第84話 一体化
活動拠点集会所にて、全員が席に着くと、ヌルさんはモニターに映像を映し出しながら、地上の街についての説明を始めた。
「街の外縁付近に位置する住居はすべて装甲と対侵攻兵器を内包する偽装防護壁、という話をしたが、これは市民を犠牲にするという意味ではない。あくまで優先順位の問題だ。
人命を軽視するのではなく、機巧種の技術が流出することの方が被害の規模が大きいという判断の元だ。
そして街の中心部。インテグラル・レギオンの中心の上に位置する塔。
あれは、大規模防御力場を展開する出力装置兼、対侵攻兵器の要。
同時にエスティエットが組んだ防御魔術結界も展開している。
街に入るものの魔力の波形を記憶し、それで部外者かどうかを判断している。
ユウトの蹴りでも倒れない設計だ、そう簡単に破壊されることはない。
市民に対する説明としては、街の管理を一手に行う装置と、街を守る兵士たちを鍛える訓練場などを含んだ複合施設ということにしてある。
もちろんその実態は秘密だ。このインテグラル・レギオンもな」
モニターに映し出されたのは、地上の街の風景。
「自治を任された村長たちは早速、街の発展のために何ができるかを考えた結果、各村の特産品の生産のための施設を申し出ている。
これは承諾するつもりだ。魔蓑虫なる生物が出す強靭な糸を用いた繊維の作成は、今後魔力を扱う者の装備として有効活用できるだろう」
他にも、料理の腕に自信がある者は、レギオン街の豊富にある食料品を用いた料理店、のようなものをすでに展開しているみたい。
これは、私も食べに行ってみたい……ごくり。
「と、こちらから働きかけてなくとも彼らはすでに自分で行動して街を盛り上げようとしてくれている。何か困ったことがあれば、助けてやってくれ。
ここまでで、何か質問はあるか?なければ続けるが」
ヌルさんが質問コーナーを作ってくれたので、私は疑問に感じていることをぶつける。
「今までの話と関係ないことなんだけど、いいかな」
「ああ。私に答えられることなら」
「その、ヌルさん……なんで背が伸びてるの?
たった一週間合わなかっただけで、そんなに成長するものだったっけ」
「……ああ、これか。そうだな、これについても説明しておくか」
ヌルさんはモニターに映し出されたグラフに指をさしながら言った。
「皆知っていることと思うが、私の寿命、もとい稼働年数はあと4年半だ。
私はすべてを出し切って、目的を達する。
そこが私という存在の終わり。延命は考えていない。
この姿は消費エネルギー量が増える分、元の私の強さに近づく証なのだが、なぜそんなことをしているのか、レアン、わかるか?」
寿命を削って元の強さを得なければならないほど、目的達成を急がないといけなくなったから……?
私はそう思ったのだが、ヌルさんの様子には焦燥を一切感じさせない。
『【回答】おそらく該当する機巧種は、計画の大幅な前倒しが行われたため、十分な検討の元、己も前線に戦うだけの余裕が生まれた物と考えれば妥当です』
ケンセイさんがいうなら、きっと間違いない。
「……計画の前倒しによる、稼働年数の余裕が見えてきたから……でしょ?」
私は若干、できるヤツ風の雰囲気を作りながら言った。
「フッ、流石だ。レアン。
そうだ。アルナレイトのおかげで、ここ半年で大幅に計画を前倒しできたため、その分の余剰エネルギーを用いた戦闘を行えるようにした。
とはいえ、次に余裕が生まれない限りは、一度だけの戦闘だ。あまり期待はしないでくれ。
前線で指揮することになるだろう。
さて、ほかに何か質問は?」
よし、決まった。
これで私も、ちょっとは頼られるかな。
「なさそうだな。では、今度は今一度、皆に私の目的を共有しておこうと思う」
ヌルさんは皆に目的を説明している。
正直、初めて聞いたときは驚いた。
でも、こうしてこんな地下施設まで建造しているとなると、その目的も現実味を帯びてくる。
アルナはあくまで、私たちを利用しているから絶対に市民に被害は出さない、と言っているけれど、わたしたちからすれば、アルナ達が来たことで確かに悲しいことがあった。けれど、村は賑わいを見せ始めているし、こんなに活発な雰囲気に包まれたのも本当に久々のこと。
悲しさを糧に、今生きている人たちを幸せにしてくれているアルナ達には、本当に感謝しかない。
「っはは。やっぱどでかいことやろうとしてるんだな。俺達」
「ですね……傭兵団ゼディアスを率いていた時とはまた違ったことを要求されそうです。
皆さん、頑張りましょうね」
「「おう!」」
エスティエットの呼びかけに皆が答える。やはり傭兵団としての結束は固い。雰囲気からそう感じた。
「そうだ。ヌル、いいか?」
「なんだ?」
「俺の指示を聞いて動いてくれた幹部たちに報酬を用意したいんだが、何がいい?
