第89話 夜街の住人
少し過激なワードが出てきます。
ご注意ください。
打倒ニーアを掲げ共に戦うことを誓った五栄角たちとの話し合いによって、今は戦力増強に努めることに専念することとなった。
元傭兵組からはユウト、ミタラ、イオラ、カレン、ケルシー、バルブゼスを動かすことになった。
ユウト、ミタラはその優れた視覚を活かした情報収集。
イオラは潜入任務を数多くこなした隠密の技を用いて、実際のアーバンクレイヴがどんな状況なのかを探りに向かってくれている。
ケルシー、バルブゼスは優れた身体能力と剣技で、街の市民の中から志願してきた50人弱を鍛え、ニーアとの戦いにおける最終防衛戦線の守備に回ってもらうことになった。
そこにはレアン、ジークと最近ようやく剣の型を習うことを許されたシーアス、アンバーにアノニアとレフランも参加してもらう予定だ。
基本は戦闘力に秀でた傭兵組で制圧を行い、残った傭兵と市民からの志願者とレアン達で最終防衛ラインを任せる。
俺は現場指揮を行い、ヌルはミタラと共に行動し狙撃の補助を行うこととなった。
一応これは今現在の作戦であり、暫定事項に他ならない。
この作戦を全員が集まった会議で話した時、ユウトと少し談話をすることとなった。
結論から言うと、ユウトはやはり日本人だった。
自分が日本人で、名前と言葉は覚えている。
だがそのほかの記憶はほとんど忘れてしまっており、おぼろげながらに何かすべきことを忘れている気がする、ということ以外、ほとんど思い出せないのだそうだ。
そしてそのユウトは、なんとこの世界で何度も転生を繰り返しているという。
といってもユウトは死亡したとしても、自身のスキルで何十年後かに蘇生するのだそうだ。
そのスキルが何なのかは教えてもらっていないが、そのたびに記憶を失い、何をすべきかを忘れてしまったらしい。
ゆえにユウトは今、エスティエットと共に傭兵として世界を旅することで、自分のすべきことが何だったかを思い出そうとしているのだそうだ。
ユウト自身、蘇生のたびに魂から記憶の部分がこそげ落ちているから記憶を思い出せないのだろうと言っていた。
俺はユウトが何をすべきだったのか、その手掛かりになりそうなものがあれば知らせると言っておいた。
早く記憶が戻って、すべきことが見つけられるといいな、ユウト。
そしてそのことを、エスティエット以外に言わないユウトにその理由が気になって聞いてみた。
ユウトは「上に立つ者が不安や心配を皆に見せるのはいけないことだ」と言っていた。
それは至極当たり前のこと。
下で支えてくれている皆を心配させてしまうからだ。
俺はその言葉を聞いて、ヴェリアス達をこの手で殺した時の自分の軟弱さが故に取った行動を恥じた。
俺はあの時、皆から少しばかりでも慕われていたのだろう。
しかし、俺はそのときに動揺を隠せず、精神が弱った。
その衰弱が皆に伝播し、共鳴した結果、皆を不安にした。
それは、あの時の俺が最も取ってはいけない行動だったのだ。
そうだ。何があろうと、精神の動揺を悟らせてはならない。
戦いと同じ。今度のニーアとの戦いでも現場指揮を自ら名乗り出た俺が、そんなことをしては全体の指揮と士気に影響が出る。
己を律しなければならない。
それこそ、俺の未熟さだ。
ユウトにはお礼をしておこうと思う。
俺の弱さを気づかせてくれたのだから。
…………
……
…
ユウトにお礼をしようと考えていたその時。
自室で戦術の見直しをしていた俺にヌルから連絡が入った。
(訪問者だ。しかし想定していた者ではない)
俺がこの町に最初に訪れることになると思っていたのは、今進行させている最中の作戦、魔物の村おとり作戦に引っかかった冒険者だろうと思っていたが、ヌルがそれを否定している。
送られてきた画像データに載っているのは、豪華絢爛な馬車から降りてきた長身の男。
なかなかなに前衛的な、コーンロウと呼ばれる、主にアフリカで行われる髪型をしていた。
元日本人である俺、アルナレイトからしてみればその髪型はかなり威圧感を覚えてしまうが、その顔立ちは非常に端正で整っており、元の世界にいた海外の俳優の誰と比べても足下に及ぶべくもない。
それほどに整った容姿だった。
(リオンから集めた信用できる情報だ。
あれの名前はカクテル・ガールマン。
大陸全国に広く営業展開されている接待系列店の組織長を務める人物だ。
大衆向けから国家幹部御用達の高級店までを客層としており、そのサービス内容と価格設定は他店を大きく上回る、まさに極上のもてなし……だそうだ。
生物にはそういった欲求を解消する場が必要なのだろうが、そんな組織の長が直々に我々と接触しようと訪れる……か。
何か心当たりはあるか、アルナレイト)
心当たりは一切ない。
と言いたくなるほどのやらかしをしてしまっていることを思い出したが、あれは俺たちがしたことなのだろうか。
そもそも俺たちに責任があるのか、それがわからない以上、どうとも答えられない。
そして何より、関係ないと言い張りたい。
「……あいまいな返答になるが、ないわけではない……が、俺たちに責任の所在があるとは思いたくない……という事柄が一つある」
(それは?)
