第92話 新たな契約
すこし投稿に間が空きました。すみません。
今回少し文字数多めですが、最後までお読みいただけると幸いです。
今後は一話ごとの文字数が増えていくかもしれません。
有角人種国へ向かうのはもう少し後になりそうです。
理外の力によって未来の自分が扱う剣術の記憶が流れ込み続ける俺は、毎日を過ごすそれだけで負担が大きい。
朝目が覚めて、顔を洗って、朝食を摂る。
少し間をおいてストレッチをした後、地下拠点の修練場周りを決まった回数走る。
稽古を受け、その後に実戦稽古。またそのあとは自主練。
これらを繰り返す日々、その常に剣術の記憶が思案の大半を占めている。
それに合わせて俺自身の肉体も無意識のうちに〔再構築〕され、気づけば常人離れした肉体を獲得していた。
試しに体力測定を行ったが、驚異的な数値を記録した。俺の元居た世界では運動の祭典とも呼ばれる世界大会があったのだが、今の俺の肉体は、その最高記録に及ばずとも劣らないほどの結果を記録した。
体力には自信がなかったのだが、持久走の記録を比較してみると半歩劣る程度で、決して低いわけではなかった。
俺の肉体は知らず知らずのうちにしっかりと鍛えられていたらしい。それも、元居た世界の人類最高峰の肉体性能に勝るとも劣らないほどに。
それでも自分に自信が持てなかったのは、おそらく比較対象の問題。
俺の目の前を走るのは、師匠やレアンという、この過酷な世界を生き抜いてきた人たち。
常に危険に晒された環境で生きてきた彼らに、平和だった元の世界における人類最高峰の身体能力が及ぶわけはなかったのだ。
修練場備え付け、男女共有の休憩室。
シャワー室が男女別に備え付けられており壁で仕切られているものの、小休憩スぺ―スは嚮導となっている。
備え付けの鏡で自分の肉体を見る。
「…………おお」
元の肉体とはまるで異なる引き締まりようの肉体に自分で驚いていると。
「…………ぁ」
入口の方からはみ出ていた茶髪がさっと隠れた。
「レアン?」
「あ、いや、その…………なんでもない…………でしゅ」
「…………?」
なぜこちらを覗き見るように…………と浮かんだ疑問をさらなる気づきが吹き飛ばす。
彼女はたぶん俺がいるからシャワー室を使いづらいのだろう。
女性は自身の匂いを男性よりも気を使うというし、これは配慮が足りなかった。
「ごめんレアン気付かなかった。
俺は一通り終わったし、どうぞお使いください」
「う、うん……」
俺と入れ違いに小走りで小休憩室へ入っていくレアン。
それでも俺と距離を取るのは、やはり自身の匂いが気になるからだろうか。
しかし俺の記憶によるところには、彼女の匂いが特段気になった記憶はない、というよりも、男性諸君になら分かってもらえるだろうが、なぜあんなに女性はいい匂いがするのだろうか。
彼女とすれ違う時、鼻腔を通る匂いが不快に感じたことはない。
しかし、面と向かって女性に「大丈夫、全然臭くない」などというのはデリカシー配慮の欠片もないインモラル野郎となってしまう。
そんなことをしでかした暁にはもう二度と口もきいてはもらえまい。
というか当たり前だが、そんなこと言うわけないからな!
