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第93話 慌ただしく過ぎる日々

冒険者パーティのカロラインの名前をカロニス、と書き間違えていました。すみません!

 街に引っ越してきてから一週間が経過した。

 今日、私ことレアンは正式にレギオン街の領主となる。


 街の中心に聳え立つ巨塔。

 その周囲を取り囲む円形の大広場。

 そこに集まった数千の人たちに私は、大声で響き渡るように告げる。


 「今日は集まってくれてありがとう!

 この度私は、この街、レギオンの領主としてここを治めることにします!

 それに差し当たって、私の名前に街の名前を加え、

 レアン・レギオン・ルーファスと名乗ることとします!」

 

 湧き上がる歓声。万雷の喝采は私の心身の芯にまで深く響く。

 街に引っ越してきた四つの村の人たちが私を領主として認めたことは、喝采から明らかだった。


 彼らは私を領主として認めた。

 長年村を苦しめてきた魔物を卓抜たる剣技にて討伐し、今後やってくるであろう魔物の対策のため、そして只人種(ヒューマン)という種の繁栄の土台として街を作り上げた人物。

 皆は私をそう認識しているのだろう。

 アルナとの契約。広められた覆い隠す艤装(カモフラージュ)によって、私は英雄となるのだ。


 騙している。

 だが、誰かを陥れるような嘘ではない分、許されるはずだ。


 私は領主になるにあたって、この街のルールを決めることにした。

 ヌルさんとも話し合った結果決まったのは、


 ・話し合いを優先すること。

 ・他人に危害を加えないこと。

 ・助け合うこと。

 

 これを発表した。


 皆納得がいったようにうなずいてくれていたので、きっと守ってくれることだろう。

 

 壇上で挨拶を終えた私は、そのまま宴に参加することに。

 みんなで騒ぐのは嫌いじゃない。というか大好きだ。

 けれど、どうしても有角人種国のことが頭をちらついて離れなくて、楽しもうにもぎこちなくなる。


 戦いに参加する人たちはみんな、私と同じように思っているのだろうことが顔を見ればわかる。

 ここで騒ぐよりも、今はほんの少しでも鍛錬に身を置き、己を鍛え戦いに備えたい。


 その心配を読み取ったのか、ユウトが大声で全員を元気づけた。


 「心配すんなよお前らぁ!!

 戦士たちの練度も高まってる上にレアンの成長速度は目を見張るもんがあるぜ!

 今じゃ魔物なんて目じゃない。それに俺がいる。

 全員守ってやる!だから今は英気を養え!

 奴らとの戦いに生き残れば、レアンからも褒賞が与えられるだろうぜ!」


 ユウトの声に呼応するかのように、おおーっ! と雄たけびが上がり、人々の小さな不安を浮かべる表情は次第に薄れていく。

 

 ユウトが今したことは私がするべきことだ。

 これからは街の領主になるんだ。前を向かないでどうする。


 「おーい、領主サマ。串焼き店のキッドマンだ。

 先日は来店ありがとうな。

 今日は宴。俺からうちの串焼きを提供させてもらってもいいかい?」

 「あ、昨日のお兄さん。

 いいよ!みんなに知ってほしいからね!」


 ガッツポーズで っしゃ! と気合を入れたキッドマンは大広間に大きな屋台を展開してあのおいしい串焼きをみんなに配り始めた。

 

 「うまいもの食って蓄えれば、千の戦いを潜り抜けられるってな!

 ほぉら食った食った!領主サマお墨付きだぜ!」


 薄れていった不安は完全に消え去り、レギオン初の屋台店の料理を食べた人から人へ、明るい雰囲気が伝播していく。


 その様子を見た何人かが目を輝かせていた。羨望の瞳だった。

 たぶんキッドマンのように店を出したいのだろう。なんとなくわかる。

 彼らには今後、アルナのいう経済を回すための足掛かりになってもらわなくちゃいけない。

 

 街の領主になるんだから、多少好きにやっても怒られないだろう……というか、少しくらいはそういった達成感を味わいたいというのはわがままじゃないはず。

 いろいろと考えながら、私は広場を見渡して思う。


 (もう、元傭兵と村人の無意識下にあった遠慮は消えてくれたみたい……)


