第97話 告解
街は有角人種との戦いに士気の上がりを見せ、英気を養うべく催し物が連日続いている。
体力が青天井な傭兵達とは違い、俺たち只人は遊び疲れてしまうので、ほどほどに抑えている。
皆戦いの恐怖から目をそらさず、立ち向かう決心がついたようだ。
敵地に向かうのなら、今がベスト。
この士気を維持したまま向かいたいが、出発は明日。
準備はすべて完了済みだ。
機巧種の技術によって作成された武具の配給、慣らしも済んでいる。
万全といっていい状態にある現在だが、俺は不安だった。
レアン、師匠は後方支援。エスティエットと同じ隊なので危険はないはずだが、それでもやはり、俺にとって恩のある人物をこの戦いに巻き込みたくはない。
だが、師匠に掛け合うことは先の一件からしづらいし、レアンにその話をすれば師匠の耳にも入るだろう。
………ただの杞憂なのか。
胸の内に巣食うこの落ち着かない感じは、只の不安で終わってくれるのか?
俺が自分に自信を持てない自信の無さからくる、くだらない不安であってほしい。
………いや、弱気はいけないな。
この世界に来て半年近くが立つ。来たばかりの時と違って俺も強くなった。
ちっぽけな成長だとしても、大切な人たちくらいは守れるはずだ。
そうだとしても、一応二人には伝えておこう。何かあればすぐに逃げてほしいと。
俺は自室から出て最も近いレアンの部屋へと向かう。
吹き抜けの横を通り過ぎ、レアンの扉をノックしようとするが、僅かに扉が開いていた。
「レアンはこういうところがあるんだよな………」
レアンはただでさえ人と打ち解けやすい性格、お人良しなのに、落ち着ける場ではこうしてガードがゆるゆるになる。
扉が微妙に明いていればオートロックがかからないし、何かあればどうするつもりなのか………。
「よし………」
俺はレアンに教訓を与えるべく、音を立てずに扉を開けた。
イオラに習った技術、無音動作法、というらしいものを使い、一切の音を立てないままレアンの部屋へと入る。
部屋はレギオ村の時とあまり変わっておらず、相変わらずそこはかとなくいい香りがする。
レギオンで準備可能な高品質寝具の上に仰向けで寝転がっているレアン。
布団を抱き枕のようにして、寝言をぶつぶつとつぶやいている。
まったく………まあ安心できるってことはうれしいことなんだけどさ。
あの村では熟睡なんてとても出来ない。強度があるとはいえ石の壁。魔物が乗り越えにくいよう細工を施しているだけの石壁は、防壁というよりかは囲いに近かった。
以前就寝中のレアンの部屋に訪れたことはあったが、その時は寝言など一切聞かなかった。
きっと今の彼女は心の底から休養しているのだろうが、それでも戸締りはしっかりすべきだという教訓のため、心を鬼にする。
俺は少しずつ近づき、手を伸ばせば触れられる距離まで接近した。
「──────ぅぶ、らね………るな」
………何か言ってる。
耳を傾けてみる。
「─────だい、じょうぶ、だからね………アル、ナ」
そのまま、耳を澄ます。
とても褒められた行いではないが、気になってしまっては仕方ない。
「────────わたしが、まもって………あげる…から」
………その言葉を理解した時。
俺は、それまでレアンにしてやろうと思っていたいたずらの数々など消し飛んでしまい。
俺の脳内は、彼女との記憶で溢れかえった。
初めて会ったとき。
彼女は魔力回廊の暴走で苦しんでいた。
俺とヌルがそれを治療して、そこからの彼女の成長は凄まじいものだった。
初めて魔物と戦ったとき。
俺は義手で何とか剣を振るっていたが、あの時の俺とレアンでは、技術に大幅な差があった。
レアンは何年も動かしていなかった体を久々に動かして、魔物を撃破した。
あの時レアンが居なければ、俺は殺されていただろう。
その時だけじゃない。俺は彼女に何度も命を救われて、支えられてきた。
だというのに、俺は彼女の姉も同然のナタリアさんを救えなかった。
だが、彼女はそれを責めることすらせず、あの晩、俺を慰撫し続けてくれた。
どこからだろうか。
彼女を見るたびに、胸の奥がずきんと痛み始めたのは。
「………そうか、俺は……」
───────────レアンのことが、好きになっていたんだ。
……彼女の恩人も救えず、支えられて、慰められてばかりの俺が、レアンから好かれるわけがない。
彼女の幸せは、俺なんかでは実現できない。
……いやだ。俺以外の男に、幸せそうな顔を向けている彼女を見ることなんて。
何を言っているんだおれは。馬鹿か。
彼女を不幸にしているのは俺だろうが。
俺とヌルがこの村に来てしまったから、彼女の不幸は始まった。
そうだ。そんな俺が、彼女に好かれるわけがない。
レアンはお人よしで、周りに気を遣う。
外部から来た俺が疎外感を覚えないように気を使ってくれているに過ぎないんだ。
「……どうせ片思いだ……あきらめた方がいい。俺の恋愛が、叶ったことなんてない」
けれど……それでも。
俺はレアンの手に触れる。
「誓うよ、レアン。俺は君を死なせない。絶対に」
そうだ。何があろうとも、皆を守る。そして、俺が一番危険に巻き込んでいるレアンを、絶対に死なせない。
……よし、覚悟はできた。
決意だってもちろんだ。
絶対に、魔女ニーアを倒して街に戻ってくる。
もし俺が死んだとしても、レアンだけは、必ず。
……とはいえ、レアンに戸締りの件については言っておかないとな。
俺は部屋を後にし、そのまま稽古場に向かうことにしたのだった。
◆◆◆
アルナレイトは気づいていなかった。
自分が立ち去るときには、レアンの呼吸が寝息ではなくなっていたことに。
 




