば、竜浸兵に命令を強制出来る権限が得られるのは契約している方だ。だから、あんたにゃ無理だな」


 やたら大事な話がさらりと投げつけられた。

 なにそれ。初耳なんだけど。

 思ったことがそのまま口に出ていたようで、サリスがレフィのことを可哀想なものでも見るかのような目で見ている。


「あー、ベネットイ中尉が知らなくても無理はないよ。あたしらみたいな100ナンバー以降の正規型にはそんな区別無いから」


 先ほどあれだけ噛みついてきたシレイヌが思わずフォローに回る。


「どうして!」


「いや、オレは別に契約しても良いと思うんだが。あんたの叔父さんが様子を見る時間が欲しいって言うもんだから」


「いつ!」


「所属手続き進めた時だな!」


 レフィは両の拳を握り締め、机を勢いよく叩いた。ペチン、と弱々しい音が出て手に鈍い痛みがもたらされる。金属で作られたテーブルは小揺るぎもしない。


 認めてもらえていないことへの焦りが胸を焦がす。レフィの胸の内では叔父への罵詈雑言が荒れ狂っていた。

 叔父のそういうところはもう治しようがない。

 それは知っているが、しかし苛立ちは収まらない。もう少し何か伝えてほしいと切に願った。



「そんで、なんで竜浸兵やってんのかって話だが」


 気遣わしげにレフィを見ていたシレイヌは、驚愕の視線を『竜浸兵』の男に向ける。

 少しは気を遣えと、その目は雄弁に物語っていた。

 だが男は知らぬ振りをして話し続ける。

 この男も、大概どうしようもない奴だった。



「まだ人間らしく生きていたいからだな」



 ゆるゆると机の天板から視線を上げたレフィは、目で問いを投げた。人間らしく、とは何かと。


 男は答えた。そのままの意味だと。


 帝国国内において、竜浸兵は人間ではない。

 彼らは生体兵器としての改造を受けた段階で、書類上は死亡している。


 今ここに居るのは、竜を殺すための兵器でしかないのだ。


 そして、竜を殺すことが可能な水準まで性能を引き上げているために厳重に管理されている。施術の内容については秘匿され、竜浸兵にも詳細の説明はなされないためにそちらから流出することは考えにくくなっていた。

 また、全ての竜浸兵は登録されているし、無認可での施術は一族まとめて処罰の対象になる。

 竜浸兵が脱走した場合、即時抹殺許可が出され、専属の処刑部隊が動員される手筈となっている。この処刑部隊には竜浸兵も配属されているために、逃走は非常に困難であった。

 仮に街中で暴れ出すようなことがあれば、どれほどの被害が出ることになるか。ひょっとすると、都市結界の機能に何らかの不具合を起こす、あるいは破損させてしまうかもしれない。

 万が一にもそのような事態を引き起こさないために、現在は施術対象の身辺は徹底的に洗い出されている。


 それから、より強く管理下に置くべく開発されたのが首枷である。

 『魔導式制約機構搭載型非接触拘束装置』と言う長い名前を持つ首枷だが、これが監督官との契約を成立させていた。

 この首枷によって、言葉1つで竜浸兵の動きを止めることが可能になり、監督官制度が作られたのだ。

 そして全ての竜浸兵に装着され、身分を証明するものとなった。


 つまり、帝国の街中で首枷を嵌められている者を見たら、それは竜浸兵であると言うことになる。


 これは子どもでも知っていることであり、広く周知された事実だ。



 竜浸兵は行動にも制限がかけられる。

 自由に街中を散策することなど出来やしないし、気軽に買い物なんかも許されていない。

 金銭の管理も監督官の業務であり、衣服や嗜好品などの購入なんかも監督官を通す必要がある。


 男は笑いながら言った。まるで囚人だろう、と。


 レフィには答える言葉が無かった。

 脱走については初耳だったが、後は概ね教練過程で学んできた話だ。よく知られた、当たり前のことに過ぎない。

 だが、実際の竜浸兵と会った上で改めて認識させられると、その待遇の酷さに口を噤まざるをえなかった。



「まあ、これが気の合う奴や話の分かる奴なら、まだ良いのさ。融通利かせてくれてどうにかなるからな。

でもそうじゃない時は悲惨だぜ。レイモンドのクソ野郎は横領までしてやがったからな」


 笑えない話を笑いながらする男に、サリスやシレイヌは引いていた。


「……なら、なおさらなんで」


 言葉が震えていることは、レフィにもしっかりと分かった。

 そんな目に合わされて、どうして今も同じ立場に居続けているのか。


「帝国が亡くなって困るのはオレだからさ!」


 予想外の答えに小首を傾げる。

 帝国に苦しめられた話ではないのだろうか。



 男は言った。

 自分は殺すことしか出来ないから、料理人がいないと困る。服屋が無いと困る。農家も大工も鍛冶屋も居てくれないと困る。それだけ人が居るなら誰かがまとめてくれないと困る。

 だから帝国が亡くなることは避けたいのだ、と。



 あまりにもあんまりな言い様に、わずかだがレフィの気が抜けた。

 それまで感じていた、形を成すまではいかなかった罪悪感が和らぐ。


「そもそもよぉ、逃げたところでもう余所は大体滅んでんだから意味無ぇだろ」


 言われて見れば、その通りかもしれない。

 隠れ潜んで、竜と戦って1人で生き抜く。それを好んでやりたいかと問われれば、レフィとしては否だ。

 だったら、相性の良い監督官と組める可能性に賭けるかもしれない。




 男は最後に釘を刺す。

 もう少し周りを見て疑問を口にしろと言われたレフィは、錆び付いた蝶番のようにぎこちない動きで頷いた。

 それを見て男は苦笑する。



 ──食事も済んだし、腹ごなしに組み手でもするか。

 男の提案にサリスが乗り、食堂を出て訓練場に向かうことになった。

 シレイヌは首を勢いよく横に振っていたが、男に引き摺られ連れていかれる。彼女の参加は強制であるようだ。


「そう言えば、まだ名乗っていませんよ」


 サリスにそう指摘され、『竜浸兵』が立ち止まる。

 カリカリと頭を掻きながら、しまったなと呟いた。


「監督官殿、スティと呼んでくれ。

……監督官殿って長いからレフィで良いかい?」


 レフィは苦笑しながら許可を出した。

 なんとなく、一歩近づけたように思えた。


 先を歩き出したサリスと抵抗を諦めて自分で歩くようになったシレイヌの後に続いて訓練場へと移動する。



 レフィはその途中で、1つだけ気になったことをこっそりスティに質問した。



「──ねえ、逃げようと思えば逃げられるんでしょ」



 スティは静かに笑い、立てた人差し指を口許に当てた。

 レフィはその秘密を、胸の奥の大切な引き出しにしまいこみ鍵をかけた。

ちなみに、スティが食べていたのは山羊のバラ肉です。食べられる物は何でも食べる主義なので、骨ごといきました。

レフィは突っ込みませんでしたが、内心骨は食うなと思っています。

私もそう思います。



ご覧いただきありがとうございました。

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