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第7話 共犯者。或いは片翼

次の投稿は今日の8時半以降になります。

 声がこだまする。


 あやふやな輪郭の中で、最初に認識したのがそれだった。

 その次には、ある記憶が舞い込んできた。


 何処とも分からない判別のつけようのない、強いて言えば、訪れたことなど一度もない場所に、俺は立ち尽くしていた。

 俺に手を伸ばし、何かを叫ぶ者がいた。


 「アルナレイトォーーーッ!」


 その言葉の意味がよく分からないが、叫び手を伸ばす人物の姿は、これまで見たこともないほど切羽詰まった状況に身を置いていることが容易く予想できる。

 

 その人物は、女性。

 それも、かなり美しい。


 サファイア宝石のような、煌めき輝く蒼い瞳を持ち、銀の長髪は宵闇に月光を跳ね輝く刀身のようだった。

 

 「手を!早く!」


 女性がそう促す。

 周囲には誰もいない。


 数秒してから自分にその行動を求めていると気づき、ならば『アルナレイト』と言うのは自分の名前なのだろう。


 あの女性はなぜ、俺の…いや、この体の名前を知っている?

 思えば奇妙な話だ。


 俺は残滓に存在を作り変えられ、記憶を移行した。

 だが、それはあくまで本当の自分、精神体のようなものだけのはずだ。


 ならなぜ肉体があるのか。

 考えられるところは、一つしかない。


 この体は、俺のものではない。ということだ。


 誰かがあの場所で寝ていたのか、それとも死んでいたのか。

 その詳細を知る術は俺にはない……いや、ある。


 理外権能で調べれば、この体の名前がわかるかもしれない。


 「早く!来い!」


 女性が一層声色を高め、叫んだその瞬間。


 俺は右肩に感じる仄かな痛みと共に、凄まじい力で後ろに引っ張られる感覚のまま、目を覚ました。


 ◆◆◆


 目を覚ますと、少々視界の開けた森の中にいた。


 後頭部にやわらかい感触があり、ついで右腕の痛みが引いていることを認識した。


 上体を起こし周囲を見渡すと、そこには先ほどの男は影も形もなくと消えていた。


 近くに生えていた大木がいくつも鋭利な刃物で切断されたような切り口で転がっており、大規模な戦闘が起きたことを如実に表している。


 俺がまだ生きているということは、俺を庇ってくれた少女はあの男に勝利したのだろうか。


 あの少女にお礼を言わないと…と懸念し始めた時に、そういえば後頭部にやわらかい感触があったことを思い出し、振り返る。


 そこにはみっともなく気絶する前の、まともな理性があった時にはっきりと見た、網膜に焼き付けたくなるほどの美少女が無表情のままこちらを見つめていた。


 顔の三分の一を覆うほどのハイネックが特徴的な、しかし異様なまでに両肩の肌を晒す……いわゆるアレ殺し的なセーターに近いトップスに、絶対守護領域ギリギリまでに短いボトムスという、服装の少女。


 相変わらずその瞳の虹彩が異常さを物語っているが、少女の容姿はこれまで見てきた女性の中で最も可憐で美しいことがわかる。

 

 「〜〜〜(何かを尋ねるような声)〜〜〜」


 だめだ、何を話しているのか一切わからない。


 そこで俺は瞬時に思い浮かんだ「対象の話す言語の意味を〔解析〕する」と権能を使用した。


 すると、何かに繋がるような感覚と共に少女の声が聞き取れるようになった。


 「ありがとう。助かった。

 ところで、あれがお前の持つ力なのか?」


 美少女の容姿であるにも関わらず、まるで堅苦しい大人のような口調で話す彼女に多少驚いた。


 彼女が話していた内容がよくわからず、とりあえず頷いておく。


 「なるほど、さすがだな」


 少女は一方的に話を進めて行くが、俺は返答することができず歪なコミュニケーションとなってしまう。


 一言も話さず身振り手振り応じる俺を訝しんだのか、少女を少し顔をしかめた後に、言葉を発した。


 「お前……まさか、話せないのか?

 いや、こちらの言語を理解できるが、伝える手段がない……といったところか」


 こちらの様子を少しばかり伺っただけで、俺が今置かれた状況を瞬時に察してきたことに心底驚かされた。

 その洞察力は凄まじいものだ。

 

 「合致するなら挙手してくれ」


 彼女の促すままに左手を挙げると、少女はうなずいた。


 「了解した。少し待て」


 少女は眼を瞑り、その場から微動だもせずに立っている。

 俺はその間に、失われた右腕を理外権能で治すことにした。

 いつまでたってもこのままではいけないだろうと思い「損失した右腕を〔分解〕し、元通りに〔再構築〕する」と心の中で唱える。


 ……何かの不具合か、理外権能の発動する気配がない。

 何度試しても発動の素振りすら感じ取れない状況と、思考によぎった「もしかして、元に戻せない」という恐怖から、恐ろしさと焦燥感が高まる。


 何度も何度も権能を唱えるが、それらは一切機能しない。

 おかしい。理外権能は「対象を定める」ならば効果を発動し、そしてその対象には今のところ制限がなかった。


 ならばなぜ……?

