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第74話 村長会議

 レグシズとレアンの準備が終わり、二人はレギオ村を後にした。

 村人には仕事があるし、警備は傭兵たちが行ってくれる。危険はない。

 レグシズは村を離れる不安を皆への信頼で打ち消し、カベルネ村へと進み始めることにした。


 歩き出して4時間。レアンとレグシズは体力的に余裕があったものの、インクのが疲れた様子だったので小休憩を挟むことにした。


 「……すごいですね、二人とも。

 私が9時間かけた道をたった4時間で……」

 「ん、ああ。体力がなくては魔物と戦えんからな」

 「だね。この距離くらいなら疲れるってこともないし」

 

 インクは二人の超人ぶりを、後の5時間の道も見せつけられることとなったのだった。


 そして、日が落ちる前にはレアンとレグシズ、インクの三人はカベルネ村へと到着していた。

 夕方の森の中は暗く、視力を魔力で強化した二人に問題はなかったが、インクは前方にしか光の出ないカンテラで明かりをつけていた。

 全方向に光を放つのは、その位置に自分がいることを魔物に知らせてしまうから、その対策である。


 到着した時、挨拶に来たアンディムは立派な村長となっていた。


 「あの距離を当日中に踏破しきったのですか……やはり出鱈目だ……。

 っと、すみません。レグシズ。お久しぶりです」

 「ああ、久方ぶりだな。

 紹介しよう。私の孫、一番弟子のレアンだ」

 「レアンです。よろしくお願いします」

 「ああ。よろしく。レアン」


 アンディムはレグシズの強さを追い求め、幼いころから鍛錬に身を置いてきた。

 そのおかげでわずかながら魔力操作が可能で、魔力を感じ取ることも出来ていた。

 そのアンディムが、圧倒されるほどの魔力量をレアンから感じた。


 (……この子、さすがレグシズの孫とだけあって、凄い)

 

 魔力とは、いかなる生命体でももつオーソドックスな力なのだ。

 カベルネ村の人間も認識できていないだけで魔力は持っているが、その全員の総量でもレアンには及ばない。


 「明日の会議に備えて、今日はお休みください。

 後ほど食事と飲み物をお持ちします」

 「ああ。助かる」


 二人は空き部屋へと案内され、その日はそのまま何事もなく終わった。

 そして次の日。早朝から各村の村長が顔を合わせ、会議が始まるのだった。


 ◆◆◆


 その場に集ったのは、カベルネ村村長アンディム。

 アゲルス村村長マリナード。

 デッソイ村村長メファラム。

 そして、レギオ村村長レグシズ。


 全員が円卓に着き一礼したのち、付き添いの者たちが椅子を引き着席する。


 「それでは、各村長会議を行いたいと思う。

 危険極まりない外から来てくださった皆々様に、感謝いたします」


 優雅で下品ではない振舞いに、アンディムが立派な男として育ったのが少しうれしく思うレグシズ。

 肉体も鍛えているようだし、何より遠き日に見た自分の剣技を見様見真似で習得しようと試行錯誤した結果、剣術のようなものまで習得しているらしい。

 それなら月ヶ瀬流の剣技を学ぶまでもないだろうと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

 なぜならアンディムは、レグシズに対し鮮烈なイメージを抱いているからだ。

 あの日見た剣技はこんなものではなかったと思うが故に、それが他者に対して剣技を教えるという認識に繋がらないのだ。それほどまでに、アンディムから見たレグシズの剣技は卓越したものだったのだ。


 「まず初めに、皆お分かりの事と存じますが、この近辺、人間の生存区域から魔物が消滅しました。

 これがさらなる敵の襲来を意味しているのかどうかは分かりませんが、一つ言えることがあるとすれば、それはこの時間が、次の脅威へ対する対策の時間であるということです。

 以前、手に鎌を持った凶悪な魔物の移住により、我々只人の村は10から4つ、つまり6つの村も失われてしまった。

 残った村に生き残った住民が移住し、かつてないほどの規模にはなりましたが、それは養える人数の超過も意味しており、皆いっぱいいっぱいの状況でしょう。

 そこで一つ、提案がございます。

 各村は交流はあれど、直接的な干渉はなかった。

 ならば、互いの生存のために情報や技術、資源を共有するというのはいかがでしょうか」


 話の内容はやはり、レグシズの予想通りの方向へ進んでいる。

 レグシズは自分の村が優れているとは思わないが、しかし他の村のものを共有したところで、魔物に対する有効策へとつながるのだろうか。と思った。

 

