第79話 五栄角との戦い その2
ゼフィリオーセスを消耗させるには、長期戦を覚悟しなければならない。
しかし、俺はすでに体力を消耗している。今、ゼフィリオーセスの攻撃をすべて捌けるとは到底思えない。
どうにか、奴の意識を戦闘以外へ割き、体力を回復させなければ。
左腕を〔再構築〕し、構える。
「……なぁ、ゼフィリオーセス」
「なんだ」
今とれる手があるとすれば。
会話にて奴の心を揺さぶる以外ない。
今奴に攻撃されれば、俺は視認できない。
此処は、本音で語り、心根を伝える他ない。
そうしなければ……。
俺は口から流れ出る言葉を、堰き止めなかった。
「俺は正直、お前と戦いたくはない」
「強者との闘いはいつも、逃げ出したくなるものだろうよ。
私はこの世界で強者たりえないが、貴殿らにとって私は強者であろうよ」
「いや、そういう意味じゃない。
なんで、争わないといけないんだ、という話だ」
「笑わせるな。貴殿らが王の厚意を無下にしたからであろう」
「俺達からすれば、ようやく村に活気が戻ってきた、というところで侵略者に襲われ、支配される恐怖に怯えなければならないんだ。
だが、お前にも王からの勅命がある以上、遂行しなければならない。違うか?」
「……それはそうだが、それ以上に、私は生きて帰らなければならない理由がある。
それゆえに、貴殿らを従えた報告を持って、王の元へ参らなければならない。ゆえに、貴殿を討つ」
見事な騎士道精神だ。
何かに殉じて死ねるなら、それも幸せだろう。
やはり正義とは排他的なもので、彼らの思い、正義からなる行動に俺たちは犠牲となるしかない。
しかし、それは悲しいだろう。
「……悲しいな、ゼフィリオーセス」
「何?」
「俺もお前も、己の信じるもののために突き進む。正義の奴隷だ。
だというのに、他者と戦い合い、己の正義を証明し続けなければ悪へと身を墜とす」
「……何が言いたい」
俺は、このことについて本当に、悲しいと思う。
「お前、いや、ゼフィリオーセス。あなたの剣技と騎士道精神は、敵でなければ尊敬していただろう。見習うだろう。
そうなんだよ、ゼフィリオーセス。
…………敵であるというだけで争わなければならない。
当たり前のことだが、敵であるというたった一つの要素だけで、あなたを殺さなければならないんだ」
そう、たった一つ、敵である。
憎み合うわけでも、家族や友人を殺されたからというわけでも無く。
ただ己の正義が悪とするもの、その思想の違いだけで、俺はゼフィリオーセスという騎士道精神の持ち主、素晴らしい剣術の使い手たる彼を殺さなければならないのだ。
無論そんなものはもしもの話。IFのことを語っても意味はない。
だが、そんなことで片付けてもいいのか。
現実にはあり得ない程度のことで、素晴らしい精神性を持つ誇り高き騎士を、残酷で救いのない、あらゆる可能性の断たれる最悪の結末たる死へと、追いやってしまうのは、果たして許されることなのだろうか。
「名無しの剣士よ。
…………私とて、それを考えたことがないわけではない。
だが、どうしようもないのだ。目的の異なる者同士、排他的な正義に操られ殺し合う。
だからこそ、我々は敵に敬意を払い、互いに研鑽した剣技を褒め称え合う。
そして、敗れたときには自らを打ち取ったものに託すのだ。
属する集団の話ではない。
それこそが、剣士としての誉れ。
戦いの中で生きるもの達は、その誉れの中で永遠に生きる。
名を失い、姿を失い、けれど剣士としての誇りを失わずに、な」
「………そうか、ありがとう、ゼフィリオーセス」
「ああ。構わない。私の二つ名の由来、誉れ角はわが王が与えてくださったものだ。
その理由、わかってもらえただろうか」
「ああ。そして、俺も俺の騎士道………なんて高尚なものではないかもしれないけれど、自分の考えに殉じることにするよ。
………悲しい運命にある、俺たち剣士の最後。
その最後が、極力痛みなく、安らかに、恐怖なく逝けるように」
ゼフィリオーセスは、アルナレイトの言葉を聞き、悪寒が全身に走った。
その言葉を言い終えるや否や、アルナレイトの気配が変わったのだ。