 そこまで考えて最初に思い浮かんだのは、俺の右腕を肩口から抉り取った男の攻撃。


 あれはまさか、俺のような理外権能をもつ者に対してなんらかの有用な効果を発生させるものだったのかも知れない。


 その可能性は捨てきれない。

 たしか残滓が言っていた「七十二人の理外権能を持った使者が全員殺されている」というのは、あの男が用いていた力に起因しているのかもしれない。


 七十二回も理外権能を持つ者を送り込んでいれば、対策を立てるくらいはできるだろう。


 そうなれば、敵は理外の力の効果を知っているということになる。

 そして、理外の力という後継者である俺でさえ理解しきれていないものを、封じ込むだけの能力、ないしは異能を保有しているのだろうか。


 そこまで思考を巡らして、若干オーバーヒートしつつも我に返ると、目の前にはサッカーボール程度の大きさの何かを手にしている少女が立っている。

 

 「互いに話さねばならんことは山ほどあるが、こちらからのみのコミュニケーションというのも正確性に欠ける。

 お前の使用する言語で私と会話してくれ。解析する」


 彼女の言うことに理解が追い付かないながらも、俺は促されたとおりに会話する。

 

 「お前の名前は?」


 俺の名前……ここで或川黎人と名乗るのか、それともこの体の名前である「アルナレイト」と名乗るのか、少しためらったものの、俺はアルナレイトと名乗ることにした。


 その理由は単純で、俺は今からこの世界を理外の力を用いて導かねばならない。

 だったら、俺の本名は目立つだろうし、俺の名前を呼んでいた女性は別の名前を名乗る見知った人間など奇妙だろう。


 何より、元の世界の名前は元の世界で使うのが正しいはずだ。それに、これは俺の覚悟でもある。


 「……アルナレイト。だ」

 「なるほど、興味深いな」

 「興味深い?何故?」

 

 俺は会話できていないというのに、自分の名乗った名前に知識のある少女に食いついてしまった。


 というか、この少女はいったい何者なのだろうか。


 あの大男と殴り合ってほぼ無傷で、しかも大木を易々と切断するする異常な攻撃力。


 彼女の正体を知りたいが、それよりも今は現状の把握が優先だろう。


 「今のイントネーション、想定パターンから演算するに、およそ疑問を投げかけてくれているのだろう。

 ああ、答えようとも」


 少女は語りだす。

 俺の名乗った名前は、この世界では有数の人物のみが知る"忌み名"であったからだという。


 その名の意味。それは「軈ては全てを無に帰す者」というものだったらしい。


 名前が指すすべてとは何なのか、彼女でも知らないことだというが、あまり縁起のいい名前ではなかったかもしれない。


 「そういえば、君の名前は?」


 今更名前を聞いていなかったことに無礼だなと感じながら、これ以上恥を重ねないためにここで聞いておくことにした。


 っと、待て待て、彼女に俺の言葉は通じない。


 すっかりそのことを失念していた。


 何せ、ここは異世界。

 世界が違えば文明も違う、文明が違えば言葉も異なる。

 世界有数の難しさを誇る"日本語"で彼女に話しかけたとしても、それが伝わることなどない。


 そう考えていたその時。

 理外権能ではなく自分の耳に、確かにそれは響いた。


 「私の名か……ああ、今は"ヌル"と名乗っておく」


 確かにそう、はっきりと聴こえた。

 彼女は確かに"日本語"で話したのだ。


 一体何が起きたのかわからず戸惑う俺の様子を、流石の洞察力で見抜いたのだろう。彼女は二度目の日本語で説明を行う。


 「驚いているようだが、驚愕に値するものではない。

 たかが"言語を一つ学習した"だけなのだから」


 と、発音すら完璧に話す彼女。

 流暢な日本語は現代人である俺でも、充分に驚愕せざるを得ないものだった。


 「す、すごいな……」


 口から感想が流れる。


 たった二言程度を話しただけなのに、そのやり取りだけで文法や濁音半濁音の存在までも探り当てるとは。


 俺のように異世界から来た人間ではないかと疑うべきだ。


 「話は変わるが、アルナレイトよ」


 彼女は姿勢を直し、俺の瞳を見つめる。


 幼くも美しい容姿に鼓動が早まることを抑えられず、それでも彼女の流麗な言葉遣いは、美しい声色と共に俺の鼓膜を震わせた。


 「私は、お前を探していたのだ。理外の力を持つ、お前を」


 彼女は確かに"理外の力"と、確かに言った。そして、その力を持つ俺を探しているとも。


 「お前がこの世界で理外の力を用いた瞬間、私はお前に接触しようとこの森に向かった。

 だが、奴は私を尾行していたのだ。

 飛行中に戦闘は始まり、この森に着いてもなお決着が付かず、そして今に至るというわけだ」


 つまり、彼女とあの男がこの森で戦闘を行っていたのは、偶然ではなかったのだ。


 ––––––––––––––––––この頃、彼女が自らにとってどういう存在になるのか知る由もない俺には、この出会いが如何なるものとなるのか。


 これが本当のすべての始まりになることなど、知らずの先に揺蕩うのみであった。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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