 レギオ村はルーファス家に力をつけさせ、その力で村を守ってきた。

 しかし、それは一朝一夕で為せるものではない。

 技術を教えたところで、死んでしまっては意味がない。

 何より、弟子が死ぬのはもうこれ以上見たくないのだ。


 「……さしあたっては、レグシズ殿。

 あなたの剣技を皆に広めてほしい」

 「ふむ、それは構わないが……その前に一つ、聞いてもらいたいことがある」


 レグシズは全員の顔を一瞥する。

 皆レグシズより若い村長なのに、その頬は老人のように瘦せこけている。

 きっと、魔物の脅威に晒されたことで食料が足りていないのだろう。

 これでは剣を学ぶなどと言っている場合ではない。強靭な肉体がなければ魔物に対する剣技を学ぼうと、意味がないのだ。


 「皆、魔物がこの地から去った、いや、この地にて消滅した理由を知っているか?」

 「……?」

 「いや、皆目見当もつかない故、深くは考えていなかった」


 三者三様に反応するが、同じなのは「それがどうした」とあまり重要に考えていなさそうだった。

 その者たちに、事実を告げることにする。


 「魔物の生態は、群れの主となる個体名が魔力を吸収し、それをもとに魔結晶の核を生み出し、魔力によって肉体を構築することで己の眷属を増やす。

 そして、その魔結晶は大元である魔物が死亡した時、眷属の魔物もすべて死亡する」

 「……そのことを知っているということは、まさか」

 「いや、早とちりするなアンディム。私ではない」


 レグシズは立ち上がり、後ろに控えていたレアンの肩に手を置き、言った。


 「私の孫にして一番弟子のレアンと、二番弟子。その二人が魔物を討伐した」


 会議にどよめきが走る。


 「な、何っ!?」

 「バカな……そんなことが」

 「…………あなたの剣技は、一番弟子に受け継がれていたということですか」

 「そうだ……と言いたいが、レアンの剣技は今の私を上回っている。加えて、幼いころから叩き込んできた魔力操作によって、私をはるかに上回る身体能力で剣技を振るう」

 

 全盛期の私であれば、或いは今のレアンに勝てるだろうが、それはもう過ぎ去った時間の話。

 しかし、レアンが私を上回っているのは火を見るよりも明らかだ。

 もう少し若ければ、月ヶ瀬流の”奥義”を伝授できたのだが、体力の落ちた私では、もうそれも怪しい。


 「……なんと、非力な女子がそのようなことを……にわかには信じ難い」

 「非力ではない。それに性別は関係ない。

 彼女は立派な剣士だ。

 その彼女でも、魔物討伐には非常に苦労したそうだ。

 レアン。彼らに戦いの様子を教えてやってくれ」


 レアンはあまりに鮮烈で忘れがたい、焼き付いたあの時の記憶を話し出した。


 「うん、私ともう一人は、周囲の気配を感じられるよう、最大限の警戒のまま森の奥地へと進んでいった。

 今でも覚えてる。一切物音がしなかったのに、背後に迫っていた魔物は、不意打ちで、刀で防御した上から、簡単単に刀ごと腕を切り落とした。さらに、その威力で背後の木まで吹き飛ばされ打ち付けられた。

