第72話 各々の成長と協力
日の出も待たない時間帯の中、私は一人で鉄を打つ。
冷えた空気が打ち付ける槌に追い払われて、すっかり周りは炉の熱で満たされている。
普段なら、いつもの時間に起きて、ただひたすらに刀を打つだけ。けれど、いまはもうその通りではいけなくなってしまった。
アルナレイトが、この村から出ていった。この村で最も強い剣士が、いなくなってしまった。
最初その言葉を聞いたとき、その言葉の音が理解できなかった。言葉が耳に入るたび、それが言語であることを魂が理解を拒んでいるみたいだった。
どうして、なぜ、という疑問はいまだに頭の中をぐるぐると駆け巡り、槌を握る手を鈍らせる。
けれど、いなくなってしまったことは仕方がない。たとえそれを、どれだけ魂が拒んでも、彼がもうこの村にはいないことに変わりはない。ならば、私にできるのは、刀を打つことだけ。
何度も何度も槌を打つ度に、村長とレアンの言葉が反芻される。
–––––––––––アルナレイトが村から出ていった。
–––––––––––フェリフィスとの約束だからって言って、出ていった。
なんで引き止めなかったんだろう。
村を守った英雄。殺人の重荷を一人に背負わせてしまった。皆は口をそろえてこう言うのに、アルナレイトが出ていくことを引き止めはしなかった。
無論事情は知っている。ロエルという人物の上司にアルナレイトたちの存在を明かされるわけにはいかなかった。けれど、それならなぜ、アルナレイトはまだ帰ってこないのか。
フェリフィスとの約束など、ロエルがいなくなった今なら破ってしまえばいい。なのになぜ、こうも律儀にアルナレイトは約束を守っているのだろう。
……どうも、違和感がぬぐえない。
あの時、フェリフィスがヴェリアスの暴走をアルナレイトに告げていなければ、私はあの男に貫かれていただろう。
けれどそれは、アルナレイトを怒らせたときに自分がどうなるのかわからなかったから、ヴェリアスを裏切っただけだ。私に何か恩を返すようなことをする性格ではない。
それをアルナレイトは、フェリフィスが私を助けたと本気で思い込んでいるのだろうか。
レアンは我慢しているようだけど、あいつは、家族が村長以外居なくなったレアンに、壮絶ないじめを何度も繰り返していた。
初めの内は、ものをなくしたり、仲間外れにしたり。でも最終的には返してくれたり、仲間外れをやめたりしていた。すこし意地悪なだけで、不器用なのだろうと思っていた。
でもそれは間違いだったと、後になって気づかされた。回数を重ねるたびにその行為はエスカレートしていき、最終的には暴力を振るったり、みんなの前で、思い出すのも憚れるほど恥ずかしいことをさせたり。
でもレアンは、一度も反抗することも、やり返すこともなかった。
レアンは、村のためになるならと、やり返せなかった。家族を失い、悲しみに途方に暮れる中、せめて、唯一残った村長と、励ましてくれた今は亡きナタリアさんに悲しい思いをさせたくない。その思いから、彼女は何も仕返しをしなかった。
やり返せば、容易にフェリフィスを傷つけてしまえたのに。
今にして思えば、きっと、フェリフィスはレアンが羨ましかったのだろう。この村ではあまり魅力的だと思われないレアンは、幼いころから積み重ねてきた鍛錬で、引き締まった緩みのない身体付きをしている。その割には、早熟で発育も良かったし、なんといっても無垢な顔立ちは非常に愛らしい。
悲しい過去を糧に大きく成長したレアンは、この村の中でももっとも言っていいほど他人思い出優しい。それに加え、剣の腕も立つ。次期村長として、レアンほどの人物はいない。
そんな人物を、フェリフィスが嫉妬するのはしたなかったかもしれない。けれど、卑劣な行為は決して許されざることに他ならない。
アルナレイトが出て行って、レアンも心が不安定になっているはず。
