第86話 強欲の大罪
第87話仮 誤投稿すみませんでした。
こちらが正しいストーリーとなりますので、忘れていただけると幸いです。
アーバンクレイヴ王城、玉座の間。
本来王座があるべき間には、豪華絢爛な王座はなく。
しかし、肉の王座はあった。
四つん這いで汗をたらし床にシミを作る有角人種の王。
ロスナンティスが王座の代わりになっていた。
まさしく王が座に座る女。それがニーアであった。
「まさかあのゼフィリオーセスが負けるなんてなぁ……意外やわぁ」
独特の口調で独り言を漏らすニーア。
彼女の言う通り、まさか有角人種が只人種に負けるとは、一切考えていなかったのだ。
彼女のスキルではゼフィリオーセスの死因をはっきりと知ることができないため、遠くで起きたことはゼフィリオーセスの死亡、ということしかわからなかった。
(いざというときは周りの部下たちを食って強化せいと命令しとったけど、流石にどんだけ忠誠心が高かろうと主のために死ぬのは嫌か。ま、どうせそんなとこやろ)
只人種は最弱の劣等種。家畜化に成功した動物相手にすら、時として死ぬ。
そんな脆弱な種族相手に、仮にも国を持つ有角人種が負けるはずがない。
大陸中心部から追いやられ、辺境の地に住むほかない程度の魔物相手に、連携しなければ勝てない有角人種も確かに弱い。
その弱さは、他種族から「角付き」という隠語で差別されているほどだ。
しかし、それでいうなら只人種は他種族と子孫を残せる程度の利用価値しかない、まさしく動物なのだ。
その只人種に有角人種が負けた。
それも、有象無象の雑兵では無く、有角人種二番目に強い剣士が、だ。
ゼフィリオーセスの魂に掛けたスキルの効果によって、ゼフィリオーセスを屠った者の魂の姿を見たニーアは、僅かに【共鳴】スキルの効果により思念が伝わった。
その者たちが自分に復讐すること。
そしてそれをゼフィリオーセスに誓っていたことを知っている。
(……思ったより弱いなぁ、この角付き等。
動物と変わらんあたり、兄ちゃん達が共有で分配すると言うのもわかるわ。
ポーションの技術は大層なもんやけど、他がカス過ぎるわ。あかんあかん。
剣術も魔術も身体能力も、他の亜人に比べて程度が低いわ。
弟を投入して、全員を狂化させても使いモンにならんやろうしな。
……直接手ぇだすな言われとるけど……まあ仕方ないやろ)
ニーアは自らの隠された能力を使うことなく、軍師の才のみで今の地位まで上り詰めた。
その才能をいかんなく発揮し、来たる敵対者へ向けて策を練る。
その時、全く予想だにしない人物が現れた。
ニーアは、何の気配も感じなかった。だが、いつの間にか王座の間の入り口に腕を組み壁にもたれる者がいた。
まるで最初からいたように。
根元から黒い頭髪を編み込んだコーンロウという、見慣れていなければ威圧感を与える髪型の男は、影に隠れて見えなかった顔が、陰から踏み出したことで露わとなった。
端正な顔立ち。目じりから瞼、目元に流れる美しい曲線美によって作られる瞳は蠱惑的で、見つめられただけで魅入られてしまう。
鼻立ち、顎のラインまで完璧で、神によって創造されたとしか思えないほどに、その男の顔は優れていた。
正面から見たその顔は甘い色香を漂わせつつ、野性味を感じさせる。
そしてただ者ではないことを知らせるかのように、人間離れした体格だった。
推定230cmほどはあろうかという巨躯の男は、一歩、一歩とこちらに踏み出してくる。
ニーアは男に心当たりはない。一切。
「あらぁ、SMプレイだとしても限度があるわよ、アナタ?」
特徴的なその声と言葉遣いだったが、一切感情を察せない声音だった。
「……アンタ、誰や?」
低くくぐもった声でそう威圧する。
そもそもニーアと同じ空間にいて息をできる方がおかしい。
彼女の纏う気配、色香は余人にとって到底堪えられるものではないのだ。
だというのに、この男は平然としている。
ニーアは猜疑心と己が出し抜かれたことの怒りで、さらに警戒を強める。
「ワタシのこと知らないなんて、情報収集能力のレベルも低いのね」
「ほぉん、アンタ有名人なん?やとしてもウチが知らんってことは、その程度の知名度ってことやなぁ。どーせ、地下でひそひそやってる鼠なんやろ?」
「さぁね、あなたの知らない世界は思いのほか広いのよ」
「ハッ、それがなんや?知りたいと思わんことなんかどーでもええわ。」
「愚かねぇ。救いようもないわ。見た目だけじゃなくて中身までブサイクなんて」
「”あ?」
ニーアは己の容姿に自信を持っていた。
なぜか、誰の記憶かはわからないが、生まれたときから、美しくなりたいとそう願っていた。
生来の願いなのか、植え付けられたものなのかは定かではない。
しかし、そんなことどうでもいいのだ。自分がそうしたいと思うことを行うことこそ、自己実現なのだから。
ゆえに、自分の自己表現をけなした目の前の男へ、怒りが爆発した。
「アンタがどう思おうが知らんけど、それを口に出すことがどういうことかわかってんのか?」
ニーアは王座から降り、姿勢を低くした。
全身から力を脚部に集め、時速240kmは近い速度で飛びかかる。
(どうやら反応できてないみたいやな……阿保が!)
握った拳と腕に力を込め、思い切り男の整った顔面へ拳を打ち込む。
「なんも分からんまま死ね!」
けたたましい炸裂音と共に王座の幕が暴れ狂い、ステンドグラスがすべて吹き飛ぶ。
だが、男の掌によって、拳は防がれていた。
「お下品ねぇ。打ち方もなってない。いい?拳というのはね………」
こうやって打つのよ、と言い終わるより早く。
完成され洗練された、無駄のない流れるような動きで男は構え、そして、流星かのような速度で一撃、一撃とニーアの肉体へ打ち込まれる拳。
「「あっがあああ!!」」
「そんな嬌声じゃ相手を悦ばせられないわよ?
もっとお上品に、ね」
激流のような絶え間ない攻撃の中であっても一切変わらない声だったが、ニーアは異次元の速度を持つ攻撃に耐えるのが精いっぱいで聞こえていなかった。
男の拳が顔の横に構えられ、それがどこを狙っていたのかすぐに理解したニーアは反射的に防御を取った。
何とか一撃、顔面への攻撃を防いだと思った瞬間、それがフェイントであったことを知った。
男の上体が消えた、と認識した次に味わったのは、側頭部への強烈な蹴り。
ニーアの脳を揺らして意識を混濁させるのに、十分な威力だった。
揺らぐ視界、曖昧な感覚。
その中でニーアは聞いた。
「上段じゃないわよ……?
読み違えたわね。
顔は避けてあげたわ。そのおブスフェイスにも誇りがあるのだろうと思ってね。
埃と大差ないレベルの顔面にもね。
向上心の無い者ほど、醜いものはないわ」
ニーアの返り血を純白の手巾で拭いとると、男はそれを倒れ伏すニーアの顔面に被せ、身を翻し去っていく。
「……であのコ達……恩の何割かは返……たでしょう。
さて、会……行く…まし……」
何やらぶつくさと呟く男の言葉など、もはや意識混濁のニーアには聞こえていなかった。
彼の名前は大陸中の裏社会にに広く知られている。
大陸全土に手を広げる、やり手の実業家である。