自分への突っ込みを済ませたところで、俺は技術部門のための設備がこれでもかと詰め込まれた施設、通称技術部門エリアへ向かうことにした。
その理由は、有角人種たちとの戦いに備えて、戦闘を行う者達へ新たな”武器”を配布するため、その確認というワケだ。
それぞれの役割に沿った武装を渡すつもりだが、実はそれはおまけだったりする。
本当の目的は、装備で強化する必要性の薄い元傭兵組達ではない。戦場に出る俺やレアン、師匠やそのほか只人種用の装備なのだ。
それには、純粋な物理法則だけで魔法や魔術、スキルに匹敵する効果を発揮する技術、機巧種技術を用いた高次元の兵装だ。
それら武装は、先日ようやく技術部門入りを志してくれた傭兵組カレンやイリュエルを含めたうちの最高峰の技術を持つ彼らが制作してくれている。
最初、ヌルによって機巧種技術の根幹となる理論を教わるカレンやイリュエルは、その異次元の着目点から始まる理論を飲み込むのに大変苦労しているようだった。
その結果カレンとヌルが多少揉めたりしているとのことだったが、イリュエルからは「本気の言い合いではないから安心して大丈夫」と聞かされている。
容易に想像が付く。きっとヌルの口調に苦言を呈したカレンがヌルに真っ向から反論され、カレンは消化不良で文句をぶつぶつ言っているのだろう。
その光景を思い描くだけで笑みがこぼれそうになるが、すれ違う人に変な奴に見られてしまいそうなので堪えておく。
それでも口角が吊り上がりそうになるのは、何もほほえましい光景を思い描いているというだけではない。
イリュエルが俺に、新作の刀を用意しているというのだ。
今の刀に不満はないが、それでもこれから他種族相手に戦っていくことになる俺達にとって、言ってしまえばただの金属製の刀では心許ないのだ。
俺だって心は男の子。新しい武器や防具と聞いて、心躍らないわけはなかった。
◆◆◆
インテグラル・レギオンのセキュリティシステムによって、対外に流出してはならない技術や資材を扱う場所にはセキュリティ・クリアランスレベルが設定され、それ以上のクリアランスレベルのキーカードなどが無ければ出入室は不可能となっている。
俺は義手にそれらのチップが埋め込まれているのでスルー出来る。
技術部門エリアに入るための可動式の小部屋に乗り込んで数分間。
エレベーター恐怖症の人にはこういう閉鎖空間も怖かったりするのだろうか……と考えていると到着を知らせるアナウンスが流れ、扉が開くと他の施設と同じような光景が広がっていた。
唯一違うのは、それぞれの入り口には俺が今乗ってきたような装置があり、部門ごとの移動にも同じ過程を踏む必要がある。
非常用通路は視界に映らない形で蜘蛛の巣のように複雑に張り巡らされており、すべての通路を把握しているのは部門長や俺、ヌルといった重要な立場にある者だけだ。
小部屋から出て少し歩くと、ヌルやイリュエルの姿が見える開けた空間に出た。
こちらの存在に一番早く気付いたヌルは目を合わせるなり手元の武装たちに視線を落とした。
イリュエルは手を振って出迎えてくれた。
「みんなお疲れ様。それが今回支給する予定の武器達か」
「ええ」
広い台に並べられた大小種類様々な武器達は、どれも只の武器ではないことが放つ光沢の具合や形状からわかった。
ぎらついた刃を持つ武器達は、これまで使用していたいかなる武器に比べ格段に性能が向上していることを容易く理解させた。
理外権能によって〔加速〕した状態では今の刀ではどうしても剛性が足りずにブレてしまうのだが、次の俺の相棒は一体どんなものなのだろうか。
「アルナ。それがあなたの次の相棒よ」
一番手前に置かれている薄刃で反りの入った片刃剣、刀を手に取る。