「カグラ・カンナギの件だ。
奴隷として売られそうになっているところを助け出しただろ。
あれが、カクテル系列の店なら俺たちは業務妨害の損害賠償をさせられる可能性がある……」
如何なることがあれ、ひとまず彼の話を聞くべきだろうな。
「よし、俺が話を聞くよ。
理外権能で魔力をすこしずつ〔再構築〕して、俺が理外の力を持ってるって気づかれないようにする」
(ああ。こちらでも欺瞞方法を手配しよう)
そうして俺は、訪問者カクテルとの対話に備えるのだった。
◆◆◆
街一番の屋敷を装った家屋に訪問者カクテルを通す。
エスティエットに嗜好品の数々を用意してもらい、機嫌を損ねないように慎重に立ち回ることにした。
その際、俺は顔にひどい怪我を負って人には見せられない顔だ、という嘘を用意して手製の仮面をつけ、レグシズ、レアン、エスティエット、ユウト。そして俺の5人で話を聞くことになったのだった。
自己紹介の時や歩行時、このカクテルという人物の振る舞いはまるで王族のように指先の角度まで完璧に意識された素晴らしいもので、思わず見入ってしまうほどだった。
「初めまして。
いきなりの訪問なのにここまでの待遇。
感謝するわ」
「いやいや、なにせこんな辺境の土地。
またきていただくために礼儀は欠かさぬように言いつけております故、お気になさらず」
「そう?なら気にしないでおくわね。
にしても、この平野にこぉんな立派で綺麗な街があったなんてね。
何年も来ていないからわからなかったわ」
カクテルは立ち上がり窓から街の風景を見下ろす。
区画整理され、窮屈な狭い道など1本もない、パターン化された街の光景。
一目見るだけでは気づきようもないだろうが、この街の建造物や道には全て細工が施されているのだ。
素人の目にはもちろん、ただ街並みを見るだけではその違和感を覚えることはないはずだ。
だというのに、カクテルが街を見る目は、まるで別の何かを映しているかの如く、張り巡らした深謀遠慮
を見透かしたように見えたのは、果たして。
「ええ、大変でしたよ」
「あらぁ、そうでしたのねぇ……。
では、口上はこのあたりにして、本題を話すわね」
開口一番俺が感じ取ったのは、その口調。
女性的な言葉回しを使うあたり、体は男性、心は女性という昨今で話題となっているジェンダー的なアレなのだろう。
繊細な問題であるため、俺自身の考えを他人に伝えて問題になることは避けたいが、それらの問題に関しては、本当にただ、拒絶せず、理解し、しかし許容するかどうかは個人の自由だろうということだ。
この許容というのは、決して認めない、寛容にならないという意味ではない。
自分に感情が向けられたとき、それを受け入れるかどうかは自分の自由だという意味だ。
当たり前の話だが、性別を問わず好意を向けられることは良いことだ。
だからと言って自身が許容する性別は人それぞれだ。
性別は関係なく、好意を向けられたとしても受け入れがたい相手はいる。だとしても、決して拒絶せず、理解し、しかしそれを否定することはしてはならない。
寛容することと、否定しないことは排他的ではない。
自身の考えを述べ、理解してもらい、そして最善を目指し続けることこそ、大切なことなんだ……と、俺は思っている。
などと考えに耽っていると、カクテルは本題を繰り出した。
「この度は、ウチの末端がアナタ方に迷惑をかけたお詫びをしに訪問させていただいた、というワケなのよね
