第78話 五栄角との闘い
その場に揃った6人の有角人種は陣形を取った。
一番前にゼフィリオーセス。その隣にキャシー。二人の背後にいるのは、細剣を持った女と大剣を構える重戦士、そして拳を構える男。一番最後に小柄な男が杖を構えている。
全員が磨き上げられた堅牢そうに見える鎧を、魔術師にはローブを着用しており、これまで戦った奴らとは違い、本当に他種族との戦いなのだ、と俺は気を引き締めた。
前日の大咆哮のあらましを情報屋リオンから聞いた俺は、その手腕に驚きつつも、彼らが俺達を支配しようとしていることのあらましを知った。
なんせ、自分たちで最強種族に歯向かったくせに、負けた分失ったものは俺達で補おうとしているのだ。
ふざけるなというのが俺の主張だ。そんな理由のために潰されてたまるか。
「最後に聞いておくが、敵対の意思あり、でいいんだな?」
「……ああ庇護下に加わるつもりも、奴隷になる気もない。
自分たちで犯した過ちだろう。俺達を巻き込まないでくれ」
「……知っているのか。ならば一層、殺さなければなるまいな」
ゼフィリオーセスが直剣を引き抜く。
夕暮れを反射して妖しげな気配を放つその剣に一瞬目を奪われそうになる。
こちらは連携もままならないが、レアンと俺の二人だけなら別だ。
俺は前衛を務め、レアンが隙を突く。
エスティエットには悪いが、冠卿魔術師としての技量を見せてもらおう。
「名乗っておこう。
私は近衛騎士団筆頭騎士、誉れ角、ゼフィリオーセス。
そして、彼らが私の部下の五栄角。
鈍角のブライト。
鋭角のロベルタ。
瞬角のキャシー。
魔角のマズスク。
剛角のザバン。
そちらの名前は?」
「私はレアン」
「僕は……エスティ」
それぞれの名前と容姿のすり合わせが完了するころには、名前を名乗る流れになっていた。
俺は名乗りを上げない。
その様子が気に食わなかったのか、俺を見る有角人種。
「……名乗るべき名がないだけだ」
「そうか。では、行くぞ」
態勢を低く構え、ゼフィリオーセスはこちらを見据える。
俺も同じように構え、レアンは魔力操作を開始する。
開始したと思った瞬間、レアンは魔力の操作を終えていたようだ。なんとなく気配で分かる。
俺がいないうちに成長したんだな、と彼女たちの成長とエスティエットは役目を果たしてくれたことに感謝しつつ、俺は再びゼフィリオーセスに意識を向け、一歩目を踏み出す。
「……ッ!?」
消えた。
ゼフィリオーセスは視界から姿を消し、俺は目を疑った。
その瞬間、ゼフィリオーセスが俺の背後、つまりレアンの正面に立っていた。
俺は反射的に斬りかかり、連携を保とうとした。
だがゼフィリオーセスは、レアンに対し攻撃を行うのではく、俺の足を掴んだ。
「ぐっ!!」
異常なまでの膂力に骨が折れそうになる。実際全力で掴まれていたなら容易く折れていただろう。
そうしないということは、つまり。何らかの狙いがある……はずだ。
俺は凄い力に引っ張られるまま、気づけば空中に放り投げられていた。
目まぐるしく変わる視界の中で捉えたのは、夕暮れを反射するゼフィリオーセスの握った剣の切っ先が俺を捉えているということだった。
即座に悟る――――――――――串刺しにされると。
俺は反射的に上昇速度を〔加速〕させ態勢を立て直すと、今度は落下速度を〔加速〕させ、重力に引き寄せられるより早く地面へ落下する。
反応速度と思考速度を生身で耐えられる速度、およそ4倍まで〔加速〕し、逆手に持ち替えた刀でゼフィリオーセスの突きをぎりぎり受け流し、そのまま腕を全体重掛けて切り落とすべく、瞬時に逆手から通常の握りへと戻してさらに力を込めた。
だが、即座に身を翻し回避するゼフィリオーセス。
背後から斬りかかろうとするレアンと、彼女の背後に迫るキャシー。
俺はレアンの背後に迫るキャシーに刀を放り投げ牽制する。
キャシーは一瞬身を屈め刀の投擲を躱し、そのまま跳躍するように踏み込んだ。
俺は投擲した刀を横方向に〔加速〕し回転させ、キャシーに命中するよう軌道を〔歪曲〕させた。
刀の風を切る音がキャシーに届いたのだろう。
踏み込みの最中に攻撃が来たことに驚き、キャシーは歪な体勢で迫る刀を弾いた。
刀は遠くまで飛んでいったが問題はない。
ゼフィリオーセスは流麗極まる動きでレアンの攻撃を受ける。
しかし、レアンの攻撃は魔力で強化した一撃。
その一撃は重く、受け止められるはずはない。
いくら他種族が強くとも、レアンの身体能力は常人離れしているのだ。
いったん着地する。一瞬の攻防だが濃密な数秒は、既に俺の体力を3割ほど奪っていた。
俺は投げた刀を手元へ〔再構築〕し、よろけるであろう隙を狙い斬撃を放つ。
しかし、その斬撃は体制を崩したはずのキャシーに受け止められてしまう。
「たかが短剣、押し切れると思ってる?
