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第96話 戦いへの備え

 レグシズは割り当てられた、他の者とは少しばかり豪華で広い――――一人では広すぎて寂しさを覚える自室であるものを見つめていた。

 白を基調とした、おそらくアルナレイトの出身の地域文化が反映されているであろう部屋。

 大半は前の家にあったものをアルナレイトがすべて運んできてくれたため、守らなければならない家財はすべて部屋に置いてあった。

 

 その中にあった、今では刀を置く台――――刀掛け――――に掛けられた一本の刀を、レグシズは見つめていた。

 塗装も剝げ、結わえた飾り縄も摩耗して千切れかかっている、古びた刀。

 灰色と浅い黒色を基調としたそのひと振りは、色褪せながらも異彩を放っていた。

 まるで全てを消してしまうような、危うげな霞む雰囲気だった。


 「よもやこれを振るうときが来るとはな……。

 しかし、禁忌だなんだといっていられる場合ではないのもまた事実」


 レグシズはその刀から目を逸らすように振りかえり、部屋を後にした。


 今日はアルナレイトが対魔女の作戦会議を行うことになっている。

 遅れれば示しがつかないと思い、少し足を速めて会議室へ向かった。


 ◆◆◆


 俺は全員が揃った事を確認すると、会議を始めることにした。

 立体的な構造をしている会議室ではあるが、どこの席からもよくモニターが見えるあたり、よくできた設計だ。

 というのも設計したのは機巧種(エクス・マキナ)であるヌルなので、実用性に乏しい設計にするわけはないのだが。


 「あー、こほん。それじゃあ始めさせてもらう。

 今回、対魔女ニーア作戦について考えてきた。それをみんなで話し合って煮詰めていければと思う。

 自由に発言してくれて構わないからな。

 それじゃあ、説明から入らせてもらう」


 イオラからの報告をもとに立てた計画を話そう、と思ったときに思い浮かんできたのは、イオラとの会話だった。


 「……すごいな、たった3日間の偵察だけでこれだけの情報を……」

 「そう?なら誉め言葉として受け取っておくよ。ボクとしては当たり前の仕事をこなしただけだけど。

 報酬はまあ、余裕ができたときにでも受け取りに行くよ」

 「悪いな……。今はどこも余裕がなくて。

 危険な任務を任せたんだ。なんでも言ってくれよ!」


 暗いところを見せないように明るく接そうと頑張ったのだが、イオラの反応は思ったものとは違った。


 「なんでも……かぁ。わかった。考えておくよ。

 ほんとうになんでもいいんだな?」

 「え、ああ。俺が準備できる範囲で頼む!」

 「それは大丈夫。それじゃあ」


 こちらを狙う獣のような視線だったことに少し恐怖を覚えたが、まあ、諜報活動に特化しているイオラだし、きっとそういうのが染付いてるんだろう……という刹那的フラッシュバックを思考から追いやって、本来は為すべき内容を理解してもらえるよう努めて説明を開始した。


 まず初めに、今回の目的であるニーアに対する戦略だが、正直言ってあまりに情報が少なすぎる。

 現在判明しているのは、ゼフィリオーセスの暴走を伴う強化。そしてイオラの情報にあった恐るべき内容。兵士たちがまるで、理性を失ったような動きで警備を行っていたこと。

 イオラが見た光景は、不眠不休で警備を行っていたことだったが、その様子がおかしかった。

 近くを通った虫や動物や魔物を倒すと、そのまま捕食していたのだ。

 魔物が食べられるのかどうかは知らないが、いかなる菌を持っているかわからない野生動物、羽虫、芋虫。見境なく見つけると追いかけ、そしてまだ動いている虫や動物をそのまま口腔に放り込んでいた。