だったら、私が、いい刀を打ってレアンを、新たに村長の弟子となった五人を安心させてやらなければ。
そんな、らしくもない考えを巡らせながら鍛冶をしていると。
「おはよう。ずいぶんと早いのね」
「あら、おはよう」
鍛冶場の入り口に立っていたのは、ゼディアスの技術部を務めていたカレン。後ろにはケルシーの姿も見える。
「やっぱり、あの子が出ていったから?」
「……なかなか鋭いわね」
私が早朝から鍛冶にかかるのは珍しいことで、それがなぜなのかを直感で言い当ててみせるあたり、カレンは相当鋭い感性を持っている。
「すこしでも、私の打った刀がアルナレイトの代わりになれば、と思ってね」
カレンは穏やかな笑みで言う。
「私はまだそんなに話したことないからわからないけど、団長言ってたわよ。
あの方は必ず戻ってくるって」
「そう、そうだといいのだけれど……ね」
私も正直そんな気がしてならない。アルナレイトのことを詳しく知らない私でも、違和感がぬぐえないのだ。
それに、お腹の治療のこともある。それを投げ出すとは到底思えない。
「ま、ちょっとした小旅行に行ってるくらいに考えておけばいいんじゃないかしらね」
「……そうね」
私はカレンの言葉を自分に言い聞かせ、アルナレイトが必ず帰ってくることを信じて待つことにした。
……アルナレイト。待つとはいっても寂しいのに変わりはないのだから、早く帰ってきてね。
◆◆◆
盾の使い方を教えてほしい。
俺がそうアレクに頼んだのは五日前のことだ。
アルナレイトがいなくなって、初めに思ったのは、彼にとって代わることはできない。けれど、好みを呈して村の皆を守ることはできるはずだ。と。
そこで俺、ジークは元冒険者のアレクを訪ねることにした。今はゼディアスの引いた警戒網があるおかげで緊急時以外の出動はしないが、以前の警戒態勢出会ったとき、俺はアレクの強さを目の当たりにした。
レギオ村の中でもヴェリアスより体格のよかった俺をも上回る熊の魔物に対し、その重厚な一撃を正面から盾で受け止め、弾き隙を作る。
その戦い方は、俺に合っているような気がしたのだ。仲間のために体を張れる。かつての俺にはできなかったことだ。ヴェリアスに襲われた村人を……レアンを、そして、一生の愛を誓い合ったナタリーを守れなかった。
だが、もう違う。彼女が傍にいてくれる。力を与えてくれる。ともに歩める。
弱かった己とは決別したのだ。
思いを胸に秘め、盾を握る手に熱が籠る。
「ジークさん、いきますよ」
「ああ。来てくれ」
稽古は今日で五日目になる。ロエルという女が持ってきた鋼鉄製の大盾を構え、俺はアレクの攻撃をその場から動かず耐える。
ギャリイィン、という金属同士の擦れる摩擦音が響き、アレクの鉄剣が盾に弾かれる。
「ジークさん。オレが以前言ったこと、覚えてますか」
「ああ。無論だ」
アレクの言葉を思い出す。
盾を使うものは、その前提として肉体を鍛えていなくてはならない。その面、俺の肉体はすでに鍛え上げられているので問題はない。無論、まだまだ鍛えていくつもりではあるが。
何より問題なのは、盾に魔力を纏って、防御力を強化すること。これがどうも難しい。
魔術教室で初めて魔力を操作できたとき、エスティエットは言っていた。
「魔力出力は素晴らしいですが、生成量と操作に難あり、といったところでしょうか」
おそらく俺は、魔力を使うたびに使い切ってしまい、さらにそれを十分な時間、十分な密度で魔力を思うように纏えない。
できるとしたら、瞬間的に全魔力を纏うことくらいだ。
「魔力操作は練習あるのみですからね。次は魔力を纏った攻撃で行きますので、耐えてください」
「ああ」
アレクは剣を構え、こちらに向かって走り出す。独学で学んだ剣だというが、無駄も隙もなく、一撃の威力に優れた剣術だ。
盾に身を隠し、アレクの剣が盾に衝突する瞬間を狙って、魔力を盾に纏う。