正確には気配などアルナレイトは纏っていない。
だが、ゼフィリオーセスは確かに感じ取った。構えを構成するあらゆる要素が全て、敵の命を刈り取らんとするよう変質していく様を。
構えの瑕疵の差異から、純粋な殺意を感じ取ったのだ。
(眠れる龍を起こしてしまったやも知れんな………これは)
ゴクリと生唾を飲み込み、ゼフィリオーセスは剣を構える。
(頼むぞ、相棒、カルネヴィエント)
自身の愛剣、カルネヴィエントに語りかけるゼフィリオーセス。
彼が持つこの剛剣カルネヴィエントは、帝国旧式の指揮官に用意される剣であった。
長年現場指揮に務めたものが、指揮官から一軍を預かる身分となった際に乗り換えられた剣。
それがこの剣なのである。
元の所有者の魔力が浸透し、その力の幾分か振るうことができる魔力を帯びる剣。
今はゼフィリオーセスの魔力が浸透し、その力は変質している。
カルネヴィエントが秘める力。それは、共鳴の力を増幅させる効果だった。
周囲の魔力と共鳴し、自らの意のままに操れる効果を発揮するよう、ゼフィリオーセスのスキルを強化拡張する一振りなのだ。
「………目覚めよ、カルネヴィエント」
構えた剣は、ゼフィリオーセスの立派な角と共鳴し、薄っすらと虹色に輝く。
周囲の魔力が剣に集まり、魔力がそのほかの力へと変換される際の光が色とりどりに輝きを、周囲を埋め尽くしていく。
「行くぞ、名無しの剣士」
「………アルナレイト、アルナレイトだ」
ゼフィリオーセスの騎士道に習い、俺は名を名乗る。
ゼフィリオーセスは獰猛な笑みで感謝を返してくる。
「行くぞ、アルナレイト」
「…………すまない」
俺はその命を奪ってしまうことに謝罪し、刀を構える。
冴え渡る感覚。
いまだ最適な動きをしていないことが猛烈な違和感に感じるほどに、冴え渡る感覚。
「「受けてみよッ!!魔力共鳴斬!!!」」
眩い光を放ちながら放たれるのは、ゼフィリオーセス最強の剣技、魔力共鳴斬。
魔纏戦技を自身の角を共鳴させることで多重発動させ、威力、速度、重さ、射程。それらを周囲の魔力的リソースすべてを使い放つ一撃。
その一撃は、大地を抉り捲りあげ、対手を消し飛ばす超高威力の一撃。
上段から放たれる光の剣は、もはや認識すら許さなかった。
研鑽に研鑽を重ねて編み出した一撃に、上段からの全体重が乗っている。
受けきることは困難。
―――――――――――受けきることは、だ。
俺は、導かれるままに刀を滑らせる。
切っ先を地面へ向け、真正面からその剣を刀の切れ味を活かして受け流し、担ぎ込むような形で構える。
そして、脇を占めながら左肩へ刀を逃がし、そのまま刀を引く。
左腕がまたしても肩ごと持っていかれるが、これでいい。
俺の斬撃はゼフィリオーセスの必殺剣を宙に舞う羽のように捉え難く、そして流れる水のごとく受け流し、そして、彼の首筋に一閃を走らせた。
「〔加速〕」
一撃さえ入れば、あとは理外の力を送りこみ、権能を行使するだけだ。
出血、エネルギーの流出を〔加速〕させ、大量出血とエネルギー漏出過多でトドメだ。
「ぐふっ…………」
肉を切らせて骨を断つ。それでは足りない。
俺程の弱さであれば、骨ごと断たれてしまう。
故に。
骨肉断たせて生きしを絶つ。
腕を斬り落とされることは誰の目にも致命傷に見える。痛み、出血。そして、喪失感が襲う。
だが、俺に限ってそれは違う。理外権能で〔分解〕
〔再構築〕してしまえばダメージにならない。
だから俺は、腕一本差し出した。
腕一本差し出すかわりに、奴の首を刎ねた。
骨肉断たせて生きしを絶つ、というわけだ。
大技を打ってくれて助かった。
その身体能力を活かして、延々と攻撃を続けられではスタミナ切れで負けていた。
会話にて奴の心を揺さぶる以外ない。
今奴に攻撃されれば、俺は視認できない。
此処は、本音で語り、心根を伝える他ない。
そうしなければ……奴を騙せなかった。
仕込んでいたのはそう難しいものじゃない。
会話の流れ、俺の本心すら俺が利用し、大技を打たせるように仕向ける。
"思考誘導"だ。