俺にできることならなんでも言ってくれ。全部できるかは分からないが、なるべく叶えるよう努力するからさ」
「え、じゃあアルナレイト。俺と模擬戦しようぜ。
剣聖の技をお前に試したい」
「お、おう……お手柔らかにな。
他の皆も、気兼ねなく頼んでくれるとありがたい。形式上は弱みを握って手伝わせてる……ってことになってるけど、一応仲間だしな」
「いちおーなんて水臭いことはいうでないぞっ、アルナレイト。
わたしたちはもう仲間だもんね。ね、だんちょー?」
……なんでいつの間に、ミタラさんとアルナがなかよくなってるんだろ。
いや、駄目じゃないけどね。だめじゃないけど。
「はは、ありがとう。
すまない、ヌル。話を続けてくれ」
ヌルさんは続きを話し出す。それは、具体的な目的達成のための手段についてだった。
「彼女を殺すためには、あのケイン帝国すら手中に収める必要がある。
大陸全土の強者を従え、機巧種の技術で強化し戦い、消耗したところをアルナレイトが理外の力でとどめを刺す。
この戦略を行うための戦力確保こそが我々の目的。手中に収めるとはいっても、すべての国を蹂躙し、従えるのでは戦力が減少し、成功確率が下がる。
故に、我々が採るべき戦略はおのずから定まる。
その戦力をなるべく低下させないように操る。我々の意のままにな」
その無理難題を、ヌルさんはやり遂げるつもりなのだろう。
果てしなく遠い場所にある目的の達成のために、もうヌルさんは出し惜しみしないつもりなのだろう。
「以上だ。
すまなかったな。任務明けに重めの会議なんてな。
体を休め英気を養うための施設は用意されている。活用してくれ。
当面の動きについてはまた明日の会議で説明する。では、解散してくれ」
皆が立ち上がる中、またしてもアルナはこちらの方を見ながら、居住区に案内するからついてきてくれ、と言って皆を率いて居住区へ向かった。
私もそれについていくことにした。
………
……
…
歩くこと数分。
私の中ですっかり定着した集会所の名称に、正式名称は何だろうと考えている最中、集会所に向かうときに乗った動く床に乗りながら見慣れない白い壁の材質は何だろうか、と考えていると。
アルナとバルブゼスさんの会話が聞こえてきた。
「なー、頼むぜアルナレイトよう。
俺と一回でいいから模擬戦してくれよ、な?」
「わかってるって、俺も格上の剣士と戦ってみたいしな。
でも今は待ってくれ、みんな自分の部屋が必要だろ?その案内が終わったらいつでもいいから、いまは待ってくれよ」
「おいおいおい、格上の剣士なんて嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。
でもご馳走を目の前にして待てを食らうヤツの気持ちも分かってくれよ?
今のお前だって相当溜まってんだろ?ならわかるだろ?」
「俺はそんな闘争欲ねえよ!」
「ちげえよ」
「じゃあなんだよ?」
「いや、そりゃお……」
「おい、場を弁えろ」
「へいへい。ま、ユウトならわかってくれるだろうぜ」
「もちろんだ。だが焦らされるってのいいもんだぜ?」
「全く……大通りで次そんな話してたら切り伏せるからな」
なんだかんだ言って、みんな仲がよさそうだ。会話の意味は分からないけれど。
「でもありがたいな。模擬戦ができる訓練場が居住区のすぐ横にあるなんてな。
もしかしてお前の要望か?アルナレイト」
「ああ。風呂が近いのも俺の要望だ。稽古上がりにぜひ楽しんでくれ!」
「もちろん混………いや、何でもない。悪かった……。
ちょっ!悪かったって言ってるだろ!殺意を抑えろって!」
そんなくだらない話をしていると、縦長に大きく吹き抜けのある施設が現れた。
道中に稽古場の入り口もあったため、すぐ近くにあるのだろう。
「ここが居住区だ」
吹き抜けを貫く大きな控えめの流れの滝に、生い茂る植物。
動物が住んでいてもおかしくないくらい青々と茂って、地下空間の室内であるということを忘れさせる。
「部屋は各自で決めてくれ。俺の部屋は一番上の角部屋だ。何かあれば訪ねてきてくれ」
どうやら稽古場は5階層まで存在するようで、アルナの部屋はその真隣りにあるようだ。
部屋は構造上他の部屋よりも若干広めに作られているらしいけれど、いびつな形であるためにアルナが所望したらしい。
私もすぐに稽古場に行ける部屋がいいから、アルナの部屋の向かい側にすることにした。
「レアンも最上階にするのね。だったら私はその隣にするわ」
「えーっ、だったら私もそーしよーっと」
「そうね、ケルシーはどうする?」
「私はカレンちゃんの隣がいい」
といった具合に決まり、アルナの部屋と吹き抜けを挟んだ反対側に、私、イリュエル、ミタラさん、カレンさん、ケルシーさんといった順番に部屋が決まった。
一旦みんなに挨拶して、私は自分の部屋に入ることに。
私が近づくだけで扉は自動で横にスライドして開く。
これ便利でいいね。手がふさがってても開けられるし。
部屋の中に入ると、そこには家の部屋とは全く違うレイアウトだった。
外に大型浴場があるというのに、個室の浴室までしっかりと用意されていた。
しかし湯舟がなく、上には管に繋がれた何かが壁に繋がれている。
丁寧に使い方まで書いてあるので、蛇口を捻ってみると、シャワーヘッドというものから小さな雨が降ってきた。
これで汗を流すのかな。
でも、小さいころから湯舟に浸かってきた私には少し物足りない。
一人になった途端疲れがどっとやってきて、私はベッドに倒れこんだ。
その時になって気づいたのだが、よく考えればほぼ寝ずに丸三日歩きっぱなしだったのだ。
私はせめて汗を流さなくちゃ、と立ち上がろうとしたのだが、上着を脱いだところで意識を手放してしまったのだった。