すると、先ほどとはかけ離れた僅かな衝撃が体に走る。
そして、剣を振るったはずのアレクが五mばかり吹き飛んでいる。
「……驚きました。まさかこんな早くに、その技にたどり着くとは」
「攻撃の瞬間に魔力を纏うことか?」
「はい。盾に魔力の障壁を形成する際、魔力同士の構造が最も強く結合するのが、障壁形成時のわずかな時間だけ。その時間に攻撃を合わせ、魔力障壁を展開すれば、ほとんど衝撃を感じることもなく、相手の攻撃を強く弾き返すことができるのです」
「……ほう」
「すごいことですよ!ジークさんの魔力出力でこれを行えば、魔物の一撃を容易に跳ね返せます。
この技術、精密魔纏防御という名前なのですが、こんなに習得の早い人は初めてですよ!」
この技は精密魔纏防御というのか。
おそらく、魔力量を上げればその効果も上昇するのだろう。
「では、感覚を忘れないうち、もう一度!」
「ああ。たのむ」
結局その日は、あの一回だけしか精密魔纏防御を発動させられなかったが、盾の取り回しに関してはなんとなくわかった気がする。
アルナレイトがいなくなって、それでも前を向こうとしている者達を守るためにも、俺は、アレクから盾についてもっと学ぼうと思っている。
アルナレイト。早く戻ってこい。いつか、お前のことも、守れるようになって見せる。
◆◆◆
私、レアンはスキル【賢聖の知見】を獲得した。
このスキルがどんなものなのかを把握するため、一人で自主練習をするときにいろいろ試してみることにした。
実験内容はなんとなく決まっている。まずは、これまで使ってきた【魔力操作】が【賢聖の知見】の効果に組み合わせると、どのようなことが起きるのか。ほかにも、それらをもとに新たな"技"を開発可能かもしれないので、強くなるための実験には少々心躍る。
「……よし」
体の内側から魔力を出力し、私が普段行うのは、刀に魔力を纏って《魔纒戦技》を発動。その次に、刀に纏った魔力を維持したまま、今度は体に魔力を纏い《魔纏闘法》を発動させる。
《魔纒戦技》を発動し《魔纏闘法》を使用する。同時に行えれば戦闘態勢に移行する時間も大幅に短縮できるのだが、それはできない。
理由は単純に、私の実力不足だから。同時に複雑な魔力操作を行えば、必ずどちらかの発動が疎かになり、不完全な形か、最悪発動しないなんてことも考えられる。
でも、もしかしたら、それも今日までかもしれない。
「ねぇ、ケンセイさん。【平行編纂】の効果で【魔力操作】スキルを使用したりって、できるかな」
ケンセイさんというのは、私のことをいろいろ補助してくれる【賢聖の知見】のスキルのことだ。
もし、この【平行編纂】の効果で魔力を操作できれば、《魔纒戦技》と《魔纏闘法》の二つを同時に発動できるかもしれない。
そうすれば、戦闘態勢へ移行する時間を短くできるどころか、【思考強化】も組み合わせて、即座に奇襲に反撃できるかもしれない。
『【回答】肯定。スキル同士を組み合わせ、紐づけすることで可能』
「ほんとに?やった。じゃ、紐づけしてもらえるかな」
『【回答】了解』
すると、私の中で何かと何かが接続したような感覚が、確かにある。
「よし……それじゃあ」
私は刀を構え、魔力操作を操作しようとしたその瞬間。今までとは全く異なる感覚を覚えた。
それは不快感などではなく、奇妙な感覚だった。
言葉にするなら、まるで思考する意識が二つあるような、そんな感覚。
「不思議……」
『【回答】【平行編纂】の効果で、演算機能が拡張、増幅されているため、奇妙な感覚を感じていると思われます』
「そうなんだ……ありがと」
このスキル。疑問にはなんでも答えてくれるし、なんだったらスキルの操作までしてくれるすごい効果なんだけど、一つ問題があるとしたら、ふと脳裏をよぎった疑問にでも完璧に答えてくれるから、大量の情報が入ってきてしまう。