 自然に会話し、笑顔が溢れる。

 その、自然というのがいい。

 取り繕ったものではなく、心の底から漏れ出た笑顔。それこそ真に価値あるものだろうから。


 もはや枠組みで捉えることが愚かなくらい、一段となっているみんなを見ながら、私は空を見上げる。


 こうして夜は更けていく。朝方になるまで、その宴の勢いが衰えることはなかったのだった。


 ◆◆◆


 宴のあと、元傭兵だったが今は農作業に従事している方と村人の二人組からお店を出したいと言われたのだが、許可は取らずとも好きにしていいと伝えた。

 明確なルールを今定めてしまうと、かえって新しいお店をやりずらくなる、的なことをアルナが言っていたためそのまま伝えておく。

 後日も数組が許可を取りに来たが同じことを伝え、もちろんある程度守ってもらいたいことは伝えて応援しておいた。

 彼らのうち何人かは男女で一組だったけれど、もしかして、そういうあれなのかな。


 (まあ、そうだよね。

 そりゃあもうこの年だし、そういう人たちも増えるよね)


 つまり、男女のお付き合いをしている……ということなのだろう。

 愛し合う二人でお店をやって、生活していくなんて、きっと大変なこともあるだろうけれど、それ以上に幸せなはずだ。

 

 そんな二人のことを思い出すと、ある一組の男女の姿が頭を過る。

 ジークに、おねぇちゃん。あの二人がもう揃うことはない。肩を並べて歩くことはない。


 私は、幸せを守りたい。

 あの二人に起きた悲しい出来事はもう、繰り返すわけにはいかないのだ。


 ………


 ……


 …


 それからというものの、一週間と経たないうちに街の大通りには数々の店が姿を現すようになった。

 多くの人々が訪れ、競い合うことで繁盛しているらしい。

 中にはアルナが協力した一風変わった物なんかもあるみたいで、ふらんくふるーと?とかいうものはすごくおいしかった。

 

 姿が現れた店の中には食べ物の店だけではなく、調理器具なんかを拵えてくれる道具屋なんかもあって、少しずつ、少しずつ規模が広がって行っているみたい。

 

 彼らに材料を提供しているのは、つい先日発足したばかりの産業組合だった。

 レギオン街には広大な畑と牧場が存在し、そこを任されている農家達が私のもとにやってきて組合を創設した。

 個人個人に経営者が回って作物を買い付けてくれるのはありがたいが、だったら一か所に取引先をまとめた方が早いだろう、ということだった。

 それに、土地があまりに広大なせいで隣の農家と話をするのも一苦労だということで、互助組織でもある組合を発足し、コミュニケーションを円滑に回そうということなのだった。

 私は無論街が活発になるのなら許可した。

 

 産業組合は今後レギオンにとって重要な組織になっていくであろうことが考えられるとヌルさんが言っていたため、一応私たちインテグラル・レギオン側からも数名組合員の役職についている。

 現状危険で街の人にはできない鉱物資源なんかもインテグラル・レギオン側から流すことで、不足しがちな資源の供給も行っている。

 

 現在は食料を配布するという形をとっているけれど、もう少し経済の規模が街全体で回せるようになれば、配布する形から各々の家庭が購入する方式へと徐々に変えていくらしい。