持った感触は最後に述べるとして、形状は俺の戦い方にあったように変更されており、もはや刀と呼称するにふさわしいかどうかすらアレンジが加えられていた。
鍔と呼ばれる部分は最低限にまで縮小され、手が滑って刃に触れないようガードする機能程度しか残されていない。
しかし鍔迫り合いを不得手とする俺にとっては邪魔なものに他ならなかったので、これはいい変更点だといえるだろう。
刀身を大型化した薄刃のナイフのような印象を受けるその刀は、俺の好みがしっかりと反映されていた。
切っ先から刀の中腹にかけてが重心位置で、逆風の切り口や刀を上段に構える際は重く扱いづらいが、刀を振り下ろす際や勢いを活かした斬撃の時は力が込めやすく初動が早まる。
他にも義手の手のひらの形と合わせて掴みやすく、よく吸い付き、すぐに手から離れるよう特殊なゴム素材をグリップ部分、柄部に用いているようだ。
イリュエルとヌルの説明によれば、この刀の刀身に用いられている金属は少々特殊な材質であるらしい。
この世界の金属は魔力のほかに様々な力を宿す。
その金属はさらに周囲のエネルギーを吸収し、エネルギーを自分に溜め込んで変質する性質があるらしい。
他の金属に魔力をを吸われてしまった金属が用いられているこの刀は、魔力によって変質した構造が魔力を失われたことでさらに変質し、加工が難しいらしい。
その加工技術はゼディアスにすら存在しないほどで、故にこの刀は、その金属堅鉄鋼を用いて作られた世界最初の一振りらしい。
鋼の数倍の粘りと硬度を持つ分、非常に重い刀身を持つこの刀は、しかし以前使っていた一振りとはまるで異なる感覚を覚えながらも、妙に手になじむ感覚がある。
やはりそこはイリュエルが調整してくれたのだろう。
俺以外分に用意されている武装は魔力や属性素の宿る特殊金属をメインの基材とし、機巧種の技術も盛り込んだ武装らしい。
その一つ一つが、とある特殊な機構にて携帯され、戦闘時にのみ使用可能となるようだ。
その武器の威力はヌルが設計したもので、戦況を一手で覆す戦略兵器並みの効果を期待して作られている。
俺の刀は例外なのだろうけれど、それでも仲間が強力な武器を持って、生存率が上がるというのに越したことはない。
「……ところで、ヌル」
「なんだ?」
俺は武器達の奥に鎮座する、兵器と呼んでいいのか困惑する物体に目線を遣りながらヌルに聞いた。
「ユウト、バルブゼス、エスティエットの物は判ったんだが、あのバカでかい物体はなんだ?」
俺の身長近くある大きく長細い物々しい物体と、それをはるかに上回る全長を持つ、もはや軍用車クラスの物体。
気にならないわけがなかった。
「ああ。あの二つは決戦用兵器だ。
とはいえ、片方は必要ないだろうが、何事にもセカンドプランは必要だろう」
ヌルの言葉の後、彼女からその物体とセカンドプランの説明を受けたのだが正直過剰戦力だと思った。
たしかに火力が必要なことは認めるが、それでも度が過ぎれば破壊兵器でしかない。
「確かに火力は度が過ぎている。と、お前の尺度ではそう思うだろう。
だが、今回の戦いでお前は思い知ることになるだろうさ。アルナレイト。
この世界は、やりすぎるくらいでなければ通用しないとな」
過剰火力の件はこちらが折れるしかないだろう。
この世界に来て半年近く立つが、俺にはまだまだ分からないことだらけだ。
この世界で何年も生き抜いてきた彼女が必要というのなら、そうなのだろう。
「……わかったよ。そういうことにしとく。
それで、あっちの方は何なんだよ」
次に俺が指さしたのは、俺の身長ほどある物体。
「あれは、決め手に欠けたときのあと一手を打ち出すもの。
それほど火力はないが、お前なら使いこなせるだろう」
「え、俺のなの、あれ」
