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15話:裏切り者


 森の奥からやって来た男は、ニタニタした笑みを浮かべながら兵士たちを睥睨した。

 そしてその視線が1人の男に留まる。

 先ほど名前を呟いていた、ヨゼフのことを知っていた元小隊長だ。

 心底愉快そうにヨゼフの口元が弧を描く。


「小隊長ォ~。こんな所に送り込まれて、運が良いのか悪いのか。分かんないっスねェ」


「……本当に。本当に、ヨゼフなのか」


「あァ? 見りゃ分かんだろ」


 目ェ付いてんのか。

 馬鹿にしたように、ヨゼフは吐き捨てた。いや、その顔にはどうしようもない侮蔑が浮かんでいた。


 デラムは背に隠しながら攻撃用意の指示を出す。

 スティも先ほどから臨戦態勢のようであった。


「ヨゼフ。何故こんな所に居る。無事だったならば司令部に出頭すべきだったんだぞ!」


「行くわけ無いでしょ。そりゃァ、あん時はしくじった。でも、今の俺ならそんなの帳消しに出来る。

それだけの力を得た!」


 陶酔、あるいは恍惚とした様子で大きく手を広げるヨゼフに、誰もが警戒の念を隠せない。

 疑念が湧いてくる。


 内通。


 その場に居る皆が思っていた。


「ヨゼフ……。まさかお前、何か手引きをしたのか?」


 元上官の発した問いに、ヨゼフはいやいやと首を振る。そのやけに芝居がかった仕草はこちらの神経を逆撫でするのだが、どうも狙ってやっているようだった。


「裏切り者だなんて心外っすよォ。あん時はマジでしたし、それについては悪いなと感じてんですから」


「なら、……どうしてこんな所に居る」


 ヨゼフは笑いながら答える。助けてもらったのだと。

 空気がチリチリと緊張を増していく。

 地面からは絶えず魔力が吹き出し続けており、周囲を霧のように包み始めていた。


 誰かがゴクリと唾を飲む。その音はひどく大きく聞こえた。


「で、今は仕事に来たってわけだ!」


「仕事だと?」


 それが良い意味合いであるなど、聞いていた誰一人とて思わなかった。


「……あぁ、やっぱそうか」


 スティが何かに気付いたようだ。

 クソが、やられた。苛立ちが吐き出される。


「デラム殿! すぐに撤退だ!」


「何故だ!? そこのを捕えてからでは……」


 ズドン。と大きく地面が揺れた。

 小刻みに、時折大きな揺れを挟みながら地鳴りが続く。

 グラグラと動く地面に、兵士たちは立っていることも出来なかった。膝をつき、手をつき、戦いはおろか、逃げることも叶わなかった。


「ハッ! もう遅ェよ! 俺が出てきたのはなァ、こっちはもう殺る気十分だからだァ!!」






 ──ズドオォンッッッッ!!!!!





