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第76話 有角の尖兵

 カベルネ村、デッソイ村、アゲルス村の住民がレギオ村へ移住することが決まった日の翌日。

 アレイン平野とその近辺の森を大声量が駆け巡った。

 それをクロムの仕業と知る者はいなかったが、これにより、不測の事態へ備えて住民の移動を可及的速やかに行うことが決定した。

 あの声から逃げてきた魔物たちが、移動中の住民を襲わないように傭兵による警備をつけ、厳戒注意に当たらせている。

 村民の大移動はおよそ4日かけて行われ、一人もかけることなくレギオ村へ、そして、レギオン街へと移住を開始している。

 前もって作っておいた多目的ホールが役立った。

 ひとまずはそれぞれ3棟に住民を住まわせ、そこから適当な形に住居を割り振っていく。

 そうすることで、一人も漏れることはなく住居を提供することができた。


 まだほかの村には数人残っているようだが、どれも高齢の者が多い。それもそうだろう。

 いきなり村から出て、ほかの場所へ移り住めなど、許容できる方がすごい。

 それでも死なないために、生き残るために故郷を捨てて命をつなぐのだ。

 それに、そういう意見が出ることも予想していたので、理外権能で〔分解〕〔再構築〕し、住居ごと移動させた。

 多少のインフラ整備用に構造はいじったが、内装は一切変えていない。

 そうした処置を施した人からは大変喜ばれ「守ってきた家を大切にしてくれてありがとう」と褒められてしまった。

 うん、悪い気はしないな。

 

 ともかく、いろいろと面倒な手順を踏んだものの、ようやく俺の策を発動させられるようになった。

 そもそもとして、今回行ったのは、レギオン街へレギオ村、カベルネ村、デッソイ村、アゲルス村を〔分解〕〔再構築〕し、村ごと運んできたのだ。

 理外権能なら、どこに〔再構築〕するかという制限はないのだ。

 無論人を完璧に〔再構築〕できなかった場合、その人に与えるダメージは計り知れないものとなる以上、移動してきてもらったのだ。


 そこで、一人、困るやつが出てくる。

 そう。フェリフィスだ。


 久々に顔を合わせたフェリフィスが俺に向かって罵詈雑言をまき散らした。


 「ふっざけんなよお前!!私が住む家以外を残して全部……全部無くなってんじゃんか!!」

 

 大ぶりの拳を半身を引いて躱し、俺はそのまま無防備な脚部を足払いして体勢を崩すと、そのまま締め上げた。


 「痛いわねなにすんのよ!放しなさいよ!!」

 「俺はお前との約束は守ったぞ?レギオ村へ立ち入らないとな」

 「そんな事関係ないわよ!!私に一人で生きろってこと!!??この危険な世界で!?」

 「俺はお前との約束を守り、レギオ村へ立ち入らなかった。

 なら、お前も新たなレギオ村、いや、レギオン街へ入るなよ。いいな?」

 「はぁ!?子供じみた暴論で勝った気になってんじゃないわよ!!」

 

 確かに自分でも思う。けれど、俺は事実として約束を守った。

 レギオ村に近づかない。入らない。それは、レギオ村のあった場所への立ち入り禁止だ。

 ならば、レギオ村ごと移動させてやればいい。その場所は草地に戻り、レギオン街へ周りの農場も、建物もすべて移動させた。


 これでこの地に用はない。


 「じゃあな、せいぜい一人で生きることだ」

 

 俺はフェリフィスを開放し、各村に移動できずに残っている者がいないか確認するべく、まずはデッソイ村へ移動しようとしたその時。

 背後で立ち上がったフェリフィスが、俺目掛けて走り寄ってくる。

 俺はその姿を〔解析〕にて把握。懐に隠し持っていた短剣で、俺を背後から刺突しようとしていた。


 俺は即座に短剣を刀で弾き飛ばし、また足払いで転倒させ、落ちてきた短剣をつかみ首に突きつけた。


 「敵対行為だな。完全に」

 「殺す……殺してやる!こんなとこで一人で生きていけるわけないでしょう!!」

 「それがお前の選択だ。それに、俺と敵対する行為がどのような意味を成すか、わかっていないのか?