少々独特な形のそれは、細長く両端の形が異なる。
しかし銃口らしきものが見当たらないので銃ではないだろう。というか、トリガーもグリップも、銃床すらないのだから射撃兵装ではないだろう。
いろいろと考察を巡らせたが俺には結局わからなかったので、ヌルの説明を聞いて驚きと不安が募った。
「~~というのがこの兵装の機能だ。
使いこなさなければお前の火力不足は解消されない」
その兵装は、俺の欠点である火力不足を補うためのものだった。
俺ができることは理外権能、理外の力を用いた拡張術、そして剣術だけ。
最近はレアンも何やら大技のようなものを開発中らしく、元からいくつか大技を持っているユウトやエスティエット、ミタラに比べて俺は絶望なまでに火力が足りないのだ。
理外権能を使えばそれなりの火力は出せるが、それはあまりしたくない。俺の生命線である剣術が、理外権能行使で集中が鈍るのは極力避けたいのだ。
そこでヌルの用意したこの兵装はうってつけというワケだった。
無論何度も連発できるような兵器ではない。だが、ここぞというときに繰り出せば、確実に望む威力を発揮できる。
「ありがたく使わせてもらうよ。
そういえば、俺の新しい刀とその兵器、名前を聞いてなかったな」
「そうだったな。
お前の新しい刀は”接近格闘戦術刀『コクエイ・イリシキ』”
そして、兵器分類名は”特殊大太刀・一式『ミツヨ・オオデンタ』」
『ミツヨ・オオデンタ』か。たしか、天下五剣の内一振り、だったな。
あえて彼女がその名前を付けたということは、それだけ強力な兵器であると意味している。
「じゃあアルナ、その刀、預かるわね」
イリュエルが刀を受け取ろうと差し出した手に、俺は抵抗感を覚えた。
この刀はもともとイリュエルの試作品の一本だった。
でも、俺の命を何度も守ってくれた。そして俺の意思に答え、役目を果たしてくれた。
しかし、今の俺には軽すぎた。十分まだ使えることは使えるが、ゼフィリオーセスの攻撃を受け流した際も、刀を握る義手を通して伝わってきた。もうそろそろ限界だ、と。
もともと試作品ということもあって耐久性はあまり高くなかったのだ。
なんども強引に〔分解〕〔再構築〕したこともあって〔再構築〕の継ぎ目の耐久性がさらに低下していた。
もうこれ以上、こいつとは戦えない。次の刀に乗り換えなくちゃならない。
けど、俺は手放したくなかった。
この世界に来て借り物だった刀ではなく、試作品とはいえど初めて俺の刀になってくれた一振り。
独りだった俺に、知らず知らずのうちに励まし続けてくれたレアンやヌル、この町の住人達。居場所。
それと同じくらいに、俺は刀に信頼を寄せていた。
けど、俺には専門的な知識はなくて、適切な処置もできていなかった。
きっと俺のせいで寿命を減らしてしまっていただろう。
(次の刀はイリュエルに聞いてもっと丁寧に扱う。
毎日手入れも欠かさないし、イリュエルに診てもらおう。
……ありがとう。いままで俺を支えてくれて。一緒に戦ってくれて)
いつの間にか強く握りこんでいた鞘。
力を緩め、そっとイリュエルに手渡す。
「ありがとう。アルナ。大切に使ってくれて。
この子も喜んでる。そう感じるわ」
「俺なんかよりもずっと刀と心を通わせてきた君が言うなら、本当なんだろうな。
乱雑に扱ったかもしれない。謝っておいてくれ」
「そんなことないって言ってるいるわ。
それに安心して。もう限界だからって捨てたりしないわ」
「……そうか。安心したよ。
休ませてやってくれ。かなり酷使しちゃったからな」
「そうね。次の機会まではしっかり休んでもらわないと」
イリュエルは刀をぎゅっと抱きしめて、俺に微笑みを向けた。
その眩しい笑顔に 守りたいという思いが心にあふれた。