 轟音とともに、丘が丸ごと吹き飛んだ。





「ぐぅぅぅぅっ!!」

「うわぁぁ!!」

「ああああぁぁぁぁ!」


 木は根ごと巻き上げられ、森を薙ぎ払いながら降り注ぐ土砂に兵士たちの多くが潰されていく。

 泥が一切を押し流し、木も人も等しく粉砕された。



 丘を押し退け、木々を薙ぎ倒し、土砂を振るい落としながら、それは姿を現した。



 ヴィヘイレンの赤銅竜である。



 土にまみれた銅色の鱗がウゾウゾと蠢きながら、巨体が持ち上げられる。

 触腕のハブにしかなっていない細い胴体に、不釣り合いなほど大きな頭。トカゲに似た顔ながら目の小ささと口の大きさはアンバランスで気色悪い。

 5本の触腕はどれも人の胴体よりも太く、樹齢が200年を超えるような大樹にも似ていた。

 申し訳程度に生えた翼がその巨体を支えているのを、スティは信じられぬ思いで見ていた。


 バケモノとしか形容が出来ない。


 それまでに見てきたどんな竜とも異なる様相に、さしものスティも困惑を隠せなかった。

 レフィを抱えたまま跳び退りながら、次の動きを警戒する。


 兵士の多くは土砂に埋もれてしまっていた。デラムの他に数人が、泥の波に飲み込まれた仲間を引っ張り出そうとしているのが見えた。踠き苦しんでいる。


 手伝うべきか、竜を引き付けるべきか。




 赤銅竜はあれだけ派手な登場をしておきながら、しかし大きな動きを見せなかった。

 ただ地面から姿を現し、ただそこに在るだけだ。

 ゆらゆらと触腕を揺らしながら、風を楽しんでいるようにすら見える。


 だがもう片方。

 先に現れて注意を引き付けていた裏切り者、ヨゼフは違う。

 積極的に命を奪いに走り出す。

 奴が狙うのは自身を知っていた元上官の首である。


「どーよ、驚いたかァ!?」


 ヨゼフは口の端をニィッと吊り上げ、土砂に塗れて転がる元上官へと迫る。

 まず一人。

 奴は殺すなら上官からと決めていた。理由は単純、元から気に食わなかったのだ。上に立たれるなどごめんだった。だから殺す。

 呆れるほどに身勝手な振る舞いを、しかし止められる者はいない。


 ──スティを除いて。


 赤銅竜に動きが見られないために、スティはまずヨゼフを排除しに動き出していた。

 横合いから殴り付けられ、咄嗟に躱すヨゼフ。


「チィッ! 邪魔すんじゃねェ!!」


 罵倒を無視して、スティは力場を展開する。

 こいつを引き離さなければ。そう考え、拳大の足場を生成して一気にばらまいた。

 不可視の礫、それが雨霰と浴びせられてヨゼフが苦鳴とともに吹き飛ぶ。


「ん?」


 おかしな手応え。スティはそれに首を傾げる。

 加減なしの全力投射。至近で放ったそれは竜鱗であっても打ち砕けるものだ。

 だと言うのに、モロに食らったはずのヨゼフは五体が無事であった。

 ふらつきながらも大地を踏みしめて、奴が立ち上がる。


 明らかに異常である。

 異質な気配を纏い始めたヨゼフに、スティは初めて警戒を見せた。


「やっぱ人じゃねぇな……」


 そうは思っていたが確信を得た。そんな呟きがスティの口から漏れる。

 その感覚を肯定するようにヨゼフは右手を掲げた。尋常ではない魔力の放出が行われ、その掌に人の頭大の火球が出現する。

 詠唱を破棄した魔術の行使に、レフィは息を飲んだ。


「死」


 高らかに火球を放とうとするヨゼフ。

 次の瞬間、最後まで言うことなく火球を放つこともなく、ヨゼフの頭が潰れていた。

 瞬き一つ。その間にスティが恐るるべき牙(スリーズルグタンニ)を叩き付けたのだ。

 レフィの目では追いきれない速度で頭が弾け飛んだ身体は、まだフラフラと立ち続けており、まるで枯れ木のようにも見えた。


 あまりの呆気なさにレフィが呆けていると、スティは舌打ちして後ろへと跳んだ。

 距離を取ったのだ。

 その表情は固く、未だ警戒は解かれていない。


「演技が下手くそだな。俳優にはなれねぇよ、お前」


 首無しの身体は倒れない。

 ゆらゆらと揺れながら、頭のあった場所を探るように手が動く。


 その不自然さに、レフィは自然と目を背けた。

 あってはならないモノがそこに居た。


「竜でもそこまでしぶとい奴は見たことねぇぞ」


「ハッ、竜などと一緒にしてくれるなよ!」


 ぐちぐちと水気のある音を立てて肉が盛り上がっていく。破砕された頭部が再び形作られて、ヨゼフの顔が元の通りに再生していった。

 顎から鼻、眼球、脳に至るまで、逆回しに生えてくる様にレフィは背筋が寒くなるのを感じた。どうしようもない嫌悪に震えてしまう。

 やがて元通りとなった傷一つない肌を撫でて、得意気に奴は言った。


「──俺は人も竜も超える者。特別なのさ、手前ェらと違ってなァ!」






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