 到底理性を感じられないその行動に、俺は一つ、仮説を立てた。

 おそらく、その理性を感じられないというのが、ニーアの能力ではないのだろうか、と。

 ニーアは対象に何かを施し、それが理性を失わせる代わりに身体能力を強制的に増大させる。

 狂戦士のように成り果てたゼフィリオーセスを見ると、おそらくそれは間違いないだろう。

 ニーアが軍師として叩き上げられたのは、策略もあったのだろうが、兵士一人にこれを施し、敵を殲滅させていたのではないだろうか。

 元に戻れるのか、それとも命を削るものなのかはわからない。

 理性を失わせ、狂戦士化させる。それがニーアの能力だろう。


 ともすれば、その能力を使われ、効果を受けた場合。理性を失った俺たちは互いに互いを殺し合うことになるだろう。

 その能力を使わせないように立ち回るか、防ぐ手立てを見つけるしかない。


 そう話した時、レアンが手を挙げた。


 「どうした?」

 「あのね、アルナ。私はゼフィリオーセスからスキルを引き継いだ時にね、彼の記憶も少しだけ付随していたんだ。

 その記憶の中にあった言葉に、引っかかるものがあったの。

 “強欲の種”……そう言っていた。これが何なのかわからないけれど、もし、強欲の種の力なのだとしたら……たぶん」 


 レアンの言葉で俺の脳内にはスパークが生じた。

 点と点でしかなかった情報が互いに結合し、一つの線を形成する。


 「どうしたのアルナ」

 「…………ああ。すべて、わかったかもしれない。

 …………なあ、ユウト?」


 同意を求めたユウトもまた、目を大きく見開き俺を目を合わせ、やがてゆっくりと確信をもって頷いた。


 おそらくだがニーアという存在は、俺の元居た世界に存在していたもののが関わっている。


 強欲の罪。七つの大罪のうち一つ。


 それがおそらく、奴の能力か何かしらに作用している。


 生き物にある三大欲求。睡眠欲、生殖欲、食事欲。

 すべて、欲求に関することだ。


 そして、今のアーバンクレイヴの様子はまさに、それらが暴走したとしか思えない状況だった。


 理性を失い、欲求のままに行動する兵士たち。

 それが強欲の罪の力で操られたとしたら、あらゆる仮説とすべて合致するのだ。


 「強欲の罪、か」

 「そうだ、ユウト。

 きっとニーアは、俺たちの元居た世界の七つの大罪の一つ、強欲の罪に関係する力を持っている。

 完全に隔絶されているはずの異世界に、なぜそれが存在しているかなどは今考えても分かりっこない。

 ハーレレートの件だってそうだ。あいつは北欧神話の世界蛇、ヨルムンガンドの性質を帯びている。

 であれば、ニーアが七つの大罪に類する性質を帯びていても何らおかしいことではない」


 そうだ。この世界と元居た世界は完全なる別世界。異世界なのだ。

 だというのに、この世界は元の世界にしかないはずのものが存在している。

 

 きっと、何かしらの方法で繋がっているのだろう。


 そして、もしそうであれば元の世界の情報を活かすことができる。


 「………おそらくニーアの能力は、欲求を操作する事、そして、その欲求に関連する行動を強化するものだ」


 ゼフィリオーセスの暴走時、体が膨れ上がって身体能力が上昇したのは、おそらく欲求に伴った行動を強化するという効果が無ければ説明がつかない。

 欲求を操る能力は、下手をすれば集団行動すら不可能にするほど危険な能力だ。

 睡眠欲の増大で眠らせ、食事欲の増大で、もしかすると自食行為に及ぶ可能性もあれば、こらえきれなくなった生殖欲で理性を失い、隙を晒すことになる。

 理外の力を持つ俺には効果はないだろうが、他の奴は違う。

 最悪、それらの能力を食らって効果が解除されなければ、きっと人として生きることすらあきらめなくてはならなくなる。


 それは必ず避けなければ。


 「………レアン、ゼフィリオーセスに強欲の種が植え付けられた要因は分かるか?」

 「ごめんなさい、そこまで記憶は辿れない」

 「…………謝ることはないよ。ありがとう」


 どのタイミングで能力の影響下に入ってしまうのか判明していればやりようもあったが、それがわからないのであれば、やはり、確実に効果を防げる俺が一騎打ちに挑み、俺に集中させているうちに認識の外側から攻撃させて撃破するのが確実だろう。

 理外の力を持っているとこちらのことを敵が想定することはあり得ないのだから、能力を使わせて、それが聞かなかったことで驚いているうちに撃破してしまうのが、やはり正解のように思える。


 「アルナレイト。お前の考えていることは大体わかる。

 おそらくお前は単独で敵の首魁と一騎打ちに臨むつもりなのだろう」


 師匠に作戦を言い当てられて吃驚したが、師匠の続く言葉が俺に返事を許さなかった。


 「アルナレイトよ。お前ばかり危険な目に晒されるのは師匠として許さん。

 私も共に行こう」

 「ですがっ!!」

 「そうだよ、アルナ。もうあなたを一人にしない。

 戦うなら、一緒に、ね!」


 レアンも同調する。

 二人は俺に、ヴェリアス達の村襲撃の二の舞をさせまいと、俺の心にこれ以上、影を落とさせないために主張してくれているのだろう。

 

 師匠は俺がこの世界で生きていくための剣術を教えてくれた。

 きっと師事していなければ、今頃俺は死んでいるだろう。彼は命の恩人なのだ。

 そしてレアン、彼女は異世界に来て、愛しい人たちと引き離されて心細かった俺を励まし続けてくれたのだ。


 そんな二人を、危険にさらすことなどできない。


 「お気持ちはうれしいです。本当に。

 けれど、俺は二人を戦いの前線に立たせることなどできない。

 俺と傭兵達でニーアを叩きます」

 「………アルナレイト。それはもしものことがあれば、と懸念するからだな?」

 「はい」

 「ならば、心配は無用だ。お前は確かに強いが、それでもまだ抜かされてやるほど萎れておらん」

 「ですが!」

 「…………なにかね」

 「ッ………!」


 師匠がめったに見せない明確な殺意を表す。

 その場にいたほとんどが姿勢を正すほどの気迫に、しかし俺は立ち向かう。

 年老いてはいるが、さりとてやはり凄腕の剣士。

 放つ気配は只者ではないことを表し、凄まじいプレッシャーを感じてしまう。


 「俺がそうすると決めたことに口を出すのか?」

 「……ッ!……はい、ここは口を出させてもらいます」

 