イリュエルだけじゃない。レアンも、ヌルも、この町の人たちみんな。
よし。もっと自分を鍛えなくちゃな。
俺が守りたいと思える人を守れるように。
◆◆◆
地上に出たレアンは、街の活気に驚いた。
3日ほど前では皆どこの家にするか、また、どこに何があるのかと街を散策している姿しか見えなかった。
南側の方は相変わらず人は全くいなかったし、行って帰ってくるだけで半日近くかかるほど広いため、南側に人が賑わうのは何年後になるのだろうか……などと考えていると、隣を歩くアルナが私の肩をトントンと叩く。
「レアン、あれ」
「どれ?」
「あれだよ、アレ。リベルナルの時にも見た、露店市だ」
「……わ、ほんとだ。でも街にはお金なんて……」
レギオンの街、その大通りには村人たちが自分の得意を活かした露店を開いていた。
大通りの隅っこの方だけだが、かなり賑わっているようだ。
まだレギオンには経済を回すほどの人がいない。しかし、よく見てみると物々交換で衣服や食べ物を交換ている。
「物々交換。経済の最初の形だな。
こちらから何か働きかけをしたわけでもないのに、ここまで発展するとは……」
アルナが関心に唸っている間。
私は楽しそうに話すみんなの笑顔を見て、その笑顔がずっと続きますように、と願った。
まだレギオ村だった頃はみんな、どこか諦めたような雰囲気を漂わせていた。
でも人間の村が一つになって、大きな街になって、みんな幸せそうにしている。
すべて、アルナが来てからだ。
みんなが笑顔になったのは、アルナがこの村に来たからだった。
やっぱりアルナはすごい。
剣術だって、きっと私は置いて行かれてしまう。
「……ア……?」
(でも、それは嫌だ。
何がなんでも、絶対追いついてみせる)
「レアン?どうしたんだ?」
「あ、ごめんね、ちょっと考え事」
アルナが呼びかけてくれていたのに気づかなかったらしい。
「それでどうしたの?」
「いや、もしかして食べたいのかなと、あれ」
アルナが指差したのは串焼きのお肉。
村から引っ越してきた家畜の幾つかを仕入れて、串焼きを提供しているらしい。
確かにいい匂いはしていたけれど、お腹が空いているわけではない。
「……確かに味見はしておきたいよね。
イリュー達に教えたいし」
美味しいものをみんなと共有出来るなら、試す価値はあるだろう。
しかし、私は物々交換出来るものは持っていない。
「でも交換する物持ってないや」
「わかった。手頃な奴をいくつか持ってるし、行こうか」
「え、何処に持ってるの?」
「いいから、ほら、行こう」
アルナは右手を差し出してくる。
私はその手を握ろうとしたが、触れる直前アルナは手を引っ込めた。
「え?」
「……あ、ごめんごめん。
ほら、行こうか」
今度は左手でアルナは私の手を握ると、少し早く歩き出した。
露店に近付くほど香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、空腹でもないのにお腹を刺激する。
カウンター前に立つと店員さんが話しかけてくる。
険しく凛々しい顔立ちだが、こちらと目が合うとすぐさま破顔した。
「お、いらっしゃい!
こりゃあまたべっぴんさん二人組たぁ眼福だなぁ!
一本サービスしちゃうよ!」
「本当?ありがとう!」
アルナがなんだか険しい顔をした(ような気がした)ので顔を覗きこむと、少し俯いた後に店員さんに向けて笑顔を向けた。
「ありがとう。美味しく頂くよ」
と言った声は若干いつもの声より高く、誰が聞いても女性の声にしか聞こえなかった。
多分アルナ、女性と勘違いされた方がサービスしてくれると思って女性のフリをしてるんだ……ずるい。
アルナが女性のふりをしているのに気づくこともなくお肉を焼いている店員さん。