 アルナがいうには、働かざる者食うべからず。とのことだった。

 一切供給しないのではなく、生活がしんどい人にはしっかりと補助を行う上で、彼らが自発的に街の経済を回していってほしいという理由だった。

 今は非常時だから仕方ないのだろう。


 ◆◆◆


 森の中を歩き回って三日が経過した。

 流石にそろそろ木漏れ日にも飽きてきたころ、木々の隙間に青空が見えたような気がした。


 「お、おい、あっちだ!」

 「出口………か?」

 「噓だったら許さないからね!」

 「早く、早く行こう………!」


 うねる木々の根っこに時々足を取られそうになりながらも4人は速度を緩めることはなかった。

 ひときわ強くなる日光に視界が白色に染まり、次に視界が鮮明になると、そこには巨大な草原が広がっていた。

 遥か彼方の地平線は蒼く澄み渡る、恐ろしい海。

 そして、異物が存在していた。


 「なんだありゃ………街、か?」

 「そのようね。こんなとこに街があるなんて聞いたこともなかったけど、ガセッソ、知らない?」

 「俺にわかるわけないだろう。道案内なんかは全部あいつがやっていたのだからな」


 彼らは冒険者パーティ。エリミネイト。

 半月ほど前にパーティメンバー、アレク・エバンスを追放し殺そうとした、現在懲罰処置中の冒険者パーティであった。

 ではなぜ、本来なら冒険者ギルドの地下牢に繋がれているはずの彼らがアレイン平野にまでやってきているのか。


 それは、ギルドから一通の手紙を手渡されたからだった。


 当時のことを思い返すエリミネイトのリーダー、カロラインは、訝しげに街を見つめる。


 (まさかギルド直々の依頼とはな。

 アレイン平野の周辺国にあるギルドに寄せられた”魔物の村”の件………。

 それも一件だけじゃない。何人もの冒険者や二重在籍している傭兵からも話が上がっている。

 本来知性なき魔物が集団行動を取るなど異常極まりない。だが………)


 ケイン帝国の冒険者ギルド本部から直々の依頼。

 報告の上がっている魔物の村を観察。可能であれば破壊。

 それを帝国が調査隊を結成することなく、あろうことかカロライン達のような最底辺パーティに指名依頼。何が何でも裏がありすぎる。

 それに、依頼の達成度によっては懲罰を解き、さらには特別手当も支給してくれる。


 うまい話には裏がある。

 カロラインは心の底に、納得のいかない異物感があった。


 (とはいえ、断ることなどできるはずもない。

 ギルドの暗部に消されかねない。

 ……要は体のいい鉄砲玉ってとこか。

 それも仕方ないのかもな………。なんてったって俺たちは、自分の命欲しさに仲間を捨てようとした。

 そんな奴の最期は決まって騙されて死ぬか、或いは………)


 「ちょっと、リーダー。どうすんの。

 アレ魔物の村なの?明らかに街なんだけど」

 「………このあたりに街があるなんて聞いたことがない。だが、魔物の村の位置は口伝ばかりで正確な情報がない。

 この付近に魔物の村があることは明らかだが、現地人に話を聞いてみるのが一番早いだろう。

 今日はあの街で一泊して、休憩することにしよう」


 見知らぬ街のことについても報告すべきか……と考えながらカロライン達エリミネイトは街への一歩を踏み出した。


 ………


 ……


 …


 街にたどり着いたエリミネイトは、街の大通りで見上げた。

 

 「………普通の街だな。活気というか、熱狂に近いくらいの元気があるってのがなんだか奇妙だが」

 「だからって疑ってちゃ心も休まらないよリーダー。

 ほら、あそこにおいしそうな露店もあるし、あそこの人に宿屋がどこかを聞いてみようよ」

 「そうだな。ついでにあの串焼き肉も買っていくか。

 嗅いだことのない香りだが、非常にかぐわしい。正直保存食はもう飽きた」


 カロラインは店で買い物を済ませると、店主に宿屋の場所を聞いた。

 

 「確か大通りにはなかったはずだ。十字路を左に曲がった先にあったかな。

 それで兄ちゃん、お代の方だが」

 「ああ、ほら。おつりは結構だ」

 「まいどあり!……って、何だこりゃ」


 店主は差し出したセッド硬貨を不思議そうに眺める。


 「それじゃあな、ありがとう」

 「おう、また寄ってくれよな」


 店主の言う通りある程度進んだ先に十字路を見つけたので、左折。

 やはり街の規模に比べて人が少ないように思えるが、早朝なのでそういうものかもしれないとカロラインは流して串焼き肉にかぶりつく。


 「……なんこれうッま!…………神?」

 「何言ってんだか……ただ串焼き肉だろうが……。

 まあ香りは嗅いだことないが…………」

 「いいからお前らも食ってみろって!」


 人が少ないことをいいことに騒ぎ立てるリーダー。

 リーダーに急かされて肉を口に入れて、他三人がカロラインと同様の反応を示したのだった。


 「後でまた買いに行こ!」

 「だな!まだいくつか味の種類があるみたいだ。

 全部コンプリートするまでこの町から出たくねえ」


 カロライン達はただの串焼き肉でこんなにも舞い上がっているが、それには理由がある。

 この世界は食文化があまり発展していないのだ。

 それに、おいしいものというのは高級品であり、貴族や王族たちの物。

 一般の者は食事など栄養補給の行為としか捉えておらず、実際民間人に流通しているものは味が酷い分栄養価に優れるものが非常に多く、そのせいで餓死する者もいるほどである。


