第75話 愚かなる角
今日。
アレイン平野周辺国の一つ、有角人種の納める国家、アーバンクレイヴの領土、その三分の二が消滅した。
世界を割るほどの轟きと波動、そのエネルギーの奔流は、アーバンクレイヴ首都、ゼストリムを掠め西方領土を消し飛ばしたのだ。
その大災害には、思念が込められていた。
曰く『愚かな枝どもよ、これは俺の領域へと踏み込んだ罰である。二度とこのようなことをしようと思わぬよう、その身に刻み、とくと痴れ!』と。
あまりに一方的な大破壊は、有角人種達の農耕地を完全に破壊しつくした。
その理由は、有角人種達にあった。
なぜなら、この破滅が齎されたのは有角人種達が亜人最強の種族、龍人種の国家たるヒルデガルドに攻め入ったからであった。
有角人種が最強種、龍人種へ攻め込んだ。
確実に勝てると、王の側近ニーアが進言したのだ。
もとより龍人種に劣る有角人種がなぜ攻め込んだのかといえば、それは、有角人種達の資金力にあった。
この世界で流通する様々な効果を持つ基本回復薬の製造、流通を行っていたのは、この有角人種達だったのだ。
基本回復薬は様々な効果を持たせる調合の基本薬剤としても用いられるし、回復効果も期待できる。万能薬でもあった。
しかし、その製法、原材料は固く秘匿されており、流通元であるアーバンクレイヴは、製造方法の共有を他国より交渉されたが、いずれも断っている。
大陸の三分の一を占める超大帝国、ケイン帝国との取引を断るほどなのだから、その意思は相当なものである。
国お抱えの商人の提案により、基本回復薬の値上げと水で薄めた劣化品を流通させ、さらに国益を高めていたアーバンクレイヴは、膨大な国家予算をつぎ込み自軍の強化を行った。
魔力を有した武器、防具。それら強力なものを購入し、自国の戦力を高めていたのだ。
熾烈な争い続く南側諸国に対抗するための備えであった軍備増強だったが、その戦力を侵攻に使おうと進言してきたのが、田舎の村から才能一つで叩上げ、今の地位にまでのし上がった女軍師、ニーア。
大規模魔術、多重スキル使用による防御、殲滅攻撃。多数の攻撃手段を得たアーバングレイヴは、さらに秘密裏に入手した帝国性武具の型落ち品を兵士へと装備させ、徹底的な強化を行いその戦力は確かに脅威となっていた。
あくまで、周辺の弱小国家には。
侵攻軍。第三軍まで含めた総数5万の魔力武装に身を包んだ軍勢は、本来であれば他国を蹂躙するのに十分たる戦力である。
だが実際には滅んだ。
最強たる龍種の末裔にして、密かに存在を囁かれる、対ケイン帝国集団、”至者達”に名を連ねる最強の男、”クロム・ナバーロ”の大咆哮によって。
アーバンクレイヴの王、ロディナンテスは苦渋に顔を歪め、額に冷や汗を滝のように流していた。
兵士に確認させるまでもない、総数5万の兵士の全滅は、疑いようもなく大地をえぐり取った破壊力が証明していた。
(――――――聞いてない……ッ!!!!聞いていないぞッッ!!!!!!)