只人ごときが、思い上がらない方がいいよ」
その言葉と同時に力押しで跳ね返され、無数の乱撃が放たれる。
短剣の切っ先は速すぎて全く捉えられない。手元、肩や上半身の動きで軌道を予測する。
俺は肉体動作を限界まで〔加速〕させ、何とか首と頭への直撃は避けたものの、内臓にまで達する傷を多く受ける。
自然と超集中状態に移行していたおかげて痛みは我慢できたし、傷は理外権能で治せるので特に問題はない。
一瞬のうちに濃厚な攻防戦を繰り広げ、俺はすでに息が上がっている。
「一人殺せば怖気づき、従順になるかと思ったが……。
いやはや、只人の攻撃を受け止めることになるとは、素直に驚いたよ」
ゼフィリオーセスは両腕でレアンの攻撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。
レアンは魔力強化によって、剣の押し合いは互角に留まっている。
「……だが、やはり種族としての差は、魔力操作程度で埋まるものではない!!!!」
裂帛の気合と共にゼフィリオーセスは全身に魔力を纏い、レアンに剣を押し込んでいく。
一方レアンは全く焦る様子もなく、ただじりじりと押されるのを堪えている。
「これは驚いた。今日は驚愕ばかりしている。
私の攻撃を受け流すばかりではなく、そのまま腕を切り落とそうとする変幻自在の剣。
かと思えば、いま彼女の振るう剣は剛剣そのものだ。
非常に面白い。この戦いで、私もまた成長できるというもの!」
ゼフィリオーセスは剣を切り払い、間合いを取る。
「しかし悲しきかな、これは戦い。一騎打ちではないのだ」
ゼフィリオーセスと入れ替わるように飛んできた大剣の重戦士、ブライトがレアンに一撃を叩き込む。
大上段の構え。裂帛の気迫と共に放たれた斬撃は、魔力によって恐ろしく強化されているのがわかる。
直に接していない俺にさえ、命中すれば致死の威力を持って肉体を破壊される、というイメージで思考が埋め尽くされる。
「「ふんぬぁぁぁぁぁっ!!」」
「……っ!」
しかしレアンはそれを受け流しつつ魔力強化にて強大な一撃を、大剣の横腹へと放つ。
俺がよく使う、受け流しの技だ。
レアンはいつのまにか吸収していたのだ。
大剣は半ばから先端にかけてを切断され、その衝撃が重戦士にも伝わり手首にダメージが伝わった。
「何ぃっ!?この大剣が折られるとは……凄まじいな!」
しかし、重戦士の背後から現れた細剣を手に現れた女が、レアン目掛けて高速の刺突を行う。
けれど、その一撃もレアンに当たることはなく、レアンの放つ遠距離魔力斬撃を細剣で受け、大きく吹き飛ばされる。
やはり、レアンの魔力量が見えていて、彼女が最も危険だと判断したのだろう。
俺は最も魔力が少なく、危険度は低い。そう判断しているのだろう。キャシー一人だけを差し向けられているのがその証だ。
一方エスティエットは、魔術師と魔術の編纂合戦をしている。
しかし、敵の魔術師はしびれを切らしたのか、エスティエットに杖での接近戦を仕掛けた。
魔術で生成された炎を杖に纏い、それを直接エスティエットに押し当てようとする。
しかし、エスティエットはその杖を素手で弾いた。
俺の目では確認できなかったが、多機能補助情報端末に記録されていたハイパースロー映像では、エスティエットは確かに魔術で迎撃していた。
杖が命中する瞬間、一瞬だけ術式が現れ、その瞬間にエスティエットの手に握られている魔力で生成されたであろう剣は、その杖の突きを弾いていた。
その後も流れるような魔力剣での連撃で、マズスクを圧倒していく。
しかも、魔術剣での連続攻撃に加え、同時に炎や氷といった属性魔術も同時編纂し、多重攻撃によって手が回っていないようだ。
連撃を捌き切ったレアンは、ロベルタに賞賛を受けていた。
「あなた、相当お強いですね……!」
「そうかな。ありがとう」
戦況はこちらが劣勢。それにレアンの負担が大きすぎる。
早くしなければレアンが潰れてしまう。
エスティエットはもう少しすればマズスクの撃破に成功するだろう。
しかし、エスティエットではレアンと十分な連携が取れない。
ここはやはり、出し惜しみせずに、体外への理外権能使用をするべきだ。
キャシーは最も弱いであろう俺をつまらなさそうな目で見下している。
そうだ。もっと油断しろ。
「マズスクが押されてるみたいだし、私が加勢に行かなきゃね」
「そうだな。俺もレアンを守らなくちゃならない」
その言葉を皮切りに、またしても高速戦闘が始まった。
「アッハァ♡」
恍惚な笑みを浮かべ、俺に連続攻撃を仕掛けるキャシー。
やはり速すぎてすべて受け流せない。