どうすればいいんだろう。
『【提案】【平行編纂】の効果を使用することで、比較的重要度の低い情報とそうでない情報を識別しましょうか』
「え、そんなことできるの?」
『【回答】肯定』
「じゃあお願いします……っと、そうだ。魔力操作の実験途中だった」
気を取り直して。
私は二重に意識がある感覚のまま、魔力操作を行った。
一つの思考では、刀に、もう一つの思考では、体に。
意識することはまるで異なるけれど、思考が二つあるこの状況なら、それぞれ別のことをするなんて、難しいことではなかった。
十秒も経たずに習得した技術を両方発動でき、さらに持続までできている。
「す、すご……こんな簡単にできるなんて」
余りのあっけなさに少し拍子抜けしてしまう。自分があんなに苦労していたのが、スキル一つでこうも変わるのか。
『【提案】先ほど行った魔力操作を【賢聖の知見】で自動化することが可能。実行しますか?』
「……えっと、それってつまり、どういうこと?」
『【回答】魔力操作による強化を【賢聖の知見】で自動化し、命令があれば即座に【平行編纂】【思考強化】を使用して、肉体、武器の魔力強化を行います』
「そんなこともできるの!?じゃあお願いするね!」
『【了解】省略手順作成中……作成完了。いつでも使えます』
試しに両方の魔力操作を解除して、ケンセイさんに命令してみる。
すると!驚くことに私が操作するよりも早く強化が完了していた。けれど、問題もあった。
「刀にただ魔力を纏っただけじゃ、強化にはなるけど魔纏戦技の効果を発揮できないんだよね……」
魔纏戦技は、纏う魔力に自分の意思を乗せ、斬撃を構成する要素を強化、あるいは追加することだ。このままでは、ただ魔力を纏ったままなのだ。
『【提案】【思考強化】によって意思を僅かに分割し、それをもとに【平行編纂】で無意識化における強化要素の最適解を導きだし、強化に用いることで問題解決につながると思われます』
「なるほど、私の無意識から抽出した意思をもとに強化内容を変えてくれるんだね。わかった。それでお願いするよ。
一応私の使える魔纏戦技の追加付与の効果も、用意しておいてもらえないかな」
『【了解】魔纏戦技』の強化パラメータプリセットを作成……作成完了。半自動的に思考と随伴し、無意識化における高い追従補助を可能としました」
「うんうん、ありがとうね!」
自分のできることが簡単に発動できるようになった。これは戦闘時にほかのことへ意識を避けるようになる。不意打ちを防げるようになるかもしれないし、さらに魔力操作の精度を上げられるかもしれない。
また魔力操作を解除して、再び【賢聖の知見】で魔力強化の指示を出してみる。
それと同時に、繰り返して染付いた遠くにある打ち込み台に斬撃を当てるイメージが脳裏に浮かぶ。
それを【賢聖の知見】スキルが読み取って、魔力操作を自動で行う。
肉体動作だけを考えればいい分、剣がおろそかになることはない。
でも、それだけじゃ足りない気もする。
そこでは私がひらめいたのは。
「「セあッ!!」」
自動で行う魔力操作に、自分の魔力操作も重ねてブーストすることで、何十倍もの威力を発揮できるのではないだろうか、という疑問のもと、試してみることに。
結果から言えば、成功。
打ち込み台の奥にあった予備の台座も、纏めて斬り飛ばせてしまったのだ。
「……うん、いいねいいね。これならゼディアスの皆にもついていけるかもしれない!」
にしても、【賢聖の知見】スキル、便利過ぎないかな、と思ってしまう。
頼るのはいいけど、これがなくなってしまったときに戦えなくなるのはだめだから、それも踏まえて鍛錬しなくちゃね。
……アルナレイト、強くなった私なら……。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