 叫んでも誰も来ない。この草原の真ん中で」

 

 俺は記憶を思い返す。

 ナタリアさんを救えなかったあの時の、怒りに飲まれた自分を。

 怨嗟の炎を宿す瞳で、一心にフェリフィスの心へ恐怖の焔を灯す。


 「ひッ…………!」

 「もう無駄だ。逃げられない」


 俺は、幼少期からレアンに酷い行いをしてきたこの女に向かって、首筋に突き立てた短剣で喉を搔き切り〔分解〕した。

 魔力は愚かスキルすら持っていなかったので、簡単にできた。


 「…………慣れたものだな」

 

 罪を犯せばその感覚に慣れる。

 何かの記事で読んだ。殺人は、一人目のハードルが高すぎて、二人目以降は何も感じない……だったか。


 確かにそうだ。

 何人も殺した俺にとって、今フェリフィスを殺すことに躊躇はなかった。


 一人殺してしまえば、あとはたいして変わらない。


 俺はそれを、身をもって実感した。


 胸の奥がチクりと痛むが、それ以外は何も感じなかったのだから。


 ◆◆◆


 アゲルス村、カベルネ村を回り、〔解析〕した結果。

 人が残っているという結果は出ず、これでこの二つの村は完璧に移住が完了した。

 あとはデッソイ村だけだが、そこは俺ではなくレアンとエスティエットが向かっている。

 俺はなるべく彼女を危険にさらしたくないのだが、それでも比較的危険の少ないうちに、彼女には様々な経験を積んでもらった方がいいと判断した。

 無論、エスティエットが同伴しているのはそれが理由だ。

 なんでも、魔術を教わりながら移動しているらしい。

 とはいえレアンも魔力感知による索敵も欠かさないし、エスティエットの探知魔術も張り巡らされているので、危険はないだろう。

 村にはバルブゼス、カレン、その他の傭兵たちが警備に当たってくれているので安全だろう。

 

 そんな時、レアンから連絡が入った。


 (アルナ!移動し損ねた一家を見つけたよ!)

 (了解だ。そのまま移住させてくれ)

 

 まさか本当に残っているとは。

 今後は傭兵たちとの情報伝達、連携も考えていかないとな……と考えていると。


 (……誰だろう……あの人達)

 (レアン?どうしたんだ)

 (……角?でもなんで、人から角が生えてるんだろ……って、エスティエットさん!?)


 逃げますよ!とエスティエットが声を荒げて急かす声が聞こえる。

 なんだ、何が起こっている?

 逃げる?角……?


 まさか!


 俺はエスティエットがいるから安全だろうと踏んでいたデッソイ村の調査は、その実そうではなかったことに気づいた。


 (……くそっ!なんで気づかなかった!!)


 魔物があの大声に逃げてきたように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は全力で疾走し、移動速度を〔加速〕させデッソイ村へと向かった。


 理外権能での瞬間移動は、実際に行ったことがあるか、強くイメージを結び付けられなければできないのだ。


 

 …………エスティエット…………レアンを守ってくれよ…………!


 俺は焦燥感に駆られながら、一心不乱に目的地へと向かう。

 

 ◆◆◆


 

 デッソイ村跡に現れたのは、6人の人間………いや、正確には人間ではない。

 頭部から点につき上げる角が生えた、人間。


 (あの人たち…………なんなんだろ)


 レアンが何の気なしに思った疑問に、【賢聖の知見】が答える。


 『【回答】あれは有角人種。共通名キャリブホーナイン。

 只人が大量の魔力に当てられ、変質し進化した上位種族です。

 全身に魔力回廊から伸びる魔力節があり、常に魔纏闘法(エンチャントアシスト)を展開していると似たような状態で成長してきたため、高い身体能力と魔力操作感度を持ちます』


 (常に魔纏闘法(エンチャントアシスト)を纏っているような状態………ってことは、元の身体能力でも天と地ほどの差がある上に、さらに魔力で強化してるってことだよね………)


 レアンは戦慄した。

 ヌルが言うには、他種族、特に亜人族は魔物とは比べ物にならない身体能力と、高い知性を持つ厄介な存在であると。

 今の自分に勝てる相手ではないだろう。

 どうすればこの場を切り抜けられるか……と考えていると。


 「えーと、共通語ならば通じるか?」


 6人の内一人、最も背丈の高い男が話しかけてきた。

 兜で顔は見えないが6人の中で最も長い角は怪しげな光を放っている。


 さすがに話しかけてきた以上無視するわけにはいかず、言葉を返すエスティエット。


 「はい。聞こえています。

 それで、我らが村へ一体何のようでしょうか」

 「通じるか、ならよかった。何せ只人、共通語ではなく独自言語かと思っていたのでな」


 男は少し間を置き、話し出す。


 「私は有角人種国より来た、近衛騎士団筆頭騎士、誉れ角のゼフィリオーセス。

 貴殿ら只人に、用が会って参った次第。

 話を聞いてはもらえないだろうか」


 武器を抜いていない以上敵対意識は無さそうだけど、今の所は。

 そう考えるレアンは、歩み寄ろうとするゼフィリオーセスと名乗る男に、刀に手を掛け牽制する。


 「……流石に他種族は警戒するか。いや、仕方ないことだ。最弱の種族なら小動物並みの警戒心でなければ生き残れんだろうよ、仕方ない」


 ゼフィリオーセスはその場で話し出した。


 「私は仕える王、ロディナンテス王より勅命を賜りこの地へ来た。

 その勅命は、近辺の村を我が国、アーバンクレイヴの庇護下へ加え、その上納として作物や労働力を提供することを許可するとのお触れを貴殿らに伝えるべく参ったというわけだが、どうだろうか」