 一触即発の空気。

 俺は師匠と本気で打ち合ったことはあるけれど、それは互いに稽古の中でのこと。

 俺を本気で打ち負かすための戦いであったなら、俺はまだまだ遠く及ばないだろう。


 「……ふん、まあいい。

 だが、戦線とは常に状況が千変万化する。そのことを頭に入れておけ」

 「はい。わかりました」

 「進行を止めて悪かった。続けてほしい」


 …………危なかった。

 もし師匠のブレーキが緩かったら、ここで戦うことなるところだった。


 「…………それじゃあ、会議を続けさせてもらいます。

 俺の戦略は、敵の能力が効かない俺が奴を引き付け、そのうちに敵を認識の外側から攻撃し、撃破するというものだ。

 詳しい作戦についてを話す前に、一つ聞いてほしい話がある。

 それは、俺の能力についてだ」


 ヌルには口止めされていないし、俺がここで理外の力を皆に教えることの意味をくみ取ってくれるだろうと彼女の方を見ると、多少不機嫌さを感じるものの口を出さないということは了承してくれているのだろう。


 「みんなに話す俺の能力については、決して口外してはいけない。

 機巧種(エクス・マキナ)の技術と同等の機密事項だと思ってくれ。いいか?」


 全員が覚悟を持って首肯したのを確認した俺は、理外の力について話すことにした。


 ………


 ……


 …


 話し終えたときの全員の顔は印象的だった。

 表情こそ違えど、考えているのは「そんなんありかよ」か「信じられない」の二色だった。


 その中でもユウトが「だから俺のコウソホウが全く効かなかったのか」と言ってくれたので、傭兵達は納得したようだ。

 コウソホウ、もとい光素砲は、ユウトの技の一つらしい。

 属性素のうち一つ、光素を凄まじい密度で放つことで対象を消し飛ばす技らしい。


 理論的には全属性素操作の適性があるレアンでも行えるらしいが、レアンがしたところで部屋を明るく照らす程度に収まるらしい。

 ということは、どれだけユウトの光素出力が凄まじいのかよくわかる。


 理外の力について困惑しているエスティエットが俺に問う。


 「えーと、つまりですよ?

 アルナレイトさんのその、理外の力は魔力やスキルをすべて弾いてしまう、という性質があるんですね?」

 「ああ」

 「…………であれば探索魔術も意味をなさない……。

 これは国家問題になりかねないほどの特異能力ですよ……!」

 「だから私も秘匿していたんだ。こいつの能力は、世界をひっくり返せる。

 だが、あまりに強力過ぎて、扱えない。

 強力な能力というのは、使いこなすのに当人の能力も相当に高くなければいけない」


 そうだ。実際にこの力を与えられてそれがよくわかる。

 この力はあまりに強力で強大で、それゆえにピーキーすぎるのだ。


 バルブゼスが頭を掻きながら話す。


 「んなもん俺でも使いこなせそうにねーぜ……すげえなお前」

 「何とか試行錯誤してって感じだけどな」

 「正直説明聞いた後でもさっぱりわかんねぇ。ややこしいな」


 バルブゼスの言う通りだ。

 しかし、使いこなせればこの能力に敵う能力は存在しないだろう。

 使いこなせれば、の話だが。


 俺の能力の説明を聞いたみんなは、俺の作戦に納得してくれた。

 唯一師匠とレアンを除いて。


 けれど戦略の大まかな筋は固まった。


 「よし!それじゃあ戦略を纏めよう!


 目的は敵将ニーアただ一人!奴が王城に引き籠っている内を狙う。


 敵地に到着次第、戦略拠点を設置。

 後に陣形を展開し、侵攻作戦を開始する。


 大まかに分けてニーアを直接叩く部隊と、認識の外側から攻撃を行う部隊。

 そして、敵兵士を王城への侵入を食い止める部隊。

 最後に最終防衛線を死守する部隊へと別れてもらう。


 俺は五栄角たちと共に直接ニーアを叩く。

 ユウトは能力を生かして包囲網を形成してくれ。

 ミタラはヌルと共に待機。バルブゼス、エスティエットは兵士を食い止めてくれ。


 この作戦は俺がニーアを引き付けられなければ失敗する。

 エスティエット、バルブゼス。兵士の侵入妨害を頼むぞ。

 認識の外側から攻撃は、ユウトとミタラに頼みたい。俺の指示があった瞬間に攻撃を的確に行ってほしい。常に準備しておいてくれ。

 

 以上だ。


 進軍開始は明後日の早朝からだ。各自準備を抜かりなく進めておいてくれ!」

 では解散!」


 俺がそう締めくくると、傭兵達からウオー!!という雄たけびが響いた。

 その声に乗った自信が、その場にいた戦いに恐怖する者も鼓舞していたようだった。

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