「お嬢ちゃん二人、デッソイじゃ見ない顔だったが、どの村出身だい?」
デッソイというのは、レギオン街に引っ越してきた人の村四つのうち一つ。
「私たちはレギオ村よ。お兄さん。
それで、お代だけれど」
「ああ。なんでもいいぜ」
アルナは店の中を見渡すと、手の中に幾つかの調理道具を創り出した。
「これで足りるかしら?」
「おお!ってどこから出したんだ!?」
「それは言えないわ。
これでもっとお店を繁盛させてね」
もはや女性としか思えない、可愛らしい微笑みを見せたアルナ。
赤面して照れている店員さん。
今真実を伝えたらどうなるのだろうか、と考えたがやめておく。
というかアルナ、何してるんだろ。
私がアルナちゃんの顔を見ていると、一瞥をくれたアルナの瞳には、バラさないでお願い、と懇願する意思が含まれていたので黙っておく。
数分して手渡された串焼きには、早く食べたいという欲求を駆り立てるに十分な引力を放つ香りと見た目で、堪えきれなくなった私は、気づくと一口食べていた。
「ん〜〜〜っ、おいひい!」
「レアン、食べながら喋るのは行儀悪いよ」
「あ、ごめんなさい」
怒られてしまったけれど、そう言わざるを得ないくらい美味しい。
お肉の焼き加減も最高だし、かかっている液体の甘辛い味が口腔内を幸せにしてくれる。
「……」
店員さんがずっとこっちを見つめてくる。
私、何か失礼なことしたのかな。
少し焦っていると、私に目を合わせながら店員さんが口を開いた。
「お嬢ちゃん、もしかして有名人だったりしねぇかい?」
「な、なんでですか?」
「茶髪の長い結わえ髪が特徴の……やっぱり」
「え、えぇ?」
「お嬢ちゃんが魔物を全て狩り尽くして平和を導いた、この街の創設者なんだろ?」
「んぐっ……。
んごっ、え、な、何を言ってるの?」
「村長同士が集まったって言う会議に、魔物を全て狩り尽くした最強の剣士がいるってんで、その様子をみんな聞いていたのさ。
茶髪の長い結わえ髪が特徴の、背の高い元気な女の子。お嬢ちゃんなんだろ?」
「え…?いやいや、え?」
「そうなんですよ。レアンが魔物を退治して、傭兵団から学んだ魔術でこの街を作ったんです」
「アル……ナ?」
一体何がなんだか……。
「レアンは凄いんですよ。お兄さん。
彼女がいなきゃこの街どころか、みんな一つになって暮らすことさえなかった。
彼女こそ街の英雄です!」
「ははっ、そうだなぁ。
だったらその英雄に恥かかせないよう、立派な街にしないとだな!」
「そうですよ。なので、いろんな人に言っておきますね!
ここのお店が美味しい串焼きを出してるって。
この街以外にも噂が流れるくらい有名になって、人を呼び込んでください!」
「そうだな!
よし、これからはもっと味の研究を深めることにするぜ!
ありがとうな、嬢ちゃんたち!
また今度味見にしにきてくれよ!くれた調理器具、大切に使わせてもらうぜ!」
「はーい!ではまた!」
店から離れるなりすぐに女の子モードが終わったアルナはなんだか恥ずかしそうにしていた。
けれど今はそのことよりも聞くべきことがあった。
「アルナ、さっきのって」
「……どっちだ?」
恐る恐る聞き返すアルナ。
「恥ずかしくない方」
「あ、ああ、そっちだよな。
この街を作ったのはレアンだって話だよな」
アルナは帰りの道で話してくれたのは、今後のレギオンに関する、土台の話だった。
「俺とヌルはこの街に存在していると知られてはいけない。
それが今後レギオンが生き延びるために必要なことなんだ。
だから、街を作ったのも魔物を倒したのも、全てレアンが成し遂げたことにしなきゃならない」
私は納得できない。
そんな悲しいこと、納得できない。
「なんで……?
