第91話 魔物村イゼルファス
短めですが情報量が多いです。
大峡谷ガド・ルムオンイルン。
世界蛇、ハーレレートが長い年月封印され、漏れ出た魔力が満ちるこの峡谷で生まれた魔物は、大陸中心部に発生する魔物とそう大差ない強さを持っていた。
その中でも、よりハーレレートに近いところで生まれた魔物が居た。
後にフルハホルという名を与えられるその魔物は、少しばかり特殊な生まれ方をしていた。
冒険者組合から派遣された調査任務を帯びる冒険者は、峡谷に入り、その最奥の封印の湖近くを塞ぐ、封印の大扉の前で濃厚な魔力に耐えられず、死亡した。
死した彼の肉体は、微生物も存在できないほどの濃い魔力濃度の中、徐々に魔力に肉体を侵食されていった。
何百年と経過したとき、その肉体は魔物と人間の中間的存在へと変質していた。
そんな肉体へ、一匹の魔物が取りついた。
ハーレレートの魔力によって同じく大扉の付近で発生したフルハホルだった。
同じハーレレートから漏れ出た魔力を持つ肉体とフルハホルの親和性は高く、加えて魔力の塊である魔物はその肉体に溶け込み、一体化するのにさして時間はかからなかった。
この世界には、生命体を構築する要素として、物質体と精神体の二つが存在し、精神体は魂を守る最後の砦である。
フルハホルが肉体に乗り移ったとき、物質体しか残されていなかったが、精神体の残滓は僅かに存在していた。
フルハホルは時間をかけてその残滓を吸収し、精神に残された技術を取り込んでいった。
これが後に、フルハホルが自我を獲得する足掛かりとなるのだった。
フルハホルは一体化した肉体を自身に最適な肉体へと再構築するため、峡谷に住まう魔物たちの生態ピラミッドで頂点に上り詰めることを決めた。
戦い勝利した魔物の魔力と魔結晶を吸収し、体内で精製することで高純度の魔結晶を作成し、その結晶を使って自身の魔力総量を高め、少しずつ肉体を最適化していった。
峡谷内で頂点に上り詰めたフルハホルは、多くの魔物を吸収した。
多くの魔物を吸収した。吸収した魔物の中には、峡谷の一部を縄張りとする高い知能を持つ者もいた。
その知性すらも吸収したフルハホルもまた、高い知性を持つようになっていた。
高い知性を得たフルハホルは一定の知能を得たときに至った。感情の発露という高みに。
(嗚呼……我が創造主様。そんな狭いところに閉じ込められて、御労しい限りです……。
私がもう少し強ければ……その扉を破ることができたかもしれないというのに……)
生まれて一度も見たことのない、創造主の姿、声に想いを馳せ、そして悲願を抱いた。
(もっと強く……!強くならねば………!)
フルハホルは己の思い上がりを恥じた。峡谷内で頂点に立っただけで向上をやめた自分の愚かさを。
そんな時に現れたのは、アルナレイト達だった。
峡谷内での強さの物差しではまるで測れない、圧倒的な強さを持つ者がいた。
自分に突破できなかったあの結界を容易く破壊し、さらに、湖に施された決壊すら容易く破壊して見せた。
頑丈な岩石のように思えたあの結界が、まるで薄氷を砕いたときのように容易く破壊される様を見せつけられたときは、恐怖すら覚えた。
その後、徐々に増えつつあった自身に従う者たちを集め、創造主とその解放者達に謁見を行った。
フルハホルはその場で、解放者達が今後この世界で何をしようとしているのか知った。
そして、恩人たる解放者達の仲間に創造主含め自分たちも加えてくださると言った。
自身に為し得ない神業のごとき行いを当たり前のように行う彼らに、畏敬と羨望の念を抱いたフルハホル。
そして、フルハホルは創造主からその計画を実行するための力を得た。
ただ漏れ出した魔力から発生しただけの関係から、本当に眷属にしてもらった。
これ以上の喜びはないフルハホルは、彼らのために身を粉にして働くことを決めたのだった。
(これは重要な役目に他ならない……!必ず実行して見せる!)
そう息巻いてフルハホルは魔物たちを率い、魔物の村を作った。
計画を実行する傍ら、魔物たちに人化の術と体の使い方、戦い方や魔術を教えた。
魔物たちはものの数週間で戦闘集団となり、平野に住まう魔物、やってきた魔物達を統べて行った。
後にフルハホルは、ハーレレートからフルハホル・イオルファルトという名を貰った。
そのイオルファルトという名前から取られたのが、魔物村イゼルファスであった。
イゼルファスは傭兵団ゼディアスによって周辺国に存在を徐々に仄めかされた。
噂の周知が始まると、計画通りに周辺国辺境の村を、死人が出ないように手加減しながら襲い始めた。
村での被害が深刻になってくると、都市から調査団や冒険者がやってくる。
その冒険者達すら返り討ちにして、周辺国は魔物の村の危険を実際問題として認識することとなり。
それが解放者達の計画の第一段階が完了したことをも示していた。
フルハホルは恐怖以上の何か、喜び以上の何かを感じた。
それは悦び、すなわち愉悦の類であったのかもしれない。
自分はより優れた存在に仕えることができている、という優越感。
まるでその偉業を自分の事のように思い、そして畏敬と羨望は崇拝となった。
フルハホルは思い願う。冀う。
もっと先を見たい。自分たちをどんな素晴らしい場所へと導いてくれるのか。
そして、その手伝いを、微力ながらさせてほしいと。
切に、切に願っている。
今までは一地方の村だけのお話でしたが、これから徐々に世界へ物語が広がっていきます。
今回の話は主人公が打った布石の一つです。
もしかしたら気づいている方もいらっしゃるかもしれませんが、他にも彼は複数の策略を散りばめた一手を打っています。是非探してみてください。