 「お、着いたな」


 宿屋は一階が受付兼酒場になっているようで、中にちらほら人はいるが、朝から飲んだくれている奴はいないらしい。


 カウンター備え付けのベルを鳴らすと、鈴が鳴るような声で「今行きまーす!」と元気な声が聞こえてきた。


 「お待たせしましたぁ……。えっと、冒険者の方々ですね?」


 出てきたのはおっとりとした雰囲気のある、銀髪に青空のような瞳の女性。

 非常に整った容姿で、所作、立ち振る舞いの一つ一つに嫌なところが全く無い。むしろ見つめている時間だけ好感が上がり続けてしまう。

 見惚れてしまう……。それと同時に既視感を覚える。


 「お……これは」

 「あのー?四名様でお間違いないでしょうか?」

 「あ、ああ。すまない。部屋を借りたい。大部屋だ」

 「……申し訳ございません。現在大部屋は貸し切りとなっておりまして。三人部屋と一人部屋をお安くいたしますので、そちらで許していただけますでしょうか……。

 もちろん、他にもサービスいたします……よ?」

 「サービス……か、ゴクリ……。わかった、そうしよう」

 「ありがとうございます!

 ではご案内いたしますね。荷物の方お持ちいたします」


 階段をいくつか上がった先にまずは一人部屋、そして階段をもう一階上がった先にある三人部屋を案内されることとなった。

 

 「俺が一人部屋に行こう。

 三人は広い部屋でくつろいでいてくれ」

 「今日は気が利くね。やったー」

 「それじゃあゆっくり休ませてもらおう」


 階下に降りたカロラインは、もらった部屋の鍵を開けて、そのクオリティに驚いた。

 虫の心配をしなくてよさそうな真っ白のベッドに、武具立。テーブルの上には果物まで用意されている。

 重くて苦しい防具を並べ、武器を置いて一息つくと、コンコン、と扉をノックする可愛らしい音が響く。


 「本日はご利用ありがとうございます。

 私はこの店のオーナー、ルナと申します。

 実はお客様が当宿の初宿泊客でございまして、三日間の宿代はお支払いいただかなくて構いません。

 その他にもいろいろサービスさせていただきますので、何かあればカウンターまでお越しください」

 「そうだったのか……それは運がよかったな」

 「これも何かの巡り合わせでしょう。ゆっくりしていってくださいね」

 「ああ。すこし聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 「はい、なんでしょうか」


 カロラインは思う。

 大都市に匹敵するほどの街に、あまり人がいないこと。

 そして、この宿が開店間もないこと。

 この二つが気になって仕方ない。なので、聞いてみることにしたのだった。


 「ルナさんは綺麗だね。お付き合いしている人とか、夫とかいるの?」

 「……へっ!?」

 「あ、すまない。間違えた。それでなんだけど……」


 あえてからかうように言ってみたが……これはいけそうか……?


 「何をいきなりおっしゃるんですか、もう……。

 それで、この街に違和感を覚える、とのことでしたね。

 単なる街娘に答えられることではありませんが、私はこの街の人口が少ないと感じたことはありませんよ?

 ほら、窓から外をご覧ください。

 大勢の人が行き交っているではありませんか」

 「……本当だ」


 さっきまで聞こえてこなかった喧噪も、人々の流れも窓の外にはあった。

 単に疲れていたことと、時間が早かったのが違和感の正体だったのか。


 「申し訳ない。疲れていたようだ」

 「いえいえ、構いません。

 奥の方に個室の湯浴み場もございます。活用していただければと思います。

 では、ごゆっくり」


 そう言って去っていったルナさんは、果実のようなさわやかな香りを残していった。


 「……聞きそびれたな。魔物の村の件」


 疲れた体を癒すべく、湯浴み場へと向かったカロラインは、様式の異なる湯浴みを堪能した。

 その後は残っていた串焼き肉を平げ、そのままどっとやってきた疲れに身を任し、ベッドに倒れこんだのだった。


 ………


 ……


 …

 

 夜半目が覚める。

 街の外は明るく賑わっていて、朝の勘違いが疲労によって引き起こされたことであると再認識する。

 

 カロラインは目が覚めてしまうと二度寝はできない質であるため、そのまま起きて街の外を眺めていた。

 夜になっても街は明るい。喧噪も遠くなって、少し落ち着いた雰囲気だった。


 そんな中、コンコン、とまたしてもノック音。

 