それに、ゼフィリオーセスに話したことは、俺の本心でもあったのは事実だし、俺の中で、ゼフィリオーセスとの語らいは自分の中の折り合いをつけることになった。
ただ、感情が揺さぶられることはなかった。
俺には、ある才能があった。
それは、他人の命をどうしようもなく奪ってしまう、いわば殺しの才能。
その証明は、あの晩、襲撃者を鏖殺したことで示された。
自分では認めたくなかった。
何があっても他者の命を奪うのは、俺自身の精神と背く行為。
罪を背負うから、という理由ではなく、他人の命を奪い、その可能性を奪う最低最悪にして、下劣な行為。
だが、俺は知った。
大切な人を守る為に、命を奪う。それは、俺の精神に背く行為であったが、それは同時に、大切な人の命を奪わせないための行いでもあった。
矛盾の葛藤に精神を苛まれ、摩耗していたところに、レアンが助けてくれた。
その行いは間違いかもしれないが、世界に正解などないのだと。
それに、レアンからすれば正しい行いであったすらあったのだ。
故に俺は、学んだ。
この世界に正義などなく、あるとすれば、互いに主義主張の異なる思想が、排他的な正義なのだと。
俺は、仲間を守る為に、その命を奪わせない為に、他者の命を奪う。
それが悲しい行為であることに違いない。
違いない。だが、だからこそ俺は、敵であるというたった一つの瑕疵たる差異で殺し合わなければならない相手へ、せめてもの手向けとして。
その命を―――――――――。
一切の苦しみも―――――――――。
―――――――――恐怖すら、感じる暇もなく。
―――――――――疾く命を刈り取り、穏かな眠りへと導いてやること。
それこそが、俺のできる、最大の手向け。
最高の礼儀。
【悲愴憐憫・葬送の刃】。
それが、俺の才能が、生み出した技。
恐怖も痛みもなく、最速にてその命を葬り去る、対手に死を強いる技。
対象の弱点へ、死に至る一撃を見舞うのだ。
「…………え、うそ」
勝利を確信したキャシーの顔は、先ほどとは打って変わって表情が抜け落ちていた。
「やだ…………なんで、やだ」
抜け殻の顔に表情が宿る。
顎がだらしなく垂れ、双眸から一条の流れ星が頬を伝って落ちる。
「「やだ、やだやだやだやだ!」」
「さようなら、ゼフィリオーセス。
ありがとう。あなたのおかげで、俺は前へ進めるきっかけになった」
その言葉を最後に彼へ贈り、俺はレアンの元へ向かったのだった。
「「いやああああぁぁぁぁぁっッッ!!!」」
響くキャシーの絶叫を、背中に受けて。
◆◆◆
負けた。
私は、目の前の人間に敗れた。
私は私自身の死を予想していたが、それは、他種族との戦いで先陣をきり、そして死ぬだろうという予想だった。
まさか、只人に敗れ去るとは。
だが、あの語らいが、私の人生を通した生きる目的だったのだと悟った。
そして、理解してくれただろう。
もう十分だ。
あの流麗極まる剣技に敗れたのだ。私はもう、望むものはない。
……いや、それは違うか。
(最後に、付き従ってくれた仲間に礼を。
弟に話がしたい。王に頭を下げ、敗れたことを報告せねばなるまい。
……叶うならば、アルナレイトと共に戦いたい。
背中を預け、戦いたい。
結局言う通り、同じ感情を抱くことになるとはな。
何より……あの、ニーア。あやつを討たねば。
王を誑かした、あの女狐を……)
しかし意識は霞み朧げに。
意志の力が死に向かい弱まる。
その弱まった精神は、容易く操れる。
(あーあ、負けはったんやねぇ)
(な、何者だ……?)
(あんたがよーく解っとるやろう。
あんたに埋め込まれた、強欲の種や)
(強欲の種……?)
(そうや。ジブンの力で押さえ込んどったさかい発芽せんかっただけやけど、今のジブン、それを抑え込むんも無理やろうしなぁ。
こうしてウチが出てきたってことや)
(……何が目的だ…?)
(あんたの最後の願い、かなえたるよ。
その代わり、体を貸してもらうわ)
ゼフィリオーセスは、自分の意識が深層に落ちていくことを朧げながらに認識していたのだった。
葬送の刃。わかる人ならわかると思います。
つまり、最初の狩人です。