ロディナンテスは愚か者ではない。もともと只人種と同じ、周囲に村落が存在据えるだけだった有角人種達を一代にしてまとめ上げ、国家を気づき上げた建国の父でもあった。
だが、ロディナンテスは戦いの才能はなく。
加えて、格上の次元を想像はできても予想をはできなかった。
それも仕方ないことなのだ。
この世界は、現状を切り開けぬものは死ぬ。
深謀遠慮をめぐらせなければ生き残れない。
それほど残酷なのだ。
ロディナンテスは思考をめぐらせる。
(今すべきは戦力の消滅を他国に知られてはならないということだ。
……いや、あれほどの大声量、もはや隠すこともできぬ。
ならば、戦力の拡充を図ることこそ最優先だろう)
ヒルデガルドの長、クロムの咆哮の余波では凄まじかった。
年に存在する家屋の8割の倒壊。
果樹園の木々は折れてしまった。
王城のあらゆるガラスは風圧で砕け、城壁はもちろん破壊されてしまっている。
今残っている戦力で王城の城下町を警備させようと、王の勅命を発しようとしたその時、二つのことが同時に起きた。
まずは、近衛騎士団筆頭騎士、ゼフィリオーセスとその親衛隊、五栄角が王座の間へと現れた。
「王よ、ご無事で何よりです。
われら近衛騎士団、4割の人員が生存。しかし警備に当たらせるならば動けるのは五栄角と私だけになります。いかがなさいますか」
誉れ角の名を授かるゼフィリオーセスと、その部下五誉角。
鈍角のブライト。
鋭角のロベルタ。
瞬角のキャシー。
魔角のマズスク。
剛角のザバン。
皆、アーバンクレイヴの最強の騎士。
最高峰の装備で身を固め、その武器を扱うに足る技術を持っている。
「うむ……まずは状況の確認よ。警備と人民救出を最優先に……」
そして、王が命令を下す最中、玉座の後ろから姿を現した者。
その者こそが、王側近の軍師ニーアであった。
ニーアという人物は、徴兵制度を採用するアーレヴクレインによってその才を見出された天才である。
優れない体格に体つき、切り揃えられたショートヘアに小さな角は、幼い女児を思わせるが、歴とした成人した有角人種である証に、角が黒い。
子どもと見紛う容姿と裏腹に、その顔立ちには見るもの全てを魅了する妖しい魔力を纏っている。長いまつ毛、長い切れ目に、紅く小さな唇。
笑顔は誘うような妖艶さを伴う、真性の魔性。それがニーアにはあった。
「む、ニーアか。よくぞ無事であった」
ニーアが顔を見せた瞬間に顔をほころばせる王を見て、ゼフィリオーセスは訝しむ。
無論表情にも、気配にも出さずに。
「はい、陛下こそ、ご無事そうで何よりにございますわ」
(………ヒルデガルドへの侵攻を強く推したのは、この女であったな……)
ゼフィリオーセスは、この女を以前から怪しんでいた。
そのニーアは何をかんがえているのか、王に親しげな態度で、確かな実力を示している。しかしゼフィリオーセスには、裏切るまでは行かずとも、何かを企んでいるという予感がしてやまない。高い剣力のあるゼフィリオーセスは、あの女と目線が会うたびに剣が熱を帯び、僅かに震える気配を感じる。
ゼフィリオーセスの愛剣、カルネヴィエントは強い魔力を宿し、並の金属鎧など、紙のように切り裂いてしまう。その剣に宿る魔力が震えているということは、あの女には何かがある。
剣から感じる違和感は本物である。それが意味するのは、やはりあの女は何かの企みを腹の中に隠している。
妃がいる身の王をその妖しい魔力で魅了するニーアに、いつかその正体を白日の元に晒してやる、そう強く敵対心を持ったゼフィリオーセス。
その敵対心から剣気が僅かに漏れたのか、一瞥に等しい刹那の中。
ニーアと目が合った。
そして、僅かにつり上がる目尻。
何より感じたのは。
瞳の中に合った、此方を魅せ殺さんばかりの欲気であった。
やはりこの女、魔の手の者だ。
王は精神を操られて、望まぬ勅命を下しているに他はない。
(王よ、貴方の剣たるゼフィリオーセスは必ず貴方を精神支配から解き放ち、この女を、斬り捨てる)
その意思を読み取ったかのように、ニーアから挑発する気配を感じた。
その後、王勅という形をとったニーアの指示にて、ゼフィリオーセス率いる精鋭部隊は人間の村へ赴くこととなるのだった。
周囲を偵察する兵士から入った情報では、近辺にある只人種の村が目覚ましい発展を遂げているという報告書があった。それを見たロディナンテスは、その村の隷属を命じると宣言したのだ。
(本来王は、このような状況でも、たとえ格下の種族を奴隷のように使おうとはしない。そんな欲深い王ではない。私の知る、ロディナンテス様は……もしや既に……)
ゼフィリオーセスはアレイン平野へ向けて五栄角たちを率い向かうことになった。
王座の間を去るとき、ゼフィリオーセスは誓った。必ずニーアを屠ると。
それが、王と顔を合わせる最後の機会とは知らずに。
 