それじゃあ、アルナが頑張ってきたことは、街の歴史に残らない。アルナが誰よりも頑張っているのに、誰にも覚えて貰えないなんて、悲し過ぎるよ……」
「いいんだ。それに、誰も覚えてないわけじゃない。
師匠にレアン、ヌル、イリュエルだって、俺がしたことは覚えてくれている。
だから俺は寂しくないよ」
「……わかった。アルナが良いなら」
「ごめんな、ありがとう。レアン」
アルナは街の歴史に残らなくても構わない、自分のいた証を残さなくても寂しくない、そう思っているようだけれど、私にはそれがわからない。
誰にも覚えてもらえないなんて、そんなの、生きていないのと同じだと思うから。
「……レアン、君の考えてることはなんとなくわかる。
たぶん、誰の記憶にも残らないのなら、それは生きていないのと同じだ、と。
でもな、レアン。俺がやろうとしているのはあくまでも、アルナレイト、ヌルという名前を消すだけだ。誰の記憶からも消えるわけじゃない。
たとえ俺という存在のすべてが消え去って、誰からも忘れられたとして。
でも、俺の意思を継ぐ者が居ればいい。自分という個人が消えることなどどうあっても避けられないことだ。でも、その思いは、意思は不滅だ。
その証に、君たちは今まで生き残ってきた。
何代も前のルーファス家から、意思と力を引き継いできたレアンがその証だと、俺は思う………。
なんて、ちょっと偉そうに聞こえるかもしれないけど……あはは」
真剣な顔で話していたのに最後は子どものように笑うアルナ。
彼の言うことは分かる。でも、やはり自分が消えてしまうことは恐ろしい。その考えがわからないわけではないのだが、それでもやはり、どうしても消えることの恐ろしさから目を背けることはできない。
私に彼の考えを、心に刻めるほど理解できる日が来るのだろうか。
夕日に照らされるアルナの後姿は儚げに見えた。
私はその姿をなんとなく見つめていると、振り返ったアルナと目が合った。
「レアン、俺と契約を結んでくれないか?
君がこの街の領主となり、レギオンのリーダーとなること。
それはもはや、対価なしに望んでいいことじゃない。
だから、俺からも君に対価を差し出すよ」
「何、かな」
アルナは少し俯いて、一呼吸。
少し間を置き、話し出した。
「俺はさ、ヌルと最初に出会って、そして、今の今までずっと考えてきたんだ。
なぜヌルと契約を結んだか。俺がこの世界に来て果たすべき目的があるのに、それを遠回りにしてまでって、自分でもわからなかったんだ。
今ならわかる。俺は、ヌルを幸せにしてやりたいんだ。
でも、俺一人じゃ何もできない。この世界の事なんて全く知らない。俺には、信頼できる協力者が必要なんだ。
だからレアンに協力してほしい。誰よりも信頼できる君に。
危険なことを任せるかもしれない。けど、命を失うようなことは絶対にさせない。
その対価として、俺はヌルとの契約を履行した暁に、君に俺のすべてを差し出そう。
君が望むなら、俺の持つ力ですべてを作ろう。望むものを、望むままに。
……なんて大層なことを言ったけど、まあ俺にできることはなんでもする、ってことだ」
アルナは笑ってそう言った。
その言葉の裏にどれほどの苦難があったのか計り知れないけれど、きっとヌルさんの幸せは、アルナの幸せでもあるのだろう。
なら、私は協力する。
誰かを幸せにできることもまた、幸せなことだろうから。
「わかった。じゃあ契約だね。
でもその前に聞いておきたいことがあるの」
「ありがとう。それで?」
「さっき、なんで女の子のふりしてたの?」
「え、ええ!ここにきてその質問かよ……。
てっきり俺自身に関することかと……引き締めた気が緩みそうだ」
「んふふ、ほら早く教えてよ!
私たちはレギオ村から来たのよ~って、ほんとに女の子にしか見えなかったけどね」
「………うう~、聞かなかったことにしてくれよ……。
だって一本おまけしてもらえるっていうんだぜ?そりゃあ女の子のふりもするだろ!?」
「なんか気合入ってたように感じたんだけどねぇ~。
なりきってた、みたいな?
まあアルナちゃんは可愛い顔だけどどっちかといえば美人顔だし、落ち着いた話し方があってたけどさ」
「……もう勘弁してくれ……」
その後私は自室にたどり着くまで、ずっとその話でアルナの困り顔を見ていたのだった。
 