なんでも、傭兵団ゼディアスが大陸基本法、生命の奴隷化を犯したことを見つけ、直接指導して頂いてと耳にしましたのよ。
冠級魔術師には大陸基本法の執行権をお持ちのはずよねぇ、けれど、それを行わずに指導してくれたと聞き及び、こうして感謝とお詫びに参らせてもらったわ」
そんな権限がエスティエットにあったのか……。
というより、俺はあまりに傭兵組のことを知らなさすぎる。もっと情報共有すべきだな。
テーブルの上に置かれたのは、小さな指輪といくつかの紙。
「これはウチの系列店の特別待偶券。
金額割引、次回追加注文無料等、金額に関する待遇券ですわ。ご利用の際は受付にて提示を。
そしてこの指輪は、お得意様にしか渡していない特別なシルシ。
通常では受けられないサービスの他、待ち時間の際の優先案内等々させていただくわ。
その代わり、今回の件。悪評を広めるようなことはやめてほしいわ。
どうかしら?」
話の全貌を聞き終わって、俺は肩の荷が降りた。
なんだ。こいつは結局のところ営業と謝罪に来ただけだったのか。
「………おいおいマジかよ……」
「どうしたの、ユウトさん?」
「あ、いや、何でもない」
めちゃくちゃ白々しいユウト。
エスティエットに睨まれただけで簡単に白状した。
「いや、な、その。ストレスが溜まったときなんかに、実は利用したことあるんだよな……」
「……その話はあとで聞きます。ひとまず、カクテルさんのご用はこれで終了、ということでよろしいでしょうか」
「ええ。構わないわ。それでは今後ともご贔屓によろしくお願いするわね、伝説の傭兵、ユウト・タカナシ」
「あ…ああ」
おいユウト。声震えてるぞ。
くだらないやりとりをしている横で、一切紅茶には手を付けずに立ち去ったカクテル。
あらゆる動作が完璧で、故に違和感を感じる。
今この瞬間、切り掛かっても躱されてしまいそうな、武人の振る舞いにも似た、隙の無さ。
俺が感じているのは、その違和感だったのだ。
カクテルが部屋から消えた瞬間、エスティエットが聞いたことないような声でユウトを叱責した。
「ユウトはお金の使い方が荒いと何度も言っていたでしょう!!??」
「だってよお……たまってたんだから仕方ねぇだろ……」
「お金が溜まってたからと言って!ユウトの一回の報酬分ほどのお金を払うような店に行くなど、友達としても注意せざるを得ません!!」
「わ、わーったって、めんごめんご」
「いつの時代の言葉だよ」
「全く……もう」
「……何の話?」
「ああ、レアンは気にする必要ないからな。下らねぇ話だ」
「くだらなくはないだろ!?!?」
「うるせ、だまってろ!」
あとになって聞いた話だが、カクテル系列の店はユウトの任務の一回分の報酬額と同じくらい、つまり、半年は働かなくても食っていけるくらいの額を支払ったそうだ。
そりゃエスティエットも怒るわな。
にしても、あのカクテルとかいう奴。
あらゆる動作に優雅さを感じたほかに、一つ。感じたことがあった。
それは、隙の無さ。
一挙手一投足に意識を張り巡らせ、完璧に制御している。
おそらく裏の世界を牛耳る人物の一人。
彼自身も相当に強いのだろう。
問題は、そんな人物にこの街の存在を知られてしまったこと。
謝罪に来たというのはどこか信ぴょう性に欠ける。
警戒すべき人物であるということに変わりはないだろう。
カクテル訪問の後、俺はレアンから衝撃的な事実を聞くことになるとは、この時思いもしなかった。