あのカマキリの魔物よりも数倍速いだろう。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。
俺は、レギオン街の建設で、半自動的に理外権能を扱えるようにまでなっていた。
加速状態を維持しつつ、理外の力へと意識を向け、そこから流れてくる剣術の記憶を頼りに、その動きを改善していく。
【未踏剣術】を用いた俺の技。
【権能多重行使戦闘状態】だ。
この最近はずっと発動しっぱなしだったこともあって、 より遠い未来に技術を扱うことができるようになっていた。
技量が高まったことで、予測と合わせてすべての攻撃を受け流せるようになっていた。
無論その分、肉体への負荷と反動は凄まじいものだが、この場で誰かを失うよりかはましだ。
「……っ!」
肉体の筋肉がぶちぶちと切れる音が内耳に響くが、即座に肉体を〔分解〕〔再構築〕で回復させ、より戦闘は加速する。
キャシーはさらに速度を上げたようだが、それなら俺もさらに〔加速〕させるだけだ。
俺はキャシーの攻撃を受け流すだけだが、キャシーとてわかっているだろう。
自身が致命的なミスをした瞬間、超加速した刀が自身の首を刎ねることを。
焦燥感を理性で抑え込み、必死に高速連撃を放ち続ける胆力は大したものだ。
だが、それでは俺に勝てない。
ぐさり、と背後から〔再構築〕させた投剣が〔加速〕し突き刺さる。
その刃に塗られているのは、ハーレレートの魔力から生み出された魔物たちが体内で精製した、強力な麻痺毒。
戦闘で心拍数も上がっているだろう。それも他種族となればなおのこと。
あっと言う間に全身、麻痺毒が回りキャシーはその場に倒れこむ。
「な、ん」
キャシーの肉体に刀を突き刺し、理外の力を送り込む。
顔色が悪くなっていくキャシーに、理外の力の効果、理内率の低下により対象の身体能力低下が作用することを十分に確認してから、彼女の手足を〔分解〕した地面へ埋め、さらにその地面の中に大峡谷で手に入れた金属を掛け合わせた複合金属の枷を〔再構築〕して固定した。
「くそっ……放しなさいよ」
「おとなしくしとけ。逃げ出そうとしたら」
切るぞ、と言った次の瞬間、俺はゼフィリオーセスが背後まで接近していることに気づかず、右腕での防御に頼ってしまった。
ギャリィぃん、という金属音と共に義手が接続されている右肩の骨の芯にまで一撃の重さが伝わってきた。
レアンが食い止めているはずだ……と思っていたが、重戦士と交代した拳闘士と細剣使いがレアンを抑え込んでいた。
しかし、まだレアンの顔に疲れは見えない。
機巧種製の義手である右手で防いだが、俺の肉体が攻撃に耐えきれず吹き飛ばされてしまう。
「キャシー、無事か?」
「ごめんなさいゼフィリオーセス様。麻痺毒の意志抵抗には成功したんだけど、一瞬体が鈍った隙に……」
「気にするな。しばらく待っていろ」
俺に向け剣を構えるゼフィリオーセス。
一番強いやつを一人で相手にしなければならないとは……。
その時、エスティエットはマズスクの制圧に成功したようだ。
魔力で構築された鎖で地面につなぎ留められ、目隠しまでされた状態で地面へ伏せられている。
「アルナレイトさん!加勢します!」
その申し出はありがたいが、俺とエスティエットの相性は最悪だ。
回復魔術、強化魔術も俺には意味がないし、エスティエットの魔術を俺が打ち消してしまう可能性もある。
「エスティエット。レアンの補助に回ってやってくれ。3人を制圧した後にこいつを頼む。
俺は何とか粘ってみるが、なにせ最強の騎士が相手だからな。期待はしないでくれよ」
「……わかりました」
エスティエットはレアンの剣戟繰り広げる方まで走っていった。
ゼフィリオーセスが妙なことを口にする。
「エスティエット……ほう、まさかあのエスティエットか」
「……知っているのか?」
「ああ。冠卿魔術師にして、傭兵団長。ケイン帝国とお前たちが繋がっていたとはな。
私も神に反旗を翻すつもりはなかったのだが……仕方ない」
「……まあいい、なんにせよ、エスティエットのことを知られたんじゃ生かして返すわけにはいかない」
「言っておくが、私にはキャシーにしたような手品は通じないぞ。
キャシーを制圧できる人間がいたことは誉めてやろう。しかし、同じように行くと思うな」
仲間を傷つけられたことに怒りを覚えているであろうゼフィリオーセス。
俺は刀を構え、迎撃すべく無数の策を巡らせ攻撃に備えた。
伝わるはずのないゼフィリオーセスの怒りが、剣力の膨張を刀を通して、俺へ強制的に理解させた。
(エスティエット、レアン、頼むぞ……!)
いかにエスティエットとレアンが戦う番になったとき、こいつを消耗させられるかが俺の戦いになるだろう。
どこまで粘れるか。だな。