 

 違和感を感じながら、レアンは言った。


 「断ったらどうなるの?」

 「その場合は、全員を奴隷として本国へ連れて帰るように言葉を賜っている」

 「……そう」

 「我が王は寛大である。奴隷とはいえ各地域を統べる貴族の財産として分配され、命は保証される。逆らわぬ方が賢明であろうよ」


 従えば、庇護下に入り身の安全は保証される。

 しかし、従わなければ奴隷に身を落とす。

 あまりに見下した選択肢に、レアンは憤りを覚えた。その憤りを言葉にしようとした時、エスティエットから小声で静止が掛かる。

 

 「―――――――なんで、したがわ」

 「だめですレアンさん!」


 反対に冷静なエスティエットは、思考を巡らせ生き延びる策を考えていた。


 (……僕とレアンさんの2人では分が悪い。

 魔術の全力行使もできない以上、ここは時間を稼ぐ他ない……!

 返答を後回しにして、その内に戦略を整えて迎撃する方が勝率は高いはず……)


 エスティエットは慎重に言葉を選びつつ、この場を凌ごうとする。


 「我々も、魔物の脅威から守られるのであれば、ロディナンテス閣下の威光に預かりたく思います。

 ですが、我々一村人に、村の将来を左右する大事は決めかねます。なので、返答は少し待ってもらえますでしょうか?

 村長と話し合い、然るべき場にて決議したく思いますが……如何でしょうか?」


 これならば村に戻る時間がある。

 その間にユウトが駆けつけてくれれば、全て解決する。ユウトはゼディアスの二番手。強さは凄まじいのだ。


 (……でも、それじゃ少し足りないな)

 (ア、アルナ?どうしたの?)

 (いいか、レアン。そいつらに各村の現状を伝えてほしい。それで話は好転するはずだ。

 無論、俺たちが魔物を倒したことは秘密だ)


 いきなりの通信に内心驚きながら、しかし表面には出さずに指示に従う。


 「ふむ、であれば我々も同行しよう。

 魔物にすら命を(おびや)かされる只人、帰りの道で魔物共の餌になってしまうのは困る」

 「……今、四つある只人の村は、近辺を生息地にしていた魔物が去ったため、一つに纏まろうとしている」

 「それは本当か……?

 どうりで人が少ないわけか。ならば話をして回る必要はなくなるわけだな」


 エスティエットはハッとしたような顔の後、アルナレイトが指示した援護射撃に乗じる。


 「はい。大勢が一つの村に集まっていて、落ち着ける時間も欲しいのです。

それに、我々只人からすれば、他種族が村で訪れたと知れれば混乱し、落ち着かせるのに時間がかかってしまいます。

 なので、この村を駐屯地として利用して頂いて構いませんので、少々お待ちいただけますか?」

 

 ゼフィリオーセスは何かを考えた後に、それを許可した。


 「構わない。だが待てるのは今日だけだ。

 明日にはここに代表者を連れて来るように。

 わかったな?」

 「かしこまりました。寛大なお心に感謝致します」

 「わかったなら行っていいぞ」

 「はい、それではまた明日に」

 

 レアンはエスティエットの真似をして頭を下げて、残っていた家族を連れてその場を去った。


 やがて村が見えなくなると、2人は肺に溜まっていた空気を吐き出し緊張を解いた。


 「……いや、落ち着いている場合ではありませんね」

 「だね。早く傭兵団に戻ってきてもらわなくちゃ」

 「……すみません、移動し遅れたばっかりに」

 「いえ!お気になさらず!早く街まで行きましょう」

  

 六人は周囲を警戒しながら、レギオンの街へと向かうのだった。


 ◆◆◆


 もぬけの殻になった村で、ゼフィリオーセスは自身の部下、キャシーへ命令を出す。


 「あの者達を追跡できるか?」

 「もちろんだよ、ゼフィリオーセス様」

 「今から"共鳴"する。逐次状況を説明してほしい」

 「わかった。じゃ行ってくるね」


 即座にキャシーは追跡へ向かった。


 (……本当に村長へ話を伝えてくれるなら良し。

 しかし、そうでなくても問題はない。

 問題は、奴らが敵対行動をとるか否か……)


 キャシーが追跡に向かったその数時間後、ゼフィリオーセス達は動き出すことになったのだった。

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