 たぶん5mは吹き飛ばされたとおもう。

 そこからはもう、無我夢中で、死なないために戦っていた」


 レアンが語った内容は、各村長達にいかに魔物の強さが常識から外れたものかを容易く理解させた。


 その時の表情、仕草、声音から、全員が共鳴したように顔を真っ青にしていた。


 「辛うじて欠損させた肉体も、魔物には魔力をもとにした身体再生能力があるから、切り落とした次にはすでに再生を始めていた。

 魔物の核の位置を特定してからは、決死の覚悟で作った隙をついて、ようやく撃破したの」


 まさに死闘だった。とレアンが言う。

 アンディム含め、若き頃のレグシズは本当に強く、その強さを疑っていた者はいない。

 しかし、そのレグシズより強いというレアンでさえ、魔物相手には死闘を繰り広げることになった。

 レグシズではきっと、全盛期の頃でさえ魔物の討伐はなしえなかっただろうから。


 その理由はレグシズが技術で劣っていたわけではない。

 ルーファス家の『遺伝継承』が、レアンの代でより高みへ至ったというだけである。


 「……私以上の強さを持つレアンでもこうなのだ。今から鍛えたところで太刀打ちできないだろうというのが、今の私の見解だ。

 ……これ以上門下生が死ぬのは見たくない。剣術を教えたくないというわけではないのだ。

 ただ、門下生を鍛えて、一人前にしてやれなかったと思いたくないのだ」


 レグシズは遠くを見る目で空を見る。

 アルナレイトが来る前のレアン以外の門下生。それは自身の娘。そしてその婿達と、その子供たち。

 皆、死んでしまったのだ。


 レグシズはもう、誰も失いたくはないのだ……。


 「……簡単に教授賜りたいなどと発言したこと、謝罪します。レグシズ殿」

 「いいや、気にするな。それに、これでは対魔物の対策は振出しに戻ってしまう。

 そこで、私から提案がある」


 レグシズの完璧な会話誘導により、話の流れはレグシズを中心に動いていた。


 (……まさか、本当にアルナの言うとおりになるとは)


 レアンとレグシズは、レギオ村出発の前に、アルナレイトと話をしていた。

 アンディムが剣術を広めてほしいと頼み込むこと。そして、それは為されないこと。

 さらには、レグシズの会話が場の空気の流れを引き寄せ、この会議を意のままに操れるようになるということを。


 「要は、今から鍛えても間に合わないということなのだ。

 ならばどうだろうか。すでにある戦力を使い、守るべき箇所を一つに集めるというのは」

 「……つまり?」


 レグシズは少し間を置き、そして溜めて言った。


 「今残っている村を統合し、しかるべき手順を踏みしっかりと戦力を育てつつ、労働力も集中させられる……どうかね」

 「それは確かに、実現できるなら素晴らしいことと思いますが、しかし、そんな土地はどこにあるのです?」

 「それについても心配ない。今、レギオ村近辺に、今後の人口増加を予想して新たな居住可能区を増築中なのだ。

 たまたま通りがかった傭兵団に、食糧という対価を払い警備させ、安全は確保されている」

 

 会議にどよめきが走る。それも、喜びの。


 「おお!それはまことか!?」

 「うむ。いろいろとすることが多く、労働力が必要なのだ。

 傭兵に払える食料を作る労働者、技術者、戦士を志すもの。その数が少ない。

 他の村々の皆も、この時代まで生き残ったならば、多くのものを引き継いでいるであろう。

 それらを一つへと集約し、皆で協力し合い生きる。それが最善の手であろうよ」


 レグシズの演説はもはや完璧であった。

 積み重ねてきた剣技による信頼に加え、剣士としての磨かれた精神力から放たれる言葉は皆を勇気づけ、信用させ、何より疑わせない。

 レグシズには、大衆を率いる才能があったのだ。


 「いかがかな」

 「しかし、移住後の集落を率いるものはどうするのだ?」

 「それについては今考えるべきことではない。今は、一刻も早く魔物の脅威が無いうちに村民を移動させることにある。

 無論考えていないわけではないが、それこそ時間をかけて煮詰めていく内容であろうよ」

 「……それもそうだ」


 鮮やかな手際。レグシズによってその日、只人種の村は一つへとまとまることが決議されたのだった。


 (……本当にすごい。アルナ……こっちの状況を一切見ていないのに、少し私たちに指示をしただけで、会議を制御してしまうなんて)


 今後の安泰に憂いがなくなった村長たちが喜び、具体的な移住方法の決定へと会議が進んでいく中、レアンはそんなことを考えていたのだった。

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