 「こんばんは、冒険者様。

 疲れは取れましたでしょうか?」

 「ああ。すっきりしたよ。ありがとう」

 「それは何よりです」

 「ところでルナさん」

 「ルナ、とお呼びください。いかがなさいましたか?」

 「ああ。じゃあルナ。

 朝に聞こうと思って聞きそびれていたんだが、最近、この街の近くに魔物の村ができた、なんていう話は聞いたことないか?」

 「はて……私は聞いたことありませんね。

 酒屋では様々なお客様の接待をさせていただきますが、そのような話は一度も。

 もしかすると、街の領主様なら何か知っているかもしれませんね」

 「そうか……」


 (確かに、できたばかりの宿屋の主人の情報量はあまり多くないか……仕方ない)


 「……冒険者様?」

 「なん……ってうおぉっ!」


 ルナがいつの間にか近くに来ていたことに驚く。

 

 「朝の事………覚えていらっしゃいますか?」


 そう言いながらこちらを蕩けた瞳で見つめてくるルナに情欲を感じざるを得ない。


 サービス、という言葉が脳裏をよぎる。

 きっとその内容は、こういうコトなのだろう。


 「その……始める前に、湯浴みを致しませんか?」

 「そう……だな」


 ルナの手が腕に触れる。

 湯浴み場にゆったりとした足取りで向かうが、その内心は早馬の心臓の如く早く鼓動を打つ。


 (謹慎ばっかで溜まってたしな……こんな可愛い子で発散できるとはついているぜ。

 すまんまガセッソ。お前は飽きてるだろうが我慢してくれ)


 すべての衣服を脱ぎ捨てる。

 後ろでも衣服が地面に落ちる音がする。


 (街一番の娼店、瞳を奪う星々(アステラ・ガンディア)は高いからな……。

 一度付き合いで連れて行ってもらったが、あれはもう天国だった……)


 「冒険者様……」


 まずい。いまからするってのに、他の相手のことを思い浮かべるのは最低の行為だ。

 気取られぬようにしなければ……! 


 「何でもないよ……って、あれ?」


 暗闇に染まる部屋。

 純粋のベッドも灰色に、防具や武器も暗闇の中で沈み、一瞥の中ではどこにあるかわからない。

 家具、寝具、武具。部屋に映るのはそれだけだった。


 目を凝らしてみるも、映るのは闇、闇、闇。

 これからする相手が、まるで幻のように消え去っていた。


 「―――――――な」


 何が起こった、何が――――――と、思考する暇など―――――――。


 ―――――――彼にはなかった――――――。


 外の光が反射する煌めき。

 一条の流星が暗黒満たす部屋の中で瞬く。


 それは刃。

 ギラついた刃は人の命を刈り取るに容易い斬れ味をしていると、光の反射が示していた。


 「んぐうっ!?」


 一糸纏わぬ、防御力の無い姿で刃を見れば、思考は固まる。恐怖によって。

 その恐怖の主は、濡れたような刃を頸筋に当てがい、口を塞いで下顎の内側に指を掛けて釣り上げる。


 「……何が目的だ」


 低く、内側に入り込むような声。

 その声色には、聞き覚えがあった。


 (こいつ…あの時の…!)


 アレクを追放した時、横槍を入れてきた人物。

 確か、仲間からはアルナレイト、と呼ばれていた。


 しかしどうすることもできない。

 下着の内側に忍ばせていた、緊急用の短剣も今は力なく地面に転がっている。


 「……抵抗すれば、声を出せば、仲間と連絡を取れば、スキルを使えば、殺す」


 抑揚の無い声が宣言した。殺す、と。

 

 暗い部屋で、このまま一生を終えるのか。

 鳩尾の内側が震える。冷たい針が体の奥底に刺さって入り込む。

 恐怖という冷気は、体の芯を震えさせる。


 (いやだ、死にたく無い…しにたくない…)


 体の力を徐々に抜き、抵抗の意思はないと示す。

 恐怖で間違った行動をすれば、俺はここで終わる。


 「……」


 沈黙。静寂があたりを包み込む。外の喧騒などどこ吹く風。


 永遠に思える刹那が過ぎ去り、刃は首から離れた。

 だが、即座に関節を極められ紐で縛られる。


 任務などどうでもいい。

 俺の心は既に恐怖で支配されてしまった。


 恐怖で不可逆に歪んだ心は、俺に抵抗を許さない。


 アルナレイトと呼ばれていたその男が振りかぶる。そのあとの意識